02-04:アナノゾキ
塔の縁に立ち、森の端へと目をやる。その時、遠目で赤い炎が天に突き立つのが見えた。
「神創火炎塔ですか」
高等魔法だ。キャッスルベアもこの辺りのモンスターも使える魔法ではない。おそらくリザートソルジャー達の言っていた冒険者だろう。
短く詠唱をすると遠近景観の魔法を発動させる。右手の人差し指と親指で輪っかを作り、それを通して神創火炎塔が発動した辺りを見る。
拡大された景色の中に、黒くなり煙を上げるキャッスルベアが居た。
キャッスルベアを挟むように人間の男と女が立っている。どうやら女のほうが魔法を発動させたようだ。
神創火炎塔を食らっては、キャッスルベアといえど死んでしまったかもしれない。
そう思って注視すると、キャッスルベアはゆっくりと動き、手に何かを持った。何をする気だ。
右手の輪っかに中指を添えて、覗いている景色を拡大させる。
キャッスルベアの手元をよく見る。それは黒い果実……瘴気の実か。自分とレッドフロッグの会話聞いて研究室から持ち出したのか。
「瘴気の実を使う気ですか」
勝手に実を持ち出したキャッスルベアに対しては、怒る気持ちもあるが。正直、実の効果も見てみたい。
本来は、瘴気の薄い場所での瘴気漏れを抑える効果を狙って作った。しかし作成途中で分かったことがある。膨大な瘴気を養分として育った瘴気の実はモンスターの能力を増大させる可能性がある。
指の輪の中でキャッスルベアはその姿を変える、炭化した身体も回復していく。
「ほぅ」
思わず声を漏らす。
使用者の身体に収まりきらないほどの瘴気が身体を変形させるのか。
キャッスルベアは素早い動きで、女の冒険者を攻撃する。早い。本来のキャッスルベアの動き以上だ。
これ程早くダメージを回復し、能力が増大する事を確認できたのは有難い。
要注意と思われる冒険者も排除する事が出来そうだし結果だけみればキャッスルベアを咎める事が難しくなるな。
まあ、軽く注意してあとは適当にあしらっておこう、自ら実験台になってくれたのだし。
ヘルメイジは塔に戻ってからのキャッスルベアの扱いに思考を巡らせていた。その為、気づかなかったのだ。上級魔法を使用する冒険者以上に危険な存在に。
異変に気付いたのは、思考を中断してキャッスルベアと男の冒険者が対峙し、戦闘を繰り広げているのを見た時だった。
瘴気の実で強化されたキャッスルベアと渡り合っている。その不自然さに背筋がひやりとする。
男の冒険者をよく見る。若くはない、熟練の冒険者といった感じである。
「んんん!?」
見覚えがある。指の輪っかに薬指を追加する。景色はさらに拡大される。そして輪の向きを冒険者の顔に合わせる。
経年による容姿の変化と髪型が変わっているから気づかなかった。10年前魔王城に乗り込んできた冒険者の一人、勇者を名乗っていた男だ。
手が震え、それに伴い映像も震える。左手で右手を抑える。
10年前魔王様と渡り合った男。自分はその際勇者の仲間の1人『頭のいかれた賢者』を相手にしていた。後から魔王様から聞いた話では、勇者は魔王様と互角に渡りあったという。
それがどういう事か……モンスターの世界を力で支配する魔王様と同等の力を有している人間。
どれだけ強化してもキャッスルベアでは勝てるわけがない。
それどころか、ヘルメイジ自身も勇者には勝てる気がしない。
キャッスルベアを助けに行くことはできない。貴重な戦力ではあるが、リスクが大きすぎる。
目を凝らして見ると、勇者の全身から白い霧のようなもの溢れ出ている。一部の冒険者がまとう事が出来る闘気というやつだ。あれ程の闘気を持つ冒険者を見たことが無い。
不思議なのはキャッスルベアだ。直接対峙しているんだ、すぐに気づいたはずだ勇者の闘気に。自分の攻撃が相手に当たるわけもなく、相手の攻撃は必殺の威力を持つ。
撤退してもいいだろうに。
キャッスルベアは攻撃がかわされる度に、気が立って攻撃が雑になっていくのが分かる。
「なぜ逃げない」
思わずつぶやく。確かに戦士系のモンスターは思慮の浅い個体が多いが命を無駄にするような事はしない。
