01-07:ある日森の外クマさんに出会った
これまでの話:ダメダメ勇者ボンクラと、やたら強いアリエルはウサギ狩りをしてましてん。
ウサギたちは森を背にしている。
さて、2人で戦いますかと構えた時。
マッスルウサギの背後の森から、鳥が何羽も一斉に飛び立った。同時にマッスルウサギ達がビクッとなり震えだす。
森から吹き付けてくる風に濃い瘴気を感じた。アリエルも感じたのか、視線をマッスルウサギではなく背後の森に向けている。
木々の軋み倒れる音が聞こえてくる。とても大きな何かがを森からこちらへがやってくるのが分かる。
巨木を押しのけ、ひときわ強い瘴気交じりの風と共にそれは現れた。二本足で立つ熊のような外見、二階建ての家に匹敵する長身、両肩にそびえる大きなコブ。
「キャッスルベア」
思わず呟いた声が聞こえたのかアリエルが「あれがあの魔王城の…」と息をのむ。
キャッスルベアは本来魔王城に出現するモンスターである。十年前、当時のパーティーと共に魔王城に挑んだときは何体も相手にし、ダメージを追いながらも打倒することができた。今はたとえアリエルが想像以上に強くても勝てる見込みはない。
硬直していたマッスルウサギのうち一匹が逃げ出す。残りも追いかけるように駆け出す。まさしく脱兎の如くだ。
キャッスルベアは森を出てこちらに向かって歩いてくる。その視線は間違いなくこちらを捉えている。
「逃げるぞ」
アリエルに声をかけた時、彼女は詠唱を終えていた。
「暴風爆発」
キャッスルベアの足元に手をかざす。
本来は強烈な風を起こす魔法だが、浅い地中に発生させることで、相手を吹き飛ばすことができる。だが…キャッスルベアは腰を落とし、振りかぶった拳を爆風の発生する地面へ突き立てた。霧散した魔法がこちらに突風として吹き付けてくる。
「相殺…」
言葉を詰まらせるアリエル。
巻きあがった砂煙が収まり、キャッスルベアの姿が見えかけた時。「逃げるぞ」と再度呟いた。
二人同時に駆け出す。森とできるだけ離れるように。
振り向きキャッスルベアを確認するとまだ砂煙の中にいる。このまま逃げ切れるか、あれ程強いモンスターなら瘴気の薄い場所までは追いかけては来ない。
それにしても、アリエルに追いつけないどんどん離される。というか俺が走れてない。ちょっと待ってと言おうとしたとき。すぐ横を黒い影が駆け抜けた。その影はアリエルも追い越し、正面に立ちはだかる。大きく息を吐きこちらを睨むキャッスルベアがそこに居た。
「このエリアに来て初めての獲物だ、逃がすわけねえだろ」
ガバガバと口を動かし喋るキャッスルベア。ちなみに強いモンスターほど言語を解す傾向がある。
逃げれないと悟ったのかアリエルはすぐに剣を構えた。
くそぅ。戦いたくないなと思いつつ同じく剣を抜いて、アリエルに追いついた。
「逃げれそうにないですね」
こちらを見ずにアリエルは話しかけてくる。
「こ、ここまで……逃げれば……十分だ」
余裕のアリエルと異なり、こっちは息切れぎれで既に死にそうである。
こちらをちらっと見るアリエルに、キャッスルベアを指さしてみせる。キャッスルベアの身体から黒い煙がたっていた。
「この瘴気が薄い場所で、強いモンスターは本来の力を出すことができないし。あの煙はキャッスルベアが体内から漏れている瘴気だ」
瘴気の濃い森から離れたこの場所なら、勝てるかもしれない。
「あぁん。聞こえてるぞ人間ども。確かに瘴気は薄い。しかしなあ、多少力が出ない程度で俺が人間程度に負けるわけないだろ」
言うと同時にこちらに走りこんでくる。
こっそり詠唱を終えてたんだよね「水球」キャッスルベアの顔面目掛けて水の塊を飛ばす。それを手で弾くキャッスルベア。瞬間出来た隙をついてアリエルが足元に駆け込み。右足を何度か切り付けて駆け抜けた。一撃は大して深くはないが、何かも切り付けることで確実にダメージを与えている。
キャッスルベアは自身の傷を確認するも、表情すら変えない。
間髪入れずに、こちらも切りかかる。キャッスルベアの意識は自身の後方に駆け抜けたアリエルに向いている。いける、そう確信してキャッスルベアの左手を切りつける。しかしその硬い体毛に弾かれた。
「何でだあ。俺弱すぎんか」
誰も答えてはくれない疑問を吐き出した。
攻撃に気づいたキャッスルベアの左手が迫ってくるも、何とか逃げ切る。
