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人工生命体『シスター』

 学校の屋上から外の景色を見渡す。下にはたくさんの住宅街と色づき始めた樹々が調和し、和やかな景色が広がっている。

 ここから見下ろす景色を俺は結構気に入っていた。心に潜んでいる漠然とした不安の種も今はほとんど気にならない。


 この俺、三浦勇斗(みうらゆうと)は岩手県宮古市から進学するにあたって県庁所在地でもある盛岡市に引っ越してきた。

 生まれてこのかたずっと宮古市で暮らしてきた為、盛岡市の暮らしは最初こそそれなりに刺激的で楽しかったものの、半年程すると退屈なものに変わっていった。


 部活にも入っていない為、家に帰ると少し勉強をし、趣味である漫画やアニメ鑑賞にのめり込むという生活を一年以上続けている。


「おお、今日は新刊の発売か……ん、何だこれは?」

 漫画のサイトをチェックしていたら、何やらメールが届いた。


 ――登録するとあなたの理想の妹・姉が手に入ります。夢のシスターライフを楽しみましょう!


 メールのタイトルにはそのように書かれていた。

 さらにメールの中身を確認すると、流麗な美少女のイラストと大人気ゲームと謳うサイトのリンクが貼られていた。

 普段ならスルーする広告であるが、興味本位でその広告をタッチした。

 そのサイト名はという『シスターウォー』という名前であり、自分が選ぶ理想の妹・姉と共に戦うという設定らしい。


「理想の妹ね……」


 少なくとも、その時の俺はただのソーシャルゲームのようなものであると考えていた。

 サイト内をスクロールしていくと、複数の入力フォームが出てきた。

 ユーザーネーム、年齢、妹・姉が話す言語、希望する妹・姉の性格などを入力していった。

 ユーザーネームは『ユウト』にし、希望する妹・姉の性格は選択式となっており、俺は『甘えん坊』と選択した。


 そして最後に『妹を希望する』を選択して、送信ボタンを押した。


 『登録が完了しました』というメッセージが表示された。家に帰った後にでもやってみるかな。


 丁度その時、予鈴のチャイムが鳴り響き、急いで教室へと戻ることにした。

 午後の授業がすべて終わると、俺はすぐに校舎を後にした。

 俺が通っている岩手第一高等学校は県内随一の進学校であり、授業や補修の時間が他の県内の高校と比較しても長いが、水曜日は早めに授業が終わるようになっている。


「ようやく終わった……ちょっくら万屋(よろずや)にでも寄って帰るかな」


 万屋とは学校から二キロ程離れた場所にある大型リサイクルショップであり、そこには本やゲーム、フィギアの中古本さらには護衛品まで売られている。

 黄色のレトロチックな外装が特徴で、この時間帯は学生がたくさんいる。

 店内に入ると、独特な香水の香りが鼻腔を突く。階段を上がると、駄菓子コーナーとテーブルでカードゲームに興じている小学生の姿が目に入った。


 俺はゲームや漫画本がある売り場へと移動した。

 そこでいくつかのゲームを物色し、しばらく漫画を立ち読みした。

 飽きたところで立ち読みを止め、別の売り場も見てみることにした。

 万屋にはゲームや漫画本以外にもエアガンや模擬刀、ドローンなども置いている。

 それらは購入せずとも見ているだけで結構ワクワクしたりする。


 お店を出た後は別の本屋にも寄り、欲しかった漫画の新刊を購入した。

 帰宅途中、運上橋から見える岩手山をふと眺めた。


 ここから見える透き通るように綺麗な北上川と雄大に聳える岩手山の眺めはとても素晴らしいものだと盛岡に来てから一年以上経った今でも思う。

 しかし、高校を卒業したらもうこの景色を拝むことはないのだろうなとふと思った。

 高校を卒業したら、東京の大学に進学し、そのまま都内の企業か官公庁に就職しようと考えている。

 そうなれば岩手とは疎遠になる。いや、『疎遠になりたい』と言うべきか。


 運上橋を渡ったすぐ先にある高層マンション――そこが俺の住んでいるところである。

 エレベーターで六階へと上がる。鍵を使って自分の部屋である602号室の扉を開けた。


「さてと……漫画でも読むかな」

 誰もいないはずのリビングへと足を踏み入れた。

「おかえり、お兄ちゃん」


 ん、ん、ん? どういうことだ?

