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人に謳う讃美歌  作者: エクスマ
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管理局

 アラームが耳元でうるさく鳴っている。手探りで止めて、布団から出た。そこは俺に支給されたあの部屋。現実であることを再確認し、起き上がる。ここの気候は割と変で、微妙に暑いのだ。そのため服を着た状態で寝ていると全く寝られない。しかし布団をかけないと朝すさまじく寒い。というわけで半裸で寝るという初めての体験をした。


「ん…ま、夢じゃあねえよな」


誰に言うのでもなくぼやいて、支給された服に袖を通す。ずっしりと重みのある服だが、不快な重みではない。守ってくれているというのを肌で感じることが出来る。部屋の中に四凶での過ごし方なるものがあったのでざっと目を通しておくことにした。

 身支度を整え、食堂に向かう。食堂は既に大量の人でごった返していた。人の多さに圧倒されていると後ろから背中を叩かれた。


「よっ!おはよ、光」

「アカリか…おはよ」


アカリはトレードマークとでもいうべきゴーグルをつけている。見た目は空軍パイロットのそれだ。まあイメージが、というだけで俺もあまり詳しくは言えないのだが…


「さ、今日のレーションは何味かな?」


アカリはすすすと食事を配っている窓口に近づいていく。レーションとは何だろうか。響きからしてスープのような物を想像する。味噌汁みたいなものだろうか。


「はい、光の分。もらってきたよ」


かくして俺に渡されたのはまるで棒状クッキーのような何かだった。元の世界における某携帯食のようなものだろうか。スープでも何でもない。そのうえ飯はこれだけのようだ。アカリはというとあまり気にした様子もなくレーションとやらを食っている。


「んー今日も味なしかあ…まあ仕方ないよね」

「…なあ、アカリ…これなんだ…?」

「知らない?レーション。1食分の栄養は全部入ってる優れものだよ。味はないけど」


アカリは俺のレーションの袋を開いてはい、と差し出してきた。見るからに味気も水分もなさそうな食い物だ。俺は思わずつばを飲み込んだ。食い物がこれしかないなら仕方ない。ままよ、そう心の中で叫んでレーションを齧った。


「どう、美味しい?」

「…美味そうに見えるか…?」

「全然。まあ仕方ないよね、味に関してどうこう言える状況じゃないもん」


口の中に残ったぱさぱさした破片を唾で流し込もうとする。しかし、破片はつばの水分だけを吸い取り舌の上に残った。気持ち悪い。味は最悪、なんだか砂でも食っているような気分になってくる。昔転んで口に砂が入ったときの感覚が思い出された。


「まあでも我慢して食べなきゃ。食べないと動けないからね」

「…あのメニューは何処行ったんだよ…朝だって普通にあの料理を出してくれればいいじゃないか…」

「残念なことにあれはジュンキさんたちくらいしか食べられないんだよね…金銭的な問題で…俺たちみたいなヒラじゃ水だって貴重品だよ。実は昨日のコーヒー、天水を使用した奴なんです…見栄張ってごめんね…ここに集まってるのはそういう人たちばっかりだ」

「あんたみたいな人間と一緒にされるのは心外だな」


突然アカリの声に反応するように後ろから声が上がった。そこには俺と同じくらいの背丈の男が立っていた。


「力があるくせに何もできないのは俺たちに対する慈悲だとでも思ってんのか?」

「そんな…俺は、本当に力はないよ。みんなよりずっと弱い」

「そのみんなっていうのは、俺たちのことじゃないだろ」


アカリが、わずかな間ではあったが固まったのが分かる。アカリの言うみんなというのは、その同期の人たちなんだろうか。


「あんたが探索に出て、拾ってくるモンはいっつもガラクタばっかだ。本来だったらあんたはもっといいモンが見つけられる目を持ってるのに、それを曇らせてる理由はなんだ?今日こそ答えてもらおうか」

「だから…!俺はそんなもの持ってない!」

「嘘つくなよ。あんたの凶力(きょうりき)は俺たちのそれを凌駕してる。アスターレさんと同じレベルだ。データベースでみりゃ一発でわかる。あんたはそれでも自分に力がないというのか」

