第16話 真冬のミツバチと花粉団子
二月、古来からの和風月名は如月。
寒さに凍えるこの季節、私は暖かな太陽の陽射しを浴びたポカポカな車の中で、とあるお店の駐車場で一休みをしていた。
すると、運転席側の窓際に小さな何者かが飛来した。
何だ!?
一匹のミツバチだった。
私にとってミツバチは、とてもお気に入りの昆虫である。
よくよく見ると、後ろ脚に花粉団子を抱えている。
ミツバチは花から蜜を採取する際に身体中が花粉だらけになってしまう。その身体中に纏わりついた花粉を一つに集めて固めたものが花粉団子だ。
花粉は花の蜜とともにミツバチの食糧となる。
後ろ脚に抱えた花粉団子はこれから帰るマイホームへのおみやげなのだろう。
ミツバチの巣の中には幼い幼虫と、その幼虫の世話をする内勤のミツバチたちがいる。
花粉団子は幼虫と、その世話係のミツバチたちの食糧となる。全てのミツバチが外回りの蜜集めの仕事をこなしているのではなく、巣内の仕事を任される内勤のミツバチもいるのだ。
ここでふと思った。
昆虫といえば普通は夏の生き物だ。一年の中で最も寒いであろうこの時期に何故、ミツバチが野外で活動しているのだろう。
一般的には寿命の長い昆虫たちは冬は冬眠をする。
オオクワガタなども木のうろなどの安全な場所で冬眠をしている。
だが実はミツバチは凍える冬も冬眠はしない。
ミツバチの場合の越冬は、基本、巣の中に閉じ込もり、暖かな季節に蓄えた蜂蜜などを食糧にして暮らしている。
ミツバチは羽を震わせて胸の筋肉を激しく振動させることで自らの体温を最大48℃まで上昇させることができる。これを応用したのがスズメバチと闘うための熱殺蜂球という必殺技なわけだが、冬の寒い時期には働き蜂たちはこの自らの発熱システムを利用して巣の中を暖めることで真冬でも快適に暮らせる環境を作っている。その室内は気温30℃ほどに保たれている。
いや、快適なのは世話をされる側の女王蜂や幼虫たちで、暖房係の働き蜂にとっては多分、重労働なのだろうと思う。
では、暖かな巣の中でひっそりと暮らしているはずのミツバチが寒い野外の外回りの仕事をしているというのはどういうことだろう?
もしかしたら、お昼時の少し暖かめな時間帯にちょっと蜜を集めてみようかと気まぐれなミツバチが外回りに出たのかもしれない。
そして蜜を見つけて採取し終え、おみやげの花粉団子を抱えて帰路の途中に私の車の窓際で一休み、といったところだろうか。
「あっ! そうだ、写真を撮ろう!」
そう思い付いた私はスマホで記念撮影を一枚、パシャリ。
ミツバチはふさふさの体毛に覆われて実に可愛らしい。
もう少しだけ見ていたいと思った私だが、ミツバチは1分ほど休憩をすると、またすぐに宙へと飛び立っていってしまった。
後になってふと不思議に思った。
確かに真冬にミツバチを見掛けることは珍しいが不思議なのはそこではない。
ミツバチは花粉団子を抱えていた。ということは、何処かで花から蜜を採取できたということだ。
この寒い季節、何処に咲いている花があるのだろう?
少しググって調べてみた。すると、梅の花が一月下旬頃から咲くということが分かった。
梅の花から蜜を採取してきたのだろうか?
結局、その辺りのことは分からずじまいだ。
蜜の採れる花を見つけたミツバチは帰った巣の中でダンスを踊る。
羽を羽ばたかせながらぐるぐると8の字を描くミツバチダンス。仲間たちに花までの距離と方角をダンスで伝えるのだ。
この時ばかりは、採蜜の場を見つけるという手柄を立てたミツバチは皆の注目を浴びるダンシングクィーンだ。
だがこの寒い季節だ。「凍える外に出るのはゴメンだよ」と見て見ぬふりをするミツバチもいるのかもしれない。
冬に野外を飛ぶミツバチは冬越しの前に生まれてからずっと巣の中で過ごしてきた蜂で、ほとんどの者が外に出るのは初体験になるらしい。
狭い巣の中の幼虫時代から羽が生えて外の広い世界を飛び回れるミツバチとなり、その初仕事で手柄を立てて巣に戻ったならダンシングクィーン。
素晴らしい蜂生ではないか。
まぁ、全ては私の妄想ではあるが。
ミツバチは巣に持ち帰った蜜と花粉団子を空いている巣房の中に蓄える。
これが幼虫たちと内勤の仲間たちの食糧となる。
内勤の蜂たちも楽な仕事ではなく忙しい。幼虫たちの世話をしながら巣内の掃除をこなし、巣の増築や修繕なども行っている。
ミツバチの社会はお互いの役割分担と助け合いで成り立っているのだ。
野外の仕事を任されるミツバチは内勤の全ての仕事をマスターした熟練のエリートだ。
私が出会ったミツバチは、きっと仲間からの信頼の厚い、強い責任感を持った立派なミツバチだろう。
もしも私がこのミツバチの立場だったなら、寒い冬は暖かな巣の中で掃除するふりでもをしながらその場をしのいでいるに違いない。そしてきっと隅っこに隠れて一人で花粉団子を貪り食っていることだろう。
やはり私は暖かな気持ちの良いポカポカが大好きなのだ。
◆◇◆
必殺の熱殺蜂球ほどの熱を発したミツバチは極端に寿命が縮まることが分かっています。
発熱にはエネルギーを要します。ミツバチにとっては寒い冬に巣の中を暖めることも重労働なのです。
基本的には真面目で勤勉なミツバチですが、「2:6:2」の蟻の法則のように働き蜂の中にも二割ほどのサボり蜂はいるようです。
冬に花を咲かせる植物を調べてみたら、種類は少ないですけど、ビワやサザンカなど、極寒の季節に花を咲かせる植物がありました。
ミツバチは寒い時期でも暖かな日には蜜を求めて巣から飛び立つようです。
一年中、何処かに何かしら、蜜の採れる花は咲いているようです。




