05-11:胸と尻愛好会
これまでの話:サブとアンドレを犠牲に、ボンクラとカシラは兵士達から逃げ切った。しかしカシラの望んだ4冊目の本はまだ手に入っていなかった。
森の中に入り随分と走った。時折休憩もしたがカシラの口数は少なかった。
「森の中は走り辛いな」
「街道に出れば兵士達に遭遇するかもしれない。このまま街まで行く」
確かにその通りだ。
その時、前方で何かが動いた。
ボンクラとカシラは立ち止り身構える。
「モンスターか……いや、人?」
木々の向こうから、人影を確認できた。
「ウチの人間だな」
こちらに向かって来る。向こうもこっちの姿を認識したようだ。
近づくと確かにモヒカン頭の盗賊だった。
「カシラ。大変です」
「どうしたそんなに慌てて」
「アジトの近くにアリゲータモドキが現れました。多分支部に出た奴と同じです」
アリゲータモドキ。盗賊の支部を襲った元々はボンクラが取り逃がしたアリゲータソルジャーのなれの果て。
「皆はどうしている?」
「アジトで臨戦態勢です。今は森の中で見失ったみたいですが……もしアジトにアレが現れたら支部の二の舞です」
「分かった。お前は直ぐに戻って皆に自重するように伝えてくれ」
「カシラは?」
「後で必ず行く」
伝令は頷き、アジトに向かって走り去った。
「どうするんだ。本を追うのか。それとも戻ってアリゲータモドキに備えるのか」
カシラはじっと俯いて何か思案していたが、覚悟したように先ほどザール氏から受け取った武芸書を一冊鞄から取り出した。
「この家名に覚えはないか?」
表紙には家名と思しき名前が書いてる。
「ヴァルヴェールか……」
ヴァルヴェール、ヴァルヴェール。確かに何処かで聞いたような気がする。
確か10年前に冒険した地方の森に覆われた場所で……。
「思い出した。ウチの武闘家シエの兄弟子が仕えていた領主の名前だ」
「じゃあ。そこに居た13歳の少女を覚えているだろ?」
「覚えてるよ、シエが兄弟子と修行している間によく遊んだ記憶というか、やたら叩かれた記憶がある。確かアンリ……」
カシラはようやく思い出したかと言いたげに口角を上げ目を細める。
「アンリエット・ヴァルヴェール。お久しぶりです。勇者殿」
ボンクラは改めて、カシラをよく見て自身の記憶のアンリエットと照らし合わせる。
確かに、言われてみれば面影がある。
それにしても最近のお姫様は領地の外に出るのがお好きなようだ。
「どうだ?驚いたか?」
まるでイタズラした子供の様に得意気な顔をするカシラ。
「いや、カシラで二人目だからね。放浪のお姫様。なんで盗賊なんかしてるのさ」
「昔から盗賊になってみたかったというのが理由の一つ……」
盗賊になってみたかったって……まあ、もう一人の魔王を倒す気のお姫様よりはマシか。
「もう一つは武芸書が盗まれて……知っていると思うが、ヴァルヴェールは武術で領地を治めている。実力ある武闘家を何人もかかえ領地をモンスターから守って来れたのは、武芸の世界にその名が轟いているおかげだ。しかし武芸書が流出すればヴァルヴェールに武闘家が集まらなくなってしまう。それでは領土は守れなくなる。だから私は武芸書を取り戻すために旅に出た」
「なるほど……しかし、何もお姫様自身が武芸書探しをしなくてもいいだろうに。それこそ、あの兄弟子……えっと確かエルディンだっけ?彼に頼めばよかったじゃないか」
カシラは、つらそうに唇をかむ。
「エルディンには頼むことは出来なかった……。武芸書を盗んだのはエルディンだ」
吐き出すように言い切った。
エルディン。黒髪で本当に武闘家かと思うほど細身。いつもニコニコしていて、シエにもその仲間である自分達にも好意的に接してくれた。もちろん、彼が仕えるヴァルヴェールのお姫様であるカシラ、アンリエットにも優しかった。よく遊んであげているのを見かけた。
「エルディンに門外不出の武芸書が隠してある場所を教えてしまったのは私だ。だからエルディンを捉え武芸書を取り戻すまで帰らないつもりで家を出てきた」
「それが何で盗賊のカシラやってんのさ」
「エルディンの消息を追っている間に、武芸書がこの国の盗品を扱う商人に流れた事が分かった。だからエルディンを追う事は諦めて武芸書を買い戻そうとしたが、盗品を扱うような後ろ暗い商人達はアタシを警戒してね。ほとんど門前払いさね」
確かに。盗品と思わしきものは人から隠すだろう。
「だから盗賊に?」
「そうだ。適当な盗賊団に入ろうかと思っていたら、今の盗賊団が窮地に陥っているところに遭遇してね――」
「うん。そこの話はサブに聞いた」
