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06-07:君にさよならを

これまでの話:ホイルはディアンとザールの親子の対面を眺めつつ待っていた。

 いっときすると、誘拐犯達は何やら話し出した。

 

「来たみたいですぜ」

 

 サブが指をさす方向にバトーニの姿があった。。

 バトーニはザールが座るゴザの前まで来ると、胸に抱えていた紙に包まれた物を渡す。


「家紋の入った武芸書です」


 ザールは立ち上がり、受け取ると包み紙をめくって中身を確認する。

 

「うむ。確かにこの本で間違いない」


 それを持ってカシラの元へと歩み寄る。

 

「アンタの欲しいと言っていた本は持ってきた。ディアンを返して貰おうか」

「まずは物を確認させてもらおうか」


 ザールは一瞬ためらったが、ディアンを見て紙に包まれた本を渡す。

 クレイマンはその本に見覚えがあった。

 あれはザール宅でディアンと見た武芸書に間違い。

 

「ふむ。確かに探していた武芸書だ……」

 

 本を確認していたカシラの表情が硬くなる。

 

「同じ家紋入りの本が、もう一冊あったはずだ」


 カシラに言われてザールはバトーニを見る。

 

「本を運んでいた武具屋に聞いたらこの三冊を渡されました。それ以上の事は私には……」

「私も冊数までは覚えていない。店に戻って帳簿を見れば記載してあるはずだが」

 

 ザールも覚えていない四冊目をクレイマンは覚えていた。

 昨日ディアンと見た時は同じ家名を記した本が4冊あった、いまここに無いのは詩集という本のはず。

 

「その本なら私見たわ。この三冊と一緒に保管してた。でもあれってただのし――」


 カシラが動いた。クレイマンはびくりと反応するも、ディアンの頬が掴まれただけのようだ。


「余計な事はしゃべらない方がいいよ、利発なお嬢ちゃん。どうやら在ったのは間違いないようだね」


 見るとザールは今のカシラの動きにかなりうろたえている。娘に危害が加えられると思ったのかもしれない。


「もしかたら、武具屋のオヤジに渡した荷物に残っとるかもしれん。船に乗ってしまっては取りに行くのに時間が掛かる。今はディアンを返してくれ。本は後で必ず渡す」


 懇願するようなザールを無視して、カシラは周囲を見渡し、ため息をつく。

 

「どうやら時間切れの様だね。あんた達、食後の運動をする元気はあるかい」

「え、まあ何処か移動するんで?」


 カシラは他の誘拐犯に確認をとる。

 

「武芸書は確かに受け取った。人質は解放しよう……ザールさん。最後に通告してあげるよ。盗品を扱うような商人とはあまり付き合わないようにすることだ」

「知らなかった事とはいえ反省している。今後はいっそう気を付けるよ」


 カシラは立ち上がりゴザから数歩距離をとる。他の誘拐犯も離れていく。

 すぐさま、ザール氏がディアンに駆け寄ってきた。


「大丈夫かディアン」

「うん」


 抱き合うザール親子。

 ホイルもすぐさまにヘルメイジの元へ駆け寄った。

 

「余計な手間をおかけしました」

「構いません。私もあの女性の誘拐犯に巻き込まれました。不測の事態は起こります」


 互いに小声で話す。


「あ、ヘルメイジ様と来た人間は男性ですよ。女性の恰好をしているだけのようです。私もディアンに言われるまで気づきませんでした」


 少し驚いたようにヘルメイジは、オカマの誘拐犯をじっと見つめる。

 どうしたのだろうか、間違いを指摘されて怒るような方では無いと思うが。

 

「あっ、あれは……勇者。間違いありません。勇者です。昨夜話した」

「へ?ほんとうですか。以前見た時は遠近景観(テレスコープ)でしたからね。私にはく判別はつきませんが……」


 ヘルメイジの言葉に、バトーニの口調のまま、レッドフロッグもオカマを注視する。

 勇者。十年前魔王様と戦った人間。

 

「しかし何故勇者がこのようなところで誘拐犯をしているのでしょうか」

 

 ホイルは当然の疑問を口にした。

 

「確信はありませんが人間達は、我々のような者が侵入している事に気付いているのかもしれませんね」

「ま、まさか」

「見て下さい。勇者のあの恰好を、服装、髪型、話し方すべて変えています。まるでモンスターである私達から悟られないように」

「私達に気付いているゲコか。おっと失礼」


 驚きのあまり、レッドフロッグは思わず地の口調が出てしまう。

 

「気付いてるかもしれません。つまりこの一連の誘拐は私達をここに誘い込む為の罠かもしれません」


 話している間も、ヘルメイジ様は勇者から視線をそらさない。

 ホイルには誘拐にかかわった者達の態度が演技には見えなかった。特にディアンの言動に嘘があるなど思えなかった。

 

「さて、それじゃあお前達。走るよ!」


 カシラが声を掛け。誘拐犯達は駆け出した。丘を下り、農道をまっすぐと進んでいく。

 

「どうしたんでしょうか?」


 狼狽するレッドフロッグ。

 ヘルメイジは周囲を確認し、後方のそれに気付いた。


「まずいですね。人間の兵士達に囲まれています」


 見ると、確かに街側に人影が見える。


「どうしますか?」

「我々の正体がバレていない可能性もありますが、城の襲撃作戦前なのでリスクは避けたいですね。ここは逃げましょう」

「分かりましたゲコ。逃げるゲコ」


 そう言って、レッドフロッグは走り出し。ヘルメイジもそれに続く。

 

