04-01:ええ、転校生を紹介します
「ということでですね。彼が今日から皆さんと一緒に働いてもらうアイアンゴーレムです」
シラカバ塔の大広間、壇上でヘルメイジに紹介され鉄の塊のようなゴーレムが頭を下げる。
数十体のモンスター達より頭一つどころか大きく抜けているキャッスルベアからその姿はよく見えた。
「何か挨拶をするゲコ」
同じく壇上に上がっているレッドフロッグは、天井を仰ぐようにしてアイアンゴーレムに話しかける。
アイアンゴーレムは促されて何か喋ろうとモゴモゴするも、すぐに諦めてぺこぺこと頭を下げた。
キャッスルベアはその様子を欠伸をしながら眺めていた。
挨拶なんかいいから、さっさと終われ。同じエリアにモンスターが増えるだとか、減るだとかオレとは関係ねぇよ。
いちいち塔内のモンスターをこんなに集めて、紹介なんぞしなくてもいいっての。
再度欠伸が口を広げる。先日冒険者との戦闘で傷ついた身体は大体治っている。しかしどうも身体の調子が以前とは異なる。瘴気の実を食べたせいで変化した部分、肩のコブは大きくなったし、背びれのような棘も小さくはなったが残っている。
「ではアイアンゴーレムの教育係ですが……キャッスルベアが担当して下さい」
唐突に自分が呼ばれてギョッとした。壇上のヘルメイジはこちらを見ている。キャッスルベアは自らを指さすと、それを見たヘルメイジが頷く。
「何で俺がそんなメンドクセー事しなくちゃ――」
いけないんだと言いかけるキャッスルベアにヘルメイジが「瘴気の実は一つ育てるのに大変時間が掛かるんですよね」とまるで関係無いことの様に言った。
クソッ。嫌な借りを作っちまった。
ヘルメイジの言葉に、キャッスルベアはそれ以上の抗議を諦めた。
「では、よろしくお願いしますね」
骨の仮面をしている為、ヘルメイジの表情は読めないが、ほくそ笑んでいるように思えた。
◇◆◇◆◇
扉の無い入り口をくぐると、石を平らに加工した大小さまざまな大きさの椅子とテーブルが適当に並んでいる大部屋に入った。
そのうち2つのテーブルでマッスルウサギのグループと、メガネイタチのグループが談笑していた。
「ここが食堂だ」
人間と違ってモンスターは食事をする必要がない。シラカバ塔内に居るだけで、瘴気が身体に必要なエネルギーとして取り込まれるからだ。その為、食堂は娯楽として食事を楽しむ場所になっている。
まあ俺はここでメシなんぞ食ったこと無いんだがな。そう思いつつ適当なテーブルに置かれているメニューを手に取る。
おすすめ料理として、カレーライスが絵付きで載っている。『ヘルメイジ様推薦』の文字も添えてある。全く下らない。
「俺たちゃ人間ぶっ殺すのが仕事だ。こんなところで怠けても身体をなまらせるだけだ」
吐き捨てるように言うとアイアンゴーレムはキャッスルベアの言葉に頷く。
同意を得られたことに気分を良くしたキャッスルベアは言葉を続ける。
「そもそも他のモンスターは慣れ合いすぎだ。見てみろあの小さくて弱っちい連中を、弱いから群れるし、弱いから助け合う。強けりゃ必要無いんだよ慣れ合う仲間なんてものは」
グループで食事をしているモンスター達から視線を戻すと、アイアンゴーレムは熱心にメニューを読んでいた。
「何だお前、食べてみたいのか」
嬉しそうに何度もうなずくアイアンゴーレム。
長い溜息をついて呆れてみせるキャッスルベアだが、アイアンゴーレムはもはやメニューから目が離せなくなっているようだった。
「そこの注文口で食いたい料理を言えば出てくるから」
そう言って、厨房が見えるカウンターを指さす。
アイアンゴーレムが不安そうにキャッスルベアの腕を引っ張る
「何だよ、自分で注文しろよ。分かった分かった腕を引っ張るな。しかたねえなあ。じゃあ俺も食べるついでにお前のも注文してやるよ。何が食べたいんだ」
