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人に謳う讃美歌  作者: エクスマ
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傷痕

 トバリが向かった先は、武器庫のようなところだった。そこには多種多様な武器が置いてあって、そのすべてが何かの台座のようなものの上に置いてある。アカリが使っているような槌から、クロスボウのようなものまでおいてある。


「これは…」

楽園壊し(エデンヘンドラー)だよ。俺たちの武器だ。で、これがオレの楽園壊し(エデンヘンドラー)だ。これがあればあんたでも天使を殺せるようになる」


トバリは俺に見せるように、刀を振った。黒く光を反射する刀身が墨を垂らしたような軌跡を描く。


「天使は普通の武器じゃ倒せないのか?」

「あー…オレたちなら倒せるんだが、光はこれがないと無理だな。オレたちは饕餮があるから天使とやりあえるが、光にはないだろ?こいつは天使と遭遇したときに活性化して天使の防御機構を阻害する空間を作り出すんだ。楽園壊し(エデンヘンドラー)はこれと同じ力を持つ。こいつも天使に近づくと活性化して同じ空間を作り出す。饕餮の作り出す空間とセットなら完全に阻害できるようになる。光の場合だと天使に与える損傷が少し減るくらいかな」


トバリが携える楽園壊し(エデンヘンドラー)はさっきの戦闘訓練の時に使っていた長刀とよく似たものだった。どことなく無骨な、それでいて単純で美しい形をしている。金属板をそのまま切り出したかのような形ではあるが、刃の部分は鋭く触れただけで切れてしまいそうだ。


「整備班のやつら曰く、この武器に使ってる素材は企業秘密で教えられねえそうだ。少しくらい教えてくれてもいいと思うんだがね…」

「うーん…材料って饕餮じゃないのか?だって饕餮と同じ能力を持ってんだろ?」

「いやいや…饕餮は人間の身体からしか生えないんだぞ?それをどうやって素材にすんのさ。死体から剥ぎ取るなんて悪趣味だぜ?」

「…そうだな。悪い、聞かなかったことにしてくれ」


そうだ。この世界で、誰かが死ねばその人は天使になる。死体なんて残らない。もし、ここで死んだ人だとしても、剥ぎ取る作業中に天使になってしまうのではないだろうか。どれくらいの速度で天使になるのかは知らないが、これから誰が死ぬかなど分かるわけではないのだし…


「で、次は凶力の説明を…光!伏せろ!」

「え…うわあ?!」


咄嗟に屈むと同時に、俺の頭上を分厚い金属板が通り過ぎた。よく見るとそれには刃がちゃんとついている。どうやら襲撃者は俺の首を刎ねるつもりだったらしい。俺は急いでトバリのもとへと移動した。


「ちっ…トバリさん、なんでそいつを生かす。生かしておけば俺たちに害が及ぶかもしれねえんだぞ」


明確な敵意を持った声色で襲撃者は告げる。手にした楽園壊し(エデンヘンドラー)は両手持ちの大剣だ。対してトバリはさっき楽園壊し(エデンヘンドラー)をしまったばかり。襲われてはあちらに分が上がる。


「そりゃあ早計ってもんだぜラムルエ。こいつはまだオレたちに何一つ危害を加えていない。それよか補給部隊としてそれなりの能力があるかもしれん。それを殺すのは得策じゃあないと思うがね」

「危険な因子は排除するべきだ。これから何をしでかすかもわからんやつを野放しにしておくわけにはいかない!」

「未然に事故を防ぎたいっつう気持ちは分かる。だがオレたちはこいつを殺すなと上から言われてるだろ?お前さんがどれだけこいつのことを殺したくとも、ここでやりゃあ足がつくぞ。饕餮の監視体制を忘れたか?」


トバリはやれやれといったふうにため息をついた。ラムルエと呼ばれた襲撃者は、食堂でアカリに文句を言ってきた男だった。


「問題ない。ここには監視カメラはないからな。ここならそいつを殺せる。もし邪魔すんならどいてもらうが」

「オレたちは互いを傷つけられない。どう頑張ってもどかすことはできないはずだがね」

「どうかな?本気で競り合えばあんただって一歩も動かないことはできないはずだ」


そういってラムルエは飛び出した。トバリはその手で巨大な刃を押しとどめる。饕餮を持つものは互いを傷つけられないというのは本当のようで、トバリの手からは血一筋すら流れていない。だが、押される力は受けてしまうようでトバリの身体が少しずつ下がっていく。