 リビングには白いワンピースを着た見知らぬ少女がいた。

 その少女は蒼い髪をしており、人形のように整った顔立ちと陶器人形のように色白く、この世のものとは思えない程に可愛らしい容貌をしている。


「だ、誰だお前は……どこから入ってきた?」

 鍵は確かに掛けていたはずだ。少女はゆっくりと立ち上がり、スカートの裾を掴むと軽くお辞儀をした。

「初めまして。私の名前はソラ。人工生命体『シスター』だよ」

「し、シスター?」


 すると、ポケットに入れていたスマホが『ブルル』と振動した。スマホを取り出し、電源を点けると、見知らぬアドレスからメールが来ていた。


「な、何々だ一体……」

 メールの差出人は『シスターウォー管理人』となっていた。恐る恐るメールの文面を確認する。


 ――どーも! シスターウォー管理人です。ユウトさん、登録してくれて本当にありがとう。人工生命体シスターは無事、君の元へ送り届けた。これから起こる戦いを勝ち抜けることを祈ってるよ。


「何だよ、戦いって……それに人工生命体シスターって!」

 次々と巻き起こる不思議な出来事に頭が混乱しそうだ。

「お兄ちゃんはこれから私と一緒に他のシスターと戦うことになる」


 ソラと名乗る少女が口を挟んできた。そうだ、まずはこの少女から色々と聞きたいことがあった。


「何々だお前は! そして、シスターウォーっていうのはなんだ!?」

 やや高圧的に訊くと、ソラはムッとしたように眉をひそめた。

「それ、さっき言った。私の名前はソラ。私達はマスターに作られた」

 作られただと? 全く話が見えてこない。

「マスターっていうのはこの管理人のことか?」

 ソラにスマホの画面を見せた。ソラは興味深そうにじっと画面を覗き込む。

「うーん、分からない」


 ソラは首を横に振った。よく見るとメールにはサイトのURLが貼られていた。


 タッチして、サイトにアクセスした。

 マイページというタイトルがページ上部に表示され、何やら説明文が記載されていた。


 ――血縁力が上げると自分とシスターの力が上がります。血縁力を上げるにはパートナーとの仲を深めたり、敵を倒したりする必要があります。


「一体何だ、この血縁力ってのは……」

 サイトの下の方にはステータス画面のようなものが表示されていた。


 ――血縁力:0


「血縁力は私とお兄ちゃんの絆の力。今から契約の儀を行う」


 ソラが俺に顔を近づけてきた。息が掛かりそうなくらいまで顔を近づけられ、自然と心臓の鼓動が速まる。


「ちょ、おま……何を……!」

 ソラは両手で俺の頭を掴み、自身の唇を俺の唇に重ね合わせてきた。

「ん……!」


 体中からゾクゾクと鳥肌が立ち、ソラの柔らかな唇の感触に脳を支配されそうになる。

 それと同時に何とも言えない不思議な感覚が沸き起こった。

 まるで生まれ変わったかのように心地良い気分。ソラが顔を離し、眠そうな瞳で俺を見つめていた。


「これで契約の儀が完了した。これから頑張ろう、お兄ちゃん」


 まさか得体の知れない少女に初キスを奪われることになろうとは……

 スマホを確認すると血縁力が200に変わっていた。


「なぁ、ソラ。血縁力が上がるとどうなるんだ?」

「強くなる。そして血縁力が上がれば上がる程、戦いで有利になる」

「その戦いってのはいつ行われるんだ?」

「分からない」


 くそ、情報が足りなすぎる。とにかく今はこのサイトを見て情報を集めるしかない。

 じっくりとサイトを読んでいくといくつかのことが分かった。


 シスターウォーは俺のような人間とシスターという人工生命体がタッグを組んで戦うらしい。しかし、具体的にどんな戦いなのかまでは書かれていなかった。

 さらには戦いが始まる場所も時間も未定である。デスゲームって訳ではないと信じたい。


 そして、サイト内で気になる単語を見つけた。


「なぁ、ソラ。この血縁術ってのは何だ?」


 先ほど確認した『血縁力:200』という表示の下に、『血縁術:????』と記載されていた。


「血縁術は私達シスターが持つ異能の力。マスターはそう言っていた」


 異能の力……アニメや漫画でいうところの超能力のようなものだろうか。


「ソラは使えるのか? 血縁術を」

「まだ使えない」


 使えないのか。そもそもどんな戦いか分からない以上、対策を立てることができない。すると、管理人からメッセージが届いた。


 ――ユウトさん。本日の午後七時からシスターウォーが行われます。

 ――場所:山岩公園


「くそ、早速かよ……」


 山岩公園は標高三百五十メールの丘陸地にある盛岡市の公園で、周辺施設に動物公園や競馬場が所在しており、休みの日には家族連れの客で賑わう。


「なぁ、ソラ。この場所に行けばいいのか?」

「マスターは指定された場所に行く必要はないって言ってたよ」

「そうか。なぁ、そのマスターってのはどんな奴なんだ? 詳しく教えてくれ」


 おそらくそいつがシスターウォーなるものを企てた張本人。マスターという人物のことを知れば何か手掛かりは掴めるのではないかと考えた。


「私達を育ててくれた人で男の人だった」

「そ、それだけか……? 他には何か無いのか。そいつの特徴とか住んでる場所とか」

「マスターが住んでる場所は私もよく分からない。特徴はえっと……男の人で髪が黒かった」


 ダメだこりゃ。ソラに聞いても碌な手掛かりを掴めそうにない。

 いや、恐らくは自分の存在を隠す為、意図的にシスター達には最低限の情報しか与えていないのだろう。


 俺はテーブルの上に置いてある『イヌワシの卵』という菓子を手に取り、口に入れる。食べると少し頭が冴えてきた。やはり考え事には糖分が不可欠だ。

