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05-10:はやくいかないと

これまでの話:ザール氏の持つ本を狙ってその娘を誘拐したボンクラと盗賊一味。しかし本は手元に無く、輸送している馬車に追っ手を向かわせた。ボンクラはザール氏を連れて、カシラの元へ。

 ボンクラが丘に戻ると、カシラ達はゴザに食べ物を広げ、とても楽しそうに食事会をしていた。人質の二人も縄を外され食事会に参加している。

 

「おう。戻ってきたか。本は手に入ったか?」


 チキンの肉を片手にカシラがこちらに気付いて手を振る。

 

「入れ違いだったよ。国外に送る為、港街に輸送中らしいんで馬で取りに追いかけてもらってる。多分街道の途中で追いつくんじゃないかな。ていうか何?この楽し気な状況」

「アニキ待ってる間暇だから飯食う事にしたんすよ。せっかく街も近いんだから美味しい物食べたいじゃないですか」


 アーマードサブも面を上げて食事をしている。クマの恰好をしたアンドレは器用に着ぐるみの口の部分にパンを突っ込んで食べている。

 

「ディアン!」


 娘の姿を確認してザールは声を発した。

 ディアンは父親の姿を見ると少し、申し訳なさそうに俯く。


「お父様ごめんなさい」


 ボンクラは、謝るディアンに近づこうとするザールを手で制す。


「おっと。本が届くまでここから動かないでよ」


 ザール氏が睨みつけてくる。

 

「ザールさん。悪いがまだ娘さんを返す事は出来ない。本が届いてからだ」


 カシラは酒を飲む睨みながらこちらに目をやる。


「あんな物の為に大層な事をしてくれたな。普通に値段交渉すればよいではないか」

「ザールさん。分かっているんだろう?あれは盗品だ。まっとうな商人であるアンタがそんな物を持っているのは憚れるんじゃないのか。直接交渉しようともシラを切られる事くらい分かっているさね」


 盗品と指摘された、ザール氏はカシラから目をそらす。

 

「私だって借金のカタに仕方なく受け取ったものだ。盗品だと気づいたのは後からだった……」


 悔しそうに手を握るザール氏。


「まあ、本さえ渡してもらえれば娘さんは開放する。今は待とうじゃないか。ところでそっちの男は誰だい」

「ああ、ホイルの父親らしい。ザール氏との話を聞かれたから連れてきた」

「ふうん。誘拐された自分の息子に対面したのに随分と冷静じゃないか」


 確かにカシラの言う通り、ゲーンズとホイルは目を合わせているが、全く話しかけようともしない。

 

「ホ、ホイル!」


 カシラに指摘され、慌てて息子の名前を呼ぶゲーンズ。

 

「父上申し訳ありません。いらぬ手間をかけてしまいました」

「いやいい。無事帰れるだろう。…今は待とう」


 黙ってうなずくホイル。親子の会話にしては若干違和感がある気がする。

 

「おで、アンドレ」


 アンドレがゴザを持ってきた。

 それを敷きザール氏とゲーンズに座ってもらう。

 さらにアンドレは食べ物と飲み物を持ってきた。ザール氏は最初は躊躇っていたが、わりとガツガツと食べるゲーンズを見て手を付ける事にした様だ。ちなみにホイルもがっつりと食べている。

 誘拐犯と関係者家族で行楽をするような光景がそこにあった。

 かなりの時間、そうやって過ごしているとカシラが何かに気付いたように周囲を見回して立ち上がった。

 

「あっちに程よい茂みがありましたぜ。オレもさっきしましたし周りから見えないのは確認済み――」


 アーマードサブがごつんと兜の上から殴られる。

 カシラは手を痛がるようなそぶりも見せずに遠くに目をやっている。そしてザール氏を睨む。

 

「どうした?」

「アンタがヘマしたの」


 カシラはお酒を片手に上機嫌なボンクラに、不機嫌そうに答える。

 ボンクラは「は?」と声を上げる。ヘマ?全く身に覚えがない。

 

「来たみたいですぜ」

 

