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人に謳う讃美歌  作者: エクスマ
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定められた刻限

 お昼ごろまでは何もないらしいのでとりあえず四凶内を周ってみることにした。怪我をしたばかりなので体を動かすついでに筋トレをして、四凶内を歩き回った。昨日アカリと見て回った分、道は大体覚えている。…はずだった。


「迷った」


歩き始めて20分。もうどこなのか分からなくなった。この四凶内はとんでもなく広いようで、昨日アカリと見て回ったのは表層の一部にしか過ぎないらしい。現在地の地図が近くにあるわけでもなく、俺は路頭に迷っていた。これ以上下手に動いて体力を消耗するのは得策ではないので、自販機前のベンチで休むことにした。


「どんだけ広いんだよここ…」


軽く愚痴っても聞く人はいない。喉も少し乾いた。自販機をちらりと見てみると、そこには恐ろしい金額が提示されていた。俺の懐から出せる量の十倍はありそうだ。


「この世界の神様は俺をこんな物騒な世界に何も持たせずに送り込むとか…何考えてんだ」

「それは直接会って聞くしかないでしょうね。字瀬光さん?」


突然頭上から声が降ってきた。何事かと顔を上げると白い壁がいた。…というか白いYシャツを着た少女、ベリアレだった。その手には弓ではなく何やら書類のようなものを携えている。


「あ…こんにちは。ベリアレさん」

「はいこんにちは。ところでここで何をなされていたのです?一応ここは饕餮保持者以外の立ち入りを禁じているはずですが…ああ。その服が原因ですか。全くいいものを貰いましたね…」

「え…そうなんですか?てかこの服って何なんですか?」

「それはトバリが作ったものだけど…まあ通行許可証みたいなものね。で、何故ここに?」


なんでと問われれば迷ったというしかない。ここで見栄を張って置き去りにされるのはよろしくない。


「あー…迷ったんです」

「迷ったの。そう。貴方の部屋は覚えているから送り届けましょうか。っとその前にもうすぐお昼ね。食堂に送り届けたほうがいいかしら…そうだ。ここで会ったのも何かの縁だし、何か奢ってあげるわ」

「えっ、いやそんな悪いです!俺まだ何も皆さんに貢献できてないのに…」

「謙虚なことはいいけど人の厚意を拒まず受け取るのも一つの礼儀よ。まあ、その場その場で臨機応変にね。さ、行きましょ」


ベリアレは俺の手を引いてさっさと歩き始めた。意外と力が強い。体は細いのにどこにこんな力があるんだろうか。


「ところでベリアレさん、任務はもう終わったんですか?」

「任務?あの2人がいれば大丈夫よ。私は戦力温存するためにここにとどまっていたの。…まあ、面倒だから行きたくなかっただけよ」


…それはサボりでは。そういいたい口をぐっと押さえた。

 食堂に付くと既にレーションの支給は終わり、ちらほらと食事をする人たちが残るのみだった。その中にはアスターレとジュンキもいる。任務が終わるまで帰ってこないはずでは…


「ほう、ベリアレ。任務をすっぽかしてお前はそこのガキと何やってたんだ?」


出会って早々険悪な雰囲気でアスターレが俺を睨んできた。そんなこともお構いなしにベリアレは平然と口を開く。


「別に。彼と会ったのはついさっきだし。そもそも今日の任務は私が出る必要なかったでしょう?十分あなた達2人で対処できる相手だったはずだけど…もしかして苦戦したのかしら?」

「なわけねえだろ余裕だったわ。そんで?そこのガキはどうした。配給ならもうとっくに終わったぞ」

「いえ、私が彼にご飯を奢ってあげようとしているだけよ。かわいそうなことに道に迷ってたから」

「…あんま甘やかすなよ。今はおとなしいかもしれねえけどつけあがるかもしんねえぞ。つーか迷うとかダサ過ぎんだろ。そんなんじゃ外に出たところで天使に殺されんぞ」


ぐうの音も出ないド正論。確かにこの状態で俺が外に出れば殺されるだけだろう。神様がこっちに連れてきたんなら何か力の一つや二つ欲しいものだ。だがまあ、この世界の天使に力が通じなければ意味がないのだが。


「さ、何食べたい?好きなもの選んでいいわよ」

「あ…ありがとうございま」

「てめえはこれでも食ってろ」


ベリアレがメニューを俺に渡そうとした瞬間、アスターレがそれを横からかっさらった。そのまま手元にあった手つかずの料理を俺に滑らせてきた。中に入っているのは何かよくわからない白い球体。ほのかに光っている。


「あ、アスターレ!」

「あのな、まずこれ食わなきゃダメだろ。饕餮持ちじゃない奴が外の瘴気にさらされてみろ。蝕まれるだけだ。ここで一生を終えたくないならこれを食え」

「これは…何ですか?」

「天使核。奴らの本体だ。天使種の物だから拒否反応も弱いはずだし、割とうまいはずだぞ。せっかく頼んだんだから残すんじゃねえぞ。…押し付けてきて何言ってやがる、とか思ってねえよな?」


両手を上げて首を振り他意がないことを示すとアスターレは興味なさそうに本を読み始めた。ここで残せば余計な反感を買うだけだ。だが、食べても大丈夫なものなんだろうか?


