朝と呼ぶには遅い時間に
多分、それなりにうまく出来たのだろう。
彼は私が初めてだなんて思ってもいないみたいだ。
それはそれでどうなのだろうか、と起きてから思い至ったのだけど後の祭りというやつだ。初めては痛いとか辛いとか聞いていたけれど、幸い想像していたよりかはずっとスムーズに出来たし気持ち良かった、と思う。
とはいえそれで恥じらいにやや欠いていたのは減点だ。それなりに強引に誘った自覚はあるので、その時点で失敗していたのだろう。上手く利用すれば彼の何かしらの欲を刺激できたかもしれないのに。
そんな彼は掛布団にくるまって隙間から口を半開きにした間抜けな寝顔を覗かせている。対して私は掛け布団を彼に奪われて、いつのまにかはだけたバスローブから溢れた胸を晒したまま半身を起こしたところだ。恥じらいもなにもない。ダブルベッドはこういう弊害があるのだな、と妙な知見を得たのはプラスだろうか。
彼にくっついて寝ていればよかったのだろうけど、それは少しだけ、恥ずかしい。
彼は彼女と別れたばかりで、昨日はやけ酒に付き合ったのだ。お互いそこそこ強いのもあって自重しなかったのがまずかった。ということにしておく。
その彼女と私も知り合いだが、表向きはともかく本心では仲がいいとはお世辞にもいえない間柄である。多分、男性から見て可愛く見えるのだろうな、とは思うけれど。でもあんな強かな性格の女を可愛い可愛いとちやほやする男たちには正直なところ辟易する。そういう意味ではそれと付き合っていた寝息をたてているこの人も残念ではある。
強いて言うならば彼は、その彼女に別れ話を持ちかけたという点では高評価だ。話を聞いた限りではどちらから言い出してもおかしくない関係のようではあったけれども。それでもあの女が振られる側になったのは正直愉快だ。
だからこれはそれの延長線だ。彼女を振った男と関係を持ってみようというただの好奇心。別に吹聴するつもりはないけれど、もしあの女がこれを知ったらどんな顔をするか妄想するくらいは自由だろう。実際は気にもしないか、お下がり扱いされるのが関の山、という予想はおいといて。
後悔なんてない。
喉の渇きが深夜からほとんど何も飲んでないことを訴えてきたので彼を起こさないようにもぞもぞとベッドから降り、備え付けの電気ケトルでお湯を沸かす。
一応カップを二つ並べてみたもののベッドで丸まっている彼は起きる気配はない。ぼんやりとその姿を眺めていると何か不思議な、喪失感とも達成感とも言い難い感情が沸き上がってきた。
軽く頭を振ってその感傷を払いのける。
そう、こんなものに飲み込まれる前に笑い飛ばしてしまおう。ちょっとした事故だとお互いに気まずく笑って、いつも通りの関係に戻ればいい。彼の寝顔をつい見つめてしまうなんて、違う。何かから逃げるように寝ている彼の肩を強く揺さぶる。
「起きて」
自分の声ながら思ったより無愛想で顔をしかめてしまった。彼女だったら可愛らしい声色で柔らかく言葉をかけるのだろうか。
そんな内心を知ってか知らずか彼は呻きながら瞼を開けた。私を見て固まったのはどういう理由なのか後で問い詰めようと思う。あんなに好き勝手したのに忘れたとかいったらただでは済まさない。
「おはよう、朝はコーヒーとお茶どっちがいい?」
続いて出た言葉は私としては上出来だろう。朝と呼ぶにはもう遅い時間だけれど。
二人分の飲み物を用意するのは悪い気分ではない。




