斬殺の妹(スラッシュ・シスター)
次の日、朝早く起きた俺はゴーグルマップを使って鷲尾銅山のことを調べた。少しでも周辺の情報を頭に入れておきたいと思った。
昨晩、鷲尾銅山について、ネットで調べたのだが、かつてこの銅山では銅の採掘が盛んに行われ、東洋一の銅山として明治から昭和に掛けて名を馳せていたようである。
仕事を求めて全国各地から人がやってきたこの銅山周辺には十一棟もの作業員用のアパートが造られたが、銅を掘り尽くしたことで閉山し、アパートは廃墟として今もなお残っている。
そのアパート内は立ち入り禁止区域となっているが、廃墟マニアの間では観光スポット化し、無断で侵入する人もいるようである。
「お兄ちゃん、おはよう」
ソラが眠そうに目を擦りながら、リビングにやってきた。
「おはよう、ソラ。よく眠れたか?」
「うん、ぐっすり」
「そうか、良かった」
調べるのに夢中ですっかり朝食を作るのを忘れていたな。今日は学校をサボる予定とはいえ、少しゆっくりしすぎてしまた。
家に戻ると、ソラが出迎えてくれた。ソラはちゃんと着替えたようで『bomb』Tシャツの上に紺色のパーカーを羽織り、白のチノカーゴパンツを着用していた。
「お帰りお兄ちゃん!」
「ただいま、朝ごはん食べようか」
ソラと共に朝食を摂る。見た限り、ソラは特段緊張している様子は無かった。
シスターは戦うことに対して恐怖を感じないのだろうか。
「ソラはさ……戦うことが怖くないのか? 俺ははっきり言って、怖くて怖くて仕方がない」
「うん。怖くないよ。だって私達は戦いのために作られたから。お兄ちゃんのことは私が死んでも守るから安心して」
ソラの言葉を聞き、なんだか胸が痛くなった。ソラは自分の命を何とも思っていないのだろうか。
「ソラは自分が死んでも構わないと思っているのか?」
「うん。私の役目は戦うこと……そして、お兄ちゃんを守ること」
「ソラ。一つだけ覚えていてくれ」
「何、お兄ちゃん?」
「自分が死んでも構わないだなんて、絶対に言うな。お前のことは俺が必ず守る」
「けど、私は……」
「勿論、俺がピンチの時は手を貸して欲しい。けど、ソラが危なくなった時は必ず俺が守る。俺とソラは一心同体。分かったか?」
「うん、分かった」
ソラが頷いた。俺はもう失わない。あの時のようには――
朝食を食べ終えた後、莉子との待ち合わせ場所である岩手公園へと向かった。大通りを抜けると、勾配の高い坂が見えてきた。
「すごーい! なんか大きい!」
ソラは初めて見る岩手公園に興奮していた。
石垣や庭園があるこの岩手公園には、石川啄木や宮沢賢治も良く訪れたとされており、花見や紅葉シーズンの際にはたくさんの人で賑わう盛岡市有数の観光スポットである。
地下駐車場に繋がる階段を降り、薄暗い駐車場の中に入ると、柱の前で二人の女性の姿が見えた。
その人物は莉子と彼女のシスターと思われる赤髪の少女。
赤髪の少女は真っ赤なドレスを着用しており、俺達のことを品定めするかのように見つめていた。
「おはよう。勇斗君」
「おはよう。横にいるのは莉子のシスターか?」
莉子に訊くと、赤髪の女性が何故か俺を睨んできた。怖い。
「うん、そう。マナって言うんだ。ほら、マナ。挨拶して」
「ワイはマナや。ま、よろしゅう頼むわ」
「よ、よろしく……」
「この子が勇斗君のシスターだよね? お人形さんみたいで可愛いね。名前、なんて言うの?」
「そ、ソラ……」
「そっかぁ。ソラちゃんか。よろしくね!」
莉子はソラのことを気に入ったのか、ソラの頭を撫でた。
「莉子! 他のシスターとイチャコラしとんちゃうぞ! えっと、ソラやったか? あんまり莉子にちょっかい出さんといてーや」
「なぁ、莉子。マナはその……最初から関西弁を話してるのか?」
「うん、そうだよ。関西弁を話すよう、ユーザー登録の時に設定しておいたんだ」
そういえば設定の時、『使用する言語』という項目があった気がする。
俺は標準語(日本語)を選んだが、莉子は関西弁を選んだのか。