 ちなみにこのお菓子、父親が先週送ってくれたものである。


「それ、美味しい?」

「まぁな」

 ソラが両手を差し出してきた。おねだりするかのように可愛らしく上目遣いで俺を見つめる。

「ほらよ」

 俺は箱からイヌワシの卵を取り出し、ソラに渡す。ソラは不器用な手つきで包装を破り、口に入れた。

「どうだ? ソラ」

「何これ……すっごく美味しい!」

「そうか、良かった」


 イヌワシの卵は岩手県内で販売されており、カステラ生地を卵の形に仕上げ、ホワイトチョコレートでコーディングした岩手県の銘菓である。

 俺はソファーの上に座り、気分転換がてらテレビでも見ようと思い、テレビの電源を点けた。


 ニュース番組が放送されており、殺人事件について取り上げていた。


「先日、盛岡市の松高の池にて、女子中学生の死体がバラバラになった状態で発見されました。岩手県警は現在、犯人の追跡を行なっているところです」

「盛岡で殺人事件か……」


 随分と物騒な事件が起きたものである。俺も気をつけねばと考えていると、ソラが何故かちょこんと俺の膝の上に座ってきた。

 重心を俺の身体に預け、俺の腕を掴んできた。サラサラとしたソラの髪が俺の顔に当たり、ふわりとフレグランスの良い香りが漂ってきた。


「ちょっと、ソラ……」

「お兄ちゃん、重い?」

「あ、いや。別に重くはないが……」


 重くはないがこんな風に異性に身体を密着され、ドキドキしないはずがない。

 ふと、テレビに目を向けると、画面の右端に『6:00』と表示されているのが見えた。


「それよりもそろそろご飯にするか」

「ご飯?」


 ソラを膝の上から退かし、ソファーから立ち上がる。ソラを少し離れた場所にある『大通り』と呼ばれる場所に連れて行った。


「たくさん人がいる」

「そうだな」


 大通りは岩手県随一の繁華街と呼ばれており、たくさんの飲食店や雑貨店などが立ち並んでいる。

 大通りの中にあるお店の一つ、『大和ヤマト』というお店に入った。店員に二人用の席に案内され、メニューを広げた。


「初めて見る食べ物がたくさんある……」

 ソラは目を輝かせながら料理の写真を眺めていた。冷麺を見たことがないのか……

「ソラはいつもどんな食事をしてたんだ?」

「あんまり味のしない固形食料っていうのをよく食べてた」

「そ、そうか……」


 どんな食べ物なのかはよく分からないが味のしないカロリーメイトみたいなものだろうか。ソラが送ってきた生活には謎が多い。


「俺は冷麺を頼む。ソラは?」

「私もお兄ちゃんと同じやつにする」

 呼び出しボタンを押すと、すぐに店員が駆けつけてきた。

「冷麺を二つお願いします」

「かしこまりました。辛さは何辛にしますか?」

「どちらも普通辛でお願いします」


 冷麺は辛さを選択でき、その辛さは普通・辛・特辛の三種類である。しかし、俺はこれまでに普通以外を頼んだことはない。


「かしこまりました」

 料理が来るまでの間、再びソラからシスターウォーについて訊いてみることにした。

「なぁ、ソラ。本当にどんな戦いが行われるのか知らないのか?」

「うん。マスターからは命を賭けた戦いとしか聞いてない」


 ソラが聞き捨てならないセリフを吐いた。


「命を賭けた戦い? それって……つまり殺し合いってことか?」

「うーん、分かんない」

 あまり考えたくないが、最悪殺し合いが行われるという可能性も出てきた。

「ソラ……俺の家にはどうやって入ったんだ?」

「マスターの力で来たみたい。気が付いたらお兄ちゃんの家にいたんだ」


 何だそりゃと思ったが、もし仮にソラの言っていることが本当だとすればテレポートのようなもので家に入ってきたということになる。


「そうか……ソラ。帰ったら戦いに備えて作戦会議がしたい。いいか?」

「うん、分かった」


 しばらくすると、冷麺が運ばれてきた。割り箸を割り、文字通り冷たい麺を啜る。ピリッと辛味のある麺が喉を通り抜ける。


 盛岡に来てから頻繁に食べるようになったのだが、やはり冷麺は美味いな。

 冷麺は盛岡の郷土料理であり、コシのある麺はデンプンをベースにして作られている。

 麺の独特な感触に初めて食べる人は驚くことも多いが、食べ進めていくうちにその美味しさにどハマりすると言われている。


 ソラも辿々しく冷麺を啜り始めた。


「少し舌がピリッとするけど……すごく美味しい」

「それは良かった」


 時間が惜しいため、早めに冷麺を食べ終えた。少しでも有益な情報はないかとシスターウォーのサイトにアクセスすることにした。


「なんだこれは……」

 家でサイトを見ていた時には無かった項目ができていることに気がついた。

 『対戦者のプロフィール』という項目をタップした。


 ――対戦者名:ミホ

 ――戦績:10勝1敗

 ――血縁術:雷光(ライトニング)()(シスター)


雷光(ライトニング)()(シスター)……」


 ソラの言うことが本当だったと仮定すると、名前からして敵は電気を扱う能力を使うことが予測される。ものすごく強そうだ。


「お兄ちゃん、食べ終わった」

 ソラの口元に赤い冷麺のツユが付いていた。

「ソラ。ツユが付いているぞ」

 おしぼりを使ってソラの口元を拭いてやることにした。

「それじゃ、帰るか」


 お会計を済ませ、俺たちは家に戻った。帰宅すると戦いに使えそうなものがないか探すことにした。

 しかし、正直なところ、あまり良いものを見つけることができなかった。


「こ、これならもしかしたら役に立つか……?」


 台所の引き出しにあったゴム手袋を見つけた。無いよりマシかと判断した俺は左手にゴム手袋を装着した。右手はスマホ操作の妨げになるため、着けずにポケットに入れておくことにした。