「あれは…計測器のバグだよ。俺にそんな力があるなら力天種だって簡単に倒せるはずなんだ。それができてたら昇級してもっといい生活してるよ!それができないから言ってるのに…」


男の言う凶力というのも気になるが、まずはアカリを早くどこかに連れて行かなければ。なにせさっきのアカリの叫びでかなりの人目を引いている。そこに向けられる視線は、話しかけてきた男と同じ――言わば異端者を見るような、そんな目だ。


「なあおい、その辺でいいだろ。そんな責めなくても…」

「あんたには関係ないだろ、異邦人。局長が何も言ってなかったら俺は今すぐお前を殺したいくらいだ。饕餮がない人間なんて危険すぎる…!…はあ、いいか。俺たちがこれを食ってるのは実力がないからだ。実力があるのに怠惰にここにとどまってるあんたが、俺は気に入らねえんだ…!」

「お、そうなのか?じゃあオレも嫌われ者かーはっはっは。ま、そらそうだわな」


突然何者かの声が聞こえてきた。声の下方向に目を向けると、まるでモーセの開海の如く人が割れてそこに1人の男がいた。絶賛レーションを齧っている最中である。襟を開いた制服から見える体は一目でわかるほどに鍛え抜かれている。ちらりと鎖骨付近に、銀色に光る何かが下げられていた。


「よう、アカリ。そっちが噂の異邦人か。オレほどじゃあないがいい顔だな。だが、ちっと愛想がないね。そこさえどうにかできりゃあいい男になれるぜ、あんた名前は?」

「字瀬光だ」

「ひゅーっ、物怖じしないその態度痺れるねぇ!あんたが女だったら今からナンパしてたところだ」


男はそんなことを冗談めかして言った。やはりその黒髪の中からあの角が生えている。そんな軽い男の態度とは打って変わって、アカリを批判していた男は苛立たしげに声を上げた。


「トバリさん…あんたは昇級してもここにきてるだろ。それがこいつとの違いだ。こいつは力があるのに昇級しないでずっとここにいる。力があるのにそれを使わないんだ。それは俺たちに対する侮辱にほかならねえだろ」


どうやら男はトバリという名前らしい。さっきアカリを非難した奴がさん付けいるあたりかなり位も上のようだ。


「んー…そうだなあ。でもそれはアカリが本当にお前たちより力があるならそうなんじゃないか?もし凶力がお前たちより桁違いでもそれを扱えなきゃ無いも同然だ。実際オレにはアカリが凶力を扱えているようには見えん。身体能力も同じだ。だが身体能力のほうは実戦じゃないと見れないし…よし、アカリ!これから時間あるか?」

「えっ…と…あります。なんでしょうか…?」

「オレとサシで戦闘訓練な。終わったらなんか奢ってやる。お前らの中には俺に勝った奴だっていたし。俺が負けたんならアカリが強いってなるさ。それでいいか?」


ざわ、と騒動の中に波紋が生まれる。俺にはサシで戦闘訓練というのがあまりよくわかっていないのだが…おそらくシュミレーションルーム的なところで天使を投影して2人で戦闘訓練、という感じだろうか。


「――わかりました。ではどうしますか?」

「んー、そうだな。フィルタはつけるが最低限。俺は本気で殺しに行くつもりなんでよろしく」


?はて、俺は本気で殺しに行くとは…


「はあっ!?い、いやいやアカリ!この前でっかい怪我負ったばっかだろ!?ダメだろそんなの!」

「いいんだ。そうでもしないと俺の力を示せないでしょ。もちろん本気で行くよ。そうじゃなきゃ半殺しレベルまで持ってかれるもん。それでも俺はあの人に勝てないよ。実力に差がありすぎるから」


そうは言うが、俺としてはアカリを壊してほしくない。アカリは俺が元の世界に帰るために必要な存在だ。


「そりゃあどうかね。やってみなきゃ分かんねえぜ?」


トバリはそう言ってにやりと笑う。それは決してアカリをいじめたいとか、叩き潰したいとかそういった類の下卑たものではなく純粋にアカリの腕に期待を示しての物だった。どこにでもいるようだ、こういう人間は。

