03-03:スカル酒
太陽が地平線にさしかかり、城下町の大通りでは屋台が明かりを灯して並びだしている。
一日の仕事を終えた多くの人が、飲んで食べて賑わっていた。
「昨日は鶏肉でしたよね。今日は何肉にするっすか」
スカルとイオは夕食をとる店を物色していた。
「私は、野菜スープとパンくらいでいいですよ」
「駄目っすよ。肉食べないと、スカル隊長はもっと肉食系にならないといけないっす」
何が駄目なのかは分からないが、そうですねと適当に相槌を打つ。
「あ、隊長の人だ」
すぐ横から声がした、スカル達が目を向けると先ほど護衛選別に集まったアリエルという少女が屋台のテーブルに座っていた。
同じテーブルにボンクラ、シャンゴ、ハイラインも座っている。荷車が近くに置いてあるが、筋肉痛はもう大丈夫のようだ。
「隊長さん達も一緒にどうだい」
シャンゴがジョッキを持ち上げ誘ってくる。既に何杯か飲んでいるのか顔が赤い。
「パヤンタ料理の店か。いいっすね」
イオは黒板のメニューから料理を物色しはじめた。
冒険者と仕事で付き合うのは仕方ないと割り切れるが、席を一緒に会話をするのは落ち着かない。
「アリエル、私たちは民の模範たる城の正規兵です。素性の知れない冒険者などと食事を共にするのは自粛すべきだと思いませんか」
適当に断って違う店を探したいところだが、イオは眉間にしわを寄せ露骨に不満を表情に出す。
その時、後ろから声がした。
「あらあら、ボンクラとアリエルちゃんじゃない。楽しそうね」
振り向きスカルは息を吸ったまま呼吸が止まった。
腰まで流れる赤い髪。気の強そうな眉毛に、大きな目には宝石のような瞳が入っている。整った鼻筋と赤い唇は腹の底にある欲望を掻き立てる。その女性は屋台の明かりに照らされ、夜空に沈む夕日のように神々しかった。
スカルは体を強く揺さぶられたかのような衝撃を感じた。
「おー、アイーダ。何だお前も来てたのか」
ボンクラが親し気に話しかける。アイーダさん。名前ですら輝いているようにスカルは思えた。
「お酒の仕入れにね。あらパヤンタ料理ね。いいじゃない、同席していいかしら。そちらに座ってる2人は初対面ね。港街で酒場の店主をしているアイーダよ。よろしく」
シャンゴとハイラインも気さくに挨拶して、アイーダが座るために椅子を寄せる。
「ボンクラさん、私たちも同席させてもらっていいでしょうか」
スカルはそういいながら、返事を待たず既に隣のテーブルから椅子を持ってきてアイーダの隣に寄せる。
「あ、どうぞどうぞ」
ボンクラ達は再度椅子を寄せる。
後ろからイオの「模範たる正規兵はどうしたっすか」と抗議の声が聞こえた気がするが、それどころではない。
「自分は、チュウカーン国、警備隊長スカル・スタンスローです」
アイーダに向き、ぴしりと足を揃えてスカルは自己紹介をする。アイーダは「よろしくね」と笑顔をみせた。
追加の衝撃を感じながら、スカルはアイーダの隣に座る。
横からイオの「私も座るんで、もう少し詰めてくださいっす」と抗議の声が聞こえた気がするが、それどころではない。
新たに加わった3人の為に追加で注文することになり店員が呼ばれ、ボンクラが飲み物を聞く。
「私はワイン」
アイーダの注文にかぶせるように、スカルも「私も同じものを」と続く。
「私もワイン。あ、オレンジジュースで割って欲しいっす」
イオも注文し、ボンクラ達先行組も自分たちのお酒を追加注文した。
テーブルの上には、ほとんど料理を残していない皿が数枚置かれている「結構食べたみたいね」とそれらを見ながらアイーダが呟く。
「私達は、まだまだ食べれますよ」
ハイラインは自分の小皿に残った料理を移していく。
「じゃあ、パヤンタ風焼きそばと、羊肉の香草焼き」
アイーダの注文にかぶせるように、スカルも「私も同じものを」と続く。
「隊長さん、せっかくだから違うの頼んで、みんなでつまもうよ」
ボンクラは「今のナシね」と店員に取り消しを告げ、代わりに料理を何品かと取り皿を3枚注文をし店員を下げた。
みんなで摘まむ。そのことを深く考えるスカル。
それはつまりアイーダさんが口に含んで唾液をまとったフォークが料理に接触するという事になり。そして意図せずその料理を私が食す事になってしまう。このモヒカン男はなんて破廉恥な事を言うのだ。
横からイオの「隊長何でニヤけてるんすか」との声が聞こえた気がするが、それどころではない。
店員が飲み物を持ってきて、各々自分の飲み物を手に取り自然と乾杯をする。兵士達よりも威勢がいいなとスカルは思った。
そう思いながらも次の瞬間にはアイーダの一挙手一投足に注意が向いてしまう。
アイーダはボンクラと明日の任務について話しているようだ。
「明日は警護の任務なのですか」
唐突に話しかけられた。
「はい。明日は港町まで商人ザール氏の護衛を行います。今回は冒険者の方々にもご助力を賜る次第であります」
「まあザール氏はこの国でも有数の豪商ですよね、すごいお仕事をされてるんですね」
スカルの脳内では「すごいお仕事」が何度も反芻される。
「護衛っていっても港街までだからな、朝出発で昼過ぎには着くんだから簡単な内容だぞ」
ボンクラがアイーダに言う。
「でも、最近はモンスターが要人を狙って出現するって噂を聞きますよ」
