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人に謳う讃美歌  作者: エクスマ
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誓いと覚悟

「お邪魔するわよ、アラバキ」


アラバキと呼ばれたのは、まだ12歳くらいにしか見えない少年だった。作務衣のようなものを肩ぐらいまで捲り、溶接作業の時に使うようなゴーグルをかけている。そしてやはり、角が生えている。


「おう、ベリアレのねーちゃん!今日もお疲れ様だな!ところでどうしたんだ?今日はもう外に出ないんだろ?」

「そうなんだけど…彼ここに来たばかりだから楽園壊し(エデンヘンドラー)がないのよ。何かないかと思って顔を出してみたんだけど」

「え…?」


それは俺に戦えと言っているんだろうか。でも元々ただの学生である俺が、彼らと同じように戦えるはずがない。


「彼?ああ、そこにいる異邦人のにーちゃんだな。過激派に襲われてたんだって?災難だったなあ。何かないかって言われてもここにはあるもんしかねえよ。オーダーメイドってんなら高くつくぜ?よっと」


アラバキは作業の手を止め、俺の手をいきなりつかんできた。


「おれあ、栗氷(りひょう)アラバキってんだ!楽園壊し(エデンヘンドラー)の管理、製作、調律、補修、その他もろもろ楽園壊し(エデンヘンドラー)に関しての作業はおれの管轄だ。よろしくな、異邦人のにーちゃん!」

「あ、ああ…字瀬光だ。よろしく…」


近くで見ると思ったより小さい。だが、俺の手を掴む力はかなり強いし、両腕にまとった筋肉も俺が元居た世界の子供のそれを軽く凌駕している。幼さの残る顔には、一筋の傷が走っていた。


「そんで?光のにーちゃんは外に出るつもりなのか?異邦人のやつらは外の大気に耐えられないんじゃなかったっけ」

「天使核を食べたから一応耐性持ってるわ」

「そっか。で、光のにーちゃんは外に出て、天使と戦うつもりなのか?」

「外には出るけど…俺はただの人間だし、力もない。…戦っても俺じゃ戦力にならないけど、足手まといにはならない程度にはなりたい」


アカリと初めて会ったあの時に遭遇したあの天使を相手にするなど、想像できない。しかもあれより強い天使がわんさかいるのだ。とはいえ、ずっとアカリの後ろで守ってもらうというのも無理な話だ。


「やっぱり武器の一つあったほうがいいんじゃない?護身用として」

「…補給部隊の任務でも天使とか出てくるんですか…?」

「勿論。だから何も持っていないよりは、何か持っておいたほうがいいと思うのよ」


そういうことであれば、何かしらの武器があってもいいかもしれない。しかし俺が使えるような武器などあるのだろうか?


「んー護身用ってんなら盾とかがいいのかな?ちょっくら探してくるぜ」

小さな背中が楽園壊し(エデンヘンドラー)の間に消えていく。ここでは子供だろうが大人だろうが等しく戦力として数えられているんだろうか。彼の顔に付いた傷は、おそらく天使との戦いでついたものだろう。


「あの…彼も天使と戦ってたんですか?」

「ええ。今は12くらいだったかな?確か9歳くらいから彼は戦闘員として起用されていたわ。でもその1年後、彼は右目を負傷して除隊。そのあと楽園壊し(エデンヘンドラー)の整備士になったわ。彼の顔の傷はその時のもので、右目は義眼だったはず」

「え…なんか…すいません…」

「謝ることはないわよ。私は聞かれたことを答えただけだし、彼自身このことは気にしてないみたいだし。それどころか自分の眼は義眼だっていうのを自慢して回るような子よ?」

「おいおいベリアレのねーちゃん、子ども扱いすんなよな!」


楽園壊し(エデンヘンドラー)の奥からアラバキの声が聞こえてきた。割と小さい声でしゃべっていたはずだが…


「…はあ、ほんとに感心するほど耳が聡いわね」


ベリアレがどこか嬉しそうに微笑んだ。

 少ししてからアラバキがいくつかの楽園壊し(エデンヘンドラー)を持ってきた。形状も大きさも様々なそれらは、すべて同様に持ち手の先端にいくつかのリングがついている。まるで神官が持つ杖のようだ。


