及川莉子
「ただいまー」
「おかえりお兄ちゃん」
リビングに入るソラがソファーに座っているのが見えた。どうやらテレビを視聴していたようである。
テレビに映っていたのは上機嫌テレビという岩手のご当地番組である。
「なぁ、ソラ。ソラの服ってそれしかないのか?」
ソラは昨日と服を着ていた。昨日の夜はひとまず俺の服を貸しておいたが、サイズが合わなかった。新しい服を買わないとな。
「うん、そうだよ」
「そうか。ならソラ。出かけるぞ」
「え、どこに?」
「本宮にだ。服を買いに行こう」
盛岡市の本宮地区は駅から南方面に位置し、住宅地や近年大型ショッピングの開発が進んでいる。
また、この地区にはサオンやTATSUYAに万屋など、若者向けのお店も多数ある。
俺達は最寄りのバス停からサオン行きのバスに乗った。バスの中はそれなりに混んでおり、椅子に座れず、吊革に捕まることになった。
バスは北上川に架かる南大橋を渡り、国道沿いにある万屋を通り過ぎると、大型ショッピング施設サオンモール盛岡南店が見えた。
「お兄ちゃん、すごい。大きいよ!」
「そうだな」
俺も小さい時は大きいサオンによく興奮したものである。
もっとも、当時の俺がよく訪れたのはここではなく、盛岡にあるもう一つのサオンであるのだが。
「ソラ。降りるぞ」
自分とソラの分の運賃を支払い、バスから降りた。サオンの中に入った俺達はひとまず女性服が売っている専門店を探すことにした。
平日のせいか店内はさほど混雑していなかった。学校帰りの学生がちらほら見受けられる。
エスカレーターで上の階へと上がり、ウニクロというお店に入店した。
ソラに合いそうなサイズの服をいくつか見繕うことにした。
「ソラ、これなんかどうだ?」
英語の文字が入ったピンク色のTシャツと紺色のデニムパンツを持ってきた。
「うん、いいと思う」
他にも色々と服を持ってきたがソラは「いいと思う」しか言わなかった。
「ソラ、自分で好きなの選んでみたらどうだ?」
するとソラはいくつかの服を手に持ち、じっと見つめると俺にベージュ色のデニムズボンと黒を基調とした『bomb』という文字が入った長袖Tシャツを渡してきた。
「これがいい」
「よし、分かった」
他にも何着かの服を購入し、店を後にした。
少し休憩しようと考えた俺はエスカレーターで一階へと降り、珈琲店に入った。
店員に二人用の席に案内され、メニュー表を開く。
「ソラはどれにする?」
「お兄ちゃんと同じやつにする」
呼び出しボタンを押し、店員にアイスコーヒーを二つ頼んだ。すぐにアイスコーヒーが俺達の元に運ばれてきた。
俺は砂糖もミルクも入れずにストローでコーヒーをすする。
ソラも見様見真似でコーヒーを飲む。しかし、苦いのか眉を顰めた。
「……苦い」
「これとこれを入れれば苦くなくなるぞ」
ソラのコーヒーに砂糖とミルクを入れ、掻き混ぜてやった。
ソラは再びコーヒーを飲む。
「どうだ?」
「少し苦くなくなった」
どうやらソラにコーヒーは少し早かったようである。口直しにケーキを注文することにした。
「お待たせしました。こちら、ショートケーキになります」
店員がショートケーキを運んできた。
「すごく美味しそう……!」
ソラはケーキに興味津々のようであった。
「きっと美味しいぞ。早速食べようか」
俺はケーキをフォークで一口サイズに切り分けて食べた。一方でソラは大胆にケーキを突き刺し、大きく口を開けて齧った。
幸せそうな顔でケーキをモグモグと食べるソラを見ていると何だか微笑ましい気持ちになる。
「ソラ。ちょっと話があるんだが」
楽しい食事中に悪いと思うつつも明日の戦いのことをソラに伝えることにした。
「どうしたの? お兄ちゃん」
「明日、戦いが行われる。相手はシリアルキラーと呼ばれる強い敵だ」