「ソラ、こいつを手に着けてくれ」

「お兄ちゃん、これ何?」

「これはな、相手の力を弱めることができるかもしれないアイテムだ。いざとなったらこれで防御する。いいな」

「うん、分かった」


 そして、押し入れから中学校の修学旅行の時に購入した木刀を取り出した。

 どれくらい有効かは分からないが無いよりはマシだと思い、持っていくことにした。

 今回の戦いでは生き残ることを念頭に置く。そして、今後の立ち回り方を考える。

 スマホで時間を確認すると、六時五十九分であった。


「そろそろか……」


 スマホの表示が七時に切り替わった。すると突然、身体が眩い光に包まれた。

 視界がめまぐるしく変わる。まるで高速のメリーゴーランドにでも乗っているようであった。


 気が付くと、俺とソラは家の外にいた。周囲には高々とした樹がいくつも生えている。


「ま、まさかここは……」


 スマホの地図アプリで場所を確認すると、俺達がいる場所は山岩公園であった。

 まさか本当に俺達はワープしたのか。


 ソラは俺のすぐ隣にいた。警戒して周囲の様子を確認したが、対戦者らしき姿は見当たらない。


「ソラ、相手の場所は分かるか?」


 漫画などでよくある感知能力的なもので相手の場所が分かったりしないかと期待してみたのだが。


「ううん、分かんない」

「そうか」


 何か手掛かりはないかとシスターウォーにアクセスする。『対戦中』とサイトのページ上部に大きく表示されており、下の選択画面には『地図機能』という項目が追加されていた。