「さてと、これからにーちゃんにはどれがいいか選んでもらう…が!渡すには条件を付けさせてもらうぜ!」

「条件…とは…」

「ズバリ!この中から選んだ楽園壊し(エデンヘンドラー)に認められたら渡してやる!あ、認められないとそもそも持つことすら出来ないと思うよ」


成程、まるでアーサー王伝説に出てくる剣みたいだ。選定の剣ならぬ選定の盾…俺自身そんなに詳しくないから抜ける人間しか抜けない、ということしか知らないが。


「じゃ、じゃあいいかな…?」

「おう!どうぞどうぞ!」


ごくりと緊張で沸き上がる不安を唾と一緒に飲み込み、俺は楽園壊し(エデンヘンドラー)に手を付けた。

 結局すべての楽園壊し(エデンヘンドラー)で試してみたが、本当に持つことすら出来なかった。まるで地面に張り付いているとでも表現できるほどの持ちあがらなさだった。ちなみにベリアレもアラバキもひょいひょい持ち上げている。曰く饕餮がある人間は基本認められているらしい。


「とまあ、残念だったなにーちゃん」

「うん…ごめん、時間使わせて」

「ううん?おれも暇してたから」


折角連れてきてもらったというのに、なんだか申し訳ない。しかし、ここにあるエデン楽園ヘンドラー壊しは全てアラバキが手掛けたものなのだろうか。


「それにしても…いっぱいあるんだな。これ、全部持ち主が決まってるのか?」

「うんにゃ、誰も使ってないのがいくつもあるよ。いまおれが出してきたのも全部そうだし」


よく見ると楽園壊し(エデンヘンドラー)の横に何やら機械が設置されていたりされていなかったりしている。あれが設置されているものが、持ち主有りの楽園壊し(エデンヘンドラー)なのだろうか。大量の武具に囲まれているここは、まるで博物館の中だ。武具の大部分が重火器などの近代兵器よりも中世チックなのが、それを引き立てている。


「あ、もし気になったなら見てってもいいぜ。見るだけなら誰だってできるし。というか見て。そして感想聞かせて。どんな意見も俺の糧になるからな!」

「…貴方、ほんとに楽園壊し(エデンヘンドラー)が好きなのね…」

「そりゃ自分が作った作品には思い入れがあるに決まってるだろ!ほら、この刀身とか結構な自信作だぜ!あとここの――」


…まるで自分の作品の感想を求める芸術家のようだ。作業場内を駆け回る姿は年相応に見える。

 とりあえず見てけと言われたので作業場内を少し見て回ることにしてみた。確かにどれも素人目で分かるほどに刃が鋭かったり、殺傷能力が高く見える。


「ん…?」


なんだか呼ばれたような気がして、奥のほうに行ってみる。しかしそこには何もいない。気のせいか。ふと、部屋の隅に置かれた楽園壊し(エデンヘンドラー)が視界に入った。なぜかそれを見たときに懐かしさのような、胸を締め付けられるような、そんな痛みが襲ってきた。

 吸い寄せられるようにその楽園壊し(エデンヘンドラー)へと歩み寄る。触れたい。募る思いが俺の歩を進ませる。


「光のにーちゃん!」


突然アラバキが叫んだ。何事かと振り返ると少し険しい顔をしたアラバキが、いつの間にか後ろに立っていた。


「あ…ごめん、もしかして入っちゃいけなかったかな…」

「いや、別に見るのも入るのもいいよ。だが、触っちゃだめだ。絶対だぜ」


俺がふらふらして近寄っていたから教えてくれたのか。触れたらどうなるのかは気になるが、触れるなと言われてしまった以上素直に従おう。俺はこの世界を知らない。であればこの世界の人間の言うことはできるだけ聞いておいたほうがいいだろう。

 それから少しだけ見て回り、武器庫の外に出た。様々な武器が陳列しているのを見るのは圧巻で、なかなかに貴重な体験になったと思う。それにしても結構な時間を過ごしてしまった。もう外が暗い。

 廊下に配置された窓の外は生憎の雨模様で、外の様子はあまりうかがえない。あまり雨の日は好きじゃない。空模様が暗いとこっちまで暗くなってしまう。ふと、視線の先をカノが走っていくのが見えた。


「あ、カノさん…」


呼び止めようとして、やめた。それもカノの顔は真剣、というか鬼気迫るといった表情だったからだ。何かあったんだろうか。よせばいいのに俺は後をつけてみることにした。

 カノが入っていったのはオペレートルームと書かれた部屋だった。何のオペレーションをするんだろうか。そっと壁に耳を当てて中の音を聞いてみることにした。自慢じゃないが聴覚には自信がある。…といっても、聴力検査で毎回最高の判定を取っていただけに過ぎないので、異常なしというほうが正しいかもしれない。


