05-01:ボンクラ仕上がる
これまでの話:アリゲータソルジャーを撃退したボンクラ。今日もアリエルと勇者復帰修行をしている。
夕暮れ前のアイーダの酒場、毎度の勇者様の修行と称したシゴキを終えて、ボンクラはアリエルと夕食をとりに来ていた。
「アイーダさん聞いて下さい。今日はボンクラ様頑張りましたよ。なんとマッスルウサギ1体を倒したんです」
「よせやいアリエル、俺だってやるときは、やるんだぜ」
アリエルは嬉しそうに話し、ボンクラも得意げである。
「あら、でもマッスルウサギ1体に手ひどくやられたみたいね。ボンクラあんた自分の顔みた?ボコボコよ。あ、もともとそんな顔だったかしら」
言われなくても分かっている。実は殴られたところが痛いし熱いのだ。
「元々はイケメンですよ。それよりお腹空いた。適当に何か作ってくれよ」
「今日は魚のまるまるしたのが手に入ったから、これ調理してあげるわ。刺身がいいかしら、それとも串焼きにしようかしら」
悩むアイーダに「どっちでもいいよ」と答え、ワインを飲む。
アイーダは調理の準備に忙しそうにする。
「ところでボンクラ様。アイーダさんって何者なんですか」
アリエルが声をひそめる。
「ん、何が?」
「先日の護衛任務の時ですよ。キャッスルベアをナイフ一本で撃退してたんですけど。はっきり言ってボンクラ様の百倍強かったですよ」
そういや、アイーダが助けに入った話は聞いたな。
アイーダが何者か、それは俺が説明していいのかな。
「俺より強いってのは言い過ぎだけど、まあ強くて当然だな。何せアイーダはかつて共に魔王城に行き魔王に挑んだ俺の仲間だからな」
「ちょっと待ってください。勇者様の仲間って、戦士アイン、武闘家シエ、賢者リーネですよね。そのうち女性は武闘家シエと賢者リーネですけど。まあ賢者のリーネではないですよね、魔法使ってなかったし。じゃあ武闘家のシエですか?あんまり体術も使ってなかったし、確かシエは黒髪だった気がするんですが」
首をかしげるアリエル。
「アリエルさん。常識だけで考えていては、真実に到達しない物事っていうのがあるんだよ」
ボンクラの言葉にアリエルは何かを想像し目をむく。
「いやいやいや、それは無いですって。私、子供でしたけど、戦士アインは覚えてますよ。がっちり筋肉質でいかにも漢って人でしたよ」
「あの時は顎も割れてる立派な漢だったんだけどね、魔王城から帰った後にどうもね」
「何があったんですか!?」
「何があったというか、ナニが無くなったと言うべきか。賢者に魔法でどうにかしてもらったみたいなんだよね。魔王城出るとき『今とは違う景色を見てみたい』とかカッコつけてたから旅にでも出るのかとおもったら、旅立ったのはごく一部っていうね」
「さすが総師と言われる賢者様ですね。今はどこからどう見ても女性ですよ」
「いやいや、全然女性じゃないよ、『身体は女、頭脳は筋肉』これじゃ何も解決できないよ。中身はおっさんだからね。心の顎は今でも割れてるん――」
ボンクラの目の前に包丁がトンと突き刺さる。
ひょっとしたら鼻先が少し切れたかもしれない。
「あらごめんなさい。手がすべっちゃって。ねえボンクラ、刺身がいい?それとも串焼きがいいかしら。慎重に選びなさい」
抜いた包丁を人差し指で、つつつと撫でるアイーダ。
口角は上がっているけど、目が一切笑っていない。
「お魚さんの話だよね。うーん。そうだな、あんまり切ったり焼いたりしないほういいかな、お魚さんかわいそうだし。逃がしてあげてもいいんじゃないかな」
「かわいそうって言っても。もう殺す事は確定してるのよ。あきらめて。うふふふふ」
「いやいや、お魚さんの話だよね!?」
「先に背びれを処理しましょうか」といってボンクラのモヒカンにふれるアイーダ。
ボンクラはヤバいと感じ、ドタドタと壁際まで下った。
歩数の10歩以内つまりまだアインの間合いにいる。
「アイーダさん。そのお胸も魔法なんですか」
アリエルが真剣な表情で、アイーダの作られた豊満な胸を見つめる。
「そうよ。多少食事も制限されたけど。魔法と薬と時間を使って育ててもらったの」
アリエルは「魔法で育つのか」と自身の胸をみる。
「アリエルちゃんは、まだこれから自然と成長するから気にしなくていいわよ」
「するかなぁ」
不安気なアリエルの頭をなでて、アイーダは「ソテーにするわね」と調理に戻った。
ボンクラは恐る恐る椅子に戻ると、チラッとアリエルの胸を見てワインに口をつけた。
「あっ」
アリエルが突然席を立つ。
「明日の仕事の時間、聞くの忘れてました。ちょっと行ってきます。すぐ戻りますので」
アリエルはあわただしく出て行った。
明日は護衛の仕事とか言ってたな。まったく仕事ばかりして俺が真人間になったらどうしてくれるんだ。
「ボンクラ。あんたどうするの?」
アリエルが出て行ったのを確認してアイーダが声を掛けてくる。
