02-05:屍王は終われない
ヘルメイジがキャッスルベアと勇者が対峙する戦場に着いたとき。キャッスルベアは瘴気を枯渇させ、無残な姿をさらしていた。
ギリギリだが生きているようで、とりあえずは安心する。
キャッスルベアの足元には大量の黒い泥が堆石している。瘴気の実を吐き出したのだろうと予想できた。大きなダメージを負った為か、それとも副作用的なものなのか……今後行う実験の課題だな。
それにしても、間近で見ると勇者の闘気で身体が押されそうになる。
飛行の魔法は継続している、先ほどの戦いを見るに、地面に着地するのはやめておいたほうがいいように思わレった。
「屍王ヘルメイジ」
こちらに目を向ける勇者。どうやら私の事を覚えていた様だ。
「オーホッホッホ。お久しぶりです。勇者ユミル」
モンスターはモンスターらしくする事。
魔王軍の幹部になった時に魔王様に言われた事だ。しかしこの不自然な笑い方は疲れる。
「なんで、お前がこんなところに居るんだ」
そう言うとニヤリと笑う勇者。
正直怖い。何を考えているかわからない。
ヘルメイジは出来るだけ勇者を観察する。あれは確かモヒカンという髪型。変装までしてこのエリアに勇者は潜伏していたのか。そこまでするのは明確な目的があるように思える。
自分はやはりおびき出されたのではないだろうか。
「こちらにはこちらの事情がありましてね。私もこのエリアに居座るのは本意では無いのですがね」
努めて平静を装う。
もしおびき出されたのであれば、何処かにあの頭のおかしい賢者が潜んでいるかもしれない。
気配は感じないが、存在を隠蔽する類の魔法を使っている可能性もある。
「ところであの頭のおかしい賢者は今日は連れていないのですか」
少し考えるような間が空き勇者は答える。
「さあ、どうだろうね。うちの頭のおかしい賢者がどうかしたのかい」
平然として、表情も変わらない勇者。
どっちだ、近くにいるのか、いないのか分からない。取り合えず周囲を警戒したまま、早めに立ち去ったほうがいいだろう。
「オーホッホッホ。まあいいでしょう」
物質を運ぶ魔法をキャッスルベアに向けて発動させる。これで魔力の輪で囲った対象は一定時間術者の後を追従する。
このまま見逃してもらえるか。
「コレは持ち帰らせていただきます。今日はあなたと戦うつもりはありません」
さすがに逃げ腰すぎる気がして言葉を付け足す。
「もしあなたが平和な日常を欲するならあまりでしゃばらないことですね」
言い過ぎたか。こちらを睨みつける勇者の表情は変わっていない。急いで「隼翼飛翔」を発動させた。
瀕死のキャッスルベアを連れて高笑いをしながら塔に向かって飛び立った。
◇◆◇◆◇
ヘルメイジが手をかざすと、うずくまったキャッスルベアを赤い光が包む。露わになっていた頭蓋骨を、肉が覆い毛が生えていく。見た目の傷が瞬く間に治っていく。
「これでアンデット系のモンスターに間違われる事はないでしょう。しかし表面上治って見えるだけです。筋肉の完全な蘇生の為、いっときは治療室で大人しくしてください」
キャッスルベアは俯いたまま頷く。
塔の屋上、勇者から逃げて帰ってきたあと、喋る事も出来なくなっていたキャッスルベアに急いで再生魔法をかけた。
「全く、瘴気の実は魔王様直々の命令で開発している我らの切り札となるアイテムゲコ、その重要性が分かっているゲコか」
弱っているキャッスルベアに、レッドフロッグが怒声を浴びせた。
無言で俯いたままのキャッスルベア。落ち込んでいるようにも、意に介して無いようにも見える。
ここぞとばかりに説教を続けるレッドフロッグ。
「そもそも普段から態度、素行共に問題があるゲコ。幹部モンスターに敬意を払わず、下級モンスターを邪険に扱う。別に仲良くしろと言っているわけじゃ無いゲコ、この塔に転勤してきたならそれなりに立ち回れと言っているゲコ、そんなだから周りと――」
放っておくと止まりそうに無い。
「その辺りで」とレッドフロッグの発言を制止する。
「まあ、今回の事は瘴気の実の実験の成果を確認することができたので、厳しく罰するつもりはありません」
キャッスルベアがこちらを見る。
「ヘルメイジ様、寛大にも程がありますゲコ」
抗議するレッドフロッグに頷く。
「それでは、キャッスルベアあなたカードゲームはできますか?」
一瞬何を言われたのか分からないといった顔をするも「ああ、出来る」と答えるキャッスルベア。
「治療室で、アリゲータソルジャーとのカードゲームを命じます。ちょうど私とレッドフロッグもカードゲームに誘われていたところです。人数多いほうが楽しいらしいのでキャッスルベアも参加してください」
あんぐりと口を開けるキャッスルベア
「ええ、そうですね。ちょうどカードゲームに興じようとしていたところでしたね」
あきらめたように嘆息し、レッドフロッグも話を合わせてくれる。
「さあ、治療室に行きましょう。歩けますよね」
「ああ」と答えるキャッスルベア
歩き始めるとレッドフロッグか駆け寄って、小声で話しかけてきた。
「会議の予定でしたがどうします」
「そろそろ皆会議室に集まってますね、ちょうどいい。会議参加者を治療室に連れてきてください。今日はカードゲーム大会にしましょう」
「分かりました」と言うと駆け出すレッドフロッグ、ペタペタと階下への階段を下りて行った。
キャッスルベアを見ると苦しそうに立ち上がり、ゆっくりと歩きだす。取り合えず歩行はできるようだと確認し前を向く。
後ろから、かすかに声がする。
「すまねえ、……助かった」
もし自分が人間なら、こんな時は口元を緩めるのだろう。
山積する問題がまだまだあるが、今日の仕事に満足し歩き出した――。
レッドフロッグが降りたばかりの階段を、慌てた様子で駆け上がって来た。嫌な予感がする。
「ヘルメイジ様、魔王様から通信が入ってます」
「ええっ、定例連絡終わってるのにぃ。保留にしといてくださいすぐ行きます」
駆け出すヘルメイジ。
今日の仕事はまだ終わりそうにない。
-第2話:部下は上司に遠慮しない 完-




