表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
身近に暮らす小さな隣人たち  作者: Tatsu。


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/28

第21話 冬の寒波の夜と大きなバッタ

 仕事休みの夜のこと、私はパチスロを打ちたくなってパチンコ店に来ていた。

 入店しようとした時に、店の入口手前の地べたに体調 4cmほどの茶色い大きなバッタを見つけた。


 茶色い身体に背中に縦に一筋(ひとすじ)の白い線が走っている。トノサマバッタだろうか。

 今は2月。しかも寒波到来中の寒い真冬だ。どうしてこんな季節にバッタがいるのだろう、と思った。

 バッタはピクリとも動かない。生きているのだろうかと、少し(つつ)いてみた。バッタは地べたにグッと強くしがみついていた。生きている。おそらくは寒さに身体が(かじか)んで動けないのだろう。

 気の毒だとは思ったがどうしていいのか分からない。しかもバッタはカブトムシのように人間に馴れ馴れしく接してはくれない。

 一旦、このバッタのことは放っておいて私はパチンコ店に入店した。


 2時間ほどして自宅に帰ろうと店を出た私は、再び先ほどのバッタを見つけた。

 バッタは最初に見つけた時と同じ体勢のまま同じ場所の地べたにしがみついていた。


 さて、どうしたものか。

 バッタは凍えながらも地べたにしっかりしがみついて、寒さに耐えながら必死に生きようとしている。

 そう思ったら、放っておけないと思った。


 保護しよう。少し体を温めてあげて、再び動けるようになったらその後のことはその後で考えよう。


 私はこの大きなバッタをティッシュで包んで保護して連れ帰ろうとした。

 寒さに動けなくなっているバッタだ、保護することは容易だろう。そう思った。


 バッタをそっと背中側からティッシュで包むようにして持ち上げた。

 その時だった。バッタは私の指先をバシッと強く蹴って私の手から逃げ出した。なかなかのパワフルな脚力だった。


 おいおい、私は君を助けようとしているんだ。何も悪いようにする気はないんだ。大人しく私に捕まってくれ。


 もう一度、バッタをティッシュで包むようにして持ち上げた。

 また指先を強く蹴飛ばされた。そして逃げられた。

 今日は寒いだけではなく小雨も降っている。


 いいのか? このまま明日の朝まで凍える寒さに耐え抜いても、おそらく明朝に太陽は顔を出さないぞ。


 そう思ったがバッタは私に大人しく捕らわれる気は無いらしい。

 どうしようかと思ったが、場所が場所だ。

 パチンコ店というものはセキュリティが万全だ。店の出入口には必ず監視カメラが付いている。

 私の行動は全て、カメラにバッチリと撮影されている。

 店員が監視カメラの映像をチェックすれば、

「この客はいったい何をしているのだろう」と絶対に怪しむだろう。


 ひとまず私は駐車場の車内に戻った。そしてスマホを取り出して、先ほどのバッタについてググッて見た。


 調べた結果、意外なことが分かった。

 見た目はトノサマバッタだが、茶色い大きな身体に背中に一筋の白い線。

 このバッタの正体は〝ツチイナゴ〟というらしい。

 このツチイナゴの生態に私は少々驚いた。


 ツチイナゴは秋に成虫になり冬を過ごし、春に卵を産むというのだ。

 一般的に暑い夏の時期を全盛期として過ごす虫たちとは正反対の生態だ。冬の虫というわけだ。

 だが、冬の虫といっても、確かに今日は寒すぎて動けないのだろう。だが、冬を普通に暮らす虫がいるということを知らなかった私はツチイナゴの生態には本当に驚いた。

 そして、冬の凍える寒さの中で、動けずともなんとか生き延びようと必死になって頑張っているのだろう、と勝手に思い込んでいた自分自身を阿呆らしく思った。


 ツチイナゴは元々寒い冬に生きる虫なのだ。


 最終的に私はこのツチイナゴを放っておくことにした。


 いぇね、例えばパチンコ店の入口で大きなバッタを捕まえようとしていた私が「怪しいぞ」と、店員に捕まったとしよう。


「君は当店の出入口でいったい何をしているんだ!?」


と聞かれた時に、


「いや、バッタの救助をしようとしてたんです」


……なんてやり取りをしようものなら、それはいかにも奇人変人の所業振る舞いだ。そんな状況に(おちい)ることだけは勘弁願いたい。


 ツチイナゴからしてみれば、私の気まぐれの勝手な思い込み救助など


〝勝手な親切大きなお世話〟


というわけだ。


 現在降っている小雨は明け方まで降り続けるらしい。

 冬の寒波の凍える中に冷たい雨。過酷な状況だとは思う。

 だが、それは私が勝手に思うだけのことであって、ツチイナゴたちは毎年このような厳しい環境の中を力強く生きてきたのだろう。


「もう少し待てば暖かい春がやってくるぞ」と声を掛けたいところだが、それもツチイナゴにとっては〝大きなお世話〟なのだ。

 きっと、凍える冬こそがツチイナゴの待ち望んでいるものなのだ。


 私は暖かなポカポカが大好きで凍える冬は大嫌いだ。

 そんな私のことを気が合わない奴と感じてツチイナゴは私のことを蹴飛ばしたのかもしれない。


 何を好み何を嫌うか?

 それは人それぞれ、いや、生物それぞれだ。


 ただ一つ言えること。


「ツチイナゴ殿よ。私と君は気が合わない」


 今日は私の勝手な思い込みでツチイナゴ殿に余計なことをしてしまった。申し訳なかった。

 もうじき春が訪れるが、寒い冬はもうちょっとだけ続く。

 私は寒い冬なんて大嫌いだが、冬大好物のツチイナゴ殿はこの冬を快適に満喫して過ごしてくれ。

 気の合わない者同士、きっともう関わることもないだろう。


 達者に暮らせよ。真冬のバッタ、ツチイナゴ殿。


◆◇◆


 バッタといえば草むらに一般的にいるショウリョウバッタくらいしか知らなかった私だったので、今回のバッタを「ツチイナゴ」と判明するまでには少々苦労しました。

 調べてみて分かったのですが、真冬に活動するバッタは、種類は少ないですがツチイナゴ以外にも数種類存在するようです。

 冬に活動する虫がいること自体が私にとっては新鮮な驚きでした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