美穂さんですら逃げることしかできなかったという手強い相手。それゆえにこちらも綿密に準備をしておかなければならない。
しかし、準備できる時間は今日と明日しかない。
「シリアルキラー?」
「そうだ。氷の血縁術を操るらしい」
「お兄ちゃん。それ、誰から聞いたの?」
「えっと、その……美穂さんから」
「それって雷光の妹の契約者だよね?」
昨日のことを思い出したのかソラが真顔になった。
「まぁ、そうだ」
「あいつは敵。お兄ちゃんのこと殺そうとした」
やはりソラは美穂さんのことを快く思っていないようである。
「待ってくれソラ。美穂さんは悪い人じゃない。俺達に有益な情報を教えてくれたんだ」
「ふーん、そうなんだ。お兄ちゃんが満足してるんならいいんじゃない?」
必死に伝えてみたが、ソラはしかめっ面をしている。どうやら拗ねてしまったようだ。
「と、とにかく! 帰ったら作戦会議がしたい」
「分かった」
会計を済ませ、店を後にした後、ソラが「トイレに行きたい」と言いだした。
ソラを待っている間、シスターウォーのマイページを確認しようと思い、スマホを取り出す。
「えーと、今の血縁力は……」
「ふーん、303ね。やるじゃん」
全身から鳥肌が立った。振り返ると、うちの学校の制服を着た女子生徒が俺のスマホを覗き込んでいた。
「き、君は……」
「及川莉子。よろしくね」
話したことはないが、名前は知っている。彼女は奇抜な桃色の髪をしており、先生からたびたび指導を喰らうも全く改めないという噂であった。
また、かなり生意気な性格のようで先輩から呼び出されるも全て返り討ちにしているという話を聞いたことがある。
「ど、どうも……」
「あははは! ウケるんだけど。なんで敬語なのさ。勇斗君の方が年上でしょ?」
「そ、そうだけど……そういえば俺の名前を知っているのか」
「そりゃあ有名だもん。学校一の秀才だって」
「そ、そうなのか」
自慢じゃないが、俺は学年でトップの成績を保っている。だからといって、他学年にまで知れ渡っているとは驚きだ。
しかし、今はそれよりももっと気になることがあった。
「君もシスターウォーに参加しているのか?」
「そうだよん」
「なら、いつから俺が参加者だって気づいていたんだ?」
どうやって俺がシスターウォーの参加者であることに気づいたのか気になった。何らかの方法を使うことで他の人にバレてしまうものだろうか。
「実はさ、今日屋上で勇斗君のことを見かけてね。シスターウォーって呟いているのを聞いてピーンと来たんだ。君もゲームの参加者だってことにね」
確かに今日、俺は三限目の現代文をサボり、屋上でシスターウォーのサイトを閲覧していた。
しかし、屋上に他の生徒がいたことに全く気づかなかった。
「そうだったのか。もしかして下校の時からずっと付けていたのか?」
だとすれば、美穂さんと出会っているのも見られているということになる。
「まっさか、ストーカーじゃあるまいしそんなことする訳ないじゃん。ここで会ったのはたまたまだよ。よくここに来るんだ」
たまたまね……サオンでばったり知り合いに会うのは珍しくはないことではあるが。まぁ、こうしてわざわざ話しかけてきたあたり、今のところ敵意は無いと思っていいだろう。
「そうか。それより何か目的があって俺に話しかけてきたんだろう?」
「まぁね。それじゃ、ちょっと私に付いてきてもらっていいかな?」
「けど、ソラが……」
さすがにソラのことを放置し、ここから離れる訳にはいかなかった。ただでさえ、ソラは日常生活に疎いのだ。
俺がいなくなったら何をしでかすか分からない。
「ソラ? ああ、勇斗君のシスターのことね。なら、連絡先を交換しておこうか。今日の夜、電話お願い」
「お、おお……分かった」
