学校一の性悪美少女がストレス発散目的で陰キャの俺に告白してきたので、「二次元にしか興味ないから」と断った結果
私──涼風結衣は、客観的に見て相当な美少女だと思う。
容姿が整っているのはもちろん。食事制限や運動を欠かさないからスタイルは抜群だし。
誰にでも分け隔てなく、明るく振る舞うことを念頭に置いている。
つまり、外見も内面も非の打ち所がないのだ。自分で言うのも何だけど。
そんな天然ではなく、養殖モノの美少女である私には、一つ悩みがある。それは、湯水のように湧くストレスだ。
常に役に憑依しているようなものだし、色々と多方面に気を張る必要がある。だから、ストレスは常人のそれじゃない。
普通ならとっくに美少女を演じるのをやめるところだけど、私はやめない。いや、やめられないと言った方が正しい。高校生活を順風満帆に過ごすには、美少女でいることが必要不可欠なのだ。
じゃあどうやって溜まりまくるストレスを発散してるんだって話になるけど、
私には最強のストレス発散方法がある。
それは──陰キャ男子に告白すること。
あ、誤解しないでね? 別に陰キャと付き合いたいわけじゃないの。そんなの絶対お断りだし笑
私に告白され、私というカノジョを手に入れて幸せ絶頂になっている陰キャを振るのが最高にストレス発散になるのだ。
性格終わっていると思うかもだけど、そんなのは重々承知の上。私だって分かっている。でもいいんだ。
だって、陰キャにどう思われたってノーダメージだし。あいつらが私の悪口や悪評を言ったところで、たかが知れている。
だから、このストレス発散はやめられない。私に振られて絶望している顔を見るのが快感すぎるし、この上ないストレス発散になるのだ。
「さてと」
最近ストレス溜まり気味だし、そろそろ陰キャに告白しようと思う。
でも誰にしたものだろう?
陰キャは放課後になるとすぐ帰るから、中々告白するタイミングがないんだよね。ラインだと証拠が残るし、ラブレターも同様。
できれば、放課後居残っている人がいるといいんだけど……。
(──あ、いた)
学校内をうろついていると、二年Cクラスの教室に居残っている男子がいた。
私は、同学年の生徒はすべて顔と名前が一致している。
誰にでも分け隔てなく接することを意識しすぎた結果、人脈を広げすぎて、誰と話したことあるのか分からなくなったのだ。だから、顔と名前は覚えるようにしたの。
傍から見たら無駄すぎる努力のおかげで、他クラスだけど日直日誌を書いている彼の名前もわかる。
早坂宗助。生粋の陰キャで、友人も少ない。ふふっ、ついてるな〜私。
私は、今一度周囲に人がいないことを確認すると、
「早坂くん、だよね?」
全力で猫をかぶり、彼に話しかけた。
※
「早坂くん、だよね?」
日直日誌を書いていると、不意に人影が差しこんだ。
顔を上げると、そこにいたのは見覚えのない女子生徒。いや、どっかで見たことある気はするが、接点はなかったと思う。
俺は日直日誌を書く手を止めると。
「そうだけど。なんで俺のこと知ってるんだ?」
「Cクラスの友達に聞いたの。あ、私は涼風結衣っていいます。よろしくね」
聞いてもないのに、勝手に自己紹介をしてくる。涼‥‥‥なんだって? まぁいいか。
「あ、ああよろしく。それで、何か用か? 伝言とかなら俺じゃなく、直接担任に言ってくれると助かるんだが」
「……ううん、早坂くんに用があるの。あ、でもその前に一つ聞いてもいいかな」
「俺に? じゃあ手短に頼めるか。この後用事があってさ」
「う、うんわかった。じゃあいきなりだけど早坂くんって、カノジョいたりする?」
「いない」
速攻で否定する俺。話を早く終わらせるためだ。
「そうなんだ。欲しいとかは思わないの?」