『…カノ、もう……は出撃…たぞ!事態は…を要…る、急ぎ取り掛かれ!』

『すみません、…急、つなぎます!』


何やら切羽詰まった様子のカノの声が聞こえてきた。もう1人は知らない女性の声だ。局長とやらの補佐が仕事と言っていたし、おそらくこの女性が局長なんだろう。流石に仕事の邪魔をするわけにはいかないので、俺は壁から耳を離した。その瞬間、廊下中のスピーカーからカノの緊迫した声が発せられた。


『緊急連絡、緊急連絡!四凶管理区域『饕餮』内部に複数の天使が侵入しました!天使種、大天種…これは?!権天種の反応も確認されています!直ちに非戦闘員は室内での待機をお願いします!』


権天種。俺が食わなければならない奴が、来ている。しかし俺が出ても戦力にはならないし、そもそも武器がない以上外に出るのは得策じゃない。ここは大人しくカノの指令に従おう。

 なんとか自分の部屋に戻って、ベッドの上に寝っ転がった。タイムリミットはあと3日。短い期間内に、権天種の天使核を食べなければならない。まずはその算段を立てなければならない。

 部屋にある部隊についての資料に目を通す。俺が所属しているのは補給部隊。観測塔と呼ばれる場所まで物資を送り届けるのが役目の部隊だ。基本的に護衛が任務内容になるらしい。まあ武器のない俺は護衛される側だ。

 管理局が補給部隊全体へ発令する任務以外に、いつでも受けることのできる任務もあるらしい。補給部隊は天使種、大天種の討伐任務のみアサインされるようだ。つまり権天種の討伐はアカリ以外の誰かに取ってきてもらう、というのが一番やりやすい。

 しかしそれを引き受けてくれるような人がどれほどいるのか…トバリやジュンキなら頼めるだろうか。しかし、俺は彼らの連絡先も知らない。この前はばったり偶然会っただけで、そう簡単に会える相手でもないはずだ。何せジュンキに至っては一番上の階級らしいし。


「俺に…力が、あればなあ…」


立ち塞ぐ壁を全てぶち壊すような力が俺にあればよかったのに。なんで神様はそういうのつけてくれなかったんだろう。

 …でも。俺に戦える力があったとして、俺は動けるだろうか。ただの学生であった俺が戦場に連れてこられて武器渡されてはい1人で戦えと言われて、俺は戦えるだろうか。


『第一障壁、突破されました!待機中の戦闘員は居住区の住人に被害が出ないよう、防衛をお願いします。強襲部隊、攻撃部隊は至急受付まで集合してください!工作部隊、索敵・偵察部隊は住人の避難誘導を、衛生部隊は負傷した住人の治療をお願いします!』


カノの声がスピーカー越しに聞こえたところで、部屋に備え付けられた通信機器のような物が呼び出しのベルを鳴らした。枕近くにある受話器を取るとカノの声が聞こえてきた。


『光さん、ちょっといいですか?』

「いいけど…」

『アカリさんが外にいるのですが、何か知りませんか?中々通信がつながらなくて…任務で出たわけではないようで、外出届は出されているので問題はないのですが…』

「ああ、確か実地訓練に行ったって言ってたな…あ」

『?どうかなさいましたか?』

「カノさん。アカリがどこに出たか、教えてくれないか」

『えっと…現在管理局から北東へ少し離れたところにいます。それがどうかしましたか?いまから呼び戻すつもりですが…』


アカリが外に出ている。いつ権天種と遭遇できるか分からない以上、ここはアカリと協力して倒すのがいいだろう。カノに伝えてもらいたいが、通信がつながらないと言っている以上言伝は出来ない。外に出るのは危ないけど、アカリへそれを伝えるには直接会わなければいけない。


『………えっ?そんなにいないんですか?』

「どうしたんだ?」

『いえ…現在、管理局内で出撃できる人員がほぼいない状態のようです。ジュンキさん、アスターレさん、ベリアレさんはもう任務を受けてましたし…他の人員も侵蝕されているので今すぐに出るのは難しいですし…天使の殲滅は厳しいかもしれませんね…とはいえ、住人の誘導だけならできそうです。あ、情報ありがとうございました』


戦闘に出ている人が少ない。しかしそれは権天種を他の戦闘員に倒される心配が少ないということでもある。といっても同時に周囲にいる天使の数も多いだろう。その中を掻い潜ってアカリの下へ行かなければいけない。