 ぞろぞろと、トバリの後を追って大名行列が如くシュミレーションルームに向かう。あの食堂にいた人間は大体全員来てるんじゃないだろうか。どうやらそこには饕餮の効力を抑える装置があるらしく、そこでは饕餮を持つ者同士でも傷つけあうことが出来るらしい。本来はデメリットでしかないが、こうして活用することで実戦に近い戦闘を行えるそうだ。その装置は動かすと壊れるらしくそこにしか置けないとのこと。


「なあ…大丈夫なのか?」

「さあね…トバリさん――水無月トバリさんは割と容赦しないタイプだから。もちろん俺も痛いのは嫌だし本気で行かせてもらうけどね…!」


アカリは結構やる気満々のようで、歩きながら体をほぐし始めた。すごく心配だ。腹を天使の翼に貫かれ、はいずった分恐らく下腹部あたりまで切断されていたというのにすぐに戦闘訓練など。饕餮を持った人間の耐久力が高いのか知らないが、それでも限度というものがある。そういえば水無月という名前はどこかで聞いた覚えがある気がするのだが…


「っし着いたぜ。おーい、カノ!」

「トバリさん。それに補給部隊の皆さんまで。どうしたんですか?」

「今からちっとここ使いたいんだが…いいか?」

「ちょっと待ってくださいね…はい、了解しました。許可が下りたので使用可能です。汎用武器は何をお使いになりますか?」

「俺はいつも通り長刀。アカリはどうする?」

「戦槌でお願いします」


戦槌とは何ぞやと思っていると、カノがガラガラと2つの武器を台車にのせて運んできた。そこにはまるで鋼の板をそのまま切り出したような形の刀と、巨大な球体が先端についた武器が置いてある。恐らく後者が戦槌だろう。


「あーそうだ。カノ、フィルタは死傷無効と延命だけだ。ほかは外してくれ」

「了解。ではどうぞ、開始と終了の合図は僕が出します」


カノはそういうと、大量に並んだ機械のボタンの1つを押した。すると巨大な鉄の板が開いた。あそこからシュミレーションルームに入るようだ。


「では、行ってらっしゃいませ」

「んじゃ、行くか」


トバリの言葉にアカリは無言で頷いてシュミレーションルームの中に入っていった。

 2人がシュミレーションルームに入ると、今まで黒い画面だったモニターに室内が映し出された。そこには戦槌を手にしたアカリと、長刀を手にしたトバリが対峙している映像が表示された。


「ではどうぞ、開始してください」


カノの言葉と同時に2人がぶつかり合う。巨大な戦槌と長刀が火花を散らした。興味深く画面をのぞいていると突然隣から声をかけられた。


「貴方が光さんですね」

「あ、ああ…そうだ」

「僕は水無月カノと申します。主に局長の補佐、シュミレーションルームの管理をしています。以後お見知りおきを」

「ご丁寧にどうも…字瀬光です。水無月ってことはトバリさんの弟さんってことでいいのかな?」

「はい。僕は戦闘能力が欠片ほどもなく凶力も人並み以下しかなかったので今のような役割を担っています。兄は…御覧の通り戦闘能力は高く、攻撃部隊に組み込まれています」


ちらりとカノがシュミレーションルームに視線を落とす。俺もつられて目を向けると、2人とも一歩も引かずに互いの得物を存分に振るっていた。今のところどちらかといえばトバリが押しているように見える。アカリはまさに防戦一方という感じで、攻め切れていない。


「兄があそこまでするとは、アカリさんはよほど優秀な人材のようですね」

「そうなのか?」

「はい。兄は見込みのない人間に対しあのように接することはありません。ですが…僕には分からない。僕には彼が見込みのある人間には見えないのです。挙動は全て必死の物、一切の手抜きはないのですが…今も兄に押され続けている。しかし兄の眼に狂いがあったことはありませんでした。やはりこと戦闘における観察眼は兄のほうが優れているようです」


