01-05:僕だけがイタい街
これまでの話:勇者をその気にさせたいアリエルは何故かハサミを持参していた。
家を出て、町の入り口に向かっている途中。スタスタと歩くアリエルの後方で、木の陰、樽の陰に隠れながら移動するボンクラの姿があった。
「何でそんなコソコソと歩いてるんですか」
振り返りアリエルは言った。
「だって、恥ずかしいだろ知り合いに見られたらどうするんだ」
「何が恥ずかしいんですか、昨日の服装の方が恥ずかしいですよ」
腰にはアリエルから渡された鉄の剣を下げて、服は城下町に遊びに行くときに着る用の小奇麗な服を身に着けている。
「いや、服装はいいんだよ、服装は」
これこれ、と自らの頭部を指さす。サイドは肌が見える程に剃られ中央はトサカのように髪が残されている。
「モヒカンだよね」
「勇者様知らないんですか、今巷で流行のトサカヘアーですよ」
アリエルはしれっと言う。
「いや流行ってないから。こんな髪型してるの盗賊くらいだから」
「だって勇者さまが耳回りをスッキリしたいって言うから」
可愛らしく口を尖らせる。
「スッキリしすぎだろ。ちくしょう、散髪中に寝るんじゃなかった」
「身なりも清潔になったし、ぐっと若返った感じしますよ」
「え、そうかな」
若いと言われると悪くない気がする。
「ええ、20代前半くらいの盗賊に見えますよ」
笑顔でぐっと親指を立てるアリエル。
「やっぱり盗賊じゃないかよ!」
ツッコミを入れるボンクラ。
そこへ「あらあら、随分楽しそうね」と声をかける人物が現れた。
長い赤髪の美人、酒場の主人アイーダだ。
「アイーダさん、おはようございます」
あいさつをするアリエルに対してアイーダも「おはよう」と返した。
ボンクラはアイーダにこの姿は見られたくないと思い。とっさに両手で頭と顔を隠したが全くの無駄だったようだ。
「ちょっと、ボンクラって分かってるわよ。挨拶くらいしなさいよ」
「お、おう。うッス」
諦めて手を下げて挨拶をすると、途端にアイーダが吹き出した。
「ぷっ。アンタなんて頭してんのよ」
アイーダは遠慮なく大笑いする。
ボンクラが「アリエルが」と言いかける言葉を遮って「勇者様がさっぱりしたいとおっしゃるので、散髪してあげたんです」と恩着せがましい言いかたをするアリエル。
「ああ可笑しい。それにしても、すぐに見つかっちゃったのね、勇者様」
わざとらしく『様』を付けるアイーダ。アリエルが勇者様探しに来た時に、アイーダがごまかしてくれた事が想像できた。
「まったく。エライ災難だよ。なんでまた冒険者なんぞしなくちゃならんのか」
「フフフ、いいじゃない似合ってるわよ剣を下げた姿とその髪型…ぷっ」
ボンクラの頭を見る度に吹き出すアイーダ。
「お二人は親しいんですね」
アリエルは二人を見て言った。
「昨日はごめんね嘘ついて」
アリエルに手を合わせるアイーダ。
「俺が口止めしてたんだよ、勇者の事を聞いてくる奴がいても知らないフリをしてくれって。ちなみに、この町でおれの10年前を知っているのはアイーダだけだ」
「気にしてないですよ。私は勇者様を捕まえ……見つける事が出来たので満足です」
なにやら物騒な言い間違えするアリエル。
「じゃあこの話はここまでね。ところでボンクラ、アンタお酒持ってモンスター退治に行くの?」
「持ってるんですか」
アリエルがボンクラの顔を見上げる。
「持ってねえよ」
視線をそらしつつ答える。それを聞いて「持ってないんですって」とアリエルはアイーダに伝えた。
アイーダがむりやり懐を漁ってくる。
「こいつの言葉を鵜呑みにしちゃダメよ。ほら、持ってた」
酒ビンを手に意地悪そうに笑う。
「いいだろ少しくらい、モンスター出る辺りまで歩く間の暇つぶしだよ」
返せよと手を差し出すも、ぺしりとアイーダにはたかれる。
「アリエルちゃん気を付けてね。男はモンスター以上にモンスターだからね。こいつなんて夜の街でいやらしい事覚えて帰ってくるんだから」
「おいおい、いきなり何暴露してるんだよ」
「何ですか『いやらしい事』って」
アリエルは曇りなき眼でボンクラに問う。
「いやいや、興味持たなくていいから子供にはまだ早い」
「子供じゃありませんよ」
抗議するアリエルを適当にあしらう。
これ以上アイーダと話してると色々危ないなと思ったボンクラは「じゃあ行くわ」と歩き出そうとする。
「きっかけは何であれ、ちょっとはマトモな人間に近づく良い機会よ。禁酒して身体動かしてきなさい」
ボンクラは「ったく、やってられないね」とぼやく。
「帰ってきたらウチで食べてってよ、サービスするから」
そう言ってアイーダは片目をつぶった。
アイーダと別れ、町の門をくぐり外へ出る。
取り合えずここまでくれば、こそこそしなくてもよさそうだとボンクラは安堵した。
「入り口の案内人、新しい人になってましたね」
うっ。仕事を取られたのが悔しいから触れずにおいた話題をアリエルが振ってきた。
「あいつ、いつもアイーダの店で昼間っから入り浸ってる飲んだくれだよ」
「あ、そういえば昨日もアイーダさんのお店に居たかも」
アリエルは思い出すように言う。
「何で、あんな奴が俺の後継になるかな」
飲んだくれに職を奪われるとは、理不尽な世の中である。
「でも新しい人、立って槍まで持ってましたよ。勇者様と違って仕事中にお酒を飲んでなかったみたいですし」
仕事中の飲酒も許されないとは、理不尽な世の中である。
「それにしてもモンスター出ないですね」
まだ町を出たばかりだ。
快晴の空にトンビが舞い、程よい風が心地よい。こんな日は瘴気が薄い。
モンスターは瘴気の濃い場所では強くなり、瘴気の薄い場所では弱くなる。特に強いモンスター程その影響は大きい。
不服そうなアリエルには申し訳ないが、この瘴気では下級モンスターのマッスルウサギですらうろつかないだろう。
「もう少し、森の方に行ってみましょうか。大丈夫ですおやつも持ってきますから」
いや空腹の心配はしてないんだけどね。
森ならここより瘴気は濃いだろうが、今日は近くまで行ってもマッスルウサギが1匹出るかどうか程度と思われた。
多分アリエルは戦闘なしでは帰らないし、少しくらいなら良いかと思う。
「森の中には入らないよ」と念を押し。彼女の提案を受け入れた。
これからの話:モンスターと戦ったりするんだろうね。次回「そのウサギ凶暴につき」