 アーマードサブが指をさす。

 ボンクラはその指先に視線を移す。男が一人歩いてきている。本を取りに行ったバトーニがやってきたようだ。

 バトーニはザール氏が座るゴザの前まで来ると、胸に抱えていた紙に包まれた物を渡す。


「家紋の入った武芸書です」


 ザール氏は立ち上がり、受け取ると包み紙をめくって中身を確認する。

 

「うむ。確かにこの本で間違いない」


 それを持ってカシラの元へと歩み寄る。

 

「アンタの欲しいと言っていた本は持ってきた。ディアンを返して貰おうか」

「まずは物を確認させてもらおうか」


 ザール氏は一瞬ためらったが、ディアンを見て紙に包まれた本を渡す。

 

「ふむ。確かに探していた武芸書だ……」

 

 本を確認していたカシラの表情が硬くなる。

 

「同じ家紋入りの本が、もう一冊あったはずだ」


 カシラに言われてザール氏はバトーニを見る。

 

「本を運んでいた武具屋に聞いたらこの三冊を渡されました。それ以上の事は私には……」

「私も冊数までは覚えていない。店に戻って帳簿を見れば記載してあるはずだが」

 

 ボンクラは傍らにたたずむザール氏を見る。彼は額に汗をかいていた。

 どうやらカシラが本当に欲しいのはその四冊目の本のようだ。

 しかしザール氏の元に在ったのかも確かではない。

 

「その本なら私見たわ。この三冊と一緒に保管してた。でもあれってただのし――」

 落雷より早く動いたカシラがディアンのほっぺ掴む。

「余計な事はしゃべらない方がいいよ、利発なお嬢ちゃん。どうやら在ったのは間違いないようだね」


 ディアンの傍にカシラが近づいた事にザール氏は狼狽する。


「もしかたら、武具屋のオヤジに渡した荷物に残っとるかもしれん。船に乗ってしまっては取りに行くのに時間が掛かる。今はディアンを返してくれ。本は後で必ず渡す」


 カシラはまた周囲を見渡し、ため息をつく。

 

「どうやら時間切れの様だね。あんた達、食後の運動をする元気はあるかい」

「え、まあ何処か移動するんで?」


 アーマードサブがガチャりと応える。

 ボンクラはようやくカシラが言わんとしている事に気付いた。

 この丘から街方面。視界の果てに、若干光の反射できらりと輝く何かが複数見える。どうやら兵士達に包囲されようとしているようだ。

 バトーニが通報したのかもしれない。

 いや、今思えばザール氏が倉庫に閉店の札をかけたのは何かの合図だったのかもしれない。倉庫に閉店はおかしいと思ったのだ。

 

「武芸書は確かに受け取った。人質は解放しよう……ザールさん。最後に通告してあげるよ。盗品を扱うような商人とはあまり付き合わないようにすることだ」

「知らなかった事とはいえ反省している。今後はいっそう気を付けるよ」


 カシラは立ち上がりディアンとホイルが座るゴザから数歩距離をとる。ボンクラ、アーマードサブ、アンドレもそれに倣って動く。

 すぐさま、ザール氏がディアンに駆け寄る。


「大丈夫かディアン」

「うん」


 抱き合うザール親子。

 ホイルは立ち上がりゲーンズの元に駆け寄る。何か小声で話しているが聞き取れない。

 

「さて、それじゃあお前達。走るよ!」


 カシラは踵を返すと駆け出した。

 ボンクラもそれに続き、慌ててアーマードサブとアンドレが追いかけてくる。

 丘を駆け下り、農道を進む。振り返ると遠くに豆粒ほどの兵士達がうじゃうじゃと見える。流石豪商ザール氏だ。普通の商人の娘を誘拐してもこれ程兵士が駆り出される事は無いだろう。

 しかし……何故か、ゲーンズ、バトーニ、ホイルの三人も丘を駆け下りてくる。

 

「ホイル達も追いかけて来てるな」

「ザール氏に、俺達を追いかけるように言われたんじゃないっすか」


 アーマードサブがガチャガチャと走りながら答える。

 

