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イーハトーブ

 盛岡市にある廃工場にて、俺はある人物を呼び出した。

「あんただな。俺を呼んだのは」

 やってきたのはシスターウォーに参加している大学生の男性。彼の隣には少女が立っていた。

「ライア、どうだい?」


 ――ええ、間違いないでしょう。その子は紛れもなくシスターです。


「ごめんね、急に君をこんなところに呼び出して」

「本当だよ。手紙なんていう古典的な方法で俺を呼び出してやがって。あんた、サイトの管理人か?」

「いや、違うよ。管理人とは古くからの知り合いでね。少し聞きたいんだけど君はどうしてシスターウォーに参加しているのかな?」

「どうしてって、そりゃお金の為だよ。こんなゲームで大金を稼げるなんて最高じゃねぇか」

「ふむ、そうか……」


 ――拓郎、もういいでしょう。私にやらせてください。


「分かった、それじゃ頼むよ、ライア」

「テメェ、何一人でブツブツと……」

 身体の主導権をライアに渡す。目の前にいる二人は急にライアに姿が変わったのを見て、驚きを隠せないようであった。

「す、姿が変わった……一体何者なんだお前は?」

「私の名前はライア。この世界で初めて誕生したシスターです。そこのシスター、あなたの名前は?」

「フレア」

「そう。フレアね。あなたの契約者には大変心底失望いたしました。戦う理由がお金の為だなんて……あなたが着ている服はボロボロですし、きっと良いように操られているのでしょう。私が天国に送って差し上げます」

「そういうお前の目的はなんだ!? 金じゃないのか?」

「よく聞いてくれましたね。私達の目的はイーハトーブ計画の執行です」

「何だよそのイーハトーブ計画というのは」


 やれやれ。計画名を聞いてもピンと来ないだなんて、これだから知恵遅れの人間というのは面倒なものです。



 しかし、慈悲深い私は低脳な頭脳を持つこの人間にも分かりやすく説明してあげようと思いました。

「かの宮沢賢治はこの地を#理想郷__イーハトーブ__#と名付けました。私達が求める理想郷……それは拓郎の研究が認められ、シスターと人間が幸せに生きていく世界。その為にもこの世界の人間には死んでいただく必要があるのですよ。理解していただけましたか?」

「何を言っているのかさっぱりだが、一つだけ分かったことがある」

「何でしょうか?」


 ――ライア、来るぞ。


「テメェらがロクでもない奴らってことがな! 豪炎(バーニング)()(シスター)!」

 二人が巨大な炎をライアに向けて放ってきた。ライアは右腕を伸ばし、その場に立ち尽くす。

「この炎の攻撃で俺達はシスターウォーを生き残ってきたんだ!」

「なるほど、思っていたよりはやりますね。右腕が少し焼けてしまいました。もう再生しましたけど」


 契約者の男は平然としているライアを見て、戦慄した。


「ば、馬鹿な……俺達の攻撃が効かないなんて。この!」

 闇雲に炎を出し続けるも、ライアは悠々と炎の中を突き進み、フレアの首を掴んだ。

「う、うわあああああ!」

 契約者の男はフレアを見捨て、その場から逃げ出した。情けないにもほどがある。

 俺達が今まで殺してきた相手はどんなことがあっても決してシスターを見捨てたりはしなかった。

「クズが」

 ライアはフレアを離すと、契約者の男に追いつき、両手で首を掴んだ。

「た、頼む……許してくれ。もうこのゲームからは降りるから……」


 ――ライアどうする?


「考えるまでもありません。こいつは殺します。災害(テンペスト)()(シスター)

 ライアは手を離した。すると次の瞬間、契約者の男の身体から青色の炎が発生した。

「うわあああ! 何だこれ! 頼む助けてくれ!」

「あなたの魂はとても汚れています。浄化なさい」

「いやだ、死にたくない。死にたくないよ……」

 契約者の男は泣き叫ぶも黒い灰と成り果てた。呆然とその場に残っていたフレアはガクンと膝を落とした。

「フレア。あなたもゆっくりとおやすみなさい。災害(テンペスト)()(シスター)


