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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

惨殺されて時戻りした令嬢は遁走する

作者: 紫芋の瓶

 

 さようなら、さようなら、愛しかった人、さようなら。











 きらびやかな夜会の最中(さなか)、本来この場に居ない筈の貴方が、突然やってきて私の胸ぐらを掴むといきなり頬を叩いた。

 突然の痛みに茫然としていると、貴方は周囲を気にもせず私に怒鳴りつけた。


「ミヤビの痛みはこんなものではなかったのだぞ!」

 

 突然叩かれて口の中を切ってしまった。


 あり得ない

 何故私が叩かれているのだろう?

 ミヤビとは誰?


 口の端から血が流れる。

 周りにいた淑女達から悲鳴があがる。


「何か言ったらどうだ!」


 ガクガクと両手で胸ぐらを揺さぶられ、その勢いごと地面に叩きつけられる。

 淑女に受け身など身についてる訳もなく、顔面を思いきり強打し、地面に転がったところを貴方のその長い足で腹を蹴りあげられる。

 腹から全身を貫く痛みに丸くなり悶絶していると、今度は頭を踏みつけ逃げ出さないように地面に押しつけられる。

 突然の暴力に動けなかった人々も我にかえり、警備兵を呼びに行く者や、英雄と称えられる貴方に、取り押さえようと飛び掛かる男性達を一撃で床に沈める。


 カチャリと鞘から刀身を抜く音が響き、私は体を強張らせた。


 まさか?!そんな!こんな場所で切り殺されるの?


 女性達の悲鳴が上がり、大勢の駆け付ける音や遠くの会場で側妃と歓談していた父の叫ぶ声も聞こえる。


「この売女め!」


 あっという間の出来事。


 激昂した貴方は、私の顔を切りつける。


 熱い!顔が熱いわ、やめて!誰か助けて!

 私の恐怖と混乱と怒りは、自らの血と魔力とともに地面に染み込む。

 誰も助けてくれないのなら!と、最後の力をふり絞り一瞬で魔法陣を練り上げる。

 自分の命の灯火が消える寸前、私は若くして希代の魔法使いと賞賛された、渾身の刻魔法を発動した。




 ◇◇◇◇



 私はゆっくり目を開ける、魔法は成功したようだ。

 ほっとして体の強張りを解く、咄嗟の事で刻まで指定出来なかったのが不安だったけれど…。


 今日は何時なのだろう。

 あの凶行は一体どういうことなのか、ミヤビとは誰なのか。

 婚約者のクリス様の豹変ぶりに混乱する。


 私は、このローゼン家で疎まれている。

 呼び鈴は捨ててしまった、鳴らしても来ないのであれば意味がない。

 メイドが仕えないのが普通になってしまうと、その楽さは何にも換えがたい。 


 起き上がろうとしても腕に力が入らない、体がぐにゃぐにゃになったような感覚に戸惑う。

 あの規模の刻魔法は初めてでダメージが酷い、早く逃げなければ同じ目にあい今度こそ死んでしまう。

 あんなに膨大にあった私の魔力が、今は一握りしかない。


 魔力を細く撚り合わせ何処までも長くする、情報を探ろうと父の書斎へ伸ばしてみる。

 ドアの鍵穴からテーブルへ、しかしテーブルの上には何も無い、神経質な父らしい、テーブルから本棚へ、飾り本や仕掛け本もない、ならばテーブルの下?椅子の裏?

 父の書斎には座った場所から正面に、若くして亡くなった母の肖像画が飾られている、父にとって最愛の人が優しく此方を見ている。


 あ、そこね。


 スルスルと肖像画まで伸び調べると左側の額に書簡があった。少しでも動かすと感知魔法が発動する念の入れ方にとても重要なもののようだ。

 しかし、私は動かさなくとも内容が読み取れる。

 書簡に魔力を流すと、頭に文字が浮かんだ。


『第1王子派、極秘に聖女召喚成功、認知される前に無きものとすべし』


 日付は三ヶ月前になっている、差出人には頭文字しかないが父が隠し持ってるのを考えると重要な担保という事だろう。


 ミヤビは聖女なのだろうと理解した。

 そして、きっと父が何かしたのだろう、婚約者はそれを私のせいと思い凶行に及んだ?