「あの…ベリアレさん。これ、食って大丈夫なんですか?」

「うん?そうね…食べて見れば分かるわよ?死にはしないから…多分」


ベリアレは微笑みながらこちらを見ている。ジュンキに助けを求めようと目を向けるが、当のジュンキはこんな時間から酒を飲んでいたらしく突っ伏して気持ちよさそうに寝ていた。


「…いただきます」


覚悟を決めて、白い球体を掴んだ。なんだかブヨブヨしたゼラチン質の塊であったそれは、冷たくもなく熱くもない。口に含んでみても味がしない、端的に言ってあまりおいしくないものだった。


「どう?美味しい?」

「いえ…何とも……あれ?」


なんだか体の内側から音がする。それが何なのか自覚する前に、変化は訪れた。


「うっ…ぐああああっ…⁈」


みしみしと骨がきしみ、ぶちぶちと体中の筋肉がちぎれ、血が音を立てて泡立つ。今まで体験したことのない痛みが、苦しみが、不快感が同時に襲ってきた。痛みのあまり目をつむり、歯を食いしばった。強く噛み締めすぎたため歯が砕け、血が迸る。それでも声を押し殺した。ここで我慢しないと何か違うものに変わってしまいそうで怖かった。目の前が真っ赤に染まる。それが血涙だと自覚したのは顔を伝う生暖かい粘液が服に落ちた瞬間だった。体に感覚がない。痛みだけがそこにはあった。


「大丈夫かしら、どう?アスターレ」

「…どうだろうな。まあ、最悪肥料が増えるだけだ。問題ないだろ。それに多分、俺が食わせなくてもどのみち任務で外に出るなら食うことになってただろうし」


アスターレが何かしゃべっている気がするが、全く聞こえない。少しづつ、痛みが引いていく。同時に体中に感覚が戻ってくる。赤く染まった視界も元に戻った。首に何かが当たっている感覚がある。手を触れてみると何やら注射器のようなものが押し付けられていた。


「あの…俺…いまどうなってたんです…?」

「――驚いた。まさかここまで拒絶反応が強く出るとはな。テメエの凶力、やばそうだ」

「やばいって…弱いってことですか?」

「それ以外に何がある。強いとでも思ったのか?だがまあなんだ…こんなに弱いとは知らなくてな。食わせちまって済まない。だが外に出るのなら食っとかねえと体が持たねえぞ。外にいたとき、体が傷だらけだったろ」


そういえばアカリに見つけてもらった時、体中に傷が出来ていた。外の大気に触れるだけでああなってしまうのであれば耐性をつけなければ外に出ることもままならないだろう。食べさせてもらったことに感謝はするべきなのだろう。


「お前がさっき感じたことは恐らくあと3日後に表出する。それが嫌なら権天種の天使核を食えばいい。ま、どこにでもいるタイプのやつらだ。サクッと倒して食っちまえばいい。まあ、お前が倒せるかは知らんがな」

「アカリ君に手伝ってもらえばいいんじゃない?彼なら引き受けてくれると思うけど」

それが一番堅実なやり方なんだろう。でも俺個人の問題を、アカリは引き受けてくれるだろうか?

「あ、そうだ。これから時間ある?ちょっとついてきてほしいんだけど」

「あ…ありますけど…どこに?」

「秘密。それじゃ、アスターレ、ジュンキ、今日はありがと。また今度の任務も私が出なくてもいいくらいにお願いするわ」

「何言ってんだ次はお前も出撃すんだよ。逃げても強制的に連れてくからな。今日のサボりぶんはキッチリ働いてもらうぜ」


アスターレの言葉にベリアレは悪戯っぽく笑って、俺の手を引っ張って食堂を後にした。


「ふふ、ごめんなさいね。ああなることも全部わかって貴方を彼らに会わせたの。まあ天使核の件に関しては私の予想外ではあったけど…あの2人とは改めて顔を合わせておいたほうがいいかなって思って。これから一緒に任務に出ることも少なくないだろうしね」

「大丈夫なんですか…?今日の任務、サボったってばれたら上の人に何言われるか…」

「局長の仕事の手伝いがあったことは事実だからどうとでもなるわ。だから大丈夫。ああ、もうこれは取ってもいいわよ」


ベリアレは俺の首に刺さりっぱなしだった注射器のようなものを抜いた。不思議と痛みはない。血も出ていないようだ。


「それ、何ですか?」

「凶力抑制剤よ。凶力は私たちにとって特殊能力のような形で表出しているけど、それ自体は力そのもの。エネルギーのようなものでしかない。私たちがそれを特定の現象としてこの世界に映し出しているだけに過ぎない。…話がずれたわね。貴方はさっき天使種の天使核を食べた。貴方の内にある凶力はその摂取した凶力と共鳴、暴走。結果として貴方はとんでもないものを見る羽目になったんだけど…その凶力を抑え込んで一時的に制御したのがさっき打ち込んだもの。一応打ち続ければ権天種の天使核を食べなくても済むけど、かなり高価だからあまりお勧めできないわ」

