06-03:ミスターダウト
これまでの話:ディアンに誘われザール邸に行くも、ザール氏に怒られてホイル。かたくなに接触を避けるホイルの素性とは。
「ホイルが一番面倒な事態になってたとはな」
「全くです。留守番をするだけの予定だったのに、まさかのアクシデントですよ」
「ディアンの前でいいとこ見せれたんだ、本望だろう」
父親ゲーンズと兄バトーニが「ははは」と笑う。
ホイル一家が住居にしている家。テーブルに着き今日あった出来事を報告していた。
「ホイルとしては本望かもしれませんが、僕には面倒でしたよ。お二人は仕事の方は上手く言ったのですか」
「ああ、こちらは全く問題無しだ、次の作戦に向けて城内兵の数、配置の確認ができた。明日もう一度確認できれば間違いは無い。悪いが明日も留守を頼むよ」
分かっていた事だが明日も留守番か。
まあ、元々留守番要員として呼ばれたわけだから仕方ない。
「ところで、そろそろ普通にしゃべりませんか、わたしはもう人間の真似が気持ち悪くてゲコ」
バトーニが首の後ろをかいている。
口調にモンスター時の特徴がでている。もう我慢できないと言った様子だ。
「まあ、家の中ですし構わないでしょう。対象に化ける心身転写の魔法は神経を使います息抜きも必要です。クレイマンも、もう気を抜いて構いませんよ」
ゲーンズもといヘルメイジ様の許可が出た。
バトーニもといレッドフロッグは「はぁ、気を抜けるゲコ」と背もたれに身体を預ける。
「全く、人間の子供のフリは疲れます」
クレイマンもホイルを意識して喋るのをやめた。
今日は一日人間ホイルとして過ごしたが本当に神経をすり減らした。
「助かってます。全モンスターの中でも特に人間に対する造詣が深いクレイマンの協力なくしては、今回の潜入は難しかった。心身転写での成り代わりは家族の単位で行わなければ周囲に気付かれてしまいますからね。シラカバの塔で心身転写の魔法を使えるのは私とレッドフロッグだけでしたから」
「心身転写が使えても人間のフリが出来ないモンスターも多いゲコ」
確かに。本来心身転写の魔法はだまし討ちの囮として使われる。囮は、黙って座っているだけでいい。その為人間に関する知識は少なくても問題無いのだ。
「獣王シシコングに無理言ったかいがありましたよ。がさつなシシコングの下ではクレイマンの知識も宝の持ち腐れでしょう、どうです?シラカバ塔に転属しては」
「それは名案ですゲコ。ウチは来るもの拒まずでゲコ。物質系モンスターだとアイアンゴーレムも日は浅いけどよく馴染んでるゲコ。きっとクレイマンも馴染めるゲコ」
「嬉しい申し出ですが、シシコング様に怒られてしまいますよ」
まあ、シシコング様は大雑把だから気にしないかもしれないが、機嫌を損ねるリスクは避けたい。
「それは残念ですね。まあ、今回の作戦が終わっても、しばらくはウチでのんびりしていくと良いでしょう。レンタル期間は特に決めてませんからね」
「では、そうさせていただきます」
ホイルは軽く頭を下げる。
「おっと、そろそろ食事を交代しましょうか」
ヘルメイジは握っていた瘴気の実をレッドフロッグに渡す。
クレイマンは今回の作戦で初めて瘴気の実を見た。たしか月刊魔王通信で紹介されていたアイテムだ。シラカバ塔で開発され、試験運用をしていると書いてあった。
「ありがたいゲコ。瘴気の実が無かったら、瘴気が全くない人間の街では干からびてしまうゲコ」
「握ってるだけで瘴気の吸収が出来ますからね。そもそも瘴気の実の開発に成功したから計画出来た作戦です。今後試験運用が終われば世界中で今回のような作戦を実行出来るようになりまよ」
月刊魔王通信にも書かれていたが、まさしく現状の瘴気エリア拡大に対してかつてない成果を出せるアイテムと言える。