その時後方から、はぁはぁと息を切らしてレッドフロッグが走って来た。
「どうです、キャッスルベアみつかりましたかゲコ」
「見つかったんですけどね、少しマズイ事になってます」
指の輪っかから目を離さないままヘルメイジは答えた。
レッドフロッグは、自らも遠近景観の魔法を発動させヘルメイジが覗いてる辺りに指の輪っかを向ける。
「キャッスルベアは瘴気の実を食べました」
「ゲココ、あやつめ勝手に瘴気の実を持ち出したのですかゲコ」
憤るレッドフロッグを一瞥して、再度キャッスルベアの観察に戻る。
「瘴気の実を食べたキャッスルベアが瘴気を維持し、身体を変化させ力が増大したのを確認しています」
「やはり力の増大もしていますか、研究は大成功ですゲコ」
喜ぶレッドフロッグ。
「それにしても相手の冒険者は何者ですかゲコ、ありえないほどの闘気ゲコ」
レッドフロッグもあれほどの闘気は初めて見るのだろう。
「あれは、10年前に魔王城に乗り込んで来た勇者です」
「何ですってゲココ」
声を出して一瞬固まるレッドフロッグ。そして絞り出すようにしゃべりだす。
「そういえばこの見た事がある気がするゲコ、しかし人間の顔は覚えるのが苦手ですゲコ」
そうか10年前このエリアでもあの勇者は暴れていたのか。
「詳しいことは後ほどにしましょう。今言えるのは間違いなくキャスルベアが勝てる相手ではありません」
自分も勝てないかもしれないという言葉は飲み込んだ。流石に立場上それ言うことはできない。
「やはり戦士系は知性が低いゲコ。勝てないなら森も近いから逃げ込めばいいゲコ」
「そうですね。確かに短絡的なところはありますが、キャッスルベアは元々は魔王城に勤務していた程のモンスターです。知性は通常の魔術師系モンスターより高いんです」
「それなら余計に疑問です。ゲコー、攻撃が雑ゲコ。何をムキになってるんですかねゲココ。状況が見えてないみたいゲコ」
レッドフロッグの言葉に、ふとキャッスルベアの心境に行き当たる。
ムキになってからまわりして、周りが見えなくなる。
異動してきたばかりのキャッスルベアは、周りに馴染めなかった。元々が魔王城に勤務していたというプライドもあったのだろう。
力の差も大きい。この塔のモンスターは彼を恐れている。そうキャッスルベアは思っていたのだろう。
本来なら、強化戦力として歓迎されてもいいはずのキャッスルベアは、孤独に過ごすこととなる。
孤独は自己顕示欲を育てる。自分もそうだったから分かる。
自分は研究結果を示すことで、自身の居場所を確保しようとした。
それがただの空回りだと気づいたのは、レッドフロッグが話しかけてくれるようになったからだ。
彼は自分だったのかもしれない、そう思った。
指の輪の中でキャッスルベアの頭部が閃光の暴発で吹き飛ぶのが見えた。
「上手い」
勇者を称賛するレッドフロッグ。
ゲコ付け忘れていますよと思いつつ。レッドフロッグの感想には同意する。
勇者の戦い方は強いというより巧みで上手いという表現の方が適している。今のキャッスルベアの閃光を暴発させた攻撃も回避から一連が繋がるように下級魔法を使っている。
それは長い時間モンスターと戦いえた経験によるものだろう。逆にキャッスルベアは冒険者と戦うのは初めてかもしれない。魔王城に冒険者が来ることなどなかったはずだ。
間違いなくこのままではキャッスルベアは死ぬだろう。
ふぅ。
「レッドフロッグ、正直に答えてください。この塔に来た当初私は嫌われていましたか」
困ったように頭をかくレッドフロッグ。
「嫌われてはいませんでしたゲコ、ただ最初は皆怖がってましたゲコ」
「そうですか……答え辛い質問に答えてくれて、ありがとうございます」ヘルメイジは意を決して塔の縁に立つ「ちょっと行ってきます」
「キャッスルベアを助けるんでゲコ?」
「ええ、私も助けてもらいましたからね」
「そうですかゲコ。お気をつけて下さいゲコ」
ヘルメイジは隼翼飛翔を発動させキャッスルベアの元へと飛び立った。