コレでヴァルヴェールのお姫様が盗賊になった理由は分かったけど。
「武芸書の四冊目ってのは何だ?他の三冊以上にカシラは執着しているみたいだけど」
「いや、それは……」
カシラは頬を染めると俯き、口をもごもごとさせる。
「と、とにかく重要な本だ……だから私は四冊目の本を追う」
カシラはじっとこちらを見る。
「だから勇者殿には皆の所に行って欲しい。今度は脅しじゃなくて『頼み』さね」
そう言って少し笑う。
頼まれなくても、もちろんその気だ。
「もちろんアジトはまかせとけ。まあ、アリゲータモドキを放っておけない事情もあるしな」
「すまない。それにしても相変わらずお人好し……さすが勇者殿だ」
勇者そう呼ばれるだけで、魔王を倒さなかった後ろめたさが首をもたげ、みぞおちが重くなるのを感じた。
「俺はもう勇者じゃないよ…。10年前から後悔し続けている事があって、その事を考えないように戦うことから離れて生活してきた。でも後悔ってのはそんな事をしても無くならないんだな。だからこれ以上は後悔しないように生きてるよ」
カシラはクスリと笑う。
「後悔しないようにか……私もそう在りたいな」
カシラは頭を下げる。
「皆を頼んだ」
「おう。カシラも気を付けて」
カシラは港街に向かって。走り去った。
「さてさて、俺は盗賊達を逃がすとしますか」
ボンクラは、アジトに向かって走り出した。
◇◆◇◆◇
それは、ゆっくりと森の中を歩いていた。
三つ首に頭は一つ、四つの足に三つの尾を持ち、ただれた皮膚からとめどなく瘴気を発するモンスター。
ただ歩くだけで周囲の木々が腐敗して崩れる。
「モヒカン……モヒカンの…男をコロサイナト……兄者」
「イタイ……イタイ……兄者首がイタイ」
「カワイソウナ……弟達、すぐに……モヒカン……コロス」
中央に唯一残された頭は、まるでそこに複数体居るかのようにしゃべり続けている。
ボンクラはその様子を木々の間から伺っていた。
カシラと別れて、アジトに向かう途中に見つけてしまったのだ。
まずい。アリゲータモドキがこのまま進めばアジトに到達してします。
アレが意図的にアジトに向かっているのかどうかは分からないが、早く知らせなくては。
ボンクラはアジトへの道を急いだ。
アジトに着くと外に半数が武装した状態で、まるでアリゲータモドキ待ち構えているかのように殺気立っていた。
彼らの気合の入りようは、いつも通りのモヒカン頭を見れば明らかだった。
「モヒカンのアニキ戻ってきたんですか。ていうかなんすかその女みたいな恰好」
見知った顔からすぐに声を掛けられた。
「オシャレだよオシャレ。それよりすぐ近くまでアリゲータモドキが来ている。カシラからは自重するように言われてる」
「カシラはどうしたんですか」
「狙ってたいお宝を取りに行ってる。今は一旦逃げてカシラの帰還を待つんだ」
「俺達だって無能じゃない。元々はカシラ無しでここでアジト守ってきたんだ」
他の盗賊から「何だおめえ無能じゃなかったのか」と冷やかされ、「うっせー。バカはてめえだ」と返している。
「まあ、とにかく俺達が俺達のアジトを守るっていうハナシですぜ。アニキは逃げて下さい、今はカシラが居ないから自由ですぜ」
「カシラに会ったら、実はいつも胸ばかり見てましたって謝っといてください」
「俺は尻見てました」
まるでもう会えないような言い方をする盗賊達。
そんな彼らを見てボンクラも腹をくくった。
「俺も残るよ」
「何言ってるんすか」
戸惑う盗賊達に、ボンクラはニヤリと笑い言い放つ。
「だってここはカシラの胸と尻愛好会だろ?俺なんか生で見ちゃってるからな名誉会員だ」
一瞬きょとんとした盗賊達だったが「違いねえ」と一声上がり。
「はあ、おれも一回くらい覗いとくんだった」
「バカ。てめえが覗いたら瞬殺されてるわ」
「オレ一回だけ下着姿ならチラ見したことあるぞ」
「何自慢だよそれ。羨ましいなオイ」
すぐに宴会でもしてるかのような盛り上がりをみせた。
ボンクラもそれに混じり、笑い、他愛もない言葉を交わす。
そして皆が、笑いに一息つく頃。それは森の中から現れた。
アジト建物周辺の広場、その一角が黒い霧に侵食される。
その気配に外に出ていた全員がその方向に目をやる。
「ここから……ニンゲン達……の声が……聞こえる」
「兄者……耳が……聞こえない……聞こえない」
「モヒカン……モヒカン男を……コロス……コロス」
おぞましい程の瘴気を放つアリゲータモドキがそこに居た。
これからの話:支部を襲ったアリゲータモドキをボンクラと盗賊達が迎え撃つ。
次回「おもてな死」




