第6話 蜘蛛流忍者ハエトリ君
現代社会にも、忍者はどこかに潜んでいる。
音も無く、5cmほどの距離を高速で跳躍移動する。
ピョンピョンピョンと。
そう! 忍者ハ○トリくんだ!
いや、著作権が危なそうだからハッキリ言おう。
とても小さな忍者蜘蛛、蠅取蜘蛛のハエトリ君だ!
蠅取蜘蛛は私にとって、とても懐かしくて身近な存在だ。
私が物心付いた頃からずっといつも身近にいた。
私が生まれ育った実家は農家だった。
幼少の頃、家では豚を飼っていた。といってもペットではない。養豚だ。
豚の糞は堆肥になる。つまりは肥料になる。肥料は野菜を育てるために欠かせない。だから豚の糞は蓄えられる。
すると、その糞に釣られて蠅が集る。蠅の何割かは家の中に入り込み、その侵入した蠅を目当てに蠅取蜘蛛がやって来るというわけだ。
というわけで、蠅取蜘蛛が跳ねまわる光景は私にとっては日常茶飯事の当たり前の光景だった。
少し蠅取蜘蛛について紹介をしよう。
蠅取蜘蛛の顔には、クリッと大きな目が二つあるように見える。しかし本当の目の数は大小合わせて八つある。ちなみに視力はとても良い。
脳は大きく、頭も良い。
獲物を刈るスタイルは、猫科の猛獣に似ている。
的を絞った蠅取蜘蛛は、気配を覚られないようにソロリソロリゆっくりと獲物に近いていく。その間の取り方はまるで猫のようだ。
じっと獲物を見つめ、そして一撃必殺の間合いに入った時、一瞬の跳躍で獲物に襲いかかる。
本当に一撃必殺だ。
しかし時々、獲物に逃げられることもある。
獲物に逃げられた時のキョトンとその場に佇んだその姿はユニークで可愛らしい。
そんな、かつて私の家族のように一緒に暮らしてきた蠅取蜘蛛が、現在の私の部屋に現れたのだ。
命名、「ハエトリ君」と呼ぶことにしよう。
しかし、少しだけ、どうしたものかと考える。
ハエトリ君が部屋を跳ねまわることには全く問題はない。
だが、うっかり踏んずけてしまうような事故が起こりそうな気がするのだ。
「ハエトリ君、ゴメンな。踏んじゃうといけないから外に出ような」
私はそう声を掛けてハエトリ君をベランダに出した。
どこへでも好きな所に行けばいいよ、と思ったのだが、ハエトリ君はその場に蹲って動かない。どうも、いじけているようだ。
しょうがないなぁ、と部屋に戻すと嬉しそうにまたピョンピョンと跳ね出した。まったく現金な奴だ。
「よし、仕方ない。居候を許す。踏まれるなよ!」
そう言って、歓迎代わりにハエトリ君の頭の上からポチョリと一滴、ウィスキーを垂らした。
「なんだ? なんだ?」とキョロキョロするハエトリ君にもう一滴、頭の上からウィスキーをポチョリ。
ほんの数十秒ほど、酔ってフラフラしたようだが、すぐに回復してピョンピョンと何処に消えていった。
きっと解毒の術を使ったのだろう。さすが忍者蜘蛛の一族だ。
数日後、窓越しにベランダを跳ねているハエトリ君を発見。
窓は開いてはいない。
今度は壁抜けの術か? 忍術全開か?
そう思った数分後、いつの間にかハエトリ君が部屋の中にいた。
あれ? 今さっき、外にいたはず。
ベランダに目を向けると、そこにもハエトリ君の姿があった。
なんだと!? 分身の術か!
その数時間後、部屋の中には二匹揃ってピョンピョン跳ねるハエトリ君たちの姿があった。
あれれ? もしかして夫婦なのかい?
仕方ない。二匹揃っての居候を許そう。
そんなこんなで、部屋のアチコチに二匹のハエトリ君の跳ねまわる姿を見るようになった。
ちなみに幼少から今までに、私が蠅取蜘蛛を踏んでしまったことは一度もない。
彼らは忍者一族なのだ。踏まれるようなドジをすることはないだろう、きっと。
そしてそれからまた数日が経過した。
ピョンピョンと跳ねるハエトリ君を見ていた私。するとその近くに、半分くらいの体長の小さな子供の蠅取蜘蛛が現れた。
あれれれ? もしかしてハエトリ君、三人家族?
そう思った時、私はとんでもないことに気付いてしまった。
人間の私は独り。ハエトリ君は三人家族。
そうか……。そういうことだったのか……。
突然だが、私の個人的で勝手な結論!
『ハエトリ君は居候ではない。本当の居候は私のほうだった!!』
きっと、そうなのだろう。
だって、ハエトリ君は家族で住んでいるのだから。
ハエトリ一家の皆さんは今日も神出鬼没に部屋のアチコチを家族でピョンピョン跳ねまわっている。
独り者の私はとても肩身が狭いのだ。
◆◇◆
蠅取蜘蛛は愛嬌のある顔をしていて人を怖がることもないので、ペットとして飼っている人もいるようです。
家の中で見つけた場合は、そっとしておけば害虫を退治してくれる益虫になります。
身体に対して脳の比率がとても大きい、頭の賢い蜘蛛です。