「マナ。その話し方、生まれつきなのか?」
「せやで。ワイは生まれつきこの喋り方や」
なんとも興味深い話である。つまり、管理人は話し方まで細かく設定して、シスターを作り出すことが出来るのか。
「マナは何年前に生まれたんだ?」
シスターには年齢というものが存在するのかと疑問に思い、訊いてみた。
実はソラにも前に同じことを訊いてみたのだが、残念ながらソラは覚えていなかった。
「んー? そんなん覚えとらんがな。気づいたらマスターに莉子んとこに行けっちゅう言われて行ったんやで」
マナも覚えていないようであった。そもそもシスターは年を取るのだろうか。
まさか、ずっとこのままって訳じゃないよな。
「そうか……それで、莉子。これからどうするんだ?」
「まずはこの場で血縁術を発動して見せて。話はそれからだよ」
「え、でも……」
美穂さんとの戦い後、何度も爆弾を作ってみようとしたが、結局成功することはなかった。
「どうしたの? まさかできないっていうの?」
「お、俺の能力は爆弾を生成する能力なんだ!」
訝しむ莉子に自分の能力を正直に打ち明けた。これで少しは信頼してくれると思ったのだが。
「そんなの実際に見ないと信用できないよ。頭の良い勇斗君なら分かるでしょ?」
莉子の言う通り、口で伝えるだけでは信用に値しないのも無理のないことである。
「なら、これを見てくれ!」
シスターウォーのサイトにアクセスし、自分の能力名を見せた。
「爆砕の妹でしょ。昨日、見たよ。文字だけじゃ信用できない」
「なら、悪いけど見せることはできない。何度試しても発動しないんだ」
緊迫した空気に変わるのを感じる。莉子とマナは明らかに俺達に敵意を剥き出しにしている。
「なら、力づくでも見せてもらおうかな」
「な、なんだと!? それは一体どういう……」
「今からシスターウォーを開始する! いくよ、マナ」
「りょーかいやで! お前さん達、覚悟しーや」
この感覚は……転送される際に味わった不思議な感覚に襲われ、気がつくと俺とソラは草原地帯にいた。
少し先には廃アパート群があり、それを見てここがどこなのか瞬時に理解した。
そして、莉子が先程は持っていなかったはずの鎌を握りしめており、無表情で俺を見据えていた。
「お、おい……莉子」
「私の能力は|斬殺《スラッシュの妹。刃物を生成する能力だよ。まさか、私の方から能力を教えることになるなんて思ってなかったけど……せいぜい死なないように頑張ってね!」
莉子は踏み込み、間合いを詰めると鎌を振り下ろしてきた。俺は身体を翻し、斬撃を避けると『ヒュン』という空気を斬り裂くような音が聞こえた。
「おい、止めろ莉子。話せば分かる!」
俺は莉子から距離を取った。シスターウォーはマッチングしていない状態でも始まることがあるようだ。
一体、何だってこんなことに……俺はただ莉子に協力して欲しかっただけなのに。
「マナ! あんたはソラちゃんの方をお願い!」
「オーケーやで。ほんじゃ、ソラ。覚悟しーや!」
マナは日本刀を制し絵すると、ソラに斬り掛かった。
ふざけるな。ソラには、ソラにだけは……
「ソラには手を出すな!」
咄嗟に閃光弾を生成し、マナに投げつけた。
「ソラ! 目を瞑れ!」
閃光弾は激しく発光し、マナの叫び声が聞こえた。俺は目を開けると、マナは目を抑えながら地面にしゃがみこんでおり、ソラと莉子は目を瞑っていた。
「ソラ! 一旦逃げるぞ!」
ソラの手首を掴み、一目散に駆け出した。追ってくる気配はない。諦めたのだろうか……いや、マナの視力が回復したら追跡を開始するだろう。
なら、いっそのことスマホをどこかに置いて逃げるか。
スマホは莉子達に拾われ、俺はスマホを失うことになるだろうが、今ここで死ぬよりかはマシだろう。
いや、仮にこの場はそれで何とかなっても今日はシリアルキラーとの戦いが控えている。
スマホを失えば、戦いでかなり不利になる。送還される時にスマホが俺の元に戻ってくるのか、不明である。
