02-01:もしもし。わたしだ
「あ、はい。もしもし、もしもし、あ、つながりましたか、通信機の調子が悪かったみたいで。はい、確かにそうですね。あ、進捗については先日送付した資料の通りです。いえ、進捗が無いというとあれですが、現状を維持できているという見方で…いえ、そんなことは無いのですが、こちらの戦力も限られていますし。いえそのような事では、はい、すいまんせん。はいはい、あれはまだ作製中です。そうですね、時間はかかると思います。はい……はい……もちろんそうです。はい、分かりました。またそれは次回の報告の時に……はい、失礼します。」
ここは魔王軍チュウカーン国攻略拠点、シラカバ塔の通信室。
屍王ヘルメイジはガチャリと受話器を通信機本体に戻し。大きくため息をつく。
魔王城の魔王に定例の報告終えたところだった。
「お疲れさまでしたゲコ」
緑色のローブをまとった二本足の赤いカエルが水を持ってきてくれた。魔術を得意とするモンスター、レッドフロッグだ。
「ありがとうございます。いやぁ、毎度こればっかりは疲れます。魔王城に住んでた頃と違って表情見えないと魔王様は何考えてるかわりませんからね」
ヘルメイジは礼を述べて談笑のきっかけを作った。
「そのようですねゲコ」と調子を合わせてくれる「まあ、表情見えても考えてる事は分からないんですけどね」と冗談めいた言い方で返すと、レッドフロッグはゲココココと笑ってくれる。
通信室に居るのは、ヘルメイジとレッドフロッグだけ。部下は多いが、彼が一番話が合うので側近にしている。
正直このエリアに転勤になった当初は話しかけてくれる者も居なかった。
恐れられているということは何となくわかっていたが、嫌われているのではないかという不安が付きまとった。
そんな中でレッドフロッグは、多分気を使って大した用が無いときも話しかけてくれたのだ。
「そう言えば、昨日大けがをしたアリゲーターソルジャー達の具合はどんな感じですか」
「ゲコ、全身を強打したゲコですが、もともと戦士系で身体が丈夫なんで、今は治療室が騒がしいくらいに回復していますゲコ」
「そうですか、彼らが街道で遭遇した冒険者について聞かないといけませんね。しかしその前に研究室を先に見に行きましょう」
扉を開けて廊下にでる。塔の廊下は外壁に沿ってぐるりと巡っており、四角く空いた窓から心地よい風が入ってくる。
研究室に向かう途中、正面から大きな影が歩いて来るのに気付いた。
天井すれすれの巨体はヘルメイジの姿を見ると立ち止まった。
最近魔王城から異動となったキャッスルベアだ。
話をする意図があるという態度だ。ヘルメイジとレッドフロッグも立ち止まりキャッスルベアを見上げる。
「いつになったら俺は人間達を殺しに行けるんだ」
キャッスルベアこれ見よがしに爪を突き出して見せる。
またこの話かとヘルメイジはため息をついた。
「以前から言ってますが、瘴気を発するエリアの拡大が進んでいません、下級モンスターの定住で瘴気を濃くして、万全の状態で中級、上級のモンスターも定住可能なほどの瘴気のエリアを作らなくてはなりません。いまマッスルウサギ達が下地を作っている最中です」
「だから、その下地作りが終わって俺が暴れられるのは、いつになるのかって聞いているんだよ」
キャッスルベアは腕を振り上げ、そのまま壁を切り裂いた。それが石で出来ているとは思えない程、容易に切れ目が入る。
「キャッスルベア。ヘルメイジ様になんて態度だ」とレッドフロッグが咎めるも、「あぁん?」と威嚇されると、「ひぃ」と声出してヘルメイジの後ろに隠れるように下がった。
「まだ具体的にいつになるかというのは決まってません。分かってると思いますが私や貴方のような上級モンスターは瘴気の薄い場所では本来の力の半分も出せません、今は待機でお願いします」
キャッスルベアは舌打ちをするとヘルメイジを睨みながらすれ違い、歩いて行った。丁度彼の行く先からマッスルウサギが歩いてきていたがキャッスルベアみると壁に張り付くように道を譲った。
「まったく、奴は戦士系モンスターの中でも好戦的すぎますゲコ。同じ戦士系モンスターともウマが合ってないようで度々問題を起こしているゲコ」
レッドフロッグは油混じりの汗をローブの袖で拭う。
「戦士系はどうしても賢さを抑えて、腕力に偏った個体になってしまいますからね、ただ彼については時間を作って面談をして皆とうまくいくように注意する必要がありますね」
「ヘルメイジ様に対する態度も問題ありますゲコ」と憤りながらも汗を拭いている。
「まあ、この塔では私も大して能力を発揮できませんからね。まだ若い彼にしてみれば弱いのに偉そうにしている魔術師にしか見えないのでしょう」
「それにしても」とゲコゲコ小声で文句を言うレッドフロッグを「さて、瘴気拡大に効果を発揮する、研究を見に行きますよ」と促すように歩き出した。