 フレアを殺すと、ライアはその場を立ち去った。

 これで残る契約者は古館晃平、菊池美穂、そして三浦勇斗の三人となった。


 人気の無い場所に移動すると、ライアは親縁術を解いた。


「ライア、お疲れ様」

「これくらい、どうってことはありません。それより、もうすぐですね。第二次成長期」

「ああ。その前に晃平と戦わないといけないけどな」

 三浦勇斗と菊池美穂が親縁術を使えるようになった今、俺達でも簡単にいくかは分からない。

「しかし、驚きでしたね。拓郎が偶然岩手山で会ったという二人がまさか親縁術の使い手だったなんて」


 晃平が電話で勝負を申し込んできた際にどういう意図か二人のことを詳細に教えてくれた。

 嘘である可能性もあったが、大通りで再開した時、親縁術を使っていた為、ライアはすぐにソラがシスターであることを見抜いた。


「俺も驚いたさ。彼らと会った時、なんとなく親近感を湧いたんだよ」


 大通りで二人と再開した時、殺しておくべきか少し悩んだものの止めておいた。

 晃平が管理しているシスターにはICチップが埋め込まれている。

 あのチップにはシスターの位置を把握する機能と血縁術を発動したら晃平に通知する機能がある。

 他のシスターはともかく晃平はあの二人を特別扱いしていた。殺そうとしても、すぐに逃がされることだろう。


「それにしても拓郎。わざわざ晃平の指示に従うこともないんじゃないですか? 第二次成長期を迎えてから晃平を殺っても……」

「いやだめだ。あいつは俺の親友だからね。晃平だけは必ずこの手で殺す」

 お互いシスターの研究に携わった身。災害で殺すなんて真似はしない。

 あいつは俺に勝負を申し込んだ。受けてやるのが筋というもの。

「そうですか。晃平はあなたにとって特別な存在なのですね」

「ライアほどじゃないさ」


 俺は彼と研究をした日々のことを思い浮かべた。



 十五年前の十一月十一日、岩手山に落ちていた石から二人の生命体を作り出すことに成功した。

「いよいよ完成するな……」

 俺は期待に胸を膨らませながら起動ボタンを押した。培養槽の蓋が開き、二人の少女が目を開ける。

「初めまして二人とも」

 晃平は初めて見る人工生命体の二人に挨拶をした。

「あなた方が私達を生んだのですか?」

 灰色の髪の少女が尋ねた。生まれてすぐに状況を飲み込むあたりこの人工生命体はかなり知性が高いようだ。

「ああ、そうだよ。君達はあの石から誕生したんだ」

 俺は机に置いてある黒い石を指差した。今回、シスターの生成が成功したことにより、新しいシスターも造れるようになることだろう。

「そうですか、こんな小さな石から私達を……それで、これから私達はどうすればいいのでしょう?」

「僕達と契約してもらう。二人には超能力を使う存在として科学のシンボルになってもらうつもりさ」


 俺と晃平は二人の人工生命体に名前を付けた。灰色の髪の少女を『ライア』と名付け、俺はライアと契約した。

 紫色の髪の少女を『ヴェル』と名付け、晃平はヴェルと契約をした。

 俺と晃平はシスターの存在を世間に発表しようとした。しかし、人工生命体という存在をこの国の科学者どもは人間の倫理に反すると主張し、決して認めようとはしなかった。

 ライアは身柄を拘束され、俺と晃平は学会を追放されることとなった。

 幸いにもヴェルの存在は公にしていなかった為、転送(テレポート)()(シスター)の能力を使ってライアを奪い返した。

 俺達の研究室に戻ってきたライアだったが、かなり精神的ショックを受けており、何があったのか決して語ろうとはしなかった。


「どうしてだ……どうしてあいつらは俺の研究を認めてくれないんだ!」


 机を強く叩いた。他の科学者どもが憎くて憎くて仕方がない。

 自分達では大した研究も生み出せないくせいに、俺が造り出したシスターを『科学の災害』だとぬかしやがった。


「落ち着いてよ拓郎。仕方がないよ。幸いライアは取り戻せたんだしまた一から研究を始めよう」

「無理だろ。俺達は学会を追放されたんだぞ。あのクソ共のせいでな」

 科学者として生きておくことはもう困難だと言ってもいいだろう。いや、厳密にはひとつだけ科学者として生きていく方法はあるのだが……

「え、何!?」

 突然、銃声が鳴り響き、ヴェルは驚きの声を上げた。武装した人間三名と白髪混じりの眼鏡を掛けた人物がこの研究室の中に入ってきた。

「探したよ、ライア」

「細越教授。どうしてここに?」


 細越健二ほそごえけんじ――遺伝性工学の第一人者であり、シスターの生成に強く最も反対してきた人物である。

 ライアは細越の顔を見ると、どういう訳か嘔吐した。


「おやおや、ライア君。ひどいじゃないか、私の顔を見て吐くなんて。こんなこともあろうかとライア君にはGPS装置を付けておいたんだよ。どうやって逃げたのか分からないがライア君とそこの紫色の髪をした少女を渡してもらおうか」