「追いかけて来てるというか、逃げてるように見えるんだけど」

「あんたち、しゃべくって無いで足動かしな。あの人数に追いつかれたら面倒だよ」

 

 へーい。と返事をして走る事に集中する。

 小川にかかる橋を超えて、さらに農道を行く。振り返れば兵士達は大分近づいたように見える。いや、あれはただの兵士ではない……。


「まずいな、騎兵も来ている。流石に馬には勝てないぞ」

「もう少し南下したら森に入るよ。そうしたら騎兵でも下手に追ってこれないだろ」


 話している間も、騎兵たちはぐんぐんと近づいて来る。

 その時、後方を走っていたホイル達が森の方面へと方向を変えた。どうやらこちらを追いかけていたわけではないようだ。

 それにつられて、騎兵の半分はホイル達に向かって走り出す。兵士にしてみれば誘拐犯の識別などできないだろう。つまり逃げている者は全員追いかけざる得ない。

 

「何をしたのか知らないけど、ホイル親子も何か後ろめたい事があったみたいだね」

「それでも半数は、残ってますぜ」


 サブの言う通りだ。まだまだ100以上の騎兵が追いかけてくる。

 

「その先を曲がると橋がある。こえればすぐ森だ」

 

 しかし、騎兵はぐんぐんと近づいて来る。

 こちらはアンドレとアーマードサブの足がもう止まりそうだ。

 

「サブ。その鎧いいかげん脱ぎ捨てろよ」

「アニキ、これは脱げませんぜ。鎧は、騎士のホコリでさあ」

「いや、お前騎士じゃなくて盗賊だから」


 目の前に橋が迫る。あと少しだ。しかし後ろから馬の駆ける音が地響きの様に迫ってきている。

 何やら、「止れ誘拐犯ども」など怒声も聞こえる。

 

「よし、橋だ。これを渡れば森に入れるぞ」


 カシラの声にボンクラも「あと少しだ」とアーマードサブとアンドレを励ます。

 カシラに続いて橋を渡る。しかし、アーマードサブとアンドレがついて来ない。

 カシラも立ち止り振り向く。

 

「どうした。あと少しだお前達頑張れ!」


 二人は立ち止り、膝に手をつき肩で息をしている。

 

「カシラ達は逃げて下せえ。俺達は、ここまでだ」

「馬鹿を言うな。すぐそこまで走るだけだ。アジトへ帰るぞ」

「カシラ。お目当ての本、手に入ってないんでしょ。それが何かは分かりませんが、急げば港街で追いつけるかもしれやせん。兵士に追われて森に潜伏してちゃあ港街にも行けやしねえ」


 確かにアーマードサブの言う通りだ。もしカシラが目的の本を手に入れるならすぐに港街に行くべきだ。

 アーマードサブとアンドレは大きく息を吸うとゆっくりと吐き。騎兵達を迎え撃とうと構える。

 

「お前達を置いて行けるわけ――」

「お姫様守るために戦えるなら騎士の本懐ですよ。あの時助けて頂いた命。カシラの為に使わせてください。……といっても適当に奴らの相手したら川に飛び込んで逃げますけどね」

 

 アーマードサブは面を上げると「アニキ。カシラを頼みます」そう言って笑って見せる。

 かっこいいじゃないかサブのくせに。

 アンドレは、毛皮の中から斧を取り出すと、振りかぶって橋に向かって振り下ろす。衝撃と共に、橋の一部が崩れた。

 これで、サブとアンドレも、兵士達も橋を渡る事はできない。

 

「おで、アンドレ」


 そういってアンドレも笑って見せた。

 そして二人はすぐそこまで迫っている騎兵に向き直る。

 

「カシラ行こう」

 

 躊躇うカシラの腕を引っ張る。二人の覚悟を無駄には出来ない。


「死ぬなよ。必ず生きてアジトに帰ってこい」


 カシラの言葉に二人は無言で片手を上げて応えた。

 ボンクラとカシラはそれを見ると森に向かって走った。

これからの話:話は終盤。本を負うカシラとボンクラ、そこへ緊急の知らせが入り一気にシリアスな展開へ。

次回「胸と尻愛好会」

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