「そんな高いものを…なんか、すいません」

「いいのよ。それこそアスターレが天使核食べさせたのが原因で死んだなんてなったら大事だし。本来、食べて死ぬなんてことめったにないんだけど…貴方がこちらの世界の人間でないことを考えれば当然なのかしら。ごめんなさいね」


確かにベリアレは食べても死なないとは言ったが、俺を助けたのもまたベリアレだ。


「でもベリアレさんは俺のこと助けてくれました。さっきも、武器庫でも。だから、こっちが感謝したいくらいです。連帯責任っていう罰則があったからだとしても助けてくれたことは事実ですから」


そういうと、ベリアレは少し驚いたような顔をして微笑んだ。


「…そっか。ねえ、あなた達の世界は、こことどう違うの?」

「え…そうですね、まず天使なんてものはいませんでした。もちろん命の危険がないわけじゃないですけど…命のやり取りなんて俺がいたところでは全くなくて、皆武器なんて持たないで暮らしてるんです。子供は普通は必ず学校に行かせてもらって、俺もその1人でした。変化のない日常は退屈だったけど、楽しくはありましたよ」


思い出すのは大学の連中。俺がこちらに来たあの日、飲み会から外されたところまでは覚えている。彼らは今頃何をしているのだろう。俺のことを、探しているのだろうか。こんなふうに別れてしまうことになるなんて思ってもみなかった。ちゃんと謝りたいやつもいたし、思いを伝えたかった子もいた。それが、こんなことになるなんて。


「ベリアレさんからしたら信じられないかもしれないですけど、俺たちくらいの年齢の人が友達と一緒に馬鹿な話して、笑って、生きていける。水だって安く手に入る。娯楽の数も数えきれないほどにあった。そんな夢の中みたいなところです」

「…うん」

「俺、何があってここに来たのか覚えてなくて…もし自分が望んだことだとしたらその理由を知りたいです。すいません…ベリアレさんはこんなに良くしてくれてるのに…なんだか愚痴っぽくて」

「そんなものだと思うわよ。貴方がここにいる理由。ここに来なければならなかった理由。それが分からなければ帰ることはできないでしょうからまずはそれを思い出すことが先決ね。まあその前に目先の問題として権天種の天使核を入手しなきゃいけないんだけど…正直、貴方の話を聞いて驚いてる。この世界じゃ本当に考えられないような生活を送ってきたのね。納得だわ。貴方根本的にこの世界の人間と考え方が違うもの」


それは俺の考えが甘いということなのだろうか。事実なのでそこは改善せねばなるまい。少なくとも外に出ることは補給部隊に入隊してしまった以上必至なのだ。今のままでは即刻天使に殺されてしまう。それでは帰るなど夢のまた夢だ。


「でも、これだけは覚えていて。貴方はその考え方を、心を捨てちゃダメ。もし帰れたとして、貴方の在り方が変わってしまってはそちらの世界は貴方を拒絶してしまう。それは貴方にとって耐えがたい苦痛になるはずよ」

「…分かりました。あの…ベリアレさん」

「?どうしたの?」

「アカリのことについて、何ですが…知っていることを、教えていただけませんか。彼のサポートをするうえで知っていたほうがいいと思いまして」


アカリの力が強化されれば、俺が帰るまでの道のりは格段に縮まる。そうすれば元の世界に帰ることだって夢じゃなくなっていくはずだ。


「そうね…アカリ君については私もあまり知らないことのほうが多いの。アカリ君についてはアスターレのほうが知ってること多いと思うわよ?何せ彼がここに連れてきたんだし」

「そう…ですか…」

「ふふ、貴方本当に彼が苦手なのね。まあ初対面でいきなり殴られれば無理もないのかな。でも、彼、根はいい人だから安心して。人を突き放すような態度をとってはいるけど、素直じゃないだけ。まあ、プロポーズでさえ遠回しな言い方だったのはちょっと、ね…」

「ベリアレさん…アスターレさんと付き合ってるんですか?」

「ん?ええ、というか私たち将来を誓い合った仲よ。ほら」


ベリアレはすっと左手を上げて指を見せてきた。確かにそこには銀色に輝くリングがあった。宝石などで彩られたわけではない、簡素な銀色の指輪。


「まあ、まだ結婚はしてないけどね。『16の子供に手ェ出すわけにはいかねえだろ』って言われて。アスターレとは4つしか違わないんだし私としては構わないんだけど…18になってからじゃないとだめなんだって」

「えっと…ベリアレさんって…」

「ええ、おそらく貴方より年下よ。と、いうわけで改めまして…冬野ベリアレ、16歳です♪よろしく!…なんてね。ほんとは何歳かなんてわからない。そう記録されているだけだから。…っと、ついたわよ」


ベリアレが立ち止まったその先にあるのは簡素な扉だった。扉には何も書かれておらず、ただ重厚な取っ手がついている。ベリアレは慣れた手つきでハンドルを回し、扉を開けた。


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