「…成程、お前にそこまでの力があったとは思わなかったよ。補給部隊にしちゃあ随分とパワーファイターじゃねえか」

「ふん、無駄口もいつまで叩いていられるかな!」


ラムルエの剣がさらに強い力で押し込まれる。このままではトバリの腕がもたない。現にかなり腕が震えている。流石に片手で支えるのは厳しいようだ。もう片腕は俺を庇うために使っているため使えない。


「こりゃまずいな…」

「このまま後ろの野郎を引き裂いて――!」

「――饕餮管理区域条例第5条、『饕餮保持者同士は訓練室以外での戦闘および私闘、これを堅く禁ずる』。加えて」


突然どこからともなく声が聞こえたかと思うと、ラムルエの身体が突然吹っ飛び壁に叩きつけられていた。よく見ると服に何本か矢のようなものが刺さって壁に縫い留められているようだ。


「現在は特令として『異邦人、個体名字瀬光の殺害、および殺害未遂は饕餮管理区域への反逆とみなし、違反者を処罰する』が発令されている。――よもや忘れたわけではないでしょう、ラムルエ・ケーニヒ」


かつかつと靴音を鳴らしながら現れたのは、昨日食堂で会った冬野ベリアレだった。その手には小さめの弓が握られている。


「水無月トバリ。襲撃者からの異邦人の保護、よくやってくれました。この件は局長に進言しておきますので何かしらボーナスがあるでしょう。さて、ラムルエ・ケーニヒ。何か言い残すことはありませんか」

「ちっ…なんもねえよ。殺したいなら殺せばいいじゃねえかよ」

「――本当に頭の回らない人。これならアカリのほうがましですね。そもそも私は貴方を殺せない。故に局長室まで送り届けます。アスターレ、ジュンキには遅れると伝えておいてくれるかしら?」

「…ちっ…わーったよ。ほら、お前はそこのやつを運んでさっさと戻ってこい」


いつの間にかベリアレの隣にはアスターレがいた。俺としては少々苦手だ。…自分から首を突っ込んで逆鱗に触れているので自業自得ではあるのだが。


「分かったわ。では行きますよ。ラムルエ・ケーニヒ」

「…アスターレがいるじゃあなんもできねえし…オーケイ、好きにしてくれ」


ラムルエは存外すんなりとベリアレについていった。ラムルエとベリアレがちょうど見えなくなったところで、一気に俺とトバリの空気が緩んだ。


「――ふぃー…助かったぜ、ありがとな、アスターレ」

「フン…助けたつもりはない。俺達はこれから任務に出るところだっただけだ。だがまあ、トバリ。よくやった。そいつが死ねば俺達にも被害があるからな。連帯責任なんてモンまで設けやがって…」

「ま、それだけ光が大切ってこったろ。いやまあ、客人だしな。んまあその大切な客人サマに対して?アスターレ君は初日から容赦なくボディブローを決めたわけだが」


いつの間に来ていたのかアスターレの後ろからジュンキがひょっこり顔を出した。その手にはすさまじく巨大な剣が握られている。バスタードブレードという奴だろうか?ちなみにアスターレが携える武器は槍だった。


「ああ?だから何だってんだよ…うぜえから殴っただけだ。ああそうだ、ベリアレは違反者の処分で遅れる。っつうわけで行くぞ、ジュンキ。ベリアレが来る前に終わらせちまおう」

「へいへい…それじゃあまたな光。任務でなんか成果出せたらメシ奢ってやるよ」

「あ…ありがとうございます…」

「敬語なんざ使わなくていいよ。この前みたいに話しかけてくれや。それじゃ!」


ジュンキはそれだけ言うとすさまじい速度で武器庫から飛び出していった。あれだけ重そうな武器を抱えているというのに、あれだけ機敏に動けるのはやはり饕餮のおかげなんだろう。まだ俺は饕餮がいかなるものなのか把握できていない。


「ちっ…競争じゃねえんだぞ…単独行動はあぶねえだろうが」


アスターレは悪態をつきながらも武器庫から飛び出していった。俺とトバリは2人武器庫に取り残される。


「…たすかったぁ~…どうなるかと思ったぜホント。お前も無事みたいだな」

「ああ。ありがと、助けてくれて。あれ…どこまで説明してもらったっけ」

楽園壊し(エデンヘンドラー)のことまでは説明したかな?で、凶力についてだな。凶力っつうのはオレ達に備わったまあなんだ、特別な力とでもいうものかな?オレは自分の目の前に盾を作り出す力を持っている。だがな、凶力はコイツが活性化してないと使えないんだ」