おや、アリエルを見ると何か手足を大きく振っている。こちらにジェスチャーで何か伝えようとしているようだ。
けつかな?…出す?ケツを出せって事か。どういう事だ、出すだけでいいのか、ガスとか出したほうがいいのか。アリエル意図はわからないが何か作戦があるのだろう。
俺は仲間を信じる。
「せいや!」の掛け声とともにズボンを下げてケツをキャッスルベアとアリエルの方に向ける。
「…………」
「…………」
固まるキャッスルベアとアリエル。
「あほー!時間を稼げって伝えたんのに。なんでお尻見せてくるんですか」
アリエルが指で目を隠しながら叫ぶ。
「えっ違うのか、見せ損だな俺。てか叫んだら作戦バレバレだぞ」
「損被ってんのは汚いお尻見せられた私の方です。いいから時間稼いで下さい」
ケツに関して考え方の相違があるようだ。
少し下がると詠唱を始めるアリエル。どうやら魔法を使うための時間を稼げってことのようだ。
「まあ、人間程度が使う魔法なんぞ、たかが知れているがメンドクセーし殺しとくか」
キャッスルベアが余裕の表情を見せながらアリエルに歩み寄る。
「キャッスルベア俺が相手だ」
キャッスルベアはこちらの声など聞こえていないようにアリエルへの歩みを止めない。
無視された。ギリギリまでキャッスルベアに近づく。
「どうしたクマ公、俺が怖いのか。なんだよその肩の出っ張りはオシャレかオシャレのつもりか。本来魔王城に居るはずなのに何でこんなところに居るんだ、分かったヘマやらかして左遷されたんだろ」
どの悪口が効いたのかは分からないが。キャッスルベアは立ち止った。
背筋に寒気を感じる。
いきなりキャッスルベアから攻撃されても逃げれる距離にいるつもりっだった。
だけど気づけば目の前にその大きな身体が立っていた。アリエルに向かって歩いていたのが一瞬で目の間に立ちはだかっていた。
キャッスルベアは右手を振りかぶりながら言った。
「ザコは口を閉じてな」
まずいと思っても身体がすぐに反応しない。
強張る身体にキャッスルベアの爪が衝突した。
地面を転がりながら、アリエルが何か叫んでるのが聞こえた。
……
一瞬意識が途切れたが、何とか致命傷を受けていないのを確認する。
「ふん、死ななかったか。まあ後からきっちり殺してやるよ」
そう言ってキャッスルベアはアリエルの方を向いた。
ボンクラは片足を引きずりつつ立ち上がった。
こうなったらとっておきの魔法を使ってやる。呪文を詠唱しながらキャッスルベアの背中に向かう。
キャッスルベアが足を踏み出した瞬間を狙う。
「潤滑水」
手のひらに出現した水の塊を、キャッスルベアの踏み出した足元に投げつける。水で濡れた地面を踏んでキャッスルベアが滑って転倒した。
ぬるぬると滑る水を作り出す夜の街で覚えた魔法だ。あの夜「イイコト教えて、あ・げ・る」と声をかけてくれたセクシーなお姉さんに感謝、かなりの金額とられたけど今となってはいい思い出だ。
「んぁああ?」
しりもちをついたまま困惑の声をあげるキャッスルベア。
「舐めた事をしてくれるじゃないか」
起き上がりこちらを振り向く。
「雑魚だと思って止めを刺さなかったが。先に握りつぶしてやる」
「もういっちょ、潤滑水!」
再度転倒するキャッスルベア
「がああああああああああああ」
立ち上がり空に向かって、怒気を吐き出すように叫ぶキャッスルベア。
「ふはは、ザコに何度も転がらされてるんじゃねぇよ」
ここぞとばかりに挑発する。
「ぶっ殺してやる」
キャッスルベアは大きく息を吸い込む。胸が膨らみ口内が輝きだす。
「マズイ。あれは」
息を吐き出すようにキャッスルベアが赤い閃光を吐き出した。
それは見える彼方までの地面を熱で溶かし、一条の赤い筋を残した。
キャッスルベアが冷静さを失っていたおかげで狙いが正確に定まらなかったのか、ギリギリでかわす事ができた。
「ほう避けたか」
再度、息を吸い込み始めるキャッスルベア。
また来る。キャッスルベアの必殺技ともいえる攻撃。
今度は避けれそうにない。
キャッスルベアが息を吐き出そうと上体を反らした瞬間――
「神創火炎塔」
アリエルが魔法を発動させた。キャッスルベアの足元に赤い魔法陣が発生する。刹那、天に届く程の炎の柱が立ち上がった。
これからの話:強力な魔法でキャッスルベアは倒す事が出来たのか!?
次回「イラッ熊」