必死でカレーライスを何度も指さすアイアンゴーレム。
キャッスルベアは注文口まで行くと、屈んで厨房にいるイエローフロッグに声をかける。
「おい、カレーライス2つだ」
「カレーライスは辛さが選べるゲコ」
何だよメンドクセーな。
「アイアンゴーレム、辛さはどうするんだ」
アイアンゴーレムはメニューに書いてある激辛を指さす。
「大丈夫かよ」と不安げなキャッスルベアにぶんぶんと頷くアイアンゴーレム。
「辛さは、普通と激辛だ」
注文を終えると、大型モンスター用のテーブルで待つ。
カレーライスでお待ちのモンスター様と声がかかる。アイアンゴーレムは意気揚々と2つのカレーライスをテーブルに運んできた。
「で、俺のはどっちなんだ」
テーブルに置かれた2つのカレーライス。一見違いは無いように思えた。
首をかしげるアイアンゴーレム。どうやらどっちがどっちか分からないようだ。
「いいよ、お前片方喰ってみろ。それで分かるから」
自身を指さし、頷くアイアンゴーレム。スプーンを手に取ると、片方のカレーライスを寄せて一口食べる。
途端に、鉄の顔が真っ赤になる。どうやら激辛を食べたようだ。口の中を手で扇ぐアイアンゴーレム。
「これで、こっちが普通って分かるわけだ」
そう言って、アイアンゴーレムが手を付けていない方のカレーライスを寄せると、スプーンを差し込み口へと運ぶ。
ぶぼっ。
キャッスルベアの含んだカレーライスが噴出される
「でめえ、こっちが激辛じゃねえか。何で普通の辛さも食べれねえやつが激辛頼んでるんだ」
アイアンゴーレムは、自身の顔にかかったカレーライスを布巾で拭いながら。申し訳なさそうに何度も頭を下げた。
◇◆◇◆◇
地下に続く階段を降りると、空気が湿るのを感じた。
「ここは風呂だ。近くで湧いている温泉をここにひいている。汚れ落とし以外にも、怪我したとき、身体の調子が悪いときにも入ったりする」
キャッスルベアも昨日までは頻繁に治療として温泉に浸かっていた。
「まあ、今日は入る必要なねえだろ。次行くぞ」
そう言って、階段を戻ろうとするキャッスルベアの腕をアイアンゴーレムが掴む。
自身の身体をあちこち嗅ぎ始める。
「何だ、さっきのカレーの匂いが気になるのか」
ぶんぶんと頷くアイアンゴーレムに、仕方ねえなと折れるキャッスルベア。
浴室には身体を洗う場所が2列程あり、その奥に大型モンスターでも座って入れるほどの大きな湯舟があった。
「まずは身体洗ってからな」
大型モンスター用の洗い場は一か所しかない。大きな専用の蛇口と椅子が備え付けてあるその場所を見て、1つしかないのかよとぼやくキャッスルベアに、アイアンゴーレムは先を譲ると手で促す。
悪りいな。と先に椅子に座り身体を洗い始めるも、後ろでアイアンゴーレムが待っているのでどうも落ち着かない。
手早く済ませると、終わったぞと一声かけて湯舟に急いだ。
湯舟はキャッスルベアの腰までしか浸かれない深さだが、やはり体を温めるのは気持ちい。自分の肩にすくったお湯をかけながらアイアンゴーレムを待つ。
体を洗い終えたアイアンゴーレムは嬉しそうに湯舟に向かってきた。
「おいおい、あんまり急ぐと滑るぞ」
いったそばから。足を滑らせるアイアンゴーレム。
そのままバランスを崩すと湯舟に盛大に倒れこんで来た。湯舟の縁に体を寄せてキャッスルベアは身を躱した。
バシャンと盛大に水しぶきが上がる。
「何やってだよ、滑るって言っただろうが」
頭をぶつけたのか目を回すアイアンゴーレムを湯舟から引っ張り出す。
もうカレーの匂いもとれただろ。くそコイツ無駄に重いな。背負って出口へ向かう。
その時、イエローフロッグ2体と程すれ違った。
そして「湯舟のお湯が無い」と騒いでいるのが後ろから声が聞こえた。