 なぜ婚約者が聖女と関わるのかは判らないが、英雄と呼ばれているのだ、警護でもしてるのだろう。



 だから殺されるの?私が?ずっと好きだった人に?



 理解した瞬間、体の真ん中にとても大きな穴が開き、穴から黒い感情とどす黒い魔力が溢れた、溢れすぎて破裂した。

 

 ここから、逃げよう、逃げよう、逃げ出そう。

 誰にも愛されることもない、この世界から逃げ出そう。

 

 ゆらりと立ち上がると私は陽炎のように一度揺れるとその場から消えた。



 ◇◇◇◇



「なに?アシュリーが居なくなっただと?」

「どちらにもいらっしゃいません!」

「夜会は今夜だぞ!」

「それなのですが、魔探知でも感知出来ず…」

「魔探知で感知出来ない!!まさかっ」


 ようやく当主が慌て出した、アシュリーお嬢様の魔力が探知出来ない時、それはお嬢様がこの世の何処にも居ないということ。

 魔力は個人認証で同じ魔力波形は無い、そして魔力の質が変わる事はほぼあり得ない。

 

「アシュリーを探せ!魔探知が上手くいかなかっただけだろう!」

「畏まりました、本日の夜会には…」

「アシュリーは欠席と届けろ!」

「手配致します」

「全く手間ばかりかけさせよって」







 その惨殺は突然はじまった。

 夜会の主催者が乾杯とグラスを掲げたと同時にまず会場の光が消えた。


 パニックになり大声で怒鳴る紳士淑女達。

 そして悲鳴と何かが切られ肉塊が床に落ちる音。生臭い匂いがそこかしこから漂い、命が消えてゆく。


 英雄騎士クリスが、婚約者の父であるローゼン家当主を手にかけ、謀をした者達も同じように肉塊と成り果てた。


 第2王子の母である側妃を弑虐しようとしたが、側妃は辛うじて命は助けられた。しかし立って歩くことは叶わない体となる。


 英雄騎士クリスは、その場で取り押さえられた。何も言わず牢に入れられ明日は処刑と迫ったその夜。





 カツンとブーツの音が石牢内に響く。

 クリスはゆっくりと顔を上げ侵入者を見つめた。黒いフードを被っているがこのシルエットは。


「アシュリー?」

「…」

「あぁ!魔力の質変わったんだね、道理で見つからなかった訳だよ」

「何故です?クリス様」

「…ミヤビがね、殺されちゃったんだ」

「…」

「てっきり君が手を回したと思ったんだ、だって君僕のこと好きだろう?」

「…」

「凄く可愛い娘だったんだよ、君と違ってね」


 クリスは牢の中でクスクス笑う。


「あの日、あの夜会の当日にさ、書簡が届けられたんだ、あれって君だろ?ありがとう、あれのお陰で黒幕がわかったよ」


「あの女、一瞬で殺してやるもんか、あの体でずっと苦しむといい、だから感謝してるんだアシュリー」


 アシュリーが泣いてる気配がする。


「僕を憐れんでるの?それとも君自身が悲しいの?」

「クリス様、ミヤビという人に会いたいですか?」

「…ふふ、明日になればあの世で会えるさ」

「生きているとしたら?」


 クリスが目を見開き絶叫する。


「彼女は僕の腕の中で死んだんだ!!」

「その日はいつです?」

「15日だよ」

「刻、戻しましょうか?」

「おまえ、まさか…」


 パサリとフードを外すと、真っ黒の闇が立っていた。

 ゆらゆらと揺れる闇の影。


「もう、人では無くなったので最後にクリス様の力になれますよ」

「そんなことをしたってお前には何も残らないんだぞ!」

「構いませんよ」

「……頼む、ミヤビが生きている刻まで戻して欲しい」


 頭を石牢の床につけ私に懇願している。

 魔者になった私に懇願してる。

 誰からも気にかけてもらえなかった私に…。