「何がだよ」
「今はアリエルちゃんに付き合って冒険者してるけど、事情は聞かないけどさアンタ魔王を倒す事は出来ないんでしょ」
魔王を倒す事は出来ない。倒さないとあの時決めた。
今もそれは変わっていない。
「魔王なんて、今さらあそこまで行く気もないよ。アリエルは……まあ、適当に付き合ってりゃ、その内飽きて故郷に帰るだろ」
「あんまり適当な事して女の子傷つけちゃダメよ」
男だか、女だか分からねえお前に言われたくないよ。
そう心でつぶやいた。口に出せば殺されるかもしれないからだ。
ボンクラはワインを飲んで料理とアリエルを待った。
◇◆◇◆◇◆
「いらっしゃい。ん?なんだボンクラか。どうしたんだその頭、いやいやみなまで言うな分かってるって。おしゃれだろ、そうだろう。いいじゃないかその髪型。まあ、年齢にちょっと合っていない気もするけどな。もっと若い人の方が似合うんじゃないかな。オレが言うのもあれだが、お前だってもう若くないんだからもうちょっと落ち着いた髪型でもいいと思うんだ。いやいや言わなくても分かってるって、今日は兜を買いに来たんだろ。こんな事もあろうかと、ホラこれなんかどうだ、真ん中が空いてるからモヒカン部分がきれいに外に出るようになってるんだ。ムレない匂わない防御力無いって三拍子そろった――」
「うっせー。しゃらべらせろ!」
武具屋の店内に入った瞬間から始まる、オヤジの相変わらずのトークを遮る。
「こんにちは」
ボンクラの後ろからアリエルが顔を出す。
「あ、アリエルちゃんか。仕事の準備は出来てるかい。そろそろ出発するよ」
アリエルが取ってきた仕事というのは武具屋の仕入れの手伝いだった。
「今日の仕事は、ボンクラ様が行きます。ふつつか者ですがよろしくお願いします」
アリエルは背伸びをしてボンクラの頭を掴むと、無理矢理下げさせようとする。
「ちょっイタタタ。なに、今日は俺一人なの?」
「そうですよ。今日は一人で頑張りましょうね」
子供を諭す母親のように無理矢理頭をなでようとしてくる。
「なんだ、働くのはボンクラかまあいい。報酬だが本当に現物支給でいいだね」
「はい。注文していた防具は届きましたか」
現物支給?一体アリエルどんな防具が欲しいんだ。
「かぁちゃぁん。今朝届いたアレ何処にしまったっけなあ」
店の奥に呼びかけるオヤジ。ここからは聞き取れないがオヤジは返答を得て頷いている。
「そうだった、カウンターの下に置いてたんだった」
紙に包んだ何かをカウンターに置く。そして縛っていた紐をほどき中身を取り出した。
「わあ、注文通りの品ですね。ありがとうございます」
アリエルが喜んで手に取ってるのはショルダーガード。
ただのショルダーガードではない、凶悪なトゲが何本も生えている。
「なんだアリエル。こんな趣味悪い防具が欲しかったのか」
「何言ってるんですか。これボンクラ様の防具ですよ。ほら装備してみて下さい」
はい、そうだと思ってました。
「いやまずいって、このモヒカン頭でそんなトゲショルダー装備したら仕上がっちゃうから。完全体になっちゃうから」
「いいじゃないですか完全体。ボンクラ様のために取り寄せてもらったんですよ、ほら腕上げてください」
アリエルが無理矢理着せてくる。
もう好きにしてくれ。
「はい、出来ました。すごく似合ってますよ」
満足気なアリエル。
店内の鏡で映る自分の姿はどう見ても、ヒャッハー系の盗賊である。
アリエルは一体俺をどうしたいのだろうか。
「いいじゃないか似合ってるぞボンクラ。よし準備が出来たなら表で待っててくれ馬車借りてくるから」
オレ今日この恰好で過ごすの?
店を出てしばらく待ってると、オヤジが馬車に乗ってやってきた。
荷車には空の木箱がいくつも載っている。
「じゃあボンクラ後ろに乗ってくれ、城下街まで行くから」
「護衛とか雇わなくていいのかよ、モンスター出るぞ」
普通は商隊を組んで護衛を雇うのが定石だ。
「いらんいらん、ウサギの2、3匹ならワシでも倒せる」
むんっと、ムキムキの上腕筋をアピールするオヤジ。無駄に強いな……。
「わかった、じゃあ俺寝てるから着いたら起こしてくれ。丁度いい空箱があるじゃないか。この中で寝てるからな」
オヤジの「安心して寝てろ」という言葉を聞き、ボンクラは暗い箱の中に入る。
「いってらっしゃい。ボンクラ様しっかり働いて下さいね」
アリエルに見送られ、馬車は街を出た。
◇◆◇◆◇◆
港街とチュウカーン城を結ぶ街道、森の中の道を武具屋の馬車が進む。
木々の陰からじっと馬車を監視する者達。
武具屋の主人は気づかずに馬車を進ませる。
監視する者達の一人が手を上げた。それを合図に隠れていた者達は一斉に馬車に躍りかかった。
これからの話:完全に仕上がった主人公、そのせいでえらい目に会う。
次回「モヒカン宣言」




