第12話 降臨! 皇帝コガネムシ様
皇帝。それはおそらくは、この世界において最高の地位に君臨する存在である。
皇帝は、夏の道端にいっぱい転がっている。
むしろ、コンビニの前に屯している。いや、ヤンキーのことではない。
多くの人々に「森の昆虫の王は何?」と質問したとしよう。
返ってくる答えはおそらくは「カブトムシ!」だ。
だが、カブトムシはコガネムシ科カブトムシ亜科に属する昆虫であり、コガネムシ一門の分家的存在なのだ。
コガネムシこそがカブトムシたち、クワガタムシたちの本家であり、言い換えるならば
『コガネムシ一門宗家正統後継者』なのである。
つまり、カブトムシが昆虫界の王だというのであれば、コガネムシは昆虫界の皇帝なのだ。
皇帝とは王よりも上位に位置する存在なのである。
……と言っても、多くの人はこんな話には納得しないだろう。だから私はあえて言わせてもらう!
私の個人的で勝手な結論!
本当に勝手で偏見と独断のみの結論!
『コガネムシは森の昆虫の中で最も偉い皇帝様なのだ!』
だがしかし、この皇帝様の現実社会での身分はとても低い。とってもとっても低い。
カブトムシが子供たちの絶大な人気者なのに対し、このコンビニの灯りが大好きな、店頭のフロアマットの上に屯する皇帝様は誰にも見向きもされない。
その場に転がっていて当然の石ころのような存在に成り下がっている。
カブトムシとクワガタムシが黒いダイヤなのなら、コガネムシはどうでもいい石ころなのだ。
そんな皇帝様が私のアパートの部屋の前の階段に転がっていた。
よくよく見れば美しく輝くグリーンの身体を持っている。人気者とは言えないが、きっと悪い奴ではないだろう。
私は皇帝様を拾い上げ、自身の服の胸に張り付けた。皇帝様は服にしがみついた。まるで黄金色のブローチのようだ。
本日のおもてなしの御客様は、コガネムシ宗家正統後継者、皇帝コガネムシ様だ。
ほんの一時だが存分に楽しんで過ごしてもらいたいと思う。
部屋に入ると私は皇帝様を座布団の上にそっと乗せた。
しかし、こいつ、本当につまらない野郎……、いや、この皇帝様はとても物静かで退屈なお方だ。
逃げようとするでもなく、死んだふりをするでもなく、ただ、じっとしているだけだ。
しかし、ここで私は悟った。
ハッ! そうか。そういうことでしたか。失礼しました、皇帝様。
皇帝たるもの、下々の下民の私なんぞにいちいち構っていられない、ましてや死んだふりのような卑怯者の振る舞いなんてできない、そういうことなのですね。
皇帝様は相も変わらず、ただ、目の前でじっと反応が無い。
何かリアクションしてくれ!
どうおもてなしをしたらいい?
コーヒー牛乳を飲んでみるかい?
少しコガネムシについてネットを検索して調べてみた。
何!? フンコロガシもコガネムシ一門なのか。
私の個人的な見解では、うんこに集る虫は不衛生な悪い虫ということになっている。
皇帝様、フンコロガシはコガネムシ一門から破門したほうがいいですよ……。
って、頼むから何かリアクションしてくれ、皇帝様!
そして、また悟った。
ハッ! そうか……、自ら目立つことなく全てを配下に任せ、天高き頂から全世界を支配する、それが皇帝たるものか。
いや……、街灯下とかコンビニとか、目立つ場所の周辺に他の虫以上にいっぱい転がってる気もするが。
更に、もう少し調べてみた。
何だと? コガネムシは農作物を荒らす害虫だと!?
お前、害虫だったのかぁっ!!
お百姓さんが心を込めて育てた農作物を皇帝様が喰い荒らす。
悪の皇帝? 魔皇帝ではないか!
21世紀も始まって間もないというのに世も末だ。
まあ、それはいい。
魔皇帝よ、お前は今日、人間に捕らわれたのだ。
せめて逃げる姿勢を見せるなり、ちょっかい出されたら嫌な顔をするなり、何かリアクションをとってくれ。
そして一言、ポツリと本音の声が漏れた。
「そんなだからカブトムシに人気の座を奪われるんだ」
……。私はさっきからずっと、ただ、独り言を呟くだけの危ない変質者に成り下がってしまっている。
いや……、元々変質者のような気もするが……。
よし、釈放だ。お前のようなつまらない奴はもう帰っていい。森にまで送ってなんてやらないぞ。
私は家のすぐそばにある街路樹に魔皇帝様をしがみつかせた。
魔皇帝様は、ただ、じっと、街路樹にしがみついていた。
外に出ることができたんだ。もっと嬉しそうに高い所に登るとか、その喜びをあからさまに表現してくれ!
つくづくつまらない奴だ。
私はコガネムシの人気が無い理由を十分に理解した。
コガネムシは確かにコガネムシ一門宗家だ。正統後継者だ。
だが、きっと、誰もコガネムシを森の皇帝様と呼ぶことはないだろう。
昆虫界では巨大な派閥を持つコガネムシ一門だが、コガネムシが天下を獲る日はきっと来ることはないだろう。
コンビニの入口フロアマットの上に屯するコガネムシ。それはもはや、日本の夏の風物詩と言っても過言ではない。
◆◇◆
コガネムシは餌として主に広葉樹の葉を食べます。
幼虫の頃には、植物の根を食べます。
コガネムシに悪意はないのでしょうが、一生涯の間、植物のみを食べ続けるその存在は、農家の方や園芸を楽しむ方にとっては害虫となってしまうようです。
ちなみに昔はカブトムシも害虫扱いされていた時代があったようです。