「いいですよ。刻を戻します」


 ぱっと希望に顔を輝かせクリス様が顔をあげた。


「その代わり…」

「なんでも条件を呑むよ!ミヤビを失わないなら何だってする」



 ◇◇◇◇


 幼い頃から父に疎まれていた。

 私を産んだせいで、最愛の妻が死んだから。


 父の幼馴染みだった乳母は身分違いでもずっと父を慕い、父を奪った母が憎くてその子供の私に辛くあたった。


 7歳の時、同じ年齢のクリス様に引き合わされた、なんて綺麗な天使だと思った、しかも私に笑いかけてくれて一目で好きになった、父から将来の旦那様だと言われこの時が一番幸せだった。


 クリス様のお家は有名な魔術師の家系、我が家も魔力が高い家系だから婚姻を結ぶことになった、クリス様は幼いのに魔術の鍛練をされていた、お兄様のマシュー様と比べられてクリス様はいつもむくれて、私がクリス様を励ますとアシュリーだけだと抱き締めてくれて幸せで溶けてしまいそうだった。

 それでも、ご家族に愛されているクリス様が羨ましくて、その中に私も入れると思うと嬉しかった。


 10歳になって私の魔力が尋常でなく強い事を知るとクリス様は笑いかけなくなった、クリス様がおかしいことに不安でたまらなかった。


 11歳、クリス様は魔力の才能が無いということで騎士学校へ進むことになった、その頃には何か暗い目をしたクリス様が、よそよそしく私の相手をするようになり私は怯えた。


 12歳で神童と言われた私は魔術アカデミーに入学させられ寮に入れられた、これより3年は領地に戻ることを禁じられクリス様とも手紙を…いや、私だけが手紙を出す日々になった。


 16歳になりアカデミーを最年少で卒業し、デビュタントは3年ぶりに会う私をエスコートしてくれた、しかしファーストダンスを踊るとすぐに帰ってしまわれた。

 私は婚約者に嫌われている令嬢として社交界をスタートすることになり絶望した。


 17歳になると、王が病に倒れ王位継承で国が揺れた、この頃には既にクリス様とは溝が深すぎ、私が側へよると不機嫌になるので、私からは話しかけないようにした。


 18歳 王都にドラゴンと魔獣が出現し、クリス様が活躍され英雄騎士の名誉を授かった、剣でクリス様に敵う者はいなかった。

 自分の事のように誇らしかったが伝える事はしなかった。

 嫌われているのは、もう充分に理解していたから。


 19歳 正妃様と側妃様の対立が激しくなり、世界では魔王が登場し、私とクリス様の仲も冷えきっていた。

 それでも、ずっとずっとクリス様の隣に立てると信じていた。

 幼い頃のあの笑顔にすがって生きてきた。

 あの夜会で殺されかけて刻を戻すまでは。



 さようなら、さようなら、愛しい人よ、さようなら。




 ◇◇◇◇


 ゆっくりと覚醒すると、泣いてる自分がいる、この涙はアシュリーの涙だ。

 今さっきまで、アシュリーの時間を体験した、それがアシュリーの刻魔法の代償だったから。

 

「クリス大丈夫?」


 目の前には、あんなにあんなに愛しかったミヤビがいる。


「ミヤビ」

「なあに?」

「君を元いた世界に返すよ」

「本当?!嬉しい。ありがとうクリス!」


 このままこの世界にいるとミヤビは死んでしまう。召喚された時から、元の世界へ戻して欲しいと懇願していたミヤビ。

 

 ミヤビを元の世界へ返したら、捜しに行こう。哀しみに泣くあの娘を、見つけ出せるかはわからないけど、きっと震えて泣いている。


 アシュリー。

 どうか愚かな僕を赦して欲しい。


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