「微塵も」
「み、微塵も……なんだ。でも私、早坂くんのこと好きな子、一人知ってるよ?」
「別に気を遣わなくて大丈夫だけど」
現実の女子との接点が一ミリもない俺が、どうして好意を持たれるというのか。
さすがに、俺の頭はお花畑じゃない。現実くらいちゃんと見れる。
「気を遣ったわけじゃないんだけどなぁ」
もし、本当に俺に好意を持っている人間がいるなら不憫だな。
「で、結局何の用なんだ? 俺にカノジョがいるか聞きたかっただけ?」
「……あ、えっとね早坂くんに伝えたいことがあるの」
俺は小首を傾げて彼女の次のセリフを待つ。
もじもじと少しの間言いよどむと、覚悟を決めたのか深呼吸してから。
「好きです。この前早坂くんを見かけたとき、一目惚れしちゃったみたいなの! だから、私と付き合ってくれないかなっ」
と、俺に向かって告白してきた。
は? 何を言ってるんだこの人は……。
俺の見てくれは、かなり良心的に評価して中の上がいいところ。一目惚れするわけがないだろう。
状況を整理すると、罰ゲームで告白してきたってパターンが有力か。
まぁ罰ゲームだろうと、そうでなかろうと俺の回答は変わらない。
俺は深々と頭を下げると。
「ごめんなさい」
と、真っ向から告白を断った。
俺には好きな子がいるのだ。彼女を差し置いて、誰かと付き合う気はこれっぽっちもない。
「……? えと、ごめんね? もう一回言うよ。好きです、早坂くん。私と付き合ってください」
俺の返答が伝わらなかったのか、懲りずにもう一度告白してくる。
だが、何度繰り返そうが俺の返答は変わらない。
「ごめんなさい。付き合えません」
「‥‥‥なん、で‥‥‥」
振られると思っていなかったのだろうか。
よく見りゃ、容姿端麗だし、スタイルも良いもんな。普通の男子高校生なら二つ返事で了承していることだろう。
だが俺は違う──俺は──
「え、いやいや早坂くん、カノジョいないんだよね?」
「ああ、現実にはいないよ」
「じゃ、じゃあなんで? なんで私じゃダメなの?」
「俺、二次元にしか興味ないから。だから、三次元でカノジョ作る気はないんだよ」
二次元しか愛せないのだ。
冗談ではなく、本気で。
気持ち悪いだとか、ヤベー奴だと思うかも知れないが、大いに構わない。俺は俺の生きたいように生きているだけだ。
というか、俺からしてみれば、なぜ三次元で恋愛ができるのか不思議で仕方ない。二次元のが可愛いし、性格もいい。三次元が勝ってる要素がない。
まぁ、何はともあれ、そんなわけで俺は現実で誰かと付き合うつもりが微塵もなかった。
「え、えっと……は?」
しばらく呆然とする彼女を傍目に、俺は日直日誌を書き終え帰路についた。
※
意味わかんない。意味わかんない!
なんで私が振られるの? 美少女の私がどうして⁉
警戒心を抱かせないために、惚れた理由もちゃんと言ったし、告白は完璧だったはず! なのに、なんで振られてるわけ??
おかしい。絶対おかしい!
大体、二次元しか興味ないってなに? 私は二次元以下って言いたいの⁉
「ああ、むかつくむかつくッ!!」
なんでストレス発散が、かえってストレスが増えるのよ。
絶対、後悔させてやるんだから。
二次元しか愛せないって言っても結局三次元で相手されないから、二次元に逃げてるだけでしょ。
だったら、意地でも私に惚れさせて、三次元に目覚めた後、盛大に振ってやる!
私は、下唇を強く噛みながら、この上ない屈辱を味わっていた。
★
翌日、私は打倒早坂を掲げて、正門の近くで待ち伏せをしていた。
早坂くんが来たタイミングを見計らい、何食わぬ顔で声をかける。
「おはよう早坂くん」
「あ、えっと……涼峰さん」
は? 今なんて言った?