 タッチすると、赤い丸と青い丸が表示されていた。赤い丸が徐々に青い丸に近づいている。


「これで相手の位置が分かるのか……」


 おそらく、赤い丸が相手の居場所だろう。相手はまだ少し離れた場所にいる。画面左端に『距離:約300メートル先』と表示されていた。

 ここは相手からもっと距離を取るべきか……


「ん?」


 先ほどまで空には雲ひとつ無かったのにも関わらず、急に俺達がいるほぼ真上の位置に黒い雲が集まり始めた。


「な、なんか嫌な予感がする……」


 雲から『ゴロゴロ』と音が鳴り始めた。まずい、これは――


「ソラ、走れ!」


 俺はソラの手を掴み、全速力で走り出した。ピカッと一瞬周囲に光が発生すると、それに遅れて轟音が聞こえてきた。先ほどまで俺達が立っていた場所に雷が落ちた。


「おいおい、マジかよ……」


 おそらく、この雷は相手の攻撃によるものである。地面に生えている草が軽く焦げていた。

 こんなの、ゴム手袋程度じゃ到底防げそうにないぞ。

 スマホを確認すると、相手は俺達から少し距離を取り始めた。この動き、やはり向こうも俺達の位置が分かるようだ。


「ソラ。ちょっと付いてきてくれ」


 雷が落ちた場所に向かうことにした。地面の様子を確認すると、ゲーム開始時点の俺達が立っていた場所よりやや離れた場所に雷が落ちたようである。

 このことから推測するに、相手は俺達の正確な位置までは掴めていないようである。再びスマホを確認すると、相手がゆっくりと接近してきた。


「一か八か……やってみるか」

「お兄ちゃん?」

「ソラ、ひとまず走るぞ」


 ソラは頷き、一気に夜道を駆け抜ける。不覚にも何だか楽しいという思いが湧き上がっているようであった。

 俺は間違いなく殺されかけている。極限化の状態のせいなのか全身の血が沸騰しているようだった。


 走っている間、何度か雷が降り注いだが当たることはなかった。


 やはり、動いていれば雷が当たることはない。走りながらスマホを注視し、相手との距離が取れたのを確認する。

 再び雷が落ちる。その場でしゃがみ込み、軽く土を掘った。雷が落ちる間隔は三十秒ほど。


 今、落ちたばかりなのでしばらく相手から攻撃を喰らう恐れはないだろう。左手に付けていたゴム手袋を一枚スマホに被せ、地面に埋めた。


「これでよし……ソラ、ゆっくりと移動するぞ」

「分かった」


 気配を殺すかのようにゆっくりと相手のいる方向に近づいていく。途中、スマホを埋めた場所の近くに雷が落ちた。


「やっぱりな」


 俺の考えは的中した。相手は地図機能を利用して攻撃している。ただし、位置を示しているのは俺ではなく、あくまでスマホの場所である。

 だが、カラクリをバレてしまえばおしまいだ。早めに決着をつけなければならない。


「ソラ。止まってくれ」

 小声でソラに告げた。前方にうっすらと人影が見えた。

「どういうこと……相手が全く動かなくなったわ。攻撃しているのに全然手応えがない。スール、どういうことか分かる?」

「分からない。もしかしたら血縁術を使って防御しているのかもしれないな」


 女性二人がコソコソと話していた。一人は暗くてよく見えないが、もう一人は亜麻色の髪をしており、鋭い目つきをしているという印象を受けた。

 幸いにも向こうは気づいていない。何とか不意を突いて、しかし……


「ここでじっとしていても仕方ない。こちらから仕掛けよう。俺とミホならいけるさ」

「そうね!」


 相手二人が移動を開始した。月夜に照らされたことで、ミホという女性の姿が確認できた。

 少し長めの茶髪をしており、眼鏡を掛けていた。さらに、オレンジ色のジャージを着用している。

