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01-10:私の名は

これまでの話:キャッスルベアを倒したボンクラの前に、ラスボス並みに強いヘルメイジが現れる。はたして重傷のアリエルを助ける事は出来るのか。

 かつて魔王城に乗り込んだ際、魔王は自分と仲間達を引き離し、それぞれに腹心の相手をさせた。

 すなわち、屍王(しかばねおう)ヘルメイジ、獣王(じゅうおう)シシコング、狂王(きょうおう)キラーナイトの三人だ。

 そして今、目の前にいるのが魔王軍最強の魔術師、屍王ヘルメイジ。


「オーホッホッホ。お久しぶりです。勇者ユミル・アルバート」


 最後の戦いのあと、それぞれの相手について仲間から聞いていた。

 かつての仲間はそれぞれが各分野の頂点と言える強さだった。特に賢者は世界中の魔法を使用する者すべての師である『総師』称号を持っていた。実際に彼女がその気になれば、世界の半分を一日で壊滅できるのではないかと思う。正直魔王以上に戦いたくない相手である。色々な意味で。


 その賢者と互角に渡りったというのがヘルメイジだ。

 その気になればこの辺り一帯を消し飛ばす事も出来るだろう。


「なんで、お前がこんなところに居るんだ」


 ボンクラは緊張のせいで口は歪み、声は上ずっていた。

 若干の沈黙。


「こちらにはこちらの事情がありましてね。私もこのエリアに居座るのは本意では無いのですがね」


 仮面をつけたヘルメイジの表情は見えない、落ち着いた口調だ。

 こいつ、おれが一人だと思って余裕ぶってるな。まあ、一人だけどさ。


「ところであの頭のおかしい賢者は今日は連れていないのですか」


 賢者を警戒している!?

 自分と同等の力を持った頭のおかしい賢者を警戒しているのか、これは使える。


「さあ、どうだろうね。うちの頭のおかしい賢者がどうかしたのかい」

「オーホッホッホ。まあいいでしょう」


 ヘルメイジが杖で空に光る円を描く。

 同時にキャッスルベアの周囲に光る円が描かれた。

 杖の動きに一瞬ボンクラはビクッとなるも、そのまま様子を伺う。


「コレは持ち帰らせていただきます」


 キャッスルベアの身体が浮き上がった。


「今日はあなたと戦うつもりはありません、もしあなたが平和な日常を欲するならあまりでしゃばらないことですね」


 そう言うと何か魔法を発動させ「オーホッホッホ」と笑いを響かせながら、高速で森の方へと飛び去って行った。

 大きく息を吐く。背中にびっしょりとかいた汗で服が皮膚に張り付いているのが分かる。

 急いでアリエルに駆け寄り膝をつく。アリエルは薄目を開けて手を伸ばす。

 ボンクラはその手を握った。


「す…すごいじゃないですか。キャッ……スルベア、倒したじゃないですか」


 アリエルは絞り出すように声を出す。

 先ほどより、腹部の赤いシミは広がっているように見えた。


「ああ、昔みたいに戦えたよ」


 良かったと言いかけて苦しそうにせき込むアリエル。


「すぐに、町に連れて行くから、もう喋るな」


 ボンクラはアリエルを抱きかかえようとする。

 アリエルは無言で首を振り痛みを我慢して無理矢理笑顔を作り、ボンクラの手を握る。


「私は……もう。勇者様……魔王……絶対………倒して……ください」


 その声は徐々に小さくなっていく。

 握った手の力もだんだんと弱くなっていく。


「おう、魔王は倒すから心配するな。だから今は街まで行くぞ」

「勇者……さま」


 アリエルの目は薄っすらと開き、声も弱々しかった。

 突然握っていた手に痛いほどの力が加わる。ボンクラは「痛っ」と声を上げた。


「今言いましたね。魔王を倒すって言いましたね」


 アリエルのボンクラを見上げる目しっかりと開いており、口角は大きく上がり笑っていた。ボンクラはかつてこれ程邪悪な笑みを見たことがなかった。

 

