01-04:新しい朝が来た
これまでの話:金髪美少女が勇者を探す話だと思ったのにね……。
10年前。勇者として名をはせた男ボンクラは、今日も街の入り口でお酒を飲みながら案内の仕事をしていた。
教会の仕事を解雇になり、わりと最近決まった新しい仕事だ。
今日も何人かの冒険者がこの街にやってきて、何人かの冒険者が出ていった。
それにしてもとボンクラは思い返す。さっき来た女の子は可愛かったな。街に入ってすぐ酒場を捜していたから余程の酒好きなんだろうな。どことなく気品があり、性格もよさそうだった。是非ともあんな子に酌して頂きたいものだ。
そんな事を考えながら酒瓶を取り出し、傾ける。おかしいさっき開けたばかりの2本目が入ってない。
傾けて瓶の底を覗く。
「あの、聞きたいことがあるのですが」
先ほど酒場を捜していた少女がすぐそばにいた。
「ん、さっきのお嬢ちゃんじゃねぇか」
「おじさん、昔『勇者の剣』をこの町の武具屋に売ったって本当ですか?」
おじさん?おれの事か。まだおじさんって年齢にはなってないつもりなんだがな。
勇者の剣か確かにこの街に来た時に持っていた剣を売ったが、それが勇者の剣になるのか。いやでも売る時にハクが付くと思って言ったような気がするな「これは勇者の剣だ」って。
「売ったね。うん確かにこの町のおしゃべり好きの武具屋に売った。いい金になったんだよな」
「私、10年前にハジマーリ国を救った勇者様を捜しているんです。何処で会ったのか教えて下さい」
まずいとボンクラは思った。
魔王退治に駆り出されるのを恐れて素性は隠してきた。彼女の目的は分からないが、ここは隠し通すのが無難。
しかし「何それしらないけど」なんて答えたらこの子は立ち去ってしまうだろう。
くそぅ可愛い女の子とお話がしたい。俺はどうすればいいんだ。
いや、悩むような事ではないのかもしれない。10年前魔王を倒さないと決めた時勇者であることは捨てたのだ。
ボンクラは意を決して答えた。
「あぁ、君が捜してる勇者ってたぶん俺だね」
男の本能が勝ってしまった。
少女は眼を見開き口をパクパクとさせた。信じられないって様子だ。そして大きく息を吸い込み吐き出す。
「私の名前はアリエルと言います。あなたの名前はなんて言うのですか?」
もうヤケである。どうせこの子はただの俺のファンだろう。そうだろう。
「本名はユミル・ベルバート。この町ではボンクラって呼ばれてるよ」
「正解です。まあ、伝説の勇者の名前なんて誰でも知ってますからね。次の問題です」
どうやらアリエルは俺を勇者と認めたくないようだ。
「勇者一行が、砂漠のゴザール国を訪れた際に、女王から頼まれた事は何でしょう」
「あぁ、あったなぁそんな事、何だったかな」
「答えられないのですか?」
嬉しそうにニヤリとするアリエル。
「ちょ、ちょっとまって、今思い出してるとこだから、確か特殊な食べ物を食べたい的な話しだったはず」
「具体的に答えて頂かないとダメです。どうやら分からないようですね。ではニセ勇者ということで」
「思い出した。冷たいお菓子、アイスクリームだ」
「…正解です」
アリエルが不満気に言った。
「次の問題です。鉄と氷の国といわれるコタッツ国、この国では祭り用の剣を毎年作成していますが、勇者一行が訪れた年は鍛冶技術の継承者がモンスターに襲われ、剣が作成出来ない状態でした…」
「はいはい、確かそうだったね」
「そのため、伝来元の国まで行き、製法を知る人を探す必要があったのですが……、ではその伝来元の国とは何処でしょう」
ボンクラは思わずは膝をタンと叩いて手を上げる
「島国のムロマチ国」
「ちっ、…正解です。どうやらかなりの勇者マニアのようですね」
舌打ちしてるし。どんだけ俺が勇者だったら嫌なのだろう。
「いや、マニアっていうか本人だから」
その後、勇者にまつわる問題が何問もだされたが、ボンクラは全てに正解した
「10年前、ハジマーリ国を突如魔王軍が襲うことがありました。魔王軍を撃退した後、勇者達が国王に最初に望んだ事は何?」
「確か風呂だったかな」
「くっそう、…正解です。まあ、一仕事終えた後は食事か風呂ですからね。これくらいの事を答えたくらいでは勇者様とは認定できませんね」「今、くっそうって言ったよね。いや、もう勇者とか辞めてるんで。冒険者でもないし。この町で定職についてるからね」
こちらの言葉は回答以外聞く気のないようだ。
アリエルは「では」と間を置き言った。
「最後の質問です――」
結局その最後の問題も正解を言い当てた。そしてこの問題でアリエルの素性がボンクラには何となく想像できた。
「分かりました。残念ですが勇者様が10年前の勇者であることは間違いないようですね」
残念ですがという言葉は引っかかるが、どうやら認めていただけたようだ。
「では何故こんなところで誰がやっても問題ないような仕事をしているのですか」
誰がやっても問題ないとはえらい言われようである。気楽に座っているだけに見えるが、入り口の見張りも兼ねている。まあ、モンスターが精霊の力に守られた町に入ってくるなんてありえないけど。
「冒険者はもう辞めてね。今はこうして別の形で人々の役に立ってるんだ」