「さて明日に備えて確認しておきますよ。心身転写の魔法の気を付けるべきことです。まずは人間との直接接触を避ける事。人間に触れられるだけで魔法は解けてしまいます。心身転写の魔法は成り代わる人間が居なくては再度発動する事は出来ません。明日も肌の露出を避け、手袋を身に着けます。手は人間がもっとも他人と触れ合う部位ですからね」
「今日は手袋を着ける理由ですり合わせが足りてなかったゲコ。クレイマンのフォローに助けられたゲコ」
「いえ、あれはヘルメイジ様おっしゃった理由を伝えただけです」
今朝のディアンとのやり取りだ。
「事前にすり合わせをしていなかったのは私のミスです。明日も手袋を着けている理由は、『商品をより丁寧に扱う為』です」
レッドフロッグとホイルは「分かりました」と返事をする。
「それと顔を触られる事も避けてください。今日はクレイマンが殴られるのを機転で切り抜けましたが、できればそのような状況にならないようにしてください」
レッドフロッグとホイルは「分かりました」と返事をする。
これはザール氏の家でのことだ、あの時は少しひやっとした。
「そして本人になりきり、人間に不信感を持たれないようにする事です。心身転写の魔法を使った時本人の記憶を得たはずです。この後もう一度この人間の性格や癖を見直してください。特に人間は対応する相手によって態度を変えることがあります。どのような人間にどのような態度、言葉遣いをするかをしっかりと理解しておいて下さい」
「記憶の見直しは出来ますが、私は人間の顔を見分けるのが苦手ゲコ」
レッドフロッグがポリポリと首をかく。
「僕も顔を見分けるのは苦手です。なので顔よりも服装や髪型、話し方で記憶を探って相手を特定するようにしています」
「なるほど、顔意外で特定するゲコね。参考になったゲコ」
「その場合は髪型を過信しすぎないことですね。人間は髪型を簡単に変えます。私も最近髪型を変えた人間に気付かなかったことがありました」
ヘルメイジ様の言葉に、「ああ、勇者の事でゲコね」とレッドフロッグが反応する。
勇者?人間たちの中には、愚かにも打倒魔王を叫び勇者を名乗る者が居るのは知っている。
しかし、どうも二人は個人を指しているような話し方をしている。
「その、勇者というのは特定の人間ですか?」
「クレイマンは来たばかりだから知らないのですね。10年前に魔王城に乗り込んで魔王様と対等に戦った人間です。最近このエリアで姿を確認しました。魔王様には報告済みですが静観するように言われています」
確かに10年前そのような事件があった事は知っている。
「あ、シシコングには言わないでくださいね。知られると面白がって来ちゃうかもしれないので」
「確かにシシコング様が知れば喜んで来るでしょうね。分かりました秘密にしておきます」
「そろそろ交代するゲコ」
レッドフロッグから瘴気の実を受け取る。
瘴気の実を手に取ると、瘴気が手のひらからしみ込んで来るのを感じた。
心身転写の魔法は瘴気を消費し続ける。確かにこれが無ければ人間の街で日をまたぐなど不可能だろう。
「この作戦は次の作戦の準備ですよね」
「はい、今回は下見です。次回は城に奇襲を仕掛けます」
人間達の城に奇襲。もし他のエリアなら大群を率いても難しい。
シラカバ塔の全勢力をもってしても難しいのではないだろうか。
「しかし城に奇襲とは、可能なのですか?人間の城は強固ですよ」
「可能ゲコ。城内に直接侵入するゲコ」
レッドフロッグが得意げな顔をする。
「城内に侵入なんて、それこそ難しいのではありませんか?」
「実は今回調べている警備兵の数と配置は事前に知った情報の確認です」
「事前に?どのようにして……」
人間の城など今回の様に潜入しなければその情報を得る事は出来ない。
「我々には人間側に内通者がいるんです」
ヘルメイジは人間の姿のままニヤリと笑った。
これからの話:ディアンと店番をするホイル。午後はお弁当を食べようと誘われる。
次回「曲がれない曲がり角」