トバリはそう言いながら自分の饕餮を指さした。


「ってことはあの訓練所にいるときか天使と遭遇したときにしか使えないんだな」

「まあそういうことだ。んで、アカリのことなんだが…あいつはこの凶力も使えない。凶力を調べようとして測定器の前に立っただけであいつは何故か貧血になる。凶力の測定は自分の過去と向き合う行為だ。恐らく、あいつはここに来る前に何かあったんだろうな。それが何なのかは分からんが」

「…トバリも知らないのか。…それじゃ会ったばっかの俺には話さないよな…」

「いや、あんたは年も近いし立ち位置的には新人だ。友人の関係になるのに時間はそんなにかからんと思うぞ。オレは何処まで行ってもあいつの『先輩』でしかないからな。これから友人になれるのはお前くらいだ。さーて、そろそろ戻るか!あいつも目ぇ覚ましただろ」


そういってトバリはさっさと武器庫から出て行った。話してみた感じ想像していたよりも話しやすいタイプだった。最初に顔を合わせたときはかなり馬が合わないと感じたが、案外そうでもないのかもしれない。

 トバリはこれから何か任務があるらしく、途中で別れることになった。…任務は今日はないみたいなことを言っていた気がするのだが…


「アカリ、入るぞ」


一応ノックと声をかけて扉を開ける。部屋の中は変わりない。アカリもまだ眠っている。こうして眠っているところを見ると、19歳とは思えない。…幼く見えてしまう。


「…」


捲れた服の裾から見える傷痕の数々はどれも痛々しく、そのすべてが古傷となっていた。元の世界で命のやり取りなどなかった俺には想像もつかないほどのことをしてきたのだろう。俺はこれからアカリと同じ仕事に出る。そこで俺は生きていけるんだろうか?


「ん…」

「ん、起きたか。大丈夫か?」

「あれ…ここは…俺の部屋じゃ…」


ゆっくりと体を起こしたアカリと目が合う。その瞬間、アカリの眼に明らかな1つの感情が浮かび上がった。アカリは俺から目を離さずに震えている。しかしその焦点は定まらずぐらぐらと揺れている。


「おい、どうしたんだ。アカリ――」

「いやあああああああ!」


突然アカリが絶叫した。それが恐れからくるものだと分かった瞬間、俺の身体は壁に叩きつけられていた。突き飛ばされたようだ。


「いってぇ…!どうしたんだ、アカリ――」

「やめて、来ないで!違う、そんなつもりじゃなかった!そんな目で見ないで!俺を―孤立させないで」

「アカリ、おい大丈夫か?!」

「ああ…ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ…許さなくていい、何でもするから…だから、孤立させないで…」


アカリの言葉は、懇願とでもいうべきものだった。誰に向けてのモノなのかは分からない。俺には、どうすることもできない。アカリについて、何も知らない俺では力不足だ。


「俺は…」


何も知らないから、触れることも声をかけることも躊躇ってしまう。口を開くたびに漏れるのは行き場を失った吐息だけだ。触れようとした手が虚を掴んだ。


「…」


アカリは変わらずにただ布団にくるまって、震えながらゴメンナサイと繰り返しつぶやいている。しかし少しづつ言葉は小さくなり、ついには何も聞こえなくなった。それと同時にアカリはゆっくりと起き上がった。


「ん…ああ、おはよ光。やっぱり勝てなかったねー。トバリさんほんと強いんだもん」

アカリはそんなことを言いながら笑う。まるでさっきのことを覚えていないかのように。

「光?どうしたの?」

「いや…何でも。おはよう、アカリ。体は大丈夫なのか?」

「うん、俺のとりえは回復が早いことくらいだからね。ごめんね、ここまで運んでもらって。重かったでしょ?…迷惑掛けちゃったね」


そういってアカリは微笑んだ。しかしその笑顔は何処か貼り付いたように不自然で、自嘲気味に見える。やはりさっきアカリが叫んでいたことが絡んでいるんだろう。しかし、それを詮索する気になれない。


「今日は何もないはずだから、光は自由にしてていいと思うよ。俺はこれからちょっと実地訓練に行くからまたお昼ごろにね!それじゃ!」


特に何も聞くことが出来ずにアカリは部屋から逃げるように出て行ってしまった。それを止める術も、言葉も俺にはない。


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