1ページ マンドレイク
扉を開ける辺留幅。
その視界に拡がったのは、いくつもの長机。酒と料理のにおい。人間の他にもちらほら見かける異種族達。RPGの世界のような光景を視認していることを再確認した。
始めに辺留幅は、掲示板を見た。
初仕事は、無理をしないことが肝要だ。
せめて、なにか1つは記述する。これを目標にした。目標しなければ、3日坊主どころではないからだ。
張り紙を見て、スタートに相応しいクエストを探した。
討伐系辺りは、足手まといが容易に想像できてしまい、慣れてきてからがいいだろう。
しょっぱなから、血みどろだらけは悪夢を見そうだし、何より死にたくない。
簡単は簡単でも身の丈に合うイージーなクエストはないかとじっくり探した。
ちなみに、言葉や文字はゲートと通った際に脳に作用し、通じるようになっているのだ。いったいどういうご都合展開だろうか。
そして、やっとのことで身の丈に合うクエストを見つけた。
クエストはマンドレイクの採集であった。
マンドレイクは、根が人型のモンスターで、薬草の一種でもある。また、錬金術の材料にも必要な場合もある。別名はマンドラゴラとも呼ぶ。
ゲーム好きから転じていろいろウィキって楽しんでた頃を思い出しながら、ふけっていると、冒険者と思われる2人組が駆け寄ってきた。
「なあ、あんた。そのクエストって、もしかして初心者用のやつか?」
と、13才と思われる剣士の少年が尋ねた。
連れている彼と歳の近そうな魔道士の少女が続けて尋ねる。
「私達、初めて会って、初めて組んで、初めに簡単なクエストに挑もうと思って…!」
人見知りがちなのか、少しあせまごしながら言った。
さっきの話からして、駆け出しの冒険者なのだろう。こちらとしては経験者を探す手間が省けてちょうどよかった方だ。
辺留幅は、これから受けるために探すとこだったと言い、承諾を得てクエストを受け付けた。
冒険者の名前は、剣士は「ケダシカ」、魔導士は「ラミィナ」と名乗った。
お互い初対面で、自分を変えるために冒険しようと仲間を探そうとしていた所をケダシカから声をかけられたのが切っ掛けとのこと。
ケダシカは自分を変えるという部分は一緒だが、心を鍛えたいという理由で冒険者になったという。
辺留幅のような者を「記述者」と呼ばれ、この世界でも少なくても3,4人、多くて7人くらいらしい。
受付担当の1人のウィサ・シュによれば、マンドレイクは近くの「クショブの森」にあるとのこと。
3人は目的地へと向かった。ケダシカ、ラミィナ、辺留幅の順に
道中、辺留幅は思った。「いる」ではなく、「ある」のはアイテム扱いみたいなものだろうか…
でも、モンスター名とアイテム名が一緒なんてゲームの「竜探検シリーズ」でよくあることだし…
と、ゲームのことで思い出したことがあった。
マンドレイクで覚えているのは、「尾ズシリーズ」のデザインだ。ほぼ人間寄りのデザインで可愛らしかったのを思い出していた。
そういえば、マンドレイクの入手は…、と思い出したところで、モンスターが邪魔してきた。
現れたのは、ゴブリン、リザード、ビーだった。
RPGではお約束とはいえ、いざこういう境遇に出会うとあせるものだ。
ましてや、自分自身は非戦闘員。どう、邪魔にならないかを考える暇もなかった。
ケダシカとラミィナは、襲い来るモンスターを難なく蹴散らした。
ケダシカの剣でゴブリンを薙ぎ払い、リザードの脳天を突き刺し、ビーはラミィナの杖で払い倒された。
技はまだ習得はしてないが、冒険者を始めるには十分だった。
そして一同は、クショブの森に着いた。
森に入り、道中襲い来るモンスターを2人が退けながら進んでいった。もっとも、先ほどであった奴らばかりなのだが…
辺留幅は図鑑を操作しマップを確認し、目的地のルートを確認する。
しかし、思わぬ事態が起きた。正規ルートに大木が倒れていたのだった。
「まいったなあ。ここを通らないと、迷っちまうのに…」
ケダシカは、頭をかきながら言った。
「ご、ごめんね。せめて火炎呪文を覚えていればよかったのに…」
ラミィナは申し訳なさそうに言ったが、そんなことしたら森が大火事になってマンドレイクさえも燃えてしまうとツッコミをいれた。
