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第7話 酔いどれゴキブリ

 今回の主役は、嫌われ者のゴキブリです。

 苦手な方はご注意ください。

 流し台の上にゴキブリが現れた。

 ゴキブリはいわゆるところの害虫だ。病原菌の媒介をする。


 しかし私はゴキブリ退治のグッズは一切持っていない。

 罠とか毒餌とか、何か卑怯だと思う気持ちがあるからだ。


 まぁ、その話は一旦置いておくとして、では今、目前にいるゴキブリをどうするか?


 正直な気持ち、私に彼を退治する気はない。彼だって悪気があって出没したワケではないだろう。彼と言っても(オス)かどうかも分からんが。


 う~ん……、どうしたものか。


 これがカブトムシだったら大半の人は可愛がって飼うだろう。しかし、それはきっと見た目の差別だ。


 よし、私はお前を差別しないぞ。歓迎してもてなそう。


 命名は「ゴキ殿」だ。

 

 しかし、ゴキ殿は私の気持ちとは裏腹に、きっと逃げるだろう。

 もてなすためには生け捕ることが必要だ。


 私はゴキ殿と対峙した。

 ゴキ殿も空気を察したらしく、警戒の足取りでこちらを見つめる。


 その時だった。どこからか「キュッ キュッ」と(かす)かな鳴き声が聞こえた。


 なんだ? ネズミか?


 見回したがネズミの気配は無い。

 するとまた「キュッ」という声がした。

 私はゴキ殿を見つめた。


 ゴキ殿! お前が鳴いたのか!


 その場ですぐにスマホを取り出し、「ゴキブリ 鳴き声」とググった。

 驚いた。ゴキブリは鳴くのだ。身の危険を感じ、助けを求める時、「キュッ」という感じの声を上げる。

 鳴き声といっても仕組みは鈴虫のように、身体のどこかを(こす)ることで音を出すらしい。


 つまりは、ゴキ殿は「緊急事態発生!」と叫んだのだ。

 

 私がスマホで検索をしている間にゴキ殿は逃走していた。


 その数日後。

 食事の支度をしている私の足元にゴキ殿が姿を現した。


 ちょうど手の届くところにコンビニ弁当の空き容器があった。


 迂闊(うかつ)だぞ! ゴキ殿!


 私は空き容器の蓋をゴキ殿の頭上からそっと落とした。


 蓋はまんまとゴキ殿にカポッと被さった。

 ゴキ殿はパニックに(おちい)って、四角い蓋の内側をグルグルと走る、走る、走り回る。

 人間に置き換えるなら走行時速300㎞らしい。物凄いスピードだ。


 しばらくして、落ち着きを取り戻したゴキ殿を弁当容器内に封じ込める。どうやって封じ込めたかは説明がややこしいので割愛。


 ではさて、どうもてなそうか。歓迎といえばやはりお酒だろう。


「ゴキ殿。お酒でも一杯どうだい?」


 私は容器の蓋に小さな穴を開けて、ストローでストレートのウィスキーを3、4滴ほど垂らした。


 再びパニックに陥って容器の中を走り回るゴキ殿。キュッキュキュッ、「緊急事態! 緊急事態!」と叫んでる。


 そんなことはお構い無しに私は弁当容器を少し斜めに傾けた。

 傾いた側に溜まったウィスキーと、そこに向かって滑り落ちていくゴキ殿。


 結果、ゴキ殿はウィスキーを飲んだ。強制的かもしれないが。

 いや、これは強制だろう。相手が人間なら犯罪になるところだ。


 数秒でゴキ殿は酔い潰れたように動きが鈍くなった。寝てしまったようだ。


 この後どうしよう?


 退治はしないが、外に放したらきっと余所(よそ)の家で迷惑をかけるのだろう。

 ならば、人里離れた山に放すか……。


 そんなことを考えながらチビリチビリとウィスキーを(たしな)んでいた私もうたた寝をしてしまい、小一時間ほどして目が覚めた。


 あれ? ゴキ殿が居なくなってる。

 先に目が覚めてどこかに行ってしまったか……。


 部屋を見渡した私はある一点を見て目が点になった。


 視線の先にあったのは、部屋の隅に置かれた燃えるゴミ用のゴミ袋。その中には満杯に紙くずが捨てられていて、その最上部には縦向きに刺すように捨てられた紙切れが袋から飛び出していた。


 その紙切れゴミのてっぺん。最上部にゴキ殿が右前脚一本でぶら下がっていたのだ。断崖絶壁に片腕でぶら下がる人間を想像してほしい。

 その体勢のまま微動だにしない。


 なんだコレ?


 そっと近づいて、よぉく観察して理解した。


 コイツ……、こんな体勢でこんなところで酔い潰れて居眠りこいてやがる……。


 私の個人的で勝手な結論。


『ゴキブリも酔っぱらうと所構わず寝てしまう』


 何故こんな状況になっているのかを是非、知りたいところだが、私も眠ってしまっていたのだから、理由は知るよしもない。


 私はティッシュを(よじ)って紙縒(こより)を作ると、それでゴキ殿のお腹をチョンと突いた。


 ゴキ殿は驚いたのかビクッと飛び起きると、前脚を離してゴミ袋の中に落下した。

 そして物凄い速さでゴミの奥底にガサガサガサッと潜り込み、そのまま息を潜めて気配を消した。


 ゴキ殿よ……。お前も驚いただろうが、もっと驚いたのは私のほうだぞ。

 お前の驚いた姿に驚いて、後ろにしりもちをついて「うおおぉぉぉっっ!!!」と叫んでしまったではないか!


 さて。ゴキ殿はこのまましばらくは隠れているつもりだろう。


 以前、動物と会話ができるという人が

「動物にはテレパシーがあるから、心を込めて会話すれば想いは通じる」

とネットブログに書いていたことを思い出した。


「ゴキ殿、この燃えるゴミ袋は明後日(あさって)ゴミ収集に出すから、それまでにどこかに退去してくれ」


 本気で心を込めて語りかけた。


 二日後、この燃えるゴミ袋はゴミ収集車に回収されていった。


 ゴキ殿はちゃんと退去してくれたのだろうか。


 そして一つだけ残った後悔。

 紙切れゴミにぶら下がって眠る酔いどれゴキ殿、写真を一枚撮って置けばよかった。

 何故なら、こんな話を誰も信じてくれないだろうから。




 その後、私の部屋でゴキ殿の姿を目にすることはない。


◆◇◆


 三億年前、ゴキブリは地上の覇者であり、現在よりもずっと巨体で陸上生物の四割を占めていた、という説があります。

 人がゴキブリを恐れ嫌う理由の一説として、こんな話があります。


 脊椎動物の小さな祖先たちが初めて陸に上がった頃、生態系の頂点はゴキブリだった。小さな祖先たちはゴキブリからの捕食に恐れ(おのの)き、その当時の記憶がDNAに刻み込まれて人はゴキブリを恐れ嫌う、というもの。


 真実かどうかは分かりません。



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