「あなたは二人を殺すつもりですか?」

 晃平がヴェルに合図を送った。血縁術を使ってこの場から逃げるつもりなのだろう。

 血縁術の発動まで少し時間が掛かる為、会話で時間稼ぎをするつもりか。

「殺す? 殺すだなんてとんでもない。ライア君と私は愛し合った身……そうだろう?」

「いやぁ! お願いだからもう止めて! うわあああああん!」

 ライアがヒステリックを起こしたかのように泣き叫んだ。俺はライアが何をされたのか考えるのも嫌になった。

「テメェ……ライアに何をしたんだ!」

「ふふふ、あはははは! この世界には私のように少女を愛する人間がたくさんいる。君達の研究はそんな人の為に役立つ。さぁ、二人を渡しなさい。一緒に愛し合おう」


 細越の息遣いが荒い。気持ち悪い。死ねば……


「死ねばいいのに」

「ふ、残念だが死ぬのは君達の方だ。おい、拓郎と晃平を射殺しろ。シスターには絶対に当てるなよ」

 晃平が指で合図した。どうやら準備が整ったらしい。だが、おめおめと逃げるなんて納得がいかなかった。俺は細越に近づいた。

「おい、どうしたんだ? 命乞いか?」


 細越の右腕がスパッと刃物で斬られたかのように落ちた。切断面から滴る大量の血が床を赤色に染める。

 今まで俺とライアはどういうわけか血縁力を使うができなかったが、ついに使えるようになった。


「うわあああああ! な、何だこれ!」

「お前らは言ったな。ライアのことを科学の災害だと。なら、その力を見せてやるよ。この血縁術でな」

「お前ら、早くそいつを撃て!」

 武装した三人が一斉に俺に向けて射撃を開始する。しかし、銃弾は全て床に落ちていく。

「ど、どうして当たらない……貴様は一体」

「俺とライアの血縁術。名付けるならそうだな……災害(テンペスト)()(シスター)

 武装した三人の身体が綺麗に真っ二つになる。上半身を失った下半身からは大量の血飛沫がまるで噴水のように吹き出す。

「う、うわあああああ!」


 その場から逃げ出そうとした細越の両脚を風の刃で斬った。両脚を失った細越は必死で地面を這い、ノミ蟲のように必死に逃げようとしている。哀れとしか言いようがない。


「おい、ライア。そいつを血縁術で殺せ」

「いいんですか?」

「ああ、こいつに酷いことをされたんだろ。思いっきりやれ」


 ライアは細越に近づいた。放っておいても出血多量で死ぬだろうが、それでは俺の腹の虫が収まらない。


「ら、ライア君……頼む。助けてくれ。私はね、君のことを心の底から愛しているんだ」

 気色の悪い笑みを浮かべる細越をライアはゴミを見るような目で見た。

「とっとと死ねゴミカス。災害(テンペスト)()(シスター)

 細越の身体から青い炎が発生した。災害のテンペスト・シスターの能力はまだ不明だが、通常でも起こりえない超常現象を発生させることができるみたいだ。

「あ、熱い! 助けてくれ、し、死ぬたくない。死ぬたくないよぉ……」

 細越は十秒もしないうちに炭と化した。血縁術で人を殺めてしまった訳だが全く後悔はなかった。

「拓郎。早い所この場を離れよう。僕達を狙う連中が他にもいるかもしれない」

「晃平さん、どうして私達が逃げなければいけないのですか? 悪いのは彼らの方です」

「そうかもしれないけど……今は逃げるしかないないんだ。頼む、分かってくれ」


 逃亡生活を続けるってのは確かに納得がいかない。だが、選択の余地はない。

 あるとすれば……


「晃平。俺とライアは平行世界への移動を目指す」

 平行世界の存在についてはまだ学会には伝えていない。血縁術が一定数以上に達すると、自分が望む世界に移動することが可能となる。

 しかし、平行世界に留まり続ける為には大きな代償が必要となる。

「な、何言ってるんだよ! 契約者がシスターと平行世界に移動するってことは……」

「そうだ。俺はこの世界の人間を滅ぼす」

 俺はたとえ全世界を敵に回してもライアと一緒にいたい。安全な世界で彼女と暮らしたい。俺はライアの手を握った。

「拓郎……あなたはこんな汚れてしまった私を受け入れてくれるのですか?」

「当たり前だろ。ライアは俺の大切なシスターなんだ」

「嬉しい、とても嬉しいです」


 ライアはが涙を流した。俺が科学者として成功している世界に住む。

 そうすれば、ライアも今後俺が生み出すシスターも幸せに暮らしていけるようになるだろう。


「拓郎。君、自分が一体何を言っているのか分かってるのか!?」

「勿論分かってるさ。俺はライアと共に理想郷イーハトーブを目指す。それを邪魔するならたとえお前らが相手でも容赦はしない」

 ライアの手を引き、研究室を離れることにした。

「僕は……必ず君達のことを止めてみせる!」




 俺とライアが血縁術に目覚めた日、俺は晃平と決別することになった。それから、何度も晃平と戦ってきたが結局、あいつを仕留めきれずにいる。

 晃平が想像以上に強いのもあるのだろう。しかし――


「拓郎。私はヴェルが相手でも容赦はしません。あなたは晃平を殺せますか?」

「殺す……殺してみせるさ。必ずな」

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