03-05:こんな日はモンスターは出ない
城下町の西門の前に二頭立ての馬車が止まっている。
メインの通りから離れている城門前は朝の喧騒を少し遠くに感じる
スカルは集合の時間より随分早く来たが、ほとんどの冒険者が時間丁度か、時間を過ぎてから西門に来た。
そして最後に来た冒険者が目の前に居た。
「何故、荷車に乗っている人間が増えてるんですか」
憤りを隠さずスカルが問う。
アリエルが引く荷車は、昨日より大きなものになり、ボンクラはもちろん、竜殺しのシャンゴ、稲妻のハイラインがぐったりと横たわっていた。
「3人とも魔王の呪いにかかりました。ねえ、ボンクラ様」
話しかけるアリエルにもボンクラは反応しない。
「いや、ただの二日酔いに見えるのですが。だから昨日呑みすぎないようにって言ったんです」
そう言って、まあ私もさっきまで気分が悪いから座ってたんですけどね、と心の中でつぶやくスカル。
「スカル隊長もさっきまでぐったりしてたじゃないっすか」
心を読んだかの様にイオがスカルの醜態を告げる。
「それは深酒に付き合ったから少し睡眠不足なだけです」
昨日は付き合いすぎたと反省するが、アイーダさんの事を思い出すと後悔はない。
荷車組に向かって「とにかく」と仕切り直す。
「荷車でもなんでもいいので街道の護衛はついてきて下さい」
荷車に横たわった3人の手がふらふらと上がり了承を表明する。
「全くそんな事でまともな護衛が出来るのか」
気が付くと今回の依頼主である豪商ザール氏が立っていた。砂漠の国特有のゆったりとした服を着ているが、それでも太っている事が分かる体形、杖を握る指にはこれでもかと宝石をつけ、首からは金のネックレスを下げ、眉間に不機嫌そうなしわを寄せなている。傍らには御者を兼ねるお供が控えている。
スカルは半ば条件反射で背筋を伸ばし、ザール氏に向く。
「多少体調を崩している者はいますが、国中から腕利きの冒険者を集めています。護衛には支障ありません」
荷車組を庇うわけではないが、正規兵の信用にかかわる。少し大げさな説明をする。
「そもそも私は、正規の兵士が護衛に着くと思っていたんだがね。どうせ城には余るほど居るんだろう。そんなゴロつきと変わらん連中を護衛によこすとは、私を軽んじているんじゃないか」
持っている杖で、荷車を差すザール氏。
確かに城には警備兵がまだいるが、それは決して余ってるわけではないのだが、城下の人間には城には常に無駄に兵力を保っていると思っている人たちがいる。ザール氏もそういった人間のようだ。
「申し訳ありません。近頃モンスターの動きが活発になっていまして、兵士も多くが出払っており――」
ザールは「もういい」と言い、冒険者達を睨みつけたあと馬車に乗り込んだ。
「さあ、出発しましょう。隊列はさっき言った通りです。二日酔いの君たちは後方から取り合えずついてきて下さい」
一行は門をくぐり港街へと向かった。
◇◆◇◆◇
「ふああ。モンスター出そうにないっすね」
イオがあくびをしながら歩いている。
街道は中間を過ぎたあたり。晴天で程よい風が吹いている。普段から兵士達が見回りを行っている街道はモンスターが居つかない為、瘴気が薄い。
スカルは遭遇してもマッスルウサギが数匹程度だろうと予想し、それくらいならイオと2人で軽く対処すればいいと算段をしていた。
「出ないなら、それに越したことはありません」
街道を馬車の前後に配置された冒険者達も、各々雑談をしながら歩いてる。
たぶん多くの冒険者が散歩程度の仕事にかなり気を緩めているのではないだろうか。
一部を除いて。
「ぐるじいいい」
後ろから聞こえた声は竜殺しのシャンゴが発したものだろうか。
荷車の上で横たわる二日酔い組は、先ほどから道が荒れた場所を通過する度にうめき声をあげている。
「ええい。鬱陶しいわ」
ザールが馬車の窓から顔を出し、後方に向かって怒鳴りつけた。
ザールはスカルを手招きして近寄らせる。