また、仮にスマホを失ったとして、購入するという方法も無くはないが、保護者の同意が必要となり、うちの親は夜遅くに帰っては来ないため、どう考えても今日購入することはできない。
やはり、ここは戦って勝つしかないか。
「一応、持ってきておいて良かったな」
俺は鞄から『ある物』を取り出した。これで莉子とマナを戦闘不能にする。
「マナ。大丈夫?」
マナは閃光弾の光を直に視てしまい、悶えて苦しんでいた。私はマナに肩を貸した。
やがて、マナはゆっくりと目を開ける。
「すまんな。もー大丈夫やで。それよか、勇斗達のこと追わんと。はよ地図昨日で居場所を特定しぃ」
「うん、分かった」
サイトにアクセスし、地図機能を確認した。どういう訳か二人は少し先の場所で立ち止まっている。
私の予想ではてっきり逃げていると思ったんだけど、もしかして戦うことを決意したのかな。
しっかし、中々すごい能力だな。勇斗君達の血縁術は。
この先、あの血縁術が成長すれば……結構厄介かもね。まぁ、いいや。とりあえず勇斗君達のところに行こうか。
頭の良い勇斗君のことだし、きっと何か策でもあるんだろうけどそっちがやる気なら受けて立つ。
「マナ。歩ける?」
「勿論やで。あいつらに一発かまさへんと気が済まへん!」
マナと共に勇斗君達が立ち止まっている場所に接近する。アパート群の近くに二人はいるらしいんだけど、見渡す限り、姿は見えない。
もしかして、アパートの中に隠れているのかな。
「マナ。爆弾には注意してね」
「りょーかいやで」
しらみつぶしにアパートの中を確認していく。もし仮に建物の中にいるとすれば、勇斗君達自身も爆発に巻き込まれるため、建物内で爆弾を使うとは考えられない。
使うとすれば、建物の中から外に向かって爆弾を投げてくる可能性が高い。
「ここにもいないか……」
どうしてだろう? 反応は間違いなくこの建物が最も近い。建物の外も注意深く観察したが、いなかった。
まさか、この地図機能が壊れてるのかな? いや、そんなはずは……
「なぁ、莉子。あれ何やろ?」
マナは私達の前方に浮かんでいるドローンを指差した。目を凝らすとドローンが何かを掴んでいることに気が付いた。ドローンが掴んでいるのは……
「す、スマホ?」
そこで私は理解した。この建物の中には二人がいないこと。そして、二人の狙いも。
「マナ! 急いでここから離れるよ!」
時すでに遅かった。建物内に凄まじい光が発生し、私は反射的に手で目を覆う。
しかし、これが良くなかった。閃光と少し遅れる形で鼓膜を突き破らんばかりの激しい音が聞こえた。
全身の神経が麻痺し、私とマナはその場に倒れこんだ。すると、建物の中に勇斗君とソラちゃんが入ってきた。
何かを話しているが、ハッキリとは聞こえない。どうやら右耳の鼓膜が破けてしまったようだ。
「どうやら上手くいったようだな」
倒れている二人を見て、勝利を確信した。
遡ること数分前、俺とソラはこのアパート内に音響閃光弾を瓦礫の下など、気づかれない位置にいくつか設置しておいた。
そして、俺達の位置を誤魔化すため、ドローンにスマホを持たせ、モニター付きのコントローラーから莉子達の様子を伺っていた。
狙い通り、莉子はこのアパートの中に入ってきた。先程、閃光弾を使ったため、二人は反射的に目を守った。それが仇となり、音の爆弾を防ぐことは出来なかった。
「莉子。大人しく降参するんだな」
近くで拾ったガラス片を莉子の喉に突きつける。
「……」
莉子は無限のままスマホを取り出すと、素早く操作した。莉子の動向を注視しつつ、シスターウォーのページを確認すると、新着メッセージが届いていた。
『リコリンの降参を承認しますか?』とポップアップ画面で表示されたため、俺は『はい』を選択する。
「ソラ。一応ここから離れるぞ」
「うん」
莉子が反撃してくる可能性を考慮し、アパートから出た。しかし、追ってくる様子は無かった。
しばらくすると俺とソラ、そして莉子とマナは転送され、駐車場に戻っていた。
莉子とマナは互いに肩を貸すと、ゆっくりと立ち上がった。
「参ったよ。勇斗君。まさか、君がこんなに強いなんてね」