「はっ…なんでこんな厳しいのかなあ…」


危険な賭けではあるが、やらなければ何も変わらない。それどころか事態が悪化してしまうだろう。あと3日。そのうちになんとしてでも権天種を探さなければいけないのだ。あちらからきてくれるというのであれば、それを利用しない手はない。覚悟を決めて、俺は部屋を出た。

 大きなハンドルの前に少し緊張する。アラバキは今どこにいるんだろうか。彼も今は非戦闘員であるはずだ、自室にいるだろう。


「よい、しょッ…!」


予想以上に堅く重いハンドルを回し、扉を開けた。アラバキの作業場は明かりがついておらず、人気もない。今日の昼に持った武器は全て持てなかったが、さすがに1つくらいは俺が持てるものがあるだろう。なんだか武器を無断で借りるのは盗んでいるようで気分が悪いが、これも生き残るためだ。許してもらいたい。

 しかし手当たり次第に持とうとしてみても全く持ち上がらない。ここには俺が持てるものなどないのだろうか。ふと、アラバキが触るなと叫んだ場所を思い出した。あそこで俺は何かに呼ばれた気がして…でも何もいなくて。そこでアラバキに触るなって言われたんだ。あの、何かに呼ばれた感覚。あれがなんなのか分からないけど、あそこの周辺に俺を呼んだ何かがあるのかもしれない。


「…ここ、だったよな」


確か、部屋の隅に置かれたエデン楽園ヘンドラー壊しを見たときに何かを感じた。あの胸を締め付ける感情がなんなのか分からないけど、こいつが俺を呼んだのだろうか。斧とも槍ともつかない武器が、目の前にある。

 俺はその武器の柄に手を伸ばす。これで認めてもらえなかったら悲惨だ。認めてもらうにせよ認めてもらえないにせよ、この武器を手に取れば何かが分かる気がする。


「頼むから認めてくれよ…!」


半ば祈りながら柄に手を伸ばす。あと数ミリで手が届く、そんなときだった。


「あ、にーちゃん何してんだ?自室にこもってないとだめだぞー」

「…!」


反射的に声の方向を向く。暗い室内にアラバキの姿が見える。


「アラバキ君…どうして、部屋にいるはずじゃ」

「おれが聞いてるのは、なんであんたがここにいて、なんでそいつに触ろうとしてんのかってことだよ。それ以外の返答は求めてねえ。おれ、触んなっつったよな?」


アラバキの口調が、さっきまでの明るいものとは打って変わった。


「すまない…でも、俺は権天種の核を食わないと死ぬんだ。そのために、アカリが今いるとこにたどり着くために、これを貸してくれないか――」


俺の言葉はいきなり襲い掛かってきたアラバキに遮られた。ただの大学生だった俺が避けられるはずもなく、一瞬にして首を掴まれ壁に叩きつけられた。強かに背中を打ち付けられた衝撃で肺の中の空気が絞り出される。


「かっ…は…」

「おれは別ににーちゃんを殺したいわけじゃねーんだけどよ…その武器を使われるのだけはあんまいい気分しねーんだわ」


アラバキの眼に強い敵意と怒りがこもる。だがその矛先は俺ではなく、その武器に向けられているようだ。何とかアラバキの拘束から逃れようともがいたが、常人離れしたその力には敵わなかった。


「おれとしちゃあさあ、あんたには死んでほしくないよ。せっかく来てくれて、俺の作品をじっくり見てくれた大事な客だし。だから、自分から死にに行くような真似してもらいたかねえんだ」


だんだん意識が朦朧としてきた。気道の確保が不十分だからか、ひゅうひゅうと間抜けな音が口からこぼれた。


「それに、にーちゃんが今触ろうとしたその武器が何なのか知らねえだろ?」

「あ、ああ…知らない、よ」

「おれが昔戦闘員だったことはベリアレのねーちゃんから聞いたんだろ?その時右目を失ったっていうこともさ。その右目を奪ったのが、あの武器だよ。正確にはあの武器を使っていた天使、もっと詳しく言うならにーちゃんと同じ外から来た奴を魔改造した天使が、な」

「そうだった…のか…すまない、君の…ことを考えも…しないで」

「いや、にーちゃんは知らなかったんだからいいんだよ。むしろ俺は天使に右目を潰されたことを恨んじゃいない。嫌なのは…にーちゃんがそいつみたいになることだよ。俺はにーちゃんに戦場に出てほしくないんだ。俺は、にーちゃんにここの人を殺させたくないし、ここの人ににーちゃんを殺させたくない」


