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【書籍化】シンデレラは探さない。  作者: 斎藤ニコ
【竜宮の乙姫さまは引き留めない。】
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第38話 幻影(宮子視点)(β)

 なんだか不思議な先輩たち――荒木先輩と真堂先輩に出会ってから、たった数日しか経っていない。

 真堂先輩なんて、たった数分の出会いでしかなかった。

 それなのにアタシの思考はどこか今までとは違う世界に飛ばされていた。


 不思議だ。


 ふとカフェを見る。

 するとそこに二人が座っている気がする。


 ふと男女二人組の背中を見つける。

 でもそれが、違う二人だと気が付く。


 夜に目をつむる。

 すると二人の横にアタシが立っている気がして――気がしているだけだと、気が付く。


 なんだろうか。

 あの二人は……何か、アタシの心に刺さってくる。

 何がそうさせているのかは分からないが、アタシはたった数日で、あの二人の『なにか』に影響されたらしい。


 夜の闇に溶けていくように眠る。

 海の底みたいに暗い世界で、アタシは夢の世界を夢見る。

 まるで竜宮にいるみたいに時を忘れて、アタシは二人の夢を見る。


   ◇


「ん、ミヤコ。何かいいことでもあったのか?」


 久しぶりに四人で食卓を囲んでいる時、お父さんがアタシのほうを見ていった。

 アタシはもちろん視線を合わせずに、お茶碗に話しかけた。


「……別に? テストも近いし、どっちかというと最悪だけど」

「そうか。なんだか楽しそうに見えたから」

「ふーん」


 普段はお父さんの帰りが遅いので、四人そろうことは少ない。


 ユカリさんとエニシくんと囲む食卓は、どこか他人の家のように感じられていたが――ここ数日はそんな疎外感を感じなくなっていた。


「ユカリさんもそう思うだろう?」

「ええ? そうねえ……うん、たしかにそう見えるかもね」


 いつもなら少し困ってしまう気もするユカリさんの言葉も、今なら素直に受け止めることができた。

 エニシくんは会話に入ってこなかったけれど、じっとこちらを見ている気配は相変わらずだ。


「そんなことないですよ」

「そうかなあ?」


 あたしは基本的にユカリさんに敬語を使う。

 そのせいだろうが、お父さんもユカリさんには敬称をつけて呼ぶ。

 それは他人からしたら、とても歪んだ関係に見えるかもしれない。

 でもアタシからすれば、それは至極当然の流れになる。


 まるで箱の中身が分からないプレゼントボックスのように、外からでは中の様子は分からない。

 アタシたちの家族も、家の外からでは分からない。

 リビングから漏れ出る暖かな光をみるだけでは、その実、どんな家庭なのかは分からない。


 ふと。

 先輩たちの部屋から漏れ出る光を想像した。

 それはアタシの家のリビングから外へと漏れる光と、同じ色をしているのだろう。

 そして中身も素敵な色をしているに違いない。

 

 不思議だ。

 自分の家を説明するときは中身の分からないプレゼントボックスだと思うのに。

 先輩たちの家は、まるで水の中を覗くように、易々と幸せなイメージが浮かんでくる。


 何が違うのか――すぐにわかる。

 きっと中身が違うのだ。

 具体的には、アタシが。


「これ旨いね」と父。

「ありがとう。初めて試してみたんだけど、うまくいったみたい」とユカリさん。


 話題は既に料理にうつろっていた。

 アタシはご飯を食べているふりをしながら、そおっと視線を上げてみた。


 そこには家庭があった。

 父が居て、母がいて、弟が居た。


「……、……」


 アタシはご飯を飲み込んだ。

 でも本当は、息をのんだのだ。


 探していたものが、なんだか目の前に急に現れた気がしたのだ。

 それは言葉としても現れそうになり――慌ててご飯を口に詰め込んだ。


「……? どうした、ミヤコ」


 アタシのちょっとした異変に父はすぐに気が付いた。

 ユカリさんとエニシくんはおそらくこちらを見ている。


「……なんでもない」


 アタシは視線を下に向けた。

 でも思考は前へ前へと進んでいた。


 アタシの心の中のアタシは、こう言った。


『もう、いいよ。お母さんって、呼んでもいいよ。エニシくんじゃなくて、エニシって呼べばいいし、彼は弟だ。父は変わらずに父だし、四人の苗字は同じになる――もう、いいよ、それでも』


 でもね、と。

 アタシの中の幻影はその手の中の箱をこちらに差し出した。


『でも――怒りを閉じ込めてきたこの箱は、一体どうするつもりなの?』


 そんなのアタシが聞きたかった。



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