「買い被りすぎだ。あんなのはたまたま上手くいっただけだ」
「たまたまね……謙遜なんだか、嫌味なんだか」
莉子がゆっくりと近づいてきた。俺は思わず身構えた。さっきまで殺し合いをしていたのだ。警戒するなという方が無理である
しかし、予想に反して莉子は俺に手を差し出してきた。
「今度はこっちから頼むよ。私と一緒にシリアルキラーと戦ってほしい」
なんと、莉子の方から戦線協力を申し出てきた。
「俺のこと、信頼してくれるのか?」
「うん。勇斗君の能力はしっかりとこの目で確認できたし、私達のことも殺さなかった。マナ、手を組んでもいいよね?」
「しゃーないな。莉子が組むっちゅーなら認めたるわ。せいぜい感謝せーや」
マナの謎の上から目線が気になったが、まぁ認めてくれたならいいか。
「勇斗君。組んでくれるかな?」
「ああ。よろしく頼む」
莉子の手を掴もうとしたその瞬間、スマホが鳴った。スマホを確認すると、非通知着信であった。
大方、誰なのかは予想がついた。俺はすぐさま電話に出た。
「もしもし?」
「やぁ、勇斗君。久しぶり……って程じゃないか。昨日も電話したしね」
この快活そうに話す声――やはり、電話の主は管理人であった。
「やっぱりあんたか。一体、何だ?」
「実は一つ、謝らないといけないことがあってね。シリアルキラー君との戦いを延期させて欲しいんだ」
「延期だと? 一体、何でだ?」
こっちとしては延期どころか中止にして欲しいくらいであったが、どうにも理由が気になった。
「詳しくは言えないけど、ちょっとトラブルが発生してね。シリアルキラー君、しばらく戦えそうにないから戦いは二週間後ってことにしてもらっていいかな?」
「一応訊くが、選択の余地は?」
「無いって言いたいところだけど戦いの日を一週間後までなら早めることはできるよ」
「逆に遅めることは?」
「残念だけど……不可能だね」
やっぱりか。しかし、どうして管理人はこんな回りくどい方法をしてくるのだろうか。
俺とシリアルキラーを戦わせたいだけなら、勝手にマッチングさせればこと足りることだろうに。
「分かった。二週間後に変更だな。それで頼む」
「いやぁ! 話が早くて助かるよ。お礼と言っちゃ何だけど、何か聞きたいことはあるかい? 答えられる範囲で答えるよ」
「シスターについて聞きたい。あいつらは全てお前が造ったのか?」
「うん。しくは『僕達が』だけどね」
僕達が? つまり管理人以外にもシスターの生成に関与している者がいるのか。
「そもそも、シスターとは一体何だ? どうやって造った?」
「悪いけど、それは答えられないかな」
これには答えてくれないか。なら、次の質問だ。
「シスターは年を取るのか?」
「いや、取らないよ。シスターは生まれた時から十五から十八歳くらいの見た目のままだね。後はずっとそのまま」
意外とあっさり答えてくれたな。もう一つシスターについて気になることがあった。
「シスターは人間と同じく普通に死ぬんだよな?」
「うん、そうだよ。そういえば、勇斗君はまだシスターが死ぬところを見たことがないんだったね。シスターは不老だけど不死じゃ無い。致命傷を負えば死ぬし、永遠に生きられる訳じゃないよ。そろそろいいかな? 後で日時変更のメッセージを送るから」
「あ、ちょっと待……」
管理人は電話を一方的に切った。まだ聞きたいことがあったのに。
「勇斗君。さっきの電話、もしかして管理人から?」
「ああ、そうだ。理由は良く分からんが、シリアルキラーとの戦いを二週間後にするんだってさ」
これを吉と捉えるべきか。二週間後までにもっと血縁力を上げることが出来ればいいのだが。
「なら修行しよう勇斗君」
莉子が息を荒くし、がっしりと手を掴んできた。
「は? 修行?」
「そう! シリアルキラーとの戦いまでにもっと強くなるの。勇斗君ならもっと血縁力を上げられるよ。私と組むからには嫌とは言わせないよ! いい?」
「お、おう……」
こうして莉子達と共に二週間に渡る修行に励むことになった。
※※※
「綾河。お腹空いた」