だからといってこのまま何もしないでいたら俺が死ぬ。しかしこの状況からどうやって脱したものか…アラバキが俺を気絶させないように気道を確保してくれていることが唯一の救いだ。


「もし…にーちゃんが俺の仕事手伝ってくれるんなら俺はにーちゃんが死なないように抑制剤をやるよ。おれ、結構局長に意見言えるからこっちに移るのも可能だぜ」

だが、それは俺が元の世界に帰れないのと同義だ。それに、この世界の人にこれ以上寄生したくない。

「…悪いけど、その提案には乗れない」

「…元の世界に帰りたいから、か?」

「そうだよ。俺は、俺がもともといたところに帰りたいんだ」

「…考えは変わらない、かぁ…」


アラバキはぽつりとつぶやくと俺の首から手を離した。どさりと受け身すら取れずに床に落ちた。


「げほっ…俺は確かに弱いよ。でも、いつまでも守ってもらってばっかじゃだめだ。それじゃあいつまでたっても俺は元の世界に帰れない」

「…そうかよ」


アラバキはふと何かを思いついたように、あの武器を持ってきた。斧とも槍ともつかないそれを、俺にずいと押し当ててきた。


「えっと…」

「いいかにーちゃん。覚悟が出来てんならこの武器を手に取れ。ただし、命の保証はしないぜ」

「え…いいのか?」

「それはにーちゃんが決めることだぜ。にーちゃんがこいつの誓いに耐えられるなら死なないけど、耐えられねえならにーちゃんは狂死する。死にたがりのにーちゃんにゃいい択だろ。さ、どーする?」


何故にこの世界はいつも俺に対し生死をかけた選択しか出してくれないんだろうか。理不尽だ。とはいえ背に腹は代えられない。しかし耐えられなければ死、という大きすぎるデメリットが俺の決断を遅らせる。

 刻一刻と時間が過ぎていく。こうしている間にも、権天種はどこかへ行ってしまうかもしれない。それどころか討伐班が間に合わなければここも次期襲われてしまう。


「俺は…」


どうしたい?このままアラバキの言う通り、外に出ないほうがいいかもしれない。そのほうが確実に命を長らえさせることが出来る。だがそれは、もうあの世界の人達に会えないのと同義だ。それは、いやだ。絶対に嫌だ!俺は――


「自分の生きる道くらい、自分で切り拓くよ…!」


意を決し、その武器の持ち手に手をかける。鋼の冷たさが手に伝わる。それと同時に、頭の中に直接言葉が流れ込んできた。


『汝に問う』『汝に問う』『汝に問う』

『汝の欲するものは』『汝の願うものは』『汝の求むるは』

『『『如何なるものか』』』


目を開けると、そこは真っ暗な何もない空間だった。声だけが頭の中に響いてくる。それは男とも女とも老人とも子供ともつかない不思議な声だった。


「俺が願うもの、か…元の世界に帰ること一択だ」

『『『諾』』』

『応えよ』『応えよ』『応えよ』

『汝の罪は』『汝の償うべきは』『汝の贖いは』

『『『如何なるものか』』』


俺の罪。罪と言えるかどうかは分からないが、ガキの頃はいくらか悪戯にうつつを抜かしたことはあった。しかしどれも犯罪には程遠く、罪と言えるものではないと思われる。


「――いや。俺はあいつにまだちゃんと謝れてない。それは俺にとっての罪だ」

『―汝、己を罪人と称する者』『なれば我らを振るうに値する』『よって誓いを立てよ』

『汝、我らに誓う』『我らの矛先は汝の怨敵にのみ向く』『汝我らを持って民を殺めること能わず』

『以前の使用者誓いを破り』『我らの矛先を民に向けた』『我ら民を殺めるは不本意である』

『故に汝、我を振るうならば民に矛先を向けぬと誓う』『誓わねば汝、散華す』『応えよ』

「もちろんだ。俺はここの人たちに矛を向ける気はない」


もとよりそのつもりだ。帰るべき道を指し示す道しるべを、自ら消すことほど愚かな行為はない。


『『『承知。汝を我らが主と認める。この刃、汝の怨敵の身を切り割こう』』』


暗闇が、光に切り拓かれる。光は収束し、あの斧とも槍ともつかない武器へと変貌を遂げた。俺の手元にあるそれは、初めて持った武器でありながら俺の手によく馴染んだ。程よい重さが両腕に伝わってくる。


