01-08:イラッ熊
これまでの話:魔王城に居るはずのキャッスルベアと遭遇したボンクラとアリエル。圧倒的な戦力差で追いつめられた時。アリエルの魔法が炸裂した。
「ぐおおおおおおおぉ」
キャッスルベアの呻き声が炎の中から聞こえる。
ボンクラは今にも倒れそうなアリエルに駆け寄った。
「はぁ、はぁ…魔力もう無いですよ」
疲れた様子のアリエル。
火炎系の上級魔法だ。正直驚いた、剣技のみならず魔法もこれ程のものを使えるとは。
「おう、頑張ったじゃないか。さすがのキャッスルベアでもこれで倒せただろ」
炎の柱が消えかかっている。
その地面は焼けて赤く溶け、柱の中にいたキャッスルベアは全身黒こげで煙を上げていた。
後ろ姿だが多分絶命しているだろう。
「た…倒しました」
「うん。倒してる。それじゃあ、帰ろうか」
帰路を促す。
もうこれ以上はマッスルウサギの相手もできない。
ゲホゲホと咳が聞こえた。
キャッスルベアが……生きている。
「イ……マノハ…コタェ…タゼ」
喉が焼けているのか声がかすれている。
「虫の息だ、俺の剣で止めを刺す」
言って剣を構える。
「タ……メス」
キャッスルベアはそう言うと何処からか、黒い果実を取り出した。
「試す?」
キャッスルベアの発した言葉の意図を探るようにアリエルが呟いた。
キャッスルベアはそのまま果実を掲げると、開いた口の中にそれを落とした。
「おやつかしら」と笑いもせずに冗談めいた感じで言うアリエル。もちろん違うことは分かり切っている。
キャッスルベアから瘴気が噴出した。こちらが吹き飛ばされるような量の瘴気。体内から何かを絞り出すように呻き声をあげている。両肩のコブがより大きくなり、背中からは、魚の背ひれのように何本も角が生える。
「何がおきてるんですか」
「俺も分からない。こんなの初めて見る」
攻撃を仕掛けていいのかどうかも分からない。
キャッスルベアから噴出していた瘴気がピタリと止んだ。
そう一切の瘴気が噴出しなくなったのだ。
ゆっくりと振り向くキャッスルベア。変形を終え、身体が一回り大きくなっている。赤く光るその目はこちらを捉える。ぞくりとした…。
「逃げ――」
逃げるぞと言おうとした。
振り向くとキャッスルベアがアリエルの後ろに立っていた。
キャッスルベアいつの間に、助けなくちゃ、こっちもヤバいか。
追いつかない思考、目の前でアリエルは鈍い音と共に吹っ飛び地面を何度か跳ね、動かなくなる。
「アリエル!」
アリエルの腹部が赤く染まっているのが分かる。
「身体が軽すぎて力の加減がきかんな」
キャッスルベアは自身の身体をまじまじとみている。
こちらに全く意識が向いてない。急いでアリエルに駆け寄る。
近づいてみると服もあちこち敗れて、手足に小さな傷が多くあるのがわかった。しかし一番深刻なのは腹部の傷だろう。
「くそっ」
ボンクラは自身が回復魔法を使えないことを悔やんだ。
アリエルは小さくうめき声をあげると、薄っすらと目を開ける。
「ゆ…勇者様」
「しゃべるな、出血をしている」
「ベア…は?」
「自身の力に驚いているのか、こちらを意識していない。しかし逃げるのは難しいだろうな」
「勇者…さま、逃げて…下さい」
呼吸もつらそうにアリエルが言った。
「私は…、この2年で、世界中……勇者さまを……捜しました」
分かっている。昨日出題された勇者に関する質問は、実際に現地に行かなければ分からない内容だった。
アリエルの強さはそれだけ過酷な旅を続けてきた事の証明でもある。
口を手で押さえると「げほっ」と赤い液体を吐き出すアリエル。苦しそうに言葉を続ける。
「やっと……捜した、ゆ、勇者さまに、わたしは……死んで、欲しくないんです。」
「何でそこまでして、魔王を倒せなかった勇者にこだわるんだ。10年前だって俺は大して強くはなかったんだ。強くない勇者だったんだよ」
多くの民衆が抱くイメージほど、勇者なんて冒険の役に立つものじゃない。いつも仲間に助けられ、いつも仲間に迷惑をかけていた。
アリエルは震えながらそっと手を重ねてきた。
「ハジマーリ国を……を救った……じゃないですか。あの時から……ずっと……私にとって……勇者様は――」
そこまで言うとアリエルはガクッと意識を失った。
「おい。アリエル」
弱いが呼吸はしている。しかしこのままでは長くはもたない。
キャッスルベアを倒して、アリエルを抱えて町まで走る。時間は掛けれない。
間に合うか。いや、間に合わせないといけない。
10年間、弱っちい勇者を信じていた女の子を死なせるわけにはいかない。
深呼吸をする。
意識が無いだろうアリエルに言う。
「たかが勝てないくらいの事で、勇者が逃げるわけないだろ」
立ち上がり剣を抜き。
アリエルから距離をとるためキャッスルベアに向かって歩きだした。
これからの話:ダメダメ勇者の反撃が始まる。
次回「ああ、勇者よ」