「わーったよ。ったく、ちょっと待ってろ」
重い身体を上げ、食い物を探しに外に出る。ミホとの戦いが過ぎ、俺達は想像以上のダメージを負った。
アデルは両足を失い、俺は右腕を失った。ま、しばらくすればまた生えてくるからいいんだがな。
俺達は盛岡市玉山地区という場所にある廃屋を拠点にして生活している。この辺りにはコンビニやスーパーなどなく、狩りをして生活している。
「ヤモリでも見つかりゃいいんだがな……」
廃屋にある草むらで食い物を探そうとした時、誰かに懐中電灯の光を浴びせられた。
「あぁん?」
見渡すと数メートル先に四人の警官がおり、その内三人は拳銃を向けている。
「熊谷綾河だな? 貴様を殺人罪で逮捕する。大人しく手を挙げろ!」
ちっ……サツの野郎。もうこの場所を突き止めやがったか。また、別の場所を探さねぇとな。
「何してる? 早く手を挙げろ。さもなければ撃つぞ!」
「撃ちたきゃ撃てよ。この無能ポリ公共が」
サツの野郎共を煽ってやると、一番若そうなサツが顔を真っ赤にした。
「貴様、調子に乗るなよ!」
何が調子に乗るなだ。武器と人数の利で調子に乗ってやがるのはテメェの方だろ。
『パン』という銃声の音が鳴り響く。俺は氷の盾を生成し、銃弾を防いだ。そして、俺に発砲してくれたサツに接近する。
「ヒッ……!」
そいつは再び引き金を引こうとした。
「遅ぇんだよ。雑魚が」
氷の剣を生成し、奴の喉に突き刺す。奴は口からブクブクと血の泡を吹き、絶命した。
「き、貴様……何なんだその力は」
「さぁな。チンケな脳みそで考えてみたらどうだ? 無能ポリ公さんよぉ!」
拳銃を持っている二人のサツが闇雲に発砲する。しかし、いくら撃ってこようと氷の盾で防げるため、ダメージはない。
よしんば当たったとしても血縁力700を超えている俺にとっちゃ、致命傷にはならねぇけどな。
氷柱を飛ばして、拳銃を持っている二人のサツを攻撃すると、バタンと倒れてあっさりと死んでしまった。
「あーらら。あっという間に死んじゃったよ。つまんねぇの」
残りは一人か。じっくりと楽しんでやるとしよう。
「ひ、ひいいぃぃぃ!」
最初こそ強気だったサツも恐れをなして逃げ出した。
「おいおい、さっきまでの威勢はどうしたんだ?」
一体の氷人間を生み出し、サツを負わせる。あっという間に氷人間は追いつき、警官の足を斬り裂いた。
「うわ! な、何だ……? う、うわああぁぁぁ!」
両足をもぎ取られたサツは自身の惨状を見て、泣き叫んだ。
「あはははは! 良い声で泣くじゃねぇか」
人が怯える表情を見る時ほど楽しいものはない。もっと痛めつけてやるとするか。
「い、嫌だ……死にたくない」
「おいおい、ポリ公さんよぉ。そんな情けないこと言っちゃダメだぜ?」
「た、頼む! 命だけは……命だけは助けてくれ! 何でも言うこと聞くから!」
「いらねぇよ。強いて言うなら……もっと鳴き叫べ!」
「ちっ……つまんねぇな。もう死にやがったか」
サツが早く死んでしまわないように出来るだけ細かく刻んでいったのだが、予想以上に早くサツは死んでしまった。
死体を凍らせ、近くの池に落とした。ちなみに当初の目的であるヤモリは運良くすぐに見つけることができた。しかも二匹。
「ただいまー。悪いアデル。遅くなって」
「もー、遅いよ綾河。もうお腹ペコペコなんだけど」
「ちょっとサツに絡まれてな。食い終わったらここを出るぞ」
「えー! また?」
「しょーがねぇだろ。ほら、ヤモリでも喰って機嫌直せ」
「分かったよ。それじゃ、食べよ」
火を起こし、ヤモリを炙る。黒焦げになるのを確認し、齧り付く。あまり美味しくないが、腹の足しにはなる。
「それにしてもしばらくはシスターウォーが出来なくて退屈だよねー綾河」
「まぁな。それよりどうだ? 少しは回復したか?」
「うん、そうだね。この調子だと一週間もすれば戦えるようになるかも」
一週間か……管理人の野郎から最低一週間は他の参加者とマッチングさせないと告げてきた。
あいつはアデルの回復期間を見込んでそう言ったのか?