ハイラインが店員から料理を受け取りながら言う。
「モンスターにそんな知能あるのかよ。たまたま遭遇したのが要人ってだけじゃねえのか」
そう言って、テーブルに新たに並んだ料理を自分の小皿に移すシャンゴ。
「モンスターとの遭遇の報告を聞く限り偶然とは思えないっすね」
イオは羊肉を自分の小皿へと盛る。
「まあ、要人だけ狙われるんだったら、あたしみたいな普通の住人は安心だけどね」
店員の持ってきたパヤンタ風やきそばにすぐに手を伸ばすアイーダ。
「普通の住人って」と言い、ふっと笑うボンクラにアイーダは「なによ」と睨みつける。
パヤンタ風焼きそばを見つめるスカルは意を決して手を伸ばそうとする。
「一般の方は警護付きの定期便馬車で移動すれば安心っすよ。定期便馬車のモンスター遭遇報告は少ないっす」
イオはスカルより先にパヤンタ風焼きそばを引き寄せ、残りをすべて自分の小皿に移す。
私が意図せず食すはずだったパヤンタ風焼きそばを食べましたね。とスカルはイオをキッと睨みつける。そんなスカルに気付きもせず。うまいっすねコレと言いながらイオはそばを頬張る。
「ところでアンタ」アイーダがボンクラに話しかける。
「冒険者再開したならコレ渡しとくわ」
そう言って豊満な胸元からクルミを取り出す。ボンクラはそれを受け取ると開けて中身を確認する。どうやらクルミを加工した入れ物のようだ。
「お前まだこんなの持ってたのか」
「最後の1個よ。もう材料も作成手段も無い貴重品なんだから大事に使ってよね」
アイーダと2人だけが分かる会話をするボンクラに少しもやもやとするスカル。
「それは何ですか」
「傷薬よ。とってもよく効くね」
そう言って片目をつぶって見せるアイーダ。二人のやりとりから「ただの」ではなさそうだが、深く立ち入るのも気が引けて「そうですか」と納得したふりをした。
話題がアイーダの店に訪れた面白い客から、シャンゴの冒険譚へ移る。飲み物は既に5杯目である。夜もだいぶ深まってきていた。
突如、隣のテーブルから怒号が上がった。
「何だと。もう一度言ってみろ腰抜け野郎が、今日もてめえが逃げ出すから俺が一人でウサギ倒したんじゃねえか」
「最初に逃げ腰だったのはお前だろうが、ウサギにダメージ与えたのほとんど俺だ」
2人の冒険者が、今にも殴り合いを始めそうな勢い立ち上がる。
スカル達を含め周りの客はテーブルを持ち上げ離れ、野次馬に徹する。
その内つかみ合いを始めた2人は、互いに罵声を浴びせながら、スカル達のテーブルになだれ込んで来た。
ボンクラの背中にのしかかりながら、それでも互いの胸倉を離さない二人。
「やめるっす――」
イオが止めに入ろうとする。
しかしこれはアイーダさんの前で見事酔っ払いを撃退して見せる好機である。
イオを肩に手を置き、代わりに酔っ払い達に近づく。
全く常識の無い酔っ払いどもだ、酒は呑んでものまれるな。正規兵の隊長たる私が存分に説教して差し上げましょう。
「お前らち、いい加減にひないか」
スカルは酔っているせいで、若干ろれつが回らなかった。
「何だてめえは、すっこんでろ」
スカルを睨みつける酔っ払い。
「わたしは、ちゅうかーん国、けいび隊長すかるすたんすろーら。お前らちのような」
「何だ、城の兵士かよ。こんなとこで呑んでるじゃねえぞ働けよ」
「警備をしろよ隊長さんよ」
いがみ合ってた酔っ払いは、絡む対象をスカルにかえ嘲笑しだした。
「きさまら」
飛び掛かろうとするスカルをイオが後ろから抑える。
「酔っ払いの相手しちゃ駄目っすよ」
「何でえ、偉そうに。自分たちの城も守れないで、何が警備隊長だよ」
「10年前、城の兵士がどれだけ間抜けだったのかもう忘れちまったのか」
舌をだして露骨に挑発する酔っ払い。
酔ってはいても、理性はあった。冷静に事態を見る自分を認識していた。
しかし、10年前の事件で挑発されるとその理性も吹き飛んだ。
「お前ら冒険者らって、モンスターから逃げるし泥棒してただろうが、だから冒険者は嫌いなんれすよ」
言った後に気付いた。それは、もちろん酔っ払い2人に対しての言葉だ。しかし冒険者というくくりは、ボンクラ達に言ったようにも聞こえてしまう。
酔っ払い達はさらに酔っぱらったスカルを見て冷静になったようで、悪態付きながらも自身の席に戻っていった。
スカルもうつむいて、自身の椅子に座る。
「お疲れ様です」
ハイラインがねぎらいの言葉をかけてくる。
「私も彼らのような冒険者は嫌よ」
アイーダさんは、スカルの失言を補足してくれる。
「全く、お酒は適度に飲まんとな」
「いや、シャンゴが言うなよ。何杯目らそれ」
「俺にとっちゃあ、適度なんだよ。てめえこそ、ろれつがまわってねえぞモヒカン」
スカルの失言には気づいているのだろう、余計に賑やかに振る舞ってくれる。
じっと、スカルを見ていたイオが立ち上がる。
「悪いですが私達はそろそろ失礼するっす」
気を使わせてしまったなと思いながらスカルも立ち上がる。
「少し、酔いすぎたようれす」
イオと合わせて、少し多めに硬貨をテーブルに置く。
「明日は護衛の任務です。深酒は程々にしてくらさい」
また明日、お疲れなど声がかけられる。
やはり冒険者とかかわるのは苦手だ。そう思いながらその場を後にした。




