表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/27

第2話 蟻のココロ

 幼い頃、私は(あり)の群れに殺虫スプレーを吹き掛けたことがある。

 意気揚々と地べたに転がるお菓子に群がる蟻たちに、ただ、好奇心のままに殺虫スプレーを吹き掛けた。 

 

 その光景を見つけた隣家の叔母(おば)は私にこう言った。


「可哀想に。蟻はただ、一生懸命に働いているだけなんだよ。人間と一緒。蟻も人間も一緒なんだ。」


 私の目に映り込む、苦しみもがく蟻たち。

 叔母のその言葉は私の心に、充分過ぎるほどに善悪の分別(ふんべつ)を刻みつけた。


 取り返しのつかないことをしてしまったと酷く後悔し、苦しむ蟻たちを重苦しい気持ちで戸惑いながら眺め続けていたことを今も忘れない。


 小学生の時、担任の教師が蟻の話をしてくれたことがある。


 蟻は悪い虫ではないよ。ハエみたいにうんこに(たか)らないし、汚いものにも近づかない。家の中に侵入してくる時もあるけどね、それは食べ物をこぼしてちゃんと掃除しない不精(ぶしょう)な人間が悪いんだ。


 そんな話だった。


 当時、私の家の庭には沢山の蟻がいた。私は蟻のことをよく観察するようになった。

 蟻の中には時々、身体に特徴的な傷を持った個体がいる。足が一本欠損していたり、お尻の形が少しおかしかったり。観察を続けていると、そういった特徴的な蟻たちとバッタリ再会する時がある。

 そんな時には「おっ! 今日も元気にやってるかい?」と思いつつ、些細ながらも甘いお菓子の欠片(かけら)をあげたりした。


 蟻というものは、普段は餌を探して歩き回り、食料を見つけたら巣に持ち帰る。それ以上でも以下でもなく、そういうものだと思っていた。

 しかし、目の前でお菓子の欠片を運ぶ蟻たちは、足取りも軽やかに嬉しそうに見える。


 私はふと、

「蟻たちも考えたり思ったりするのだろうか? 感情があるのだろうか?」

と思った。


 一般的に学者などの間では「昆虫たちは感情を持たない」と考えられているらしい。

 思考や感情というものは高度に発達した脳でないと持つことができないらしい。昆虫は様々なフェロモンなどの作用に従って行動しているだけで、彼等の持つ極小サイズの脳では、そこまでを望むことは無理だというのだ。


 本当にそうなのか?


 私はそのことについての検証をしたいと思った。思い立ったら即、実行だ。


 まず、蟻の目の前にビスケットの欠片を落としてみた。

 蟻はその欠片の周りをチョロチョロと動き回る。目の前の物が何なのかを確認しているようだ。犬が何かに興味を示した時の動きにも似て見える。


 蟻はその欠片を(くわ)えると、巣に向かって歩き出した。軽やかな動き。なんとなく嬉しそうに見える。


 そんな蟻のお尻を、私は指先でチョンと(つつ)いた。

 蟻は驚いて、咥えたビスケットを落とすと一心不乱に走り出した。明らかにパニックに陥っている。

 そんな状態の蟻の目の前に再びビスケットの欠片を落とした。

 蟻の思考が本当に単純なものなら、この欠片にまた反応するだろうと思った。しかし、実際には蟻はビスケットに見向きもせず逃げていく。

 その逃走する蟻の前に今度は複数のビスケットの欠片をばらまいた。蟻は「こんなモノ邪魔だ!」と言わんばかりに欠片を()けていく。ドリブルで敵を(かわ)すJリーガーのように。


 結局そのビスケットの欠片は別の蟻が持ち去った。意気揚々と。

 

 ことわざ。

『一寸の虫にも五分の魂』


 どんなに小さく弱いものにも、それなりの魂や主張がある、ということのたとえ。

 昔の人は上手いことを言ったものだ。


 ことわざ。

『蟻は五日の雨を知る』


 蟻は雨を五日前に察知して巣の補強対策などをするという。蟻の観察をすることで天気の予想ができるらしい。

 蟻は計画性を持った思考の持ち主というわけだ。


 私の個人的で勝手な結論。


『蟻はちゃんとした思考も感情も持っている!』


 甘いお菓子にテンションを上げたり、思いがけないことに驚いたり、時には空飛ぶ虫に憧れたり、カブトムシを見て「格好いいな」と思ったりするのだ。きっと。


 ある時、タライに溜まった水に転落した蟻を見つけた。緊急事態だ。蟻はまだ水の表面張力に守られて沈むことなく水面でもがいている。しかし、このままではいずれ溺れてしまうのは時間の問題だ。


 助けようと思った。そしてふと、いたずら心が湧いた。


 私は蟻の背中をチョンと指で(つつ)いた。

 蟻は水の表面張力を突き破り、水中で数秒もがくと、動かなくなった。溺れた。


 まずい! これは本当に緊急事態だ!


 私はすぐに蟻を(すく)い上げ、地面にそっと置いた。

 渇いた地面は蟻の身体にまとわりついた水を吸い上げ、30秒ほど経つと蟻は意識を取り戻した。

 のっそりと重そうに身体を持ち上げる。

 そして、前足で触覚の手入れを始めた。


「あぁ、酷い目にあっちゃった。ずぶ濡れだわ。身だしなみを整えないと。」


 そんなことを言っているように感じた。

 蟻の世界は女性社会。働き蟻たちは皆全て女性だ。

 突然のどしゃ降りに()って濡れた髪を気にする女性のように見えた。


 蟻たちは巣の中で仲間同士協力して助けあったり、時には意見の対立で喧嘩もする。


 きっと、蟻の心も複雑で感情豊かなのだろう。

 叔母に言われた言葉の通り、蟻も人間も一緒なんだ、と私は思った。


◆◇◆


 陸に住む昆虫は、基本、水に弱いです。溺れたらすぐに死んでしまいます。

 可哀想だから、私と同じいたずらはしないであげてくださいね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