「綾河。スマホ鳴ってるよ?」
床に置いているスマホを手に取る。非通知設定……管理人の野郎か。
「もしもし?」
「やぁ、綾河君。元気にしてたかい?」
「ぼちぼちな。それで何のようだ?」
「今日、ユウト君と電話で話してね。対戦日を二週間後にしてもらうってことで話がついたよ」
ユウトか……雷使いの女をぶっ倒したという参加者。
ちっとは楽しませてくれるだろうか。
「そうか。俺としちゃあ、別に一週間後でも良かったんだがな」
「あははは! さっすが綾河君だね。けど、戦いはお互い万全の状態でやらないといけないからさ」
「ふん、まぁいい。それより、あいつ何だったんだ? あいつが来なければ俺は……」
「僕の計画を邪魔する者ってところかな? 巻き込んでしまってすまなかったね」
「お前のことだ。その計画ってのも教えてくれないんだろ。今度会ったらあいつのことを殺してもいいのか?」
「それは大歓迎だけど……やめておいた方がいい。今の君は勿論、僕でも勝てないからね」
やはり、管理人の野郎は俺よりも強いと考えている。管理人の能力はおそらく人や物をテレポートする能力。
「お前が言うならまぁそうなんだろうな。ちなみに『あれ』を使っても無理か?」
「うん。無理だろうね」
「そうか。要件はそれだけか?」
「この前の戦いのお詫びにね、お金を多めに送っておくよ」
「そりゃあ、ありがたいんだがな。俺達を別の場所にテレポートしてくれねぇか? サツがここまで来てよ」
「確か今は玉山の方にいるんだよね? 釜石に飛ばしてもいい?」
「ああ、どこでもいい。頼む」
「了解。それじゃ、また」
電話が切れた。アデルは食事を終えたようで、横になっていた。
「綾河。マスターから?」
「ああ、そうだ。釜石にテレポートしてくれるってさ」
「釜石ってどこ?」
「海沿いの……ラグビーで有名なところだな」
去年、釜石ではラグビーワールドカップが行われたらしい。つっても、俺は見に行ってないが。
「そうなんだ。あ、綾河。これお金じゃない?」
アデルは床に置いてあった茶封筒を拾う。一、二、三……とゆっくり枚数を数え始めた。
「……九十八、九十九、百。百枚! 百枚入ってるよ。私達大金持ちだね!」
百万円か。管理人の野郎、結構奮発してきたな。
「来たか」
不意にテレポート時特有の妙な感覚に襲われ、気づくと海が見える丘の上に俺達はいた。
どうやら釜石にテレポートされたようである。磯の匂いを漂わせる潮風が顔を撫でる。
丘の下で白い波がさざめいていた。
「見て見て綾河。後ろに家があるよ」
振り返ると、少し先に大きな木造建の家があった。電気は点いておらず、人気はない。
「そうだな。ちょっと見てくる」
アデルには外で待ってもらうことにし、俺は家の中を確認することにした。玄関の扉は鍵が掛かっておらず、中は結構暖かい。住むには適してそうだな。
中に上がると、前方に階段。横にはリビングがある。リビングに入ると、机と椅子が忽然と置いてあるのが見えた。
家具類は少ないが、リビングの中は綺麗に整理されている。
「ねー、綾河。どう?」
背後からアデルがやってきた。両足を失っているアデルは氷で義足を作って歩いてきたようだ。
「お前な。待ってろって言ったのだろ」
「だって暇だったんだもん!」
アデルは頬を膨らます。そして、俺の腹に手を回し、身体を俺の背中に押し付けてきた。
「それに綾河。最近、ずっと戦いに夢中で私に構ってくれないし……」
「悪かったよ」
とりあえずはここでひっそりと暮らすこととしよう。
見ていろ管理人。このゲームで勝ち残るのは俺達だ。