ちょうどそこまでカノが言ったところで、2人の武器が同時に弾き飛ばされた。どちらも壁に刺さり、簡単には抜けないだろう。ここで取りに行けば背中を取られることになる。そうすればチェックメイトだ。つまりここからは両者武器がない状態で白兵戦ということになる。…というかあんな丸いものが刺さるってどんな威力なんだ…


「さて…アカリさんは武器なしでどれほど行けるんでしょうか…」


カノはまるで研究対象を観察するようにスクリーンを覗き込んだ。今のところ2人は武器による致命傷を与えていない。

 先に動いたのはアカリだった。ただの人間である俺には理解の及ばぬところで彼らはその拳を交わし合う。トバリは攻防一体の人間要塞といった感じだ。それに対しアカリはどちらかといえば攻撃に重きを割いている。トバリの牽制をものともせずアカリは一撃をたたき込む。


「…!入った…」


確かに一撃。小さな隙に針を通すような精密な動きで、トバリの胸にアカリは手刀を突き込んだ。一瞬ではあったがトバリの動きが鈍る。ここぞとばかりにアカリが追撃を仕掛けた。いくら饕餮を持つ人間が頑丈だとしても、顔面から床に叩きつけられれば一たまりもないだろう。


「ああ…成程」

「どうしたんだ?」

「兄はこれを誘いたかったようですね。ほら、アカリさんは兄が鈍ったところをしとめるために全力を注いでいるでしょ?確かに当たってしまえば致命傷につながりますが、あれを外してしまえば大きな隙が出来てしまう」


カノが言った通り、トバリは迫りくるアカリの手を難なく避けた。渾身の力をもって振り下ろされた分、確かに大きな隙となった。


「アカリ…!」


俺の声はモニター越しのアカリの耳へ届かない。次の瞬間、トバリの拳がアカリの腹部を打ち抜いた。細いアカリの身体がくの字に折れ曲がる。アカリの身体は宙を舞い、壁に叩きつけられた。ずるりと力なく落下するアカリに向かって俺には知覚できないほどの速度でトバリが接近する。トバリの手が鋭く閃き、アカリの首を掴んだ。


「これはチェックメイトですね。終了です、装置を解除しますので2人は離れてください」

カノがそういうとトバリはアカリを手放した。アカリは膝から床に崩れ落ちた。

「饕餮の活性化を開始します。扉は開けておきますのでもう出ても大丈夫ですよ」

「饕餮の活性化って?」

「これは僕たちが同族を傷つけず天使に対抗するため手に入れたものです。この装置は饕餮を活性化非活性化状態へ自由に行き来させる力があります。饕餮を活性化させることで、身体能力の向上、回復機能の向上、精神安定などの効果を望めます」

「この装置を使わなきゃ活性化できないのか?」

「いえ、天使との遭遇時と薬物を使用したときにも活性化します。ただ、精神安定の効果は薬物を使用したときはなくなってしまいますので安全に活性化させるのであればここを使うのが最適解ですね。ただ饕餮の活性化は負担が大きいのであまり頻繁にやらないほうがいいです」


天使に対抗するために手に入れたということの意味がようやく分かった。天使との戦闘のためのパワーアップアイテムということだったのだ。恐らく長い間天使と戦い続けた人類が進化の過程で得たのだろう。だとすれば天使が人を襲うようになったのはかなり昔だと思われる。


「あ、トバリさん。お疲れ様です」

「おうさ。武器は全部しまっといたぜ」


アカリを担いだトバリはそんなことを言って笑う。


「ありがとうございます。では、お疲れさまでした」

「おう。…今ので分かっただろお前ら。こいつは別段お前らと変わらん。データ上でどれだけ強くてもそれが生かせなきゃそれはないのと同じだ。ってなわけでお前らはこれ以降今朝みたいなことをするなよ。おい、光」

「…なんだ」

「ちょっと付き合え。こいつを寝かさなきゃいけねえし、何よりあんたと話がしたい。あんたの部屋で構わんだろ?」


有無を言わせぬ口調で、俺に同意を求めてくる。こういった輩はあまり得意ではない。


「了解…トバリさん」

「呼び捨てでいい。よーしじゃあ行くか。さっき言ったことは明日から全部守れよお前ら。文句があんなら力で示しな」


そういってトバリは俺の手を引っ張った。少し、アスターレの言っていたことが分かった気がする。この世界で、力のないものに生きるすべはない。確かにここは力がすべての世界のようだ。