莉子は連絡先を交換すると、すぐさまこの場から離れ去っていった。
まさか同じ学校にシスターウォーの参加者がいたとはな。美穂さんのように協力してくれたら心強いのだが……とにかく今は明日の戦いのことに注視すべきか。
「お兄ちゃん。お待たせ」
ソラがトイレから戻ってきた。ここでの買い物は大体終わった。
「ソラ、寄って行きたい場所がある。少し歩くけどいいか?」
「うん、いいよ!」
サオンから徒歩十分程の場所にあるお店、万屋へと足を運んだ。
いつもであれば、漫画やゲームコーナーに向かうところであるが、今日の目的は別である。
「良かった。あった」
商品カゴにあるドローンを手に取る。価格は三万円程度のもので、裏のパッケージを確認すると広角カメラが付いているようである。
よし、これにしよう。
「お兄ちゃん、これ買うの?」
「うん、戦いで役に立つんじゃないかと思ってな」
昨日、スマホを利用した作戦。俺はドローンを活用することでより戦略の幅を広げることができるのではと考えた。
三万はちと痛いが今はなりふり構ってなどいられない。何としてでも生き残る。
「ふー、疲れたなぁ……」
買い物を済ませ、バスに乗って家に戻った俺たちはソファーにもたれ込んだ。ふとテーブルに目を向けると、見覚えのない茶封筒が置かれていた。
不思議に思った俺はソファーから立ち上がり、ゆっくりとその封筒に手を伸ばす。恐る恐る封筒の中身を確認すると、なんと大量の札束が入っていた。
数えてみると一万円札がなんと五十枚入っていた。
一体なんだこのお金は……俺は不気味に思った。
いや、確か美穂さんが言っていた。シスターウォーで勝利すると大金を手にすることができると。
ならばこれは昨日、美穂さんとの戦闘で勝利したことへの報奨金といったところか。
「しかし、どうやってここに送ったんだろうか……」
改めて管理人の力が怖くなる。その気になれば家に爆弾を送りつけることもできるのだろう。
そもそもどうして管理人は家の場所を知っているんだ。
「お兄ちゃん、テレビ見てもいい?」
「おお、いいぞ」
ソラはテレビを点け、チャンネルを教育テレビの子供向け番組に変えた。画面には人形が音楽を演奏している映像が映る。
ソラがテレビを見ている間、俺はリビングから出て莉子に電話を掛けることにした。
「もしもし?」
「やぁ、勇斗君。早速電話してくれたんだね。嬉しいよ」
莉子は軽い口調で話す。果たして俺の選択が吉と出るか凶と出るか。
「単刀直入に聞くぞ。莉子のこと……信用してもいいのか?」
「それは君の態度次第だよ。勇斗君」
今はまだ信頼には値しないということか。お互い殺し合いのゲームに参加している訳だし当然か。
「なら、どうしたら信用してくれるんだ?」
「そうだねぇ。勇斗君達の能力を教えてくれたら信用しないこともないよ?」
「……」
俺は自分の能力を正直に打ち上げるべきか悩んだ。もしも万が一、莉子と戦うことになった場合、不利になるのはこっちである。
「急に黙ったね? やっぱり私のことは信用できないのかな。それじゃ、交渉は決裂だね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 明日、シリアルキラーっていう強い相手と戦うことになったんだ」
「うん、知ってるよ。店で聞いてたし」
「そ、そうか。聞いていたのか……今の俺達じゃ到底勝てそうにないんだ。どうか協力して欲しい」
莉子が協力者になってくれれば戦況は大分有利に傾くであろう。
「まー、シリアルキラーは私も狙っていた相手だしね。協力してあげてもいいよ。さっき言った通り、勇斗君が能力を教えてくれたらね」
莉子が協力してくれるなら少し危険ではあるが、莉子に能力を明かす価値はあるかもしれないと思い始めた。