「何を言ってるんですか。勇者様が魔王討伐をしないと世界に平和は訪れないんですよ。そもそも町の入り口でお酒飲んでるだけで人々の役に立ってるとかおこがましいです」
なんとも言いたいことを言う子だ。
「いやいや、今や勇者を名乗る冒険者は星の数ほどいる。彼らがきっと頑張ってくれるさ。きっと世界も平和にしてくれる」
言い逃れの道を捜す。そりゃこんなところまで勇者様を探しに来るわけだから彼女の思いも分かる。しかし、こっちにはこっちの人生計画がある。
「いいんですか。ハジマーリ国では今でも勇者様を捜しています。この場所チクリますよ」
なんとも邪悪な笑みを浮かべるアリエル。
「むぐぐ…」正直それは困る。今更国を上げて勇者として祀り上げられるのは気恥ずかしい。それこそ逃げれなくなってしまう。
全くもってお手上げである。大きくため息をついた後、両手を上げてみせる。
「諦めたようですねしかし、いきなり魔王を倒しに行けるとは思ってません。そこで私が勇者様の復帰をお手伝いして差し上げます」
「いやぁ、努力はするけど、魔王を倒せるほどの力は戻らない気がするなぁ。俺もう32歳だよ」
「意外と若いですね。大丈夫です何事も気持ちの持ちようで何とでもなります」
「はぁ、気持ち的には全くやる気ないです」
「なるほど分かりました。まずはその意識を改革する必要があるみたいですね。必ずその気にさせてみせます」
アリエルは自信あり気に言った。
◇◆◇◆◇
翌日の朝、ボンクラは物音で目を覚ました。
ベッドに横たわったまま隣室へ目を向ける。
間違いなく人の気配がする。
ベッドから降り、仕切りになっている布をめくり隣室を見ると、忙しそうに台所で立ち回る金髪の美少女がいた。
昨日、伝説の勇者を捜していると言っていた少女、確か名前はアリエルだ。
「あ、おはようございます」
他人の家に勝手に上がり込んでいる事など一切気にしていないようで、元気に挨拶してくる。
「何してるの?」
「朝ごはんの準備してるんですよ。パンは買ってきました。野菜スープは私の手作りです」
嬉しそうに話しかけてくる。
「そこの桶に井戸からの水汲んできてるので、顔洗ってください」
そういえば、井戸からの水くみなんて何年もしてないな、いつも井戸までいって直接顔洗ってるもんな。そう思いながら桶から水をすくって顔を洗う。
「どうぞ勇者様」
アリエルから差し出された手ぬぐいを受け取り顔を拭く。
「もう準備できますから、ほらほら椅子に座って」
言われるがままに椅子に座る。テーブルには清潔な布がかけられ、丸いパンと、トマトだろうか赤いスープが置かれている。
彼女が手際よく朝食の準備をこなしている事に少し驚いた。
「それでは、頂きましょう。どうしたんですか。食べないのですか。ほらトマトのスープも食べて下さい。好き嫌いはダメですよ」
アリエルはパンをちぎって食べ始めている。
なんとも他人と朝食を共にするのは久々で少し戸惑う。
「早く食べてください。今日が勇者としての復帰一日目なんですから。とりあえず町の西側の草原あたりで、マッスルウサギを相手に戦いのカンを取り戻しましょうか。調子が良ければ森の入り口あたりまで行ってもいいかもしれませんね」
ボンクラはパンをかじろうとして慌てて手を振る。
「いやいや、今日戦うとか無理だよ。入り口の案内人っていう大事な仕事があるからね」
昨日、勇者認定を受けて彼女の申し出をとりあえず受ける事にしたが、すべて言いなりなるつもりはない。
「あ、その仕事なら昨日辞めることを伝えてきましたよ」
アリエルは得意げに人差し指を立てる。
は?
「もともと町の役場でも勇者様の勤務態度を問題視していたので、いずれ解雇を言い渡すつもりだったそうです」
ショック。
俺の勤務態度の何がいけなかったのだろうか。愛想か、愛想が悪かったのか、通りかかる女性にはにこやかに挨拶していたのに。
「そんな。唯一俺でも出来そうな仕事が」
「何言ってるんですか。冒険者としてモンスター討伐すればいいじゃないですか」
「いやぁ、でも装備ないしね」
どうにかして再出発を先延ばしする理由を提示しなくてはならない。
「大丈夫です。剣だけは買っておきました。勇者様のツケで」
「お、おう」
辛うじて返事をする。
この町で唯一の武具店を思いだす。あの店ツケとかできたのか、いや無理矢理ツケでの支払いを押し通すアリエルの姿が思い浮かぶ。
「よろしいですか勇者様、このままでは32歳、無職、独身、恋人無しというダメ人間の総合商社です。しかしです。ここに勇者という肩書さえあれば32歳勇者というなんともギリギリではありますが、ステータスを彩ることができるのです」
こぶしをぐっと握り力説してくる。ぎりぎりとかいうな。
「いやいや、なに恋人なしとか断言してるのさ、俺にだっているかもしれないじゃん恋人」と抗議してみたが、「居るのですか」と言われ、「居ないけどさ」とつぶやくしかなかった。
どうやら今日は彼女のいいなりになるしかないようだ。あきらめてしっかりと食事を摂る事に専念しようと思い、スープ皿を持ち上げ勢いよく飲み干した。
「そうそう、出発の前に髪切りましょうか、そんな頭じゃ勇者らしくありませんからね」
そう言う彼女の手元にはいつの間にかハサミが握られていた。
これからの話:残念。おっさんが主役でした。次回「僕だけがイタい街」