第20話 オオスズメバチの渡米と宿命
2024年12月18日、アメリカの連邦政府機関は次のような宣言をした。
『勝利宣言です。私たちはワシントン州でオオスズメバチを完全に根絶しました』
ワシントン州農業局、デレク・サンディソン局長の宣言である。
根絶というこの話で注意していただきたいのは、「スズメバチ」ではなく「オオスズメバチ」ということ。
オオスズメバチはアメリカにとっては外来種だ。それ以外のスズメバチは在来種としてアメリカにもいる。
元々、蜂は益虫の類である。例えばミツバチは植物の受粉を促し、アシナガバチは農作物を荒らす害虫等を駆除してくれる。
だが、オオスズメバチだけは少し話が違う。
オオスズメバチは蜜蜂を襲うのだ。
人間にとって植物の受粉を手助けしてくれる蜜蜂はとても感謝すべき存在なのだが、その蜜蜂を襲い殺すとなるとオオスズメバチは人間にとって害虫となってしまう。
日本古来の日本蜜蜂はオオスズメバチと戦う術を持っている。
だが、オオスズメバチはアジアだけに住む種で欧米には元々存在しない。すなわち、欧米の蜜蜂にとってオオスズメバチは脅威的存在であり、欧米の蜜蜂はオオスズメバチと戦う術を持たない。放っておけば欧米の蜜蜂たちは絶滅してしまう。
オオスズメバチが蜜蜂を襲う目的は「餌としての蜜蜂の幼虫の略奪」だ。そうなるとオオスズメバチは肉食なのかという話になるが、実はオオスズメバチの実際の食料は花の蜜や樹液である。オオスズメバチは植物食なのだ。
ではどうして他の虫を襲うのか?
その理由は、幼い幼虫の世話をするため。
オオスズメバチは幼虫時代だけが肉食なのだ。だからオオスズメバチは幼虫たちを育てるために他の虫を襲う。巣に持ち帰り、幼虫たちに餌として与える。
日本蜜蜂にはオオスズメバチを倒すための必殺技『熱殺蜂球』がある。だが、欧米の蜜蜂たちはこの熱殺蜂球を使えない。従って、欧米の蜜蜂たちを守るためには人間が保護する以外に方法が無い。
ちなみに日本で蜂蜜作りのために飼われている蜜蜂は西洋蜜蜂なのだが、この蜜蜂たちは養蜂家の手によってオオスズメバチから守られている。
何故、蜂蜜作りが西洋蜜蜂なのかというワケは、日本蜜蜂には気まぐれな性格面があって安定した蜂蜜作りには向かないというのが理由だ。
オオスズメバチは蜜蜂と違い、獰猛な攻撃性を持つ。
そして何より、顔が怖い。悪人面だ。
私は幼児期にアシナガバチの群れに襲われたことがあるので、アシナガバチよりも獰猛で顔の怖いオオスズメバチはとても恐ろしく思う。
アシナガバチとスズメバチの生息域はクワガタムシの生息域に被る部分があるので、私の少年時代は山にクワガタムシを捕まえに行くとよくこの蜂たちと出くわし、私にとってとても迷惑な蜂たちだった。
だが、オオスズメバチの実態を多少知ると、私の考えは少しだけ変わった。
オオスズメバチは家族単位での越冬をしない。蜜蜂は家族全員で力を合わせて越冬するが、オオスズメバチの女王蜂はたった一匹で越冬する。我が子である働き蜂たちは冬には皆、寿命が尽きてしまう。やがて春になると女王蜂は自分一匹で巣を作り、産卵し、産まれてくる幼虫のために餌集めをする。
全てを自力でこなすのだ。
そう考えるとオオスズメバチも健気に思えてくる。
以前、車の中で一休みしていた私の所にオオスズメバチが飛来してきたことがある。運転席側の窓ガラスの外側に張り付いた。
窓ガラス越しなら私にも恐怖感はない。顔を近づけてまじまじと観察した。
「お前、相変わらず怖い顔をしているなぁ」
そう呟いた。オオスズメバチに悪気がないことは知っているが、やはり顔は悪人面だった。
まじまじと見つめる私をオオスズメバチも見つめてきた。20秒ほどのにらめっこが続いた。
「そうだ! 写真を撮ろう!」
私はスマホを取り出してオオスズメバチに向けた。するとオオスズメバチはその場を飛び去ってしまった。
どうも写真撮影は恥ずかしかったらしい。
どんなに怖い顔をしていても、オオスズメバチも一匹の女性なのだ。
実を言うと、私は他の生物を襲う虫は苦手だ。例えば螳螂や蜻蛉は肉食だ。てんとう虫も見た目は可愛いが肉食だ。そういう生態なのだから仕方ないのだが、この辺りの虫のことは少なからず苦手だ。
だが、アメリカのオオスズメバチが根絶されたと聞くと心境は複雑だ。
元々はアメリカに存在しなかった種だ。おそらくは5年ほど前に人間の手によってワシントン州のみに持ち込まれた。そして人間が責任を持って根絶し、アメリカの蜜蜂たちは守られた。
私は「オオスズメバチ派か蜜蜂派かどちらなんだ?」と聞かれたら間違いなく「蜜蜂派だ!」と答える。
だがやはり、心境は複雑だ。
日本国内でのオオスズメバチと蜜蜂の闘いには私は口出しはしない。それはどちらも命懸けの闘いだから。
だが、そんな闘いなどは本当は無いほうがいい。
オオスズメバチは植物食なんだから幼虫のことも蜜蜂のように花の蜜で育てればいいのになぁ。と、私はそう思う。
栄養面などの関係でそういうわけにはいかないのだろうが、もしもそれが可能ならばオオスズメバチの性格も少しは穏やかになるだろう。
私は「皆、仲良く」が一番いい。
◆◇◆
オオスズメバチのような攻撃的な蜂は、一匹が攻撃体制に入ると他の仲間も一斉に攻撃体制に入ります。これは攻撃フェロモンで仲間たちに攻撃を促すためです。
黒い衣服などにも反応するとも言われています。その理由は、蜂の天敵である熊の体色が黒だからとも言われています。
オオスズメバチを見かけても基本的には近付かなければ大丈夫です。見かけたら距離を置くように心掛けてくださいね。