「分かった。今、ここで話せばいいのか?」
「いや、明日の九時に岩手公園の地下駐車場に来てくれる? そこで能力を見せて」
「あ、明日って……普通に学校なんだが」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。下手したら明日死ぬかもしれないんだよ? それに一日くらいサボったって、へーきへーき」
「分かったよ。俺一人で行けばいいのか?」
「はぁ? 何言ってんの。契約者とパートナーが近くにいないと血縁術が使えないでしょ」
知らなかった。だから、美穂さんはあの時俺一人でフェニックスに来るように言ってきたわけか。
「悪い、知らなかったんだ。具体的には何メートル離れたら血縁術が使えなくなるとかあるのか?」
「それは人によって違うよ。私は自分の発動距離を把握しているけど、勇斗君には言えないね。まー、これは教えてあげようかな。戦い中に契約者かシスター、片方かでも死ねば血縁術は使えなくなるんだよ」
「そうなのか、分かった。それじゃ、明日の九時に岩手公園の駐車場で集合だな」
「うん、よろしくー」
莉子が電話を切った。シリアルキラーとの戦いの命運は莉子の協力に掛かってくる。
リビングに戻るとソラがソファーの上でスヤスヤと寝ていた。俺はソラに毛布を掛けてやった。
「何としても勝たないとな……」
ソラが眠っている間に夕飯を作ることにした。普段は外食やコンビニの弁当で済ませることが多いが、今日はソラの為に手料理を振る舞おうと思った。
炊飯器で米を炊き、冷蔵庫の中に入っている豚肉をフライパンで炒める。
さらに人参、ピーマンといった野菜類を細かく切り刻み、簡単なサラダを作った。
料理が完成し、配膳をしていると、ソラは欠伸をしながら腕を伸ばし、ソファーから起き上がった。
「おはよう。お兄ちゃん」
「おはよう」
おはようと言ったが、時刻は既に午後六時を過ぎている。
「ソラ。ご飯ができたぞ。一緒に食べよう」
「うん。いただきます」
ソラは箸を伸ばし、豚肉の生姜焼きを取り、一口齧った。
「ど、どうだ?」
「すごく美味しい」
気に入ってくれたみたいで何よりである。
しかし、食事中に俺は重大な事態に気づいた。
「ソラ……お前、ピーマンを食べてないんじゃないか?」
「……」
図星なのかソラはそっぽを向く。なるほどな。ソラはピーマンが嫌いなのか。
「ちゃんと食べないとダメだぞ。このピーマンはな、奥州市で採れたものなんだ。すっごい美味しいんだぞ」
奥州市のピーマンの作付面積は全国で五位であり、県内でもトップの一大産地となっている。
「ピーマン、苦くて美味しくない」
少しでも食べやすくする為に細かく切り刻んで、苦味が消えるようなドレッシングを選んだつもりだったがダメだったか。
「全く困ったな……それじゃ、食べ切ったら何か一つご褒美をしてやろう」
条件を提示して、ピーマンを食べるようソラに促す。果たしてこれでピーマンを食べてくれるだろうか。
「それじゃ、食べたら一緒に遊んでくれる?」
「えぇ!? そ、それはその……」
昨日もソラから一緒にお風呂に入って欲しいと迫られたのだが、色々とマズイと考えた為、断っていた。
「お兄ちゃん……ダメかな?」
しょうがない。ここはソラの為に一肌脱ぐとするか。
「分かった! ソラがちゃんとピーマンを食べたら一緒にお風呂に入ってやるよ」
「わーい! なら、私も頑張って食べる!」
ソラは意気込んでサラダをかき込んだ。時折、険しい表情をするがそれでも食べるのを止めようとしなかった。
「偉い。偉いぞ、ソラ……」
ソラは無事ピーマンの入ったサラダを完食した。食器を片した後、ソラと共にお風呂に入るべく湯船にお湯を溜めた。
「き、緊張するな……」
「早くお兄ちゃん」