涼峰さん? 涼峰さんって誰?
もしかして私名前間違えられてるの?
この私が? なんで?? 普通フルネームで覚えて当たり前でしょ⁉︎
私は苛立つ頬を、愛想笑いを浮かべて相殺する。感情を押し殺しながら。
「涼風だよ涼風。涼風結衣。ちゃんと覚えてほしいなっ」
「あれ、ごめん。悪気はないんだ」
「あはは、ちょっと珍しい苗字だもんね。あ、そうだ。早坂くんさえ良ければ、下の名前で呼んでくれても大丈夫だよ。結衣だから、文字数少なくて覚えやすいんじゃないかな‥‥‥なんて」
「それで、なんか用でもあるのか?」
無視かよ!
せっかく名前呼びできるチャンスを無下にするとか何考えてるの⁉︎
ああ、朝からイラつく! でも我慢、我慢だよ私!
「えっと、早坂くんのカノジョは無理でも、お友達から始めることはできないかなって思って。ダメかな。私と友達になるの」
「俺と友達になっても別に面白くないと思うけど」
こっちが友達になってって言ってるんだから、変なところ気にするな。
「ううん、そんなことないよ。私、早坂くんと話すの凄い楽しいの」
「変わってるな」
「そ、そうかなぁ……」
「まぁ別に友達になるくらいいいけど」
「ほんとっ? ありがと、じゃあ、まずはライン交換しよ」
「ライン……あぁ悪い、携帯持ってないんだ俺」
「‥‥‥そ、そうなんだ。珍しいね‥‥‥」
「よく言われる」
くっ……完全に計算外だ。連絡先を交換してからのプランが全部パー。
ここからどうやって話を展開してくか、考えていない。
携帯持ってないって、いつの時代の人だよ!
私は、作戦を練り直すために、いったんこの場から離れることにした。
「‥‥‥あ、そういえば今日、日直だから早く行かないとダメなんだった! ごめん先行くね、早坂くん」
「ん、わかったじゃあな結衣」
いや名前で呼ぶのかよ! なんなんだよもう!!
急に呼ばれたせいか、身体がびっくりして顔が熱くなっている。そう、びっくりしたせいだ。びっくりしたせいだからね?
決して、ドキっとしたわけじゃない。
私は赤くなった顔を隠しながら、急ぎ足で昇降口に向かった。
※
女心は男には分からないらしいが、どうやらそれは本当らしい。彼女が何を考えているのか、俺にはまるで理解できなかった。
昨日、俺は彼女から告白され──それを断った。
罰ゲームで俺に告白したのなら、もう関わってくる事はないと思っていた。
だが、わざわざ俺に話しかけてきた上、友達になろうと提案してくる始末。
もしかして本当に俺のことが好きなのか?
