05-03:隠しても分かります
これまでの話:元勇者ボンクラは、完全体に仕上がったその容姿から、勘違いされ盗賊団に入団する事になった。
森を抜ける街道を、馬車が進んでいく。護衛と思われる兵士達が5人、冒険者と思しき者達が5人。
事前に置いた目印の石を馬車の前輪が通過する。
ボンクラは木の上でそれをじっと見守る。
木の上でカシラの手が上がった。
馬車をひく馬の足元に矢が突き刺さる。馬は嘶き隊列の足が止まると、いくつもの煙玉が投げ込まれる。
「なんだ、この煙は」
「何も見えないぞ、おいどうしたらいいんだ」
三歩先も見えない程の煙の中、護衛達の戸惑う声だけが聞こえる。
「馬車を中心に、間を開けないように。全方位を警戒しろ」
護衛達に誰かが指示を出している。
しかしその程度は無駄である。
「へっくしょん」
誰かのくしゃみを皮切りに、そこらでくしゃみの大合唱が起こる。
煙にくしゃみを誘発する植物の粉を混ぜてあったのだ。
視界を封じ、くしゃみでさらに戦意をそぐ。馬車を襲う際の常套手段だった。
「かかれ!」
カシラの合図で、木の上から口元を布で覆った盗賊達が飛び掛かる。
もちろんボンクラも護衛達目掛けて飛び降りた。
本来なら屈強な護衛達もくしゃみで満足に戦う事も出来ずに、次々と盗賊達に動きを封じられていく。
「隊長まずいっすよ。ヘクチッ。こいつら結構手練れで。ヘクチッ。そこだ!ていっ!」
ボンクラは煙のなかで目を凝らす。
なかなか手強い女の兵士がいる。こちらの誰かがやられたようだ。
ここは俺が直々に取り押さえたほうがいいな。
「大人しくしな、命まで奪いはしねえし、荷物も全部は奪いはしねえ」
手足は細いがなかなか力の強い女兵士を後ろから羽交い絞めにする。
しかし激しく抵抗される。
「なにするっすか、ヘクチッ。盗賊に屈しないっすよ。ヘクチッ」
「おい、ちょっと暴れるな」
もがく女兵士を抑え込もうと抱き着くように腕を回す。そのとき手が何か柔らかいものを掴んだ。
あ、これおっぱいだ。
「おっぱい触るなー!ヘクチッ」
顔面に女兵士の頭突きが入り。次いで腹部に強烈な蹴りを食らった。
吹き飛ばされながら意識が遠くなっていくのを感じた。
ボンクラが意識を取り戻した頃には、護衛を全員縄で縛った後だった。
「あ、兄貴起きましたか。なんとか全員縛り上げましたぜ」
「あ、そう。まあ俺は手を出すほどじゃないと思って寝てただけだがな」
「いや、兄貴気絶してたんすよね」
「馬鹿ヤロー。俺が気絶させられるわけないだろ。フリだよフリ」
大声を上げると、気絶していたせいかまだ意識がもうろうとする。
馬車の傍には、商人と護衛達が縄に縛られ座っている。
ん?
ボンクラは縛られた護衛達をじっと見る。
あれ、金髪の刈り上げ男……スカル隊長だ。その隣の猫目ふわふわ頭はイオ副長じゃないのかな。うん間違いない隊長達だ。
こっちにはまだ気づいてない。盗賊行為をしているなんて知られたらまずいと思い、急いで口元の布を締め直す。
「近頃商人を狙った盗賊行為が増えているが、お前達の仕業だな」
スカルが縛られたまま、カシラを睨んでいる。
「素直に『はいワタシです』なんて答えるワケないだろ?間抜けな隊長さん」
挑発するような言い方をするカシラ。
スカルは間抜けと言われ憤っているようだ。
「卑怯な手を使われなければ、盗賊などに後れは取らなかった」
「良かったじゃないか。まともにあたしと戦ってたら今頃その間抜けな言い訳も出来なかっただろうさ」
カシラは「あはははは」とスカルを笑い、馬車の中へと入って行く。
残された盗賊達はその場を見張る。
スカルは馬車を睨みつけていたが、大きく息を吐くと盗賊達の様子伺いだした。脱する機会を探しているのかもしれない。そして突然、何かに気付いたようにこちらを凝視する。
「ひょっとして、ボンクラさん?」
バレたー。
視線を合わせないようにうつむく。
スカルは縛られたまま器用に立ち上がると近づいて来る。
「口元を隠しても分かりますよ。まさかこんで所でこんな風に再会するとは思いませんでした。共に酒を飲み、共に戦い私はあなたを仲間だと思ってました。それがまさか盗賊に身を落としているなんて。何とか言ったらどうですかボンクラさん!」
「おで、アンドレ」
それアンドレーーーーー!!
隊長それボンクラさんじゃない。それアンドレ。体格全然違うだろ。モヒカン以外全然共通点無いよ。
何が口元隠しても分かりますよだよ。分かって無いじゃん。
スカルは近くにいるボンクラに気付かず、さらにアンドレに詰め寄る。
「まだ誤魔化すつもりですか。余程盗賊生活が楽しいみたいですね。こんなに身体も大きくなって」
「おで、アンドレ」
それアンドレだからね、身体でかいの当然だろ、だってそれアンドレだもん。一番俺と似てないよ、せめて違うやつと間違えろよ。
今度はイオも縛られたまま立ち上がる。
「酷いっすよボンクラさん。こんなボンクラさん見たらアリエルちゃんが悲しみますよ。それにさっき私のおっぱい揉んだのもボンクラさんですよね。アリエルちゃんに言いつけますからね」
「おで、アンドレ」
いや酷いのはお前ら。確かにそのボンクラさん見たらアリエルも悲しむよ。だってそれアンドレだもん。ボンクラさんじゃないもん。おっぱいの件はすいません。アリエルさんには黙っててほしいです。
アンドレはいわれの無い非難を浴びて戸惑っている。そりゃそうだ。
「大したものはありゃしないね」
カシラが頭をかきながら馬車から出てくる。
「大したものは無いが織物は全部貰っていくよ。お前ら持ち出しな。間違っても織物以外は持ち出すな」
盗賊達は「へいっ」と応えると馬車から荷物を持ち出す。
「荷物の代金としてコイツをくれてやるよ」
カシラは少し離れた場所にナイフを突き立てる。
「さあ、お前たち撤収だ」
盗賊達は森の中へ消えていく。
ボンクラも皆に続いて森へと入る。
振り返るとスカルが、縛られた足でぴょんぴょんと跳んで追いすがろうとしている。しかし、バランスを崩し地面に倒れる。それでも上体をそらしこちらに顔を向ける。
「ボンクラさん。私は諦めませんよ。あなたをきっと改心させて見せる。それが仲間だと言ってくれたあなたに対する私の責務だから」
スカルは叫んだ。森の中に消えゆくアンドレの背中に向かって。
これからの話:何やら訳ありそうなカシラ。ボンクラはカシラについてを聞き出す。
次回「カニ食べたい」




