05-13:カオスオブザデッド
これまでの話:盗賊のアジトに現れたアリゲータモドキ。アリエルとスカル、イオが合流するも決定打は無かった。
「ボンクラさんアレは、死ぬんですか」
スカルが聞いて来る。
「ひょっとしたら既に死んでるのかもしれん」
「ぴんぴんしてるっすよ?」
「身体を動かしているのは瘴気と残留思念のような物で、生き物としては死んでる……つまり不死系モンスターに近い状態だと思う」
モンスターの中には命を持たず、瘴気でその身体を動かす物質系と呼ばれる者達が存在する。しかし元々命ある者が命を失い、同時に瘴気で身体を動かす様になると不死系のモンスターになる。どういった経緯で瘴気が死体を動かす様になるかは知らないが、目の前のアリゲータモドキは過去戦ったことのある不死系のモンスターに似ている。
「不死って聖なる魔法で浄化しないと何度でも蘇るんですよね?もしくはバラバラにして燃やすとかしないと」
スカル隊長はさすがによく知っている。
「あと、武闘家の技で闘気を発して消滅させるものもあるけど――」
皆がイオの方を向く。
「無理っすよ。うちのニャン拳は浄化系の闘気じゃないっすから。がっつり強化系っす」
「じゃあ、あとはバラバラにして燃やす案だな。アリエル、炎を出すような魔法は使えるか?」
「網炎上なら使えます」
網炎上は網状の炎を相手に投げつけて、逃れられない炎に包む魔法だ。
「十分。じゃあ、『バラバラ炎上作戦』やってみますか。弓矢もう一回行くぞ!」
盗賊達にも声を掛ける。「援護は任せて下さい」と返事が帰って来る。
「弓を放て!」
ボンクラの号令で盗賊達から無数の弓が放たれた。
しかし当然の如く、アリゲータモドキの瘴気の触手がそれを打ち落とす。
そこにアリエルが触手をくぐるように低い姿勢で素早く駆け込み、剣で足を何度も切り付ける。
アリゲータモドキはアリエルに睨みつける。同時に、瘴気の触手がアリエルに襲い掛かる。
そこへ追いついたスカルが盾を構えてアリエルを逃がす。攻撃までは出来ないが十分。
「肩を借りる」
ボンクラはスカルの後ろから声を掛けた。
スカルはそれを聞いて足を踏んばる。
肩を踏み台に、アリゲータモドキに向かって跳んだ。
「どっりゃあああ!」
残された首めがけて剣を薙ぐ。
斬撃は頭と首を断ち切り、ぼとりとワニの頭が地面に落ちる。さらにそこへ、アリゲータモドキの後ろに回り込んだイオが背中めがけて駆け込む。
首を落とされたアリゲータモドキの尻尾がうねり、イオに襲い掛かる。イオはそれをハイキックで払い、その勢いのまま「にゃちょーーーー!」と叫びながら後ろ回し蹴りをアリゲータモドキの背中に叩き込んだ。
アリゲータモドキの胴体に向こう側が見える程の穴が空く。
「倒したか」
盾を構えたままスカルが呟く。
「隊長まだだ。一気にたたみかける!」
ボンクラは剣で切りかかり、スカルも脇から援護する。イオも手甲の爪で肉をそぐ。
アリゲータモドキの身体は抵抗しようと、歩き無い首をうごめかせるも、絶え間ない攻撃の中で動かなくなり、その身体は寸断され肉片となってゆく。
その間、アリエルは呪文を詠唱していた。
「十分。アリエル止めだ」
ボンクラの合図で、スカル、イオは距離をとり。
アリエルが魔法を発動させる。
「網炎上!」
アリエルの両手に炎の網が握られる。
それを、広げるようにアリゲータモドキに投げ込む。
炎の網は、アリゲータモドキにかぶさると、その火力を増し轟々と燃え上がる。
地面に落ちた首から「ぎゃぎゃぎゃあああ!!!」と断末魔の叫びが聞こえる。
「流石に倒したっすよね?」
「普通のアンデットなら間違いなく倒せてる。間違いなくな」
しかしアリゲータモドキは瘴気の実を食べたモンスター。
全員が炎の中で朽ちていく肉の山に対して油断なく構えたまま見守る。
炎が弱まって炭の塊が見えたあたりで、ようやく倒したかと思えるようになった。
「さすがに倒したんじゃないですか。ボンクラ様ちょっと触ってきて下さい」
「えぇー。嫌だよ。アリエル自分でいけよ」
「嫌です。まだ生きてたら危ないじゃないですか」
そんなもん俺が行っても危ないわ。
「剣でちょちょっと突いてきたらいいんですよ。得意ですよね?この間朝起こしに行ったら、寝言で『先っちょだけ先っちょだけ』って言ってましたよ」
「いや、そっちの先っちょで突くのは得意だけどさ……。あ、先っちょっだけってのはアスパラガスをソースに付けるときの話だからね、アスパラガスの夢見てたんだからね。っておいおい押すな」
アリエルがぐいぐいと背中を押してくる。
もう、仕方ない観念してここは軽く突いてみるか。
ボンクラはじりじりとほとんど炭の塊と化したアリゲータモドキに近づく。
さすがに生きてるようには見えないが、いきなりわっと動きだ無いよな……ちょっと怖いぞ。
チリチリと燃え尽きようとする炭の端っこに剣先を伸ばす。
「わっ!」
「どちちょぼあうふっ」
何が起きたかというと。アリエルが後で大声を上げて驚かしてきたのだ。