「あの生ごみどもを何とかしろ。鬱陶しいばかりで、特に護衛の役に立つとは思えん」
少々お待ちをと断りをいれ、歩く速度を落として荷車近づく。
「もう少し静かにしてくれませんか。あなた達を選んだ私の立場が悪くなります」
聞いているのか聞こえていないのか、3人は気分わるそうにうなっている。
その時ひときわ大きなうめき声が聞こえた。
「うるさい」とザール氏がヒステリックに叫んでいる。
しかし、いまのは荷車の3人ではない。うめき声は森の奥から聞こえてきたからだ。
「止まれ。全員森の中を警戒」
荷車の3人以外の全員が武器を構える。
御者が手綱を引き馬車を止める。
風が揺らす木の葉の触れ合う音だけが聞こえる。
突如聞こえてくる草木を踏み進む音。そこから想像できる相手の大きさに、その場の全員が緊張する。
近づいてくる音が軽快になりそれが走り出したとわかった時、木々の間からスカルは見た。
木が動いている、そう思えるほど巨大なクマの姿をしたモンスターだった。
文献で読んだことがある。魔王城に生息し、岩をも削る腕力。巨体からは想像できない俊敏さ、そして高位魔法に相当する威力を持つ、口から閃光を吐き出す攻撃。
キャッスルベアだ。
「互いに距離をとって包囲しろ」
スカルは指示をだす。
モンスターが強力な魔法を使う場合は味方同士が距離をとり多方向からの攻撃するのが定石だ。
しかし冒険者達の足は動かない。
最初に動いたのは冒険者の一人の魔法使いだった。
後方から叫ぶように魔法を発動させる。
「氷結槍」
うめき声が聞こえた時から詠唱していたのだろう。
一抱えもある氷の槍が、周囲の木々を凍らせながらキャッスルベアに向かって直進する。
しかしそれはキャッスルベアに届く前に弾け散った。
氷の槍は金属の壁に遮られた。
そう壁だと思った。しかしそれが動き、歩き出したことでようやくモンスターだと認識できた。
アイアンゴーレム。金属の身体を持ち。炎で焼けず。冷気で凍らず。物理攻撃はほとんど受け付けない。そしてキャッスルベアに負けないくらい巨体。
鉱山帯の限られた場所にしか生息していないはずのモンスター。この辺りに本来生息しているモンスターではない。
何が起こっているんだ。
まだ他にもいるのではないか。暗い森の奥に巨大モンスターの軍団が控えているのではないのか。
「隊長!」
一瞬硬直したスカルを現実に戻したのはイオの声だった。
「モンスターを包囲しつつ、馬車を守れ」
自分とイオがキャッスルベアを相手に時間を稼ぐ。その他冒険者達はアイアンゴーレムを相手にしつつ馬車と逃走する。
奇跡的になんとかなるかもしれない。そんなことを考えていた。しかしその案は次の瞬間実現不可な事が確定した。
冒険者の一人が、元来た道を駆け出した。逃げだしたのだ。一人逃げると残りも逃げ出す。
無言で走り出す冒険者達。恐怖に駆られたのではない、勝てないと判断して遁走しているのだ。
「逃げるな」
そばを通りぬける一人の袖をつかむが振りほどかれた。
そして街道に姿を現す、キャッスルベアとアイアンゴーレム。
「何をしている。逃げないか」
ザールは御者を押しのけ落とし、ムチを取り上げると馬の尻を叩いた。
「何をバカな」
スカルは叫んで馬車の後部に飛び乗った。
他のモンスターが出る可能性を考えるとザール氏だけで行かせる事は出来ない。
馬2頭は嘶くと、全力で走りだした。
遠ざかるイオに向かって「逃げろ」と叫ぶ。
モンスターとイオ達はあっという間に見えなくなった。
「何をしてるんですか、馬車を止めて下さい」
激しく揺れる馬車にしがみつきながらスカルは前方に向かって叫ぶ。
声が届いていないのか無視されているのか、馬車の速度が落ちる気配はない。
ザール氏の後ろ姿は見える、自分と同じように馬車にしがみついているのがやっとのようだ。
何とか、前方へ移動しようと試みようとしたとき。
馬車が浮いた。
何かにぶつかった。事故か。モンスターか。
瞬間頭を巡る思考は横転する馬車の衝撃にかき消された。




