第24話 ゲジ殿は不憫で内気な陰の功労者
今回の主役はゲジゲジです。苦手な方はご注意ください。
春先に私の部屋に真っ先に訪れた虫がいた。
突然のことだった。床に置いてあった雑誌の隙間を何かが素早く走り抜けたのだ。
最初、私は「フナムシか?」と思った。フナムシとはダンゴムシの親戚のような、通常は海岸の近隣にいる虫だ。だが、私の部屋は海岸近隣ではない。そしてアパートの2階だ。フナムシがここにいるということ自体、普通あり得ない。
この正体不明の虫は何者なのだ?
そっと雑誌を持ち上げてみた。素早く走る毛虫のようなものが雑誌の片隅から飛び出し、別の雑誌の陰に隠れた。
なんだ! 今の虫は?
毛虫ならばそんなに素早く走れないだろう。よし、生け捕りにしよう。検証だ。
私は昆虫捕獲のためのMy秘密兵器『コンビニ弁当容器の蓋』を取り出した。そして得体知れずのヤツの隠れた雑誌を持ち上げた。ヤツは隠れる場所を失って全力で走り出した。
今だ! ここだ!
私は容器の蓋をヤツの頭上から上からカポッと落とした。
流石、私の秘密兵器だ! 捕獲成功だ!
その正体は、長い脚がたくさんあるムカデのような虫だった。その、あまりに長い脚が毛のように見えたていたのだ。
正式名称は何というのだろう?
ググってみた。『ムカデのような虫』と。
スマホ画面に何種類かの該当しそうな虫の画像が出てきた。
これだ! この虫だ!
画像の中に私の目の前のヤツと同じ見た目の虫がいた。
正式名称は〝ゲジ〟というらしい。
一般的には通称『ゲジゲジ』だ。
ダンゴムシの親戚ではなく、ムカデの親戚だった。
見た目は非常にグロテスク。おそらくこれは人間からは圧倒的に毛嫌いされるタイプの種族だろう。しかし、見た目だけで判断してはいけない。
私は〝ゲジ〟について調べてみた。
一般的には不快害虫と呼ばれる虫らしい。不快害虫とは、「見た目が不快だから害虫なんじゃないの?」と偏見を持たれる気の毒な容姿の虫のことだ。
だが、その実態は全く違っていた。
ゲジは紛れもなく益虫の中の益虫、人間にとっての正義の味方だったのだ。
害を成さないのはもちろんのこと。
病原菌を持たない。
毒を持たない。
人間にとっての害虫を捕食。
獲物を食べ残さず綺麗に完食で後を汚さない。
そして、害虫退治が全て終われば家から出ていってくれる。
家の中での益虫といえば一般的に人気者なのはハエトリグモだが、ハエトリグモは極めて小さな害虫しか退治できない。ゲジは体調3cmほどあるので大きな害虫も退治できる。
だが、不憫なことにゲジは見た目がグロデスクで不気味で可愛くない。そしてとても臆病で、ハエトリグモほど賢くもない。
「賢くない」は失礼だったか。
「虫には知能はない」と言う者もいるが、物陰に身を潜めて気配を消そうと心掛ける虫だ。おそらく知能がないはずはないだろう。
私はゲジ殿を容器の蓋からビニール袋へと移し、目の前で よく観察した。
その時、私の〝なんちゃってテレパシー〟が発動した。
ゲジ殿の心の声が聞こえた気がした。
「どうしよう! どうしよう! 困ったよぉ。捕まっちゃったよぉ。怖いよぉ……。困ったよぉ……」
随分と怯えている。
何もお前を取って食ったりしないぞ。安心しろ。
よくよく見ると、顔はやや可愛らしい。私的にはミノムシとイメージが重なった。いや、見た目は全然似てはいないが、臆病そうな印象からか、私には似て見えた。
だが、全体的な見た目の容姿が残念だ。
外見がクワガタ族だったならば、きっと超人気者だっただろう。
今の時代、人々は様々な差別をなくすことを心掛けている。しかしながら、虫の世界にまでその思想が届いていないことが残念だ。
少しおもてなしをしてあげたいところだったが、ゲジ殿はパニックでおもてなしどころではないし、この時、私にも時間の余裕が無かった。
外出ついでに外に放してあげることにした。
アパートの駐車場。
ゲジ殿をビニール袋から解放した。
ゲジ殿は脇目も振らず一目散に逃げて行く。
右に寄ったり左に寄ったりと、その落ち着きのない走り方にゲジ殿の無我夢中の慌てぶりを感じる。
しかし、あの長い脚はどうなっているのだろう。動きが速すぎてよく分からないが、脚の動きが綺麗に波打つような模様を作りだしている。
私は暫し、ゲジ殿の安全を見守った。
ゲジ殿は見た目がグロテスクなだけのとても内気な良い奴なのだ。
気の毒にもムカデ族という強い逆風の宿命に生まれてしまった。害虫どころか毒すらも持ってもないのに。
きっとこれからも、その見た目で人々からは敬遠され続けていくだろう。
私は応援するぞ。
陰の益虫、功労者のゲジ殿。世知辛い世の中だが、孤高に強く生きて行くんだぞ。
◆◇◆
ゲジには普通の〝ゲジ〟と、一回り身体の大きな〝オオゲジ〟がいます。
オオゲジは野外で野生で生きていけますが、一回り身体の小さな普通のゲジは弱肉強食の世界での生存は厳しいために民家に入り込んで人間と共生したがるようです。
何も知らずに野外に放してしまい、少し可哀想なことをしました。
屋内で見かけた場合は、放って置いても特に害はなく、害虫退治が終われば自ら出て行くようです。
近代でこそ不快害虫なのかもしれませんが、昔はよくこう言われていたようです。
『ゲジは殺すな!』
昔の人はゲジが益虫と知っていたのですね。




