01-03:喋りすぎた男
これまでの話:勇者の手がかりを探すアリエル。勇者の剣を買った武具屋があると知り、赴く事になった。
「へい、らっしゃい。おや、お嬢ちゃん冒険者だね、いやいや何も言わなくてもわかるよ。伊達にこの稼業30年もやってねぇからな。おっと、分かってる分かってる。防具だろ欲しいのは、確かにその恰好じゃ防御力が心もとないよな。ウチは見ての通り、大きな店じゃないけど革の鎧から鋼の鎧まで各種そろってるからな、うんうんみなまで言うな分かってる。動きやすい胸当て系がいいんだろ、そうだろぅ。しかも革の胸当てをご所望だね、革っていうと防御力の少ないもので、服の延長程度に考えてる人もいるけどさ、ウチの革製品は多くの冒険者から丈夫だと好評でね、わざわざ遠方から買いにくる人もいるんだよ。女性用の胸当てもあるからな、ええと。ううん、お嬢ちゃんのその胸には男の子用の胸当てがいいかもな――」
ダンッと、アリエルは木椅子を強く踏みつける。
「申し訳ないですが、買い物に来わけじゃありません」
胸の事には触れないでほしいと思いつつ、小太りの店主の軽快すぎるトークを遮った。
店内に入って以降、こちらが話しかけるのを遮るようにしゃべり続けていた店主も、「おおふ」とおびえた表情を見せる。
アリエルは「おほん」と咳払いをして話を続ける。
「酒場のお客さんから聞いたのですが、10年前に『勇者の剣』を売りに来た人って覚えてませんか」
「え、ああもちろん覚えてるよ。あの頃は酒場に行けば勇者の話題で盛り上がっていたからな、まさかその剣を扱う事になるとは思ってもみなかったよ。そこそこの値で買わせてもらったが、どこぞの国の使者にさらに高値で売れたんだ。商売やってるとね大きく儲けたネタってのは忘れられないもんでね、だからハッキリと覚えてるよ」
「その剣を持ってきた人って勇者様でしたか」
カウンターに詰め寄るアリエル。
「その人が当時話題になっていた勇者かどうかは俺は分からねえな。ただ『これは勇者の剣だ』って自分で主張してたんだ。真贋は分からないが剣自体は質の良いものだったよ」
「その人どこに行ったか分かりますか?国名でもいいし、方角だけでも話してなかったでしょうか」
「どこに行くもなにも、その人この町に住んでるよ」
アリエルは自分の鼓動が大きく高鳴ったのを感じた。勇者本人かどうかは分からないが、これ程の手がかりは今までなかった。
「どこに行ったら会えますか?」
カウンターに身を乗り出すアリエルに店主はたじろぎながら、少し考えるような素振りをし、「ちょっと待ってな」と言うと店の奥に向かって叫んだ。
「かぁちゃぁん。教会で働いてたボンクラ、今何してたっけなぁ」
奥から彼の奥さんだろう、聞き取れないが店主に返答しているようだ。
「うん、あぁそうか、そうだったそうだった」
主人は振り返って言った。
「あんたも、声くらい掛けられたんじゃないのかな。今、町の入り口で案内人してるよ」
◇◆◇◆◇
アリエルは武具屋を出て、町の入り口に向かって歩いていたが、意識せず早足になっていた。
街の入り口で道を聞いた案内人の事を思い出す。小汚い恰好をしてお酒を飲んでいた。
武具屋の主人がボンクラと呼んでいたあの人物が勇者であるはずは無い、だが武具屋に売った『勇者の剣』が本物だとするならば、勇者様と何かしらの接触があったという事だ。
どのような事情があって勇者様が『勇者の剣』を手放す事になったかは想像もつかないが、何かしらやむを得ない事情があったのだろう。ひょっとしたら事故や病で火急なお金が必要になったのかもしれない。考えたくはないが死んでしまい武器を拾われた可能性だって…
そこまで考えて思考を中断させる。今は分かっている手がかりを追っていくしかない。これまでもそうしてきたのだから。
入り口の木陰に案内人の男はいた。最初に見た時と同じように木陰に座って酒瓶を覗いている。よく見るとこの男、身なりが汚いため老けて見えるが、実はそれほど年は取っていないのかもしれない。
アリエルは息を整え、近づき声をかけた。
「あの、聞きたいことがあるのですが」
アリエルに気づいた男は酒瓶を覗きこむのをやめた。
「ん、さっきのお嬢ちゃんじゃねぇか」
嬉しそうにアリエルに顔を向ける。
「おじさん、昔『勇者の剣』をこの町の武具屋に売ったって本当ですか?」
「あ…」と言い何かを思い出すように空を仰ぐ「売ったね。うん確かにこの町のおしゃべり好きの武具屋に売った。いい金になったんだよな」
「私、10年前にハジマーリ国を救った勇者様を捜しているんです。何処で会ったのか教えて下さい」
「あぁ、君が捜してる勇者ってたぶん俺だね」
その男は何とも気乗りしない感じで言った。
これからの話:自称勇者のこのおじさんは何者なのか。次回「新しい朝が来た」