「何やってんだよ!心臓飛び出るかと思ったわ」
「いえ、あまりにも緊張していたので、和まそうと思ったんですけど」
「いいんだよ緊張してて。そういうシーンなの!」
「でもほら、今ので上手い事刺さってますよ」
アリエルが指さす方を見ると。剣が炭の塊に突き刺さっている。
驚いた拍子に刺してしまったようだ。炭は剣の刺さった場所からボロボロと崩れる。ふむ、やはり死んでいるようだ。
「ふう、余裕でしたな」
振り返り皆の顔を見ると安堵の色が広がっている。
「うっし、じゃあ港街に帰るかな。アリエル行くぞい」
しかしアリエルはボンクラの後方を見たまま、動かなかった。
ボンクラもまさかと思って振り返る。
ぼこっ。
ヘドロが泡を吹くような音がしたかと思うと、炭の中から緑色の泥状の何かが湧き水のようにあふれ出した。
「ボンクラ様さがって下さい」
アリエルに言われて下がろうとした時、緑色の泥の中から何かが飛んできた。
すんでのところでそれをかわす。それは緑色の触手だった。そして躱したそばから、別の触手が襲い掛かってくる。
間に合わない。
その瞬間。触手がはじけ飛んだ。
「アンタ達全員助けたら、アタシの部下になってくれるか」
そう言って笑いながら。拳を突き出すカシラが居た。
「カシラ!」
「帰ってきたんだカシラ」
「良かった」
盗賊達が歓喜の声を上げる。
カシラと一緒に、ボンクラとアリエルも緑のヘドロから距離を取った。
「アレは取り返せたのか?」
アレとはもちろん四冊目の本の事だ。スカル達も近くに居る手前、盗品だのなんだのは伏せて話す。
「港町に着く前に、出航する船が見えたから諦めてきた」
港街の近くまで行くと、街道から海が見える。そこから見えたのだろう。
「その船に積まれて無いかもしれないだろ?」
「いいさ。ずっとアイツに武芸書の場所を教えた事後悔してた。でもあたしもモヒカンみたいにこれ以上後悔しないように生きようと思ってね。馬鹿な部下達を助けに来たってわけさね」
10年前、カシラはエルディンを慕っていた。少なくともボンクラはそう思っている。
「ねえ、エルディン。私にも稽古つけて下さらないかしら」
そう言ってよくエルディンを見つけては稽古を請うていた。エルディンも自身の修行の合間によく相手にしていた。
まあ、本人に直接聞くほど野暮ではない。
何にせよ今一番ほしい戦力が加わった事は確かだ。
カシラが生まれ育ったヴァルヴェール家は浄化の闘気を使った技を継承している。
「ボンクラ様、その方は味方でよろしいのですか?」
アリエルは怪訝な顔をしている。
少し離れてスカルとイオもこちらの様子を伺っている。
まあ、彼らは自分が護衛する馬車を襲われたから共闘するのは面白く無いのかもしれない。
「カシラはさっき言ってた浄化の闘気が使える。頼りになる味方だ」
スカルとイオにも聞こえるように大きな声で答えた。
「危険なモンスターを倒す為です。盗賊であっても手伝わせてあげても構いませんよ」
スカルが少し離れた場所から、こちらを向かずに声だけで厭味ったらしく言う。
「なんだ誰かとお持ったらいつぞやの隊長さんじゃないか。今日は縄で縛らなくていいのか?戦えない言い訳がないと、また間抜けを晒す事になるさね」
カシラは口角を上げ、楽しそうに挑発する。
「ちょっ、ちょっとケンカはやめて。余裕ある状況じゃないんだからな」
火花が散るほどの視線をかわしている、スカルとカシラの間に入る。
「取り合えずアレを倒すのが先決のようですね」
「まあ、アタシの庭にあんな気持ち悪いモンスターが居るのは我慢ならないからね。さっさと始末するさね」
二人は視線バチバチはやめてくれた。
そうこうしている間に、アリゲータモドキだった緑の泥は随分と変化を遂げていた。
泥は盛り上がり、四つ足と三つの触手を持つ怪物に姿になっていた。
「ボンクラ様の好きなイソギンチャクみたいですね。抱き着いてきたらどうですか?」
「うん。俺イソギンチャクが好きなんて言ったことないけどな」
イソギンチャクは触手を棘付きのムチのように変形させる。そしてそれを自分の周囲をすべて刻もうとするかように振り回し始めた。
「あの緑のイソギンチャクは不死だ。カシラの技で倒せるか?」
「不死モンスターなら倒せる。……ただしあのムチみたいなやつを止めて隙ができたらね。闘気をぶつける技は一撃必殺だ。触手の相手は他の誰かがやってくれ」
そう言って。カシラは拳を握ると、深呼吸をする。すると白いモヤが拳を包んでいく。
「こっちで触手の相手できる奴って…」
「あ、それなら大丈夫です」
ボンクラのつぶやきに、アリエルが手を上げて応えた。
アリエルはスカルから盾を取り上げると、ボンクラに持たせてくる。
「はい、これ両手で持ってここに立って下さい。ほらしっかり握って下さい」
「え。なになに。俺嫌だよ剣も無いし」
「大丈夫です。ほら、しっかり盾を構えて下さい。死にますよ?」
死ぬような事するの?