「追わなくていい危険だ!」


 ザール氏が、先に駆け出した二人に叫ぶ。

 ホイルはディアンの前に進み出る。

 

「ありがとうディアン」


 そう言って。何故礼を言われたのか分かって無いディアンに微笑むと、ヘルメイジ達の後を追い走り出した。


 ◇◆◇◆◇

 

「まずいですね」


 ヘルメイジが走りながらつぶやいた。

 随分走ったが、未だ勇者達の後を走り、後ろには兵士達が追ってきている。


「この先に森に出る為の橋があります。もし勇者たちの目的がそこに先回りする事なら、我々は聖水の流れる川に囲まれたこの地で逃げ道が無くなります」

「飛翔系の魔法で越える事は出来ないのですか?」

「瘴気の全く無い場所では、我々の魔法は不安定です。特に飛翔系は繊細な魔力の操作が必要ですからね、少し誤ればドボンです」


 ドボン。聖水の流れる川なんぞに落ちれば、間違いなく自分は消滅してしまうだろう。


「やっぱり戦うしかないですゲコ」

「交戦はできるだけ避けたいのですが…」


 クレイマンも、この場所で人間達と戦うことには賛成出来なかった。だか現状をやり過ごす手段は思いつかない。瘴気が全くない状態で、安定して効果を発揮する魔法で何か出来ないだろうか…そもその様な魔法が少ないが。

 そこまで考えてクレイマンは思い至った。この瘴気の無い場所で安定している魔法、そして、現状をなんとか出来る方法を――。


「ヘルメイジ様。私に一つ案があります」


 クレイマンは、ヘルメイジとレッドフロッグに自分の考えを説明した。


「なるほど。その方法なら何とかなりそうですね。分かりました、それでいきましょう」


 ヘルメイジは頷き、「では川の方へ進路。変えます」と走る先を変える。


「本当に大丈夫ゲコかね。心配ゲコ」

「大丈夫です。きっとうまくいきます」


 不安そうなレッドフロッグにクレイマンが応える。

 しばらく走ると、聖水の流れる川へと辿り着いた。それは思った以上に幅があり、ドボンと落ちるイメージを想起させた。これを見るとこの上を不安定な魔法で飛んで行こうとは考えれない。

 後ろからは、蹄の音が地鳴りの様に聞こえてくる。


「兵士達がくる前に準備しましょう」


 クレイマンとレッドフロッグは頷いた。

 

 しばらくして、川辺に騎兵達が到着した。

 隊長格と思しき人物に、側近が話しかける。

 

「川に人影はありません。渡ってないのであれば、この辺りに潜んでいると思われます」

「ふむ。そうだな。ザール氏が居た場所から逃走した誘拐犯たちはこの辺りにいる!くまなく探せ!藪が多く足元がおぼつかない場所は、馬から降りて徹底的に探すんだ」


 隊長格が指示を出し騎兵達は槍を片手に川辺の捜索を開始した。

 藪の中を槍で突き、木陰に回り込み、場所によっては川に入って兵士達は誘拐犯を探した。しかし一向に見つかる気配は無かった。


「もっと川下へ逃れているのかもしれないな。捜査の範囲を川下へ移す!各位馬に乗れ移動するぞ」


 隊長が声を上げるのをみて、三人の兵士が前に出る。


「隊長。誘拐犯は我々の移動に合わせてこちらにこの場所に戻ってくる可能性があます。我々三名はこの場所に残り引き続き捜索をしたいと思います」

「ふむ。お前の言う通りだな。では残りの者は川下へと移動する。行くぞ!怪しい人影が無いか注意しながらしろ」

 

 隊長と残りの騎兵は三人の兵士を残して川下へと向かった。

 残った兵士の一人が大きくため息を着く。

 

「何とかなったゲコですね。ヘルメイジ様」

「ええ、クレイマンの案で正解でした。確かに心身転写(フルコピー)の魔法なら瘴気が無い場所でも安定している事は確実ですからね。そこに思い至るのはさすが変化の専門家ですね」

「いえ。たまたまです」


 クレイマンが化けた兵士が頭をかく。

 兵士達が来る前に藪の中へと隠れ、それぞれが兵士を気絶させて心身転写(フルコピー)の魔法で兵士に化けたのだ。

 姿を隠すほどの藪と、兵士がある程度散開して捜索をしてくれたおかげで上手くいった。

 

「では、一旦街に戻って、西の門から森へ帰りましょう。そろそろキャッスルベアが、本物のゲーンズ一家を持ってきているはずです」


 街へ帰る途中。クレイマンはディアンの姿を探して、あの丘の方を見たが人影は既になかった。

 門を過ぎ、街へと入る。瘴気も無く常に命の危険がある場所だが、去るとなると少し名残惜しさを感じた。

 人間との……特にディアンとの会話は、モンスター相手のそれとは違い、面白い受け答えがあり楽しかった。

 ふと、遠くにザール氏に連れられ道を行くディアンの姿が見えた。


「あっ」

 

 声を出し。クレイマンは一瞬立ち止る。

 

「どうかしましたか?」


 ヘルメイジが振り向く。

 

「いえ。別になんでもありません」


 今は兵士の姿だ。ディアンがこちらに注意を向ける事は無い。……しかし最後に少し言葉を交わしたかった。

 クレイマンは森へ向かって歩き出した。


これからの話:次回第6話最終えいぴそーど「忘れない者」

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