 アカリを俺のベッドに寝かせたところで、トバリと俺は腰を落ち着かせた。とりあえず2人分の茶を淹れて、トバリに手渡した。お茶2杯入れるのに支給された金の半分が消えた。


「で、話ってなんだ」

「おおありがと。話はまずアカリのことだ。こんなことにしちまったのは悪いと思ってるが…これはオレが確認したかったことでもある。こいつは自分のことを弱いと言ってるが、それがほんとなのかなって思ってな。だから戦闘訓練をしてもらった。もし本当にこいつがあいつらの言ってる通りの奴なら、今頃オレのほうがぼろぼろになってただろうな。だが違った」

「本当にアカリは弱かったと?でもカノはあんたの観察眼に狂いはないって言ってたぞ」

「カノが?へえ、そんなことを…まあいい。本当に弱いだけならまだ楽だった。こいつはな、自分の力を無意識にセーブしてんのさ。旧人類もそうだったらしいが…こいつはどんなものよりも自分が格下だと思ってる。なにかあったんだろうな。それはもう呪いみてえなもんで、こいつ自身のことを縛っている。こいつは、自分が思った分の力しか出せていない」

「それじゃあ、アカリは無意識のうちに手加減してるのか?でもカノは手抜きはしていないって言ってたし、その理論で行くとアカリはイメージさえできれば今以上に強くなれることになる。なら教えてやればいいんじゃないか?」

「そこがめんどくさいんだよ…こいつを縛ったその呪いはかなり強い。オレたちが口で何を言っても無駄だ。解くためにはこいつがこいつ自身の力に気付くしかない。それに強さには限度だってちゃんとある。こいつは、ただ自分の限界をかなり狭めてるってだけだ」


そんなの矛盾している。力が出せないという問題を解決するのに、力を出さなければならない。まるで何かを証明するためにはその何かが証明されていなければならないようなものだ。


「そこで、だ。あんたに頼みがある」

「頼み…?」

「ああ。どうにかしてこいつにこいつ自身の力を認めさせる役目だ。やり方は問わないさ。何かしらの方法でそれを成し遂げてくれればそれでいい」

「随分とざっくりとした言い分だな…それじゃどうすればいいのか分かんないからできる保証はないぞ」

「別にいいんだよ。こいつの同年代の友人は皆高い地位まで行っちまってこいつに共感できる奴なんてそういないんだ。だいたい同年代であり、こいつと同じ部隊のあんただ。あんたなら何かできるんじゃないかとオレは思うんだがね…引き受けてくれるかい?成功しなくてもなんも言わねえよ」


それならいいかもしれない。俺も変に責任を感じなくていいし、アカリがパワーアップできる可能性があるとすれば得でしかない。どうにかしてこの世界の神とやらに接触できればいいが、俺には力がない。その力を得ることができる可能性がある友人がいるのは俺にとっても利益になる。


「分かった。引き受けるよ。できるだけ成功させられるように頑張る」

「そうか。そりゃありがたい。こいつの凶力はかなり数値が高いからな。戦えるようになりゃそれはすげえ戦力になる。ところであんた…」

「ん…?」

「そこそこ鍛えてるじゃないか。服、小さくないか?」


気付いたら俺の後ろにトバリが移動していて、俺の身体に軽く手を当てていた。トバリの手が俺の肩から腰あたりまでするりと移動する。


「んなっ……⁉」

「何、あんたもしかしてここに来る前は結構鍛えてた?あっちゃあこれじゃあんたの服きついだろ…胸元とかかなり張り詰めてんじゃん。いやあ外見だけで服作ったからかなー…着痩せするんだなあんた、遠目から見た感じ割とガリガリだと思ってたんだけど」