 華奢な身体つきであり、あまり強そうではない。だが、相手が雷を操る以上、迂闊に攻撃できない。ソラと走っていた時の高揚感がすっかりと消え失せていた。


「ミホ。相手の姿が見えたら即攻撃だ。油断するなよ」

「うん、分かった」


 相手は俺を、いや俺達を殺すつもりだ。

 やらなきゃ、やられる……木刀以外に何か武器があれば……

 すると、右手に違和感を感じた。


「これは……」

 いつの間にか自分の手の中に閃光弾があった。

「お兄ちゃん、これ」

 ソラにも同じ現象が起きていた。何となく理解した。これが俺達の血縁術なのだろう。


 周囲がピカッと光る。相手が攻撃を開始したようだ。一度、俺は木刀を地面に置く。


「ソラ、こんな風にピンを抜いてくれ」

 俺が見本として、閃光弾の安全ピンを抜いて見せると、ソラも安全ピンを抜く。

「一、二の三で投げるぞ。いいか?」

「うん。分かった」


 大きく息を吸い込む。緊張のせいで手が震える。失敗したら戦況は一気に不利になるだろう。


「一、二の……三!」

 ソラと共に閃光弾を相手目掛けて投げた。

「ソラ、目を瞑れ!」

 突き刺すように眩しい光が発生するのを感じる。

「きゃぁ!」「な、なんだ!」


 悲鳴のような声が耳に届く。相手の視界は塞がったはず……今だ――


 木刀を拾い上げ、相手に向かって走り出す。ミホという女性を押し倒し、喉元に木刀を当てた。


「ミホ!」

 相手のシスターが叫び、俺に近づこうとしてきた。

「動くな」

 低めの声で相手のシスターを制圧する。

「少しでも近づいたらこいつの頭をカチ割る」

 しかし、相手のシスターは馬鹿にするかのようににやけた。

「正気か? お前、今回が初めての戦いだろ。手が震えてるぞ」


 相手のシスターの言うとおり、木刀を持つ手が震えていた。

 ミホという女性も特に俺のことを脅威とはみなしていないのか、全く怯えたような素振りを見せない。


「しかし、驚いたわ。地図機能だとこの辺りを示していたはずなのに……一体、どんなカラクリを使ったのかしら」

「俺が話すとでも思ったか?」

「そう。残念ね」


 ミホが自身の右手を俺の脇腹に当ててきた。

 まずい。直感的にそう感じたが遅かった。


「ぐわ!」

 急に身体に激しい痛みと痺れを感じる。空からだけでなく、手からも電気を放出することができるのか。

「お兄ちゃん!」

「終わりだ。死ね!」

 相手のシスターが腕を上げる。また雷を落とす気か。

 ミホが俺から離れようとしているのを見て、俺は咄嗟に彼女の足首を掴む。

「この……離しなさい!」

 ミホは何度も俺の顔面を蹴ってきた。口から血が流れてきた。

「攻撃できるもんならやってみろ」


 ミホが近くにいれば、巻き添えを恐れて攻撃できないと考えた。しかし、何度も激しく顔を蹴られていく内に意識を失いそうになった。


「いい加減にしなさい……!」

 右手をゆっくりと俺の頭に近づけてくる。まずい……また電気を浴びせられる。

「お兄ちゃんをいじめるな」

 ソラが『あるもの』を持ってゆっくりとミホに近づいた。


 それは束状になっている爆弾――ダイナマイトであった。


 そして何を思ったか、ソラは真上に高くダイナマイトを放り投げた。

 最高到達点に達したその瞬間、ソラは「ボン」と呟いた。

 次の瞬間、ダイナマイトは爆発し、思わず腰が引けてしまうほどの爆風と轟音が発生する。

 ダイナマイトの凄まじい威力を目の当たりした相手のシスターはガタガタと身体を震わせ、ソラを指差す。


「お、お前は一体……」

「爆弾を作り出し、自在に爆発させる。これが私の血縁術。爆砕(ダイナマイト)()(シスター)

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