「…へえ。にーちゃん狂わなかったんだ。何はともあれおめでとさん。無事認められたみたいだね」


時間的には少ししかたっていないはずなのに、久しぶりにアラバキの声を聞いた気がする。ゆっくりと目を開けると目の前にはアラバキがいて、手にはあの武器がしっかりと握られていた。


「…なんで、渡してくれたんだ…?」

「にーちゃんの覚悟が伝わったからな。まあ、口だけかもしれねえけどよ…それでも、啖呵切るだけの根性あんなら、渡してもいいって思ったんだ。まあ何はともかくお疲れ。でも、認められただけじゃまだなんだろ?」

「ああ。これから外に出てアカリと合流する。ありがとう、アラバキ君」

「だけどさあ、にーちゃんこの施設の出口とか知らねえだろ?それに、今は非戦闘員は外出ちゃダメだって言われてるし。ただ馬鹿正直に出入り口から行きゃあいいってもんじゃないでしょ」


それを言われてはっと気づいた。そういえば俺はここにきてまだ1日すら立っていない。それよか正規ルートで入ったわけではないので出入口の場所なんて知らない。助けを請うように振り返ると、アラバキはやれやれといった感じでため息をつき、次いでにかっと笑った。


「そうだと思ったぜ…だが安心したまえよ、出入り口の場所とそいつの使い方くらいは教えてやる」

「そんなことまでしてもらっていいのか…?」

「だあっておれが送り出してはい死にましたなんて言ったら目覚め悪いだろ?だから、おれがにーちゃんを外に出ることを許すのは、にーちゃんが無事帰ってきた時だけだ。絶対、生きて帰ってくるんだぜ?さっき吐いたあの覚悟を、おれに見せてくれ」


にやりとアラバキは笑う。もちろん死にに行くつもりはない。


「ああ。約束する」


俺もアラバキに笑いかけ、互いの拳を軽くぶつけ合わせた。

 アラバキから一通りの説明を受け、俺は出入口めがけて全速力で走った。頭の中でアラバキの説明、この武器についてのことをリピートする。


『これはハルバードっつう武器らしいぜ?こっちの分類としちゃ楽園壊し(エデンヘンドラー)じゃなくて楽園奏者(アヴェスレター)とでも言おうかな。既存の武器にゃこんなのなかったから昔の資料あさって調べたんだけど…使いにくいのなんの。熟練者程磨きがかかる武器らしい。ま、そりゃそーだわな。斧の反対には杭もついてっから切る突くひっかけるといろいろできるんだ。ちなみにこのハルバードだけだけど…すごい変形機能があってな…なんと槍部分と斧部分を結合させて鎌みてえにできるんだぜ。実用性?しらね』


最後のほうはもう説明する気力もなかったのかかなり適当だった。だが鎌への移行の仕方も教えられたので問題ない。何ともハイテクな武器だ。だが実用性については同意見である。


「権天種は…女性に似た体を持つ、か」


リシュルから見せてもらった天使のサンプル映像にいた権天種は女神像から魚の尻尾のような物が生えていた、いわば人魚のような姿をしていた。全てがあの形というわけではないが、類似したものを見つければいいんだろう。

 ようやく施設の出入り口が見えてきた。しかしその手前にはカウンターと受付嬢と思しき女性がいる。見つからない…わけがなかった。


「うん…非戦闘員の外出はなし、と…あ、ちょっと異邦人さん!」

「悪い、急いでるんだ!ここ開けてもらえないか?」

「だ、ダメですよ!非戦闘員は外に出ちゃダメだって………その武器…異邦人さん。もしかしてアラバキ君は外に出ることを知ってるんですか?」

「え、ああ。これを託してくれたのもアラバキだ」


それを聞くと受付嬢は少し微笑んで、人差し指を口に当てた。


「あの子がいいって言ったなら私は何も言いません。一つ借し、ですよ?」


悪戯っぽく笑う。それと同時に出入口の自動ドアが開いた。


「私、天廻ネフィリって言います。ここで任務の発行及び饕餮管理局への移住受付を行っております。以後お見知りおきを。では、行ってらっしゃいませ。帰ってきてくださいね?」

「―ああ。ありがとう、ネフィリさん。行ってきます!」


俺はネフィリに頭を下げ、急ぎ足で自動ドアから外へ飛び出した。外はさっき窓で見た通りの雨模様で、視界が悪い。


「よし…」


右手に伝わる頼もしい重さを再確認しながら、俺は黒煙の立ち上る場所へ走り出した。


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