イソギンチャクはゆっくりとこちらに歩いてくる。
いやいや、絶対盾持っていても本体に届く前に触手に刻まれるって。
カシラを見ると深呼吸を終え拳を構えている。
「凄い闘気っす」
イオが感嘆の声を上げる。
カシラの右腕全体を羊毛でもまとっているかのような濃い闘気が包んでいた。
「こっちは準備オーケーさね」
カシラは拳を引き構える。
準備オーケーって言われてもこっちは誰がアレの相手をするのかも――。
「こっちもボンクラ砲の準備オーケーです」
アリエルの声が後ろから聞こえた。
……ボンクラ砲。
「それ絶対おれが無事で済まないヤツ!」
アリエルが魔法を発動させる。
「暴風爆発!」
ボンクラは一瞬背中が吸い込まれるのを感じた。そして魔法で作られた空気の塊が背中で爆発する。
「ぶるるるるるぅあ!」
顔面に受ける風圧で口元がゆがむ程震える。
弾けた空気の塊にい押されて、高速でイソギンチャクに飛ばされる。
目の前に迫ったイソギンチャク。盾を構えて衝撃に備える。触手が盾を何度か叩いたようだが、それで速度が落ちることも無く。見事イソギンチャクの本体に激突した。
傾くイソギンチャク。ぶつかった衝撃で転倒しながら、そこに飛び込んでくるカシラの姿が見えた。
「せいやーーーー!!」
カシラの闘気をまとった拳は、深々とイソギンチャクに突き刺さる。
イソギンチャクはぼこぼこと身体の各所を膨らまし。爆音と共にその身体を弾けさせた。
はじけ飛んだ肉片は、ボトボトと地面に落ちて、蒸発するように消えていく。
後には身体も瘴気ま全く残っていなかった。
「無事倒せましたね。ボンクラ様」
転倒したボンクラを覗き込むように、アリエルが笑顔を見せる。
「いや。俺が無事じゃないけどね」
まあ、誰も大けがしなかったからいいかな。ボンクラは立ち上がる。
カシラの方を見ると、周りを盗賊達が囲って称賛の嵐だ。
「カシラ流石です。支部の敵とれましたぜ」
「惚れ直しましたぜカシラ」
「お前が惚れちゃカシラも迷惑だっつーの」
「あんだとコラっ」
「馬鹿どもは放っておいて祝杯を上げましょうや」
しかし、当のカシラは少し複雑な顔をしている。
カシラはスカル隊長のほうにゆっくりと歩み寄る。
スカルも迎え撃つように睨んでいる。
「ウチの、でかいのと痩せてるのが世話になってるんじゃないのか」
アンドレとサブの事だ。
「ここに来る途中に見かけた。ザール氏のご息女を誘拐した容疑で捕まっている。そして私は上司から盗賊団の頭領を捕まえるように言われている」
カシラを捕まえるという話を聞いて盗賊達は黙って無かった。
「おうおう。てめえカシラしょっぴくってんなら森から生きて帰れると思うなよ」
「おニイさん。ちょっと頭と身体がお別れする事になるけどいいかなあ?」
盗賊達が殺気立つ。
スカルの横でイオが身構える。
「待ちな」
カシラが手で盗賊達を制す。
「アタシが出頭して事が済むならそれでいいじゃないか。少し待ってくれるか」
そう言うとカシラは、木の根元に置いていた本を持ってボンクラの元へ駆け寄った。
「これを、ヴァルヴェール家に送っといてくれ」
武芸書三冊。
「逃げるなら手伝うぞ」
ボンクラは小声で話しかける。
「ははっ。馬鹿二人が捕まっているんだアタシがのうのうと逃げ延びるわけにはいかないよ。これがあたしの後悔しない生き方さね」
多分。こちらに心配させないようにカシラは笑っている。
「城までは縄を付けさせてもらうっす」
イオがどこから取り出したのか、縄をカシラの手と腰に巻き付ける。
盗賊が捕まれば、死刑になる事だってあるうる。
しかしこれはカシラの望む形での決着だ。どうする……。
行動を決めあぐねていると、スカルが近づいてきて耳打ちをする。
「ボンクラさん、実は……」
「え、そうなの?」
「確定ではありませんが、多分ボンクラさんが心配しているような事にはなりません」
そう言うスカルの言葉を信じて、カシラを見送った。
スカルとイオに連れられて、森の中に消えていくカシラ。途中振り返って軽く手を上げ、やはり笑顔を見せてそのまま行ってしまった。
これからの話:ようやく5話の最終エピソード。
次回「懲役の時間」