「もしかして、この服…あんたが作ったのか?」

「おうそうだよ?天使の死骸を崩さずに扱えるのってなんでか俺とカノと整備班だけなんだよね。あ、整備班っつーのは武器やら機材やらを整備する部隊な…この服は天使の死骸を人間用に調整したものなんだけど…作り直さなきゃダメかな」

「いやこのままでいい…いいから離れてくれ、ここじゃこういうスキンシップが流行ってるのか?」

「これはあんたの体の採寸でしかない。スキンシップじゃあねえよ。それに男を抱く趣味はないからな」


そうは言うが、なんとなく俺の腹とか胸を触るときとか少し手つきがいやらしかった気がする。別に男に触られたからと言っていやなわけではないが…それでも気になる。


「そうだ、ひとつ聞きたかったんだが…この世界で俺みたいなのは珍しいのか?」

「ん、いや?割といるよ。まあ大体オレたちが見つける前に死んでるか天使に変えられてるけどな。メルクのおっさんとあんたみたいなのは稀なんだよ。いやあ幸運だったな、天使にされる前にアカリに見つけてもらって」

「いやあ…ほんとによかった。アカリじゃなかったら慈悲なく俺ソッコーで殺されてたと思うし」

「だろうな。だがあんたはもうここの一員なんだ。天使以外に殺されることはもうないと思うぜ。もし何かされたらオレに言えよ?割と俺地位だけはそれなりだからそいつらに焼き入れたる。オレより上の連中…ジュンキあたりは無理だからそこは勘弁な」


トバリはさっきの戦闘を見た限りかなり強そうだから頼もしい。だがやはり格差社会、地位の高い相手には頭が上がらないらしい。しかし上の連中といってジュンキの名前を出しているあたり、トバリの地位も相当高そうだ。


「朝っぱらからドタバタして悪かったな。多分今日は任務ないと思うからゆっくりできるはずだぜ」

「そうなのか?」

「おう。昨日の探索でいろいろ集まったしな。オレの楽園壊し(エデンヘンドラー)も強化できそうだ」

「なんだその楽園壊し(エデンヘンドラー)って。それと凶力って何なんだ?」

「おおそうだ。あんたにゃ見せといたほういいな。お世話になる可能性高いし…よし、アカリが起きるまでまだ時間あるだろ。ちょっと来な」


トバリはそういうと部屋から出て行ってしまった。アカリをこのままにしておくのは忍びないが、この際仕方ないと割り切ろう。万が一起きた時のための水を机の上に用意して、俺は部屋を出た。


「行ってくるからな」


一言残し、鍵を閉めた。外ではトバリが待っている。


「そういえば、ここってどこらへんなんだ?」

「どこら辺って言われても…ここは四凶内部、だが…ちなみに饕餮を管理する四凶はここだけな。他は渾沌、窮奇、檮杌っていうんだ。饕餮の特徴は角だが他のは違うんだ。昔は国だのなんだのがあったが、今じゃ天使にブチ壊されてこのありさまだ。んで、オレたち人類は地下にいったん追いやられた。だがまあ、今は地上で暮らせるようになったがな」


まるで憂いているかのように、トバリは窓の外を見下ろした。四角く囲われた壁の中に、住居が密集している。外にいれば天使に襲われる可能性が高い。だからここに移り住んだのだろう。


「いいか、光。ここには大量に人間が住んでるが…全員が全員同じ待遇を受けてるわけじゃない。それは今日の一件で分かるだろ。だがあれはまだいいほうだ。ここで戦うことを選んだ人間は好待遇を受けるが、安寧を望んだ人間はああして蟻の巣みてえな住宅街に押し込められる。…それがたとえ度し難い所業でも、オレは見過ごすしかない。オレはここにいることを、戦うことを望んだ人間だ。あそこにいる人を救いたいなんて、傲慢にもほどがある考えだ。光。もしお前の世界の同胞がこの世界に来たとしても、オレたちはそいつを躊躇なく殺す。そのことは肝に銘じておけ」

「…分かった。俺はそのことについて口出ししないことを約束する」

「そうか。約束を守る奴、オレは好きだぜ」


トバリはそういうと、すたすたと歩きだしていった。歩いているというのにかなり早く、少し走らないと追いつかなかった。


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