でも、一目惚れする要素がないんだよな‥‥‥。良くも悪くも平凡な見てくれだと思うし。
だから、何か他の目的があるような気がしてならない。
二年Cクラスに着いた俺は、自分の席に座り荷物を整理しながら、その事について考えていると。
「なあ、早坂」
と、悪友の佐々木が声を掛けてきた。
「ん、なんだよ? 佐々木」
「お前、さっき涼風さんと一緒に歩いてなかったか?」
「ああ、見てたのか?」
「悪い事は言わない。涼風さんとは関わらないようにしとけ」
佐々木は、神妙な面持ちで助言してくる。
「ほう、理由は?」
「あんま知られてねぇんだけど、涼風さんは性格終わってんだよ。陰キャ男子に告白しては、付き合ってすぐに別れを告げるんだ」
「は?」
「要するに陰キャを弄んで楽しんでんだ。ソースは俺な。一年の頃、告白されて二つ返事で了承したら、一時間くらいでやっぱり別れてって。あれは、俺がショックを受けてるのを楽しんでるみたいだった」
佐々木はくだらない嘘をつくが、人を貶める嘘をつく奴ではない。
佐々木の話を全面的に信用するなら、昨日、俺に告白してきた理由にも納得できる。自分で言うのもなんだが、俺は生粋の陰キャだ。
「でもその話が本当なら、なんで広まってないんだよ?」
「ソースが俺ら陰キャしかねぇからだ。拡散力なんてあったもんじゃないし。下手に大っぴらに話せば、一軍の連中に目をつけられかねん。だから、泣き寝入りしてんだよ」
「‥‥‥世知辛いな」
「あぁ、そういうわけだから涼風さんとは関わらないことをお勧めする」
佐々木は再度助言すると、自席へと向かっていった。
なるほど。これで疑問は解消できた。
やはり持つべきは陰キャの友人だな。
※
放課後になり、私は真っ先に昇降口に向かった。
昇降口の隅っこで待つこと二分弱。スクールバッグ片手に早坂くんが現れた。
私は、彼が上履きからスニーカーに履き替えるのを確認してから、声を掛ける。
あくまで自然にさりげなく。
「あ、偶然だね早坂くん」
「‥‥‥そうだな」
早坂くんは私を一瞥すると、そそくさと私の横を通り過ぎていった。
私は額に青筋を立てるが、すぐに感情を殺し早坂くんの隣をキープする。
「あー、もう置いてかないでよ一緒に帰ろ」
「帰る方向同じなのか?」
「早坂くんは電車通学?」
「そうだけど」
「そうなんだっ。私もだよ」
「じゃあ一緒だな‥‥‥あ、そうだ、一ついいか?」
早坂くんは私の目を見ると、蔑むような表情で。
「昨日の告白の返事取り消させてくれないか。都合いいとは思うんだけど、やっぱり付き合いたい」
「──えっ」
突然の変わりように、私は驚愕する。
なんで、二次元しか興味ないんじゃないの? 気が変わるにしても、早すぎない?
いや、でもやった。やったやったやった!
私は心の中でガッツポーズを決める。やっぱり、私と付き合えるチャンスを無駄にしたくないよね普通!
でも一つ妙なのは、早坂くんの表情だ。
なんだか作業的というか、面倒臭さが前面に押し出されている。
告白の返事をする人間の顔じゃない。
まぁ、そんなこと考えても仕方ないか。
考えるべきは、早坂くんを振るタイミング。それを間違えると全部が台無しになる。
「別に無理なら、付き合わなくて全然いいんだけど」
「う、ううん。全然大丈夫! 付き合おっ。うん!」
「わかった。じゃあ、‥‥‥よろしく」
「よろしくねっ」
なんだこの男。私と付き合えるというのにテンションが低すぎる。
もはや今が絶望状態じゃないか。そんな顔するなら、私が振った時にしてほしい。
「え、えっとテンション低くない? もしかして体調悪い? 保健室行く?」
「いやそんな事はない。それじゃあ帰ろうか」
早坂くんは小さくため息を吐くと、正門へと歩を進める。
私は今ひとつ釈然としないまま、彼の後を追った。
これまでの経験上、私と付き合った陰キャはもれなく手を繋ごうとしたり、キスしようとしたりと、童貞丸出しの反応を示してきた。
けど、早坂くんは違う。
全くそういう素振りが見られない。手はポケットに突っ込んでるし、私と若干距離を置いて歩いている。
いや、手も繋ぎたくないしキスもしたくないけど‥‥‥でも、全く関心を持たれないとそれはそれでムカつく!
うぅ、仕方ない。このままじゃ、振った時の反応も期待できないし、ここは一肌脱いで──
「あ、あのさ早坂くん。‥‥‥手、繋ご?」
「寒いのか?」
はぁ?
せっかく私から誘ったのに、なんだその返しは!