「お前っ、怪我して無いな」


 アリエルは笑ったまま、身体を起こすと、腹部の破れた服の中に手を突っ込み、赤い何かを取り出した。


「トマトです。おやつに持ってきてた」


 ボンクラは口を開けたまま言葉も出ない。

 

「ギリギリで防御魔法が間に合ってよかったです。あ、でも地面にこすれたのは普通に痛かったですね。それにしても勇者様すごい頑張りでしたね。やっぱりあれですか、私の為ですかウフフ。私が死んじゃうと思って頑張っちゃったんですか。手とか強く握って、どうしたんですか。惚れちゃいました」


 アリエルが嬉しそうにニヤニヤと笑いかけてくる。


「わあああああああああ!!」


 ボンクラは叫び声をあげると、驚いたアリエルの隙をついて、その胸を「せいや!」とひと揉みした。

 一瞬顔赤らめるも、アリエルはすぐさまにボンクラの顔面に拳を叩き込んだ。

 ボンクラは「ぶぐぁ」の声と共にひっくり返る。


「な、何するんですか。いくら勇者様でも、やって良い事と悪い事がありますよ」

「そりゃこっちのセリフだ。本当に心配したし怖かったんだぞ。胸くらい揉んだっていいだろ。あと本気パンチ辞めろ」

「良くないですよ、乙女の胸をそんなことで揉まないで下さい。本気パンチは当然の報いです」

「先にそっちが騙すからだろ」

「だって、そうでもしないと勇者さま本気で戦ってくれないと思ったから。私の知っている勇者様はもっともっと強いはずだもん」


 真剣なまなざしのアリエル。目尻には涙をためている。どうやら怖い思いをさせてしまったのは間違いないようだ。

 それにしても私の知っている勇者様か。一体何年前の勇者様だよそれは。

 今の自分は、この子の期待に応えれるほど強くない。それは自分でも分かっている。その後ろめたさがあった。


「いや、ブランクがあるからさ」

「勇者様。私が昨日最後に出した問題を覚えてますか」


 昨日会った時に、ボンクラが勇者であることを確かめるための質問。


「ああ覚えているよ」と照れて頭を書きながらその問題を言った。


「『ハジマーリ国が魔王軍に襲撃された時、当時幼かった姫様が人質に取られました。勇者一行は魔王軍を撃退しそれを助け出しました。恐怖に泣きじゃくる姫様に勇者がかけた言葉は?』だろ」


 覚えている。忘れる訳が無い。


「もう一度答えてください」


 十年前を思い出しながらボンクラは答えた。


「魔王を倒して見せます。だからもう泣かないでください」


 それを聞くとアリエルは涙を拭い。笑って見せた。


「正解です。私はハジマーリ国王女。アリエル・ハジマーリ、お久しぶりです。勇者様」


 気づいていた。どことなく記憶に残る泣き虫の少女の面影があったからだ。


「いい加減その勇者様っての辞めてくれ」


 疑問顔のアリエルに言った。


「街の人たちみたいにボンクラの愛称で呼ぶか」息を大きく吸って吐く。誓いを立てるように膝をつき、手を差し出し、アリエルの目を見て言った「10年前のように、勇者ユミルと呼んでください」


 二人の間を風が流れていく。


 驚いたように、目を見開くアリエル。出された手にそっと自らの手を置き答えた。


「では、改めてよろしくお願いします。ボンクラ様」


 ボンクラは目を見開いた。

 

「いつか、昔みたいに強くなったら、昔と同じように呼ばせていただきます。それまではボンクラですから」

 

 アリエルはクスクスと笑いだす。ボンクラもつられて笑いだした。

 ハジマーリ国のお姫様と、終わった勇者の笑い声が晴天の空に響き渡った。



 -第1話:始まりは終わった勇者に遠慮しない 完-

これからの話:以上で前フリ終了。次話はガラッと変わるけど同じお話をお送りします。

次回 第2話「部下は上司に遠慮しない」

エピソード1「もしもし。わたしだ」

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