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身近に暮らす小さな隣人たち  作者: Tatsu。


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第18話 恩返しの旅かい? ミヤマの姐御

 仕事帰りの早朝、私の暮らすアパートのすぐ手前の地べたに、 何やら仰向けになって脚をバタつかせている大きめな甲虫がいた。


 コガネムシか? いや、カミキリムシか?


 裏返ってバタバタしているから何者なのかがよく分からない。

 近づいてよぉく観察した。


 (メス)のクワガタムシだった。それにしてもデカい。

 

 いつも私の(もと)にやってくるクワガタムシは、大概(たいがい)が衰弱していて私の保護を受けることになるのだが、今回のクワガタムシは衰弱どころか滅茶苦茶に元気だ。私の保護なんて全く必要ない。

 だが、よくよく見ると、まだ成虫になりたての世間知らずのクワガタムシに見える。


 よし、成虫デビューを祝っておもてなしをしよう。私の部屋で少々(くつろ)いでいってくれ。


 そう決めると、私はとりあえずこのクワガタムシを部屋に連れ帰った。


 それにしても、このクワガタムシの種類は何だろう?

 (オス)のクワガタムシは大顎(ハサミ)の形状で簡単に種類を見分けることができる。しかし、雌のクワガタムシというのはどの種類も見た目がそっくりで素人目には種類なんて区別がつかない。

 体調は約35mm。このサイズでコクワガタはあり得ない。


 ネットでググってみた。


 ヒラタクワガタだろうか?

 ノコギリクワガタだろうか?

 クワガタムシサイトの画像を見てもどれも同じに見えて違いがよくわからない。

 しかし、解説文を読むと決定的なことが書かれていた。

 

 太く力強い(ハサミ)。太く力強い脚。そして大腿(太もも付近)にあるオレンジ色の斑紋。


 これはミヤマクワガタだ!


 ということは、以前に保護した隻腕のミヤマ親分の娘だろうか?


 そんなことは知る(よし)もないが、ミヤマクワガタは山奥に住むクワガタムシだ。どうしてまた、民家の軒先のようなところに転がっている?

 全く、世間知らずも(はなは)だしい。


 ミヤマクワガタは一夏(ひとなつ)限りの短命のクワガタムシだ。

 だから今回は軽くおもてなしをしたら、そのまま山に帰ってもらおうと思う。


 雌だからいつもの如く「姫様」と命名しようとした。

 だが、このクワガタムシは姫様と呼べるほどに可愛いらしくはない。ゴツくて太い(ハサミ)を広げてずっと威嚇のポーズをとって怒っている。(ハサミ)の隙間に紙切れを入れてみたら物凄い力で噛み付いてきた。

 珈琲牛乳をティッシュに湿らせて舐めさせようとしても、ずっと背中を大きく()らせたまま威嚇ポーズを解こうとしない。


 やっぱりコイツは姫様と呼ぶには程遠い。

姐御(あねご)」と命名することにした。


 では、姐御はどうしたら(くつろ)いでくれるだろう。

 指先で触角を(つつ)いてみた。


 クワッと(ハサミ)を開いて怖い顔をされた。


 う~ん、どうも私に気を許してくれる気はないらしい。

 あっ、もしかしたら珈琲牛乳が口に合わないのだろうか?


 仕方ないので、一旦、カップ麺の空き容器に姐御の部屋を作った。そして、仕事帰りで疲れていた私は眠ることにした。

 すぐに姐御も容器に敷き詰められた湿ったティッシュの下に潜り込んだ。


 それではおやすみなさい。


 ……………………。


 数時間後、私は眠りから目覚めた。

 姐御の部屋を覗いてみた。


 姐御はティッシュに頭を突っ込んだまま、頭隠して尻隠さずの姿勢になっていた。


 しかし……


 この身体のサイズでお尻だけ見ると、まるでゴキ殿のようだ。


 私は姐御をティッシュから引きずり出した。

 姐御の顔は相変わらず怒っていた。

 だが、触角を見ると、少し力無げに見えた。その実状は困惑しているといったところだろうか。


 何か動きがロボットのようにぎこちなくカクカクとしていた。

 このことについてもググッて調べてみた。


 ミヤマクワガタは驚くとカクカクした動きをするらしい。

 姐御の動きはずっとカクカクしている。そして時々、触角を引っ込めて(ハサミ)を閉じたりしている。


 これはやはり、困惑している。

 顔はずっと怒っているが、実はきっと怯えている。


 私の心情としては美味しく珈琲牛乳を舐めてもらいところだったが、だが、きっと姐御はそんな心境ではないのだろう。

 カップ麺容器の部屋に戻すとすぐにティッシュの寝床に潜り込んだ。

 仕方ない。今回はおもてなしは(あきら)めよう。


 何もしてあげることはできなかったが、このまま山に帰すことにしよう。

 姐御は元々山奥に暮らす深山鍬形(ミヤマクワガタ)だ。

 だから、ミヤマ親分を帰した時と同じ山の奥地に帰すことにした。


 ふと、思った。

 もしかしたら姐御は本当にミヤマ親分の娘だったのかも知れない。


「お父ちゃん、アタシ、お父ちゃんの恩人の人間の所にお礼に行こうとしたんだよ。でも、人間の世界って、怖くって、怖くって、アタシ、何もできなかった……」


 姐御はそんなことを(つぶや)いただろうか。


 まぁいい。

 姐御よ、この夏は、格好いい素敵な彼氏を見つけて、元気な子供を生んで、静かな山奥で幸せに暮らしてくれ。


 いつかきっとまた、姐御の息子か娘が私の暮らすアパートの前に脚をバタつかせて転がっている日が訪れるだろう。


 その時はまた、私はその子供たちを喜んで迎え入れよう。

 美味しい珈琲牛乳を振る舞って思う存分にもてなそうではないか。


 では、これで一旦、ひとまずのお別れだ。

 達者に暮らせよ、ミヤマの姐御。

 

◆◇◆


 クワガタムシの雌の姿形は本当にそっくりで見分けがつきません。

 でもよく観察すると、背中のスジとか艶とか、脚の湾曲の仕方などで見分けることは可能のようです。

 今回の姐御は脚のオレンジ色の斑紋が見極めの決め手でした。

 ヒラタクワガタとかノコギリクワガタだったら、きっと私には判別が不可能だったと思います。


挿絵(By みてみん)


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