たしかに最近寒くなってきたけど、それが理由で手が繋ぎたいわけじゃないんだわ。恋人。一応私たち恋人だよ⁉︎
‥‥‥まぁこの際、寒いが理由でもいっか。
「そ、そうなんだぁー。手が寒くてさ。だから、いいかな?」
「じゃあ、これあげるよ」
早坂くんは私と手を繋ぐ──ことはせず、ポケットからホッカイロを取り出すと、それを私に向かって投げてきた。
な、なんで私の手を繋げる権利を捨ててんだ!
なに考えてんのこの男は⁉︎
普通付き合ったら手を繋ぎたくなるもんじゃないの⁉︎ ちゃんと誰かと付き合ったことないから知らないけど!
「ア、アリガトー」
「どういたしまして」
私の棒読みのお礼に、早坂くんは形式的に答えてくる。
どうしよう‥‥‥。
このまま振ったところで、私の期待通りの反応をしてくれるとは思えない。
もっと、私に惚れさせた状態にしないと‥‥‥。あ、そうだ! いいこと考えた。
「ねぇ、早坂くんって二次元の女の子が好きなんだよね?」
「ああ」
「二次元だとどんな子が好きなの? 具体的に教えてくれないかな?」
「どんな子って言っても上手く説明ができないが」
「そのバッグについてるキーホルダーの子とか?」
「ん、あぁまぁそうだな」
「名前はなんて言うの?」
「リリスだ。天之川リリス」
ハーフなのかな? 見た感じ、日本人キャラっぽいけど。
まぁなんでもいいや。
このリリスちゃんが早坂くんの好みのキャラならば、私がそれに合わせればいい。
天之川リリス‥‥‥よし覚えた。あとは、ネットで調べれば、どんなキャラクターか分かるはずだ。
「ごめん、急用思い出したから先に帰るねっ。じゃまた明日ー」
「え? お、おう。じゃあな」
※
聞いてた話と違う‥‥‥。
駆け足で立ち去る涼風を見送りながら、俺は頭を抱えていた。
佐々木に聞いた話では、涼風結衣は陰キャ男子に告白して、振るのが目的の性悪って話だった。
だから俺は、涼風と一旦付き合うことにしたのだ。
振られれば、もう関わってくる事はないと思って。
なのになんで俺はまだ振られていない?
リアルでカノジョがいるとか、汚点以外の何者でもない。だから、早いところ振って欲しかったんだけどな‥‥‥。
明日になれば振られるだろうか。
俺はそんな期待を胸に、家路についた。
★
翌日。
「おはよう。早坂くん!」
「おはよう」
学校の最寄駅のホームで遭遇した涼風が快活に挨拶してきた。
「寒いね今日も」
「ああ、そうだな」
一応は恋人ということになっているが、別に恋人らしくする必要はないだろう。
俺は素っ気なく返事をすると、涼風が俺の二歩前に立ちふさがる。
「えへへ、どうかな?」
と、髪の毛を手櫛で梳きながら感想を求めてきた。
俺はパチパチとまぶたを開け閉めして、涼風の全身に目を通す。その上で、小首をかしげつつ。
「どうって何に対して?」
「……へ、いやいや気づかない、かな?」
気づくも何も、わからないものはわからないのだ。
間違い探しでもしてるのか? でも、まるでピンとこない。
「悪い、全然わからない」
「……ま、マジデスカ」
涼風はショックを受けたのか、その場で立ち止まり、虚ろな目をしていた。
でも分からないものは分からないのだ。非情かもしれないが、俺は興味のないものに対しては記憶に残らない傾向がある。
だから、もし昨日の涼風と今日の涼風で異なる点があったとしても、答えられる自信がない。リップでも変えたのか? それともシャンプー? いや、だとしたら答える難易度高くないか?