俺とソラは脱衣所にいた。これから着ている服を脱ぎ、ソラと一緒にお風呂に入るわけだが、俺の心臓は激しく鼓動している。
俺がアタフタしているうちにソラはそそくさと服を脱ぎ始めた。反射的にソラから視線を逸らす。
「お兄ちゃん。脱がないの?」
「す、すまん……脱ぐよ」
覚悟を決めた俺はソラと風呂場に足を踏み入れた。風呂場には湯気が漂っている。
「お兄ちゃん。背中洗って」
「お、おう……」
ソラの背中を洗ってやることにした。ボディソープを手で泡だて、きめ細かく白い背中にそっと触れる。
「ん……」
ソラが小さく甘い吐息を漏らす。ソラの背中はとても滑らかな触り心地であった。
「ソラ。大丈夫か?」
「うん。気持ち良い。もっとやって」
「分かった」
良かった。お気に召したようだ。俺はソラの身体をひたすら洗い続けた。背中が終わると、腹部や足など洗ってやった。
ソラの身体はどこもスベスベで触り心地が良かった。
絹のような綺麗な髪も洗ってやり、最後にシャワーで泡を洗い落とす。ソラには先に湯船に浸かってもらい、その次に自分の身体を洗おうと考えていた。
「お兄ちゃん、今度は私が身体を洗ってあげるね」
「お、おう……悪いな」
ソラは泡立てると、小さな手で俺の脇腹に触れてきた。
「うわ……!」
ソラに触れられるとなんだかむず痒い気持ちになり、つい変な声を出してしまった。
さらにソラは腕を俺の胸に回し、胸から腹部に掛けてゴシゴシと洗ってきた。
「そ、ソラ……ここからは俺が洗うからソラは先に湯船に入ってくれ」
「うん、分かった」
これ以上、やられると何か間違いを犯してしまう気がする。それだけは絶対に避けなければならない。
髪を洗った後、俺も湯船に浸かった。俺も入ったことで水嵩が増し、湯船からお湯がザーと音を立てて流れ出ていく。
「お兄ちゃんとお風呂、お風呂~」
ソラは上機嫌そうに身体を俺の方に預けてきた。程良いソラの重さが感じられる。ソラの水色の髪が鼻にあたり、シャンプーの良い香りがした。
「ソラ……」
本能的にソラのお腹に手を回し、身体を密着させる。そして、ソラの肩に顎を乗せる。
「お兄ちゃん?」
管理人。今だけは感謝する。ソラを与えてくれたこと。この出会いが偶然であったとしても、俺はソラのことを守りたい。
あの時は守れなかったが今度こそ――
「本当に参ったわね」
今から一時間前、シスターウォーが開始した。
相手は私が唯一戦って勝てなかった相手、『シリアルキラー』である。
全く……同じ相手とマッチングするだなんてわざとかしら。それとも参加者が少ないからたまたま? まぁ、今はそんなことはいい。
戦いの場所は田野畑村にある南山崎と呼ばれる景勝地であった。私の後ろは断崖絶壁となっており、そこから覗ける夜の海の眺めは圧巻に一言に尽きる。
戦いが始まった直後、私は逃げることを念頭に置いていた。
しかし、奴の攻撃を避けるのが精一杯でこうして追い込まれてしまっているという状況である。
「いやぁ、嬉しいな。あん時は逃がしちまったからな」
緑掛かった髪に筋肉隆々の男――シリアルキラーがニヤけた。
「やったね綾河! ねぇ、どうやって殺す? バラバラにする? それとも氷漬け?」
「相変わらず悪趣味だなアデル」
スールが苦言を呈すと、シリアルキラーのシスターであるアデルは「あ?」と呟き、氷柱を飛ばした。
氷柱はスールの額を掠め、少量の血が流れた。
「やだなぁ。スールは本当にクソ真面目ね。そんなに気張んないでもっと心の赴くままに生きないと長生きしないよ……って、ごっめーん! もうすぐ死ぬんだもんね。心配して悪かったわ」
アデルは私達を小馬鹿にするようにケラケラと笑い焦げた。
奴の血縁術である凍氷の姉はその名の通り氷を操る血縁術。
触れたものを一瞬で凍らせることができるのはもちろん、氷で盾や剣状の武器を作ることができる。