どうしようかと頭を抱えていると、不意に肩をつつかれた。
辺留幅は振り向くと見知らぬ女性が立っていた。やや土の匂いがし、顔はぼーっとしているものの、何かを言いたげに向こうに指をさした。
3人は一瞬頭に「?」状態だったが、辺留幅はすぐに理解した。
見知らぬ女性は迷わない道を教えてくれたのだ。辺留幅は、図鑑を操作し、マップのルートを更新した。
見知らぬ女性が教えてくれたルートを通り、遠回りの形で正規ルートに辿り着いた。
今回のクエストは、採取で達成なのだが、マンドレイクはあまり目立つ場所に生えていると死亡者が出る危険性があり、本来は目立たないところに生えてるものなのだ。
そう問題は…と思った矢先に目的地付近に着いた。
一際目立つ大きい葉。多分あれがマンドレイクだ。
早速採って終わらせようと前に出ようとするケダシカ。
それを見た辺留幅は、慌てて呼び止める。
そう問題なのは採取なのだ。
マンドレイクは引き抜くと、とてつもない絶叫を上げ、最悪の場合、死に至る。
この知識はラミィナもさすがに知っていたので、ケダシカは足を止めずにいられなかった。
うっかりしてた。採取の道具を用意してなかったのだ。
至近でなければ多少立ちくらみ程度ですむらしいが、ロープすら持ってきてないのはぬかった。
どうすればと頭を抱えていたら、突然、後頭部に蹴りを入れられた。
蹴りを入れたのは、ゴブリンだった。
森に入る前の奴の仲間なのだろうか、より凶悪な顔してる気がした。
幸いにも武器は持ってないのが救いだ。棍棒なんか持っていたら一般人の辺留幅は死んでいたであろう。
と、ゴブリンが手当たりに投げつけようとしていた手がマンドレイクをつかもうとした。
それをいち早く目撃した辺留幅。
「やばい!耳塞いで離れるんだ!!」
それを聞いて2人も急いで耳をたたく勢いで塞いだ。
ゴブリンはよそ見をしながら抜こうとして、かつ一向に持つ手を見ないで片手で抜こうしていた。
そして
「「「ギャアアアああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚嗚呼嗚呼嗚呼!!!!」」」
マンドレイクは引き抜かれた。
耳を塞いで遠くにいたことで、少しフラフラする程度で済んだ。
耳を塞いでも3人分の悲鳴のようなものが聞こえるとは、余程の大音量だったのだろう。
直接引き抜いたゴブリンは、悲鳴のショックで死んでいた。
多少おぼつかない足取りで歩きながら、ゴブリンの手からマンドレイクをとった。
ついにマンドレイクを手に入れ、辺留幅は記述の記入を始めた。
あらかたまとめると、他の植物に比べると葉がでかく、異なるわずかな異臭がするらしい。
葉から下は人型の根と言えば、わかりやすい。元の世界でもマンドレイクとまではいかなくても、足のような根菜が存在するのだから。ちなみに「耳を塞いで遠くに逃げる」というのは、すでに誰かもわからない人が記述していたのでこれで対処していたのだ。
ケダシカはついでとばかりにゴブリンの装飾をいただいていった。
クエストを報告し、目的を達成したことにより、ケダシカとラミィナは道中の戦いも含めて経験値を得た感覚を感じ、レベルアップしたようだ。
「ベルノ、ありがとな。お互い初めてだったが、最初に相応しいクエストだったぜ!」
「おかげで、ちょっと強くなった感じがしたかも」
2人は辺留幅に感謝を述べた。辺留幅は嬉しく感じ、いつの間にか他人と関わるしがらみもどこへやら
そして、マンドレイクの記入分の報酬を受け取った。
この世界のお金を受け取って大丈夫なのかと疑問に思ったが、ゲートを通る際にちゃんと換金されて使えるようになるのだ。
また、こっちの世界では装備出来るのはアクセサリーのみなのでそのために使うのだ。とりあえず、次のために毒除けのペンダントを買い、残りは生活の足しにした。
それにしても、森で出会った女性はいったい誰だったのだろうか?
そう思いながら辺留幅はゲートを通って帰っていった。
クショブの森に住んでいると思われる女性。森の外を眺めた後、森の奥へと消えていった。彼女のいた場所に一枚、葉っぱが落ちていた。