「えっと、あんま立ち止まると迷惑になるぞ」
俺がそう言って指摘すると、涼風はやつれた表情を浮かべながら、ゆっくりと歩を進める。
足遅ぇ……置いてっていいかな。
俺はとぼとぼと歩く涼風を見ながら、そんなことを思っていた。
※
私の尊厳が踏みにじられた気分だった。
わざわざ、早坂くんの好きなキャラであるリリスちゃんのことを調べて、髪型を変えたのに、なんで気づいてくれないんだろう。
ロングヘアーから、ツインテールに変えたんだ。
普通なら気づく。間違い探しで例えるなら、背景色が黒から白になったようなもの。
もう鈍感とかそういう次元じゃない。眼科受診するレベルだ。
そんなに私のこと興味ないの……?
わざわざ髪型変えて、胸にパッドまで入れてきたのに……私の努力返せコラ。
それとも、もっとキャラに憑依しなきゃダメなのかな?
リリスちゃん同様のキャラ設定。一言で言えば、ツンデレを演じる必要があるってこと?
もちろんツンデレの意味は分かっている。私だって漫画は読むし、話題のアニメくらい見るのだ。
完璧にリリスちゃんになることは無理だけど、ツンデレを演じることくらいはできる。
でも、なんで私が早坂くんのためにそこまでしなきゃなんないのよ……。
もう早坂くんは諦めて、ほかの陰キャ男子に移行する? でも、でもそれはなんか負けたみたいで悔しいし……!
もう、ストレス倍増だ。
私はとぼとぼと歩きながら、思考を巡らせる。
──と、そのときだった。
「おい、聞こえてないのか?」
「え、な、なに?」
やばい、考えることに夢中になっていたせいで周囲の声が聞こえていなかった。
早坂くんは、私の肩を掴み、顔を近づけてくる。え、キスする気⁉
いや、確かに今は恋人だけど、それは私のストレス発散のためで……だから、そういうことは──でも、それで早坂くんの気が引けるなら……。
私は、ぎゅっと目を瞑り、両手を握りしめる。
「遅刻するって言ってるだろ。ぼーっとしてる暇あるならちゃんと歩け……いや、もう走らないと間に合わない時間帯か」
「え、あ、うん」
どうやら、私は相当ゆっくり歩いていたらしい。さっきまで同じ制服がごろごろいたのに、今は数えるほどしかいない。
早坂くんに先導され、私は足を速めるが、寒さで身体がかじかんでいるのか思うように身体が動かない。
「遅刻するって言ってるだろ。ほら」
「あっ、は、はい」
早坂くんは私の手を握ると、学校へと引っ張ってくれた。
陰キャのくせに許可なく、私の手を握るなんて……!
で、でもなんでちょっと嬉しいんだろう……。もしかして私、早坂くんにかまってもらえて嬉しがってる?
いや、そんなことない。ありえない! 美少女たる私が、たかが陰キャに構ってもらえて喜ぶなんてありえない!
い、今だけなんだからね!
今だけ、学校に遅刻しないために手を握らせてあげるけど、学校に着いたら絶対離させるし。
手を繋いだことで、私のことを意識し始めたところでこてんぱんに振ってあげるんだから!
「そういや、今更だけど髪型変えたのか?」
「う、うん、そうだよ! 気づいてくれたんだ‥‥‥似合ってるかな‥‥‥?」
「そういうの疎いから分かんないけど、多分似合ってると思う」
「‥‥‥っ。そっか、えへへ」
でも、うん、今日は振らなくていいかな。
もっと、早坂くんに私のことを意識させてからじゃないとね‥‥‥!
私は早坂くんの手を握り返しながら、密かに企むのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました(^^)
構想の段階だともう少し続きがあったのですが、二万字を超えそうな勢いだったので途中で断念しました。腑に落ちないなと感じさせてしまっていたら、申し訳ないですm(_ _)m
下部にある★で評価していただけると嬉しいです(*^ω^*)