しかし、それだけなら前の戦いでも披露しており、何とか逃げ切ることが出来たのだが……
「お前らがぶっ壊しちまった氷人間、作っておくか」
シリアルキラーは三人の氷人間を作り出した。これこそ、前の戦いでは使ってこなかった新たな技。
奴は一度に五体の氷人間を作り出し、操ることができようになっていた。
しかも、一体一体の戦闘力が一般的なシスターと同じくらいという恐るべきもの。
私達は三体倒すのがやっとで、まんまと崖の前まで誘導されたしまった。
「前にお前に逃げられてから編み出したんだ。この技、いいだろう?」
「本当、綾河は天才だよねー!」
「はっはっはっ! そうだろう」
シリアルキラーが愉快そうにアデルの頭を撫でた。これから人を殺そうとしているというのに平然と笑っていられるのが不気味でならない。
少なくとも、今までの対戦者の中でそんな人は一人もいなかった。やはり、こいつは狂っている。
この状況を打破するためにはどうするべきか、私は必死に画策した。
真っ先に思いついたのが崖から飛び降りるという選択肢。大怪我は免れないであろうが、シスターと契約しており、通常の人間よりも遥かに頑丈な私なら何とか一命は保てるであろう。しかし……
「言っておくが、この崖から飛び降りようって考えなら止めておいた方がいいぞ。氷人間が死ぬまでお前のことを追跡するからな」
こちらの考えは完全に読まれていた。だが、氷人間と本体の追跡を掻い潜り、一キロメートル以上の距離を取るのはかなり厳しい。一体、どうしたら……
「美穂」
スールが小声で私に話し掛けてきた。何か良い作戦が思いついたのだろうか。
「何?」
「私があいつに向かって走るから美穂は崖から飛び降りてくれ」
「な、何言ってるの! そんなことをしたらスールが……」
「まぁ死ぬだろうな。ここでな」
スールはポケットからサバイバルナイフを取り出した。私は理解した。スールは自害するつもりなのだろう。出来るだけあいつらを引きつけてから。
シスターウォーにおいて、契約者かシスターが死ねばゲームは終了となり、元の場所に送還される。
送還が終わるまで少し時間が掛かるため、スールはその時間稼ぎをするつもりなのだろう。
全くこの子は……私の為に自分の命を捨てようとするなんて、本当に馬鹿だわ。
私はスールの頬を思いっ切り引っ叩いた。
「生意気言ってんじゃないわよ! 私とあなたは一心同体……そうでしょ?」
「美穂……だけど」
「大丈夫。必ず勝てるわ。私達の血縁力は誰にも負けない」
これまで幾度となく命の危機に遭遇し、その度にスールと一緒に乗り越えてきた。
今だってスールとの血縁力が上がっているのが分かる。
「ちょっと、なーに? もしかして仲間割れ? モタモタしてるとこっちから行くよ?」
「黙りなさいクソビッチ。今からあなた達をぶっ殺す方法を考えていたところよ」
アデルのことを挑発してやると、彼女のニヤケ面がみるみるうちに怒りに満ちていった。
いいぞ。怒れ、怒れ……
「死にたいようねこの雌豚が! 綾河、こいつらを早く始末して!」
「あいよ」
氷人間が一斉にこちらに向かってきた。まるでゾンビのような不気味な動きをしながらも素早い速度でこちらに来る。
「スール、地獄の底まで付き合ってもらうわよ!」
「望むところだ!」
私は必ず生き残る。難病に掛かった妹を救うため、シリアルキラーをここで倒してみせる。
「「雷光の妹!」」
電流を身に纏い、スールと連携して氷人間を次々と破壊していく。不思議な感覚だ。まるでどんどん力が溢れて出てくるよう。
前方、上空から飛来してくる氷柱を避け、シリアルキラーに近づく。スールはアデルを狙った。
握りしめたナイフをシリアルキラーの首に狙いを定めて、突き刺そうとした――