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只今マッチは入荷待ちです

作者: 月灯銀雪







「マッチが売れるまで帰ってくんな!!」



「お父さん! 開けてよ! お父さん!!」



 町外れ。疎らに生える木々の合間に佇む みすぼらしい小屋から、小さな1人の女の子 と 籠が飛び出して、彼女を吐き出した 小屋唯一の扉が閉ざされてしまいました。



「おーい、お父さーん! 酔っ払いー! 甲斐性なしー!!」



「うるせえ! どこで覚えて来たんだそんな言葉?! さっさと行け!!」



 女の子はしばらく 扉を叩いていましたが、扉が開かれることはありませんでした。



「年越し前の今の時期、マッチなんて みんな買い置きしちゃってるって! 売れるわけないじゃん! 開けてよー! ……ち、ろくでなし親父め。あーあ、おコタでスマホ片手にゴロゴロしたいよぉ、う~さぶい(さむい)~」



 扉を叩くことを諦めた女の子は、震える手を擦り合わせながら、地面に転がる片手で持てるほどの籠を拾い上げました。その中には、マッチの束が幾つも入っています。女の子は、このマッチを町で売り歩かなければならないのです。



「はぁ……てゆーか、これ アレじゃん。“マッチ売りの少女”のまんまじゃん! やだ、あたし 死んじゃうのかな?? 凍死とか遠慮したいんだけどな~」



 肩を落として、トボトボ歩く女の子。暗い空には星も月も無く、どんよりと厚い雲で閉ざされているのでした。





「あ、奥さん マッチの買い忘れはありませんか? そこの おじさま♪ マッチ買いませんか~……あ、要らない? ……行っちゃった。ち、愛想振って損した」



 女の子が 一生懸命 道行く人に声を掛けても、みんな家路を急ぐばかりで、なかなかマッチは売れません。


 町の家々には 煌々と明かりが灯り、暖かな部屋で温かな料理を囲む あたたかな団らんの様子が窓越しに窺えます。

 


「いいなぁ、恋人とターキーなんて贅沢は言わないから せめて鶏カラ(唐揚げ)が食べたいよぅ」



 お腹を空かせ 寒さに震える女の子は、腕に提げた籠から 1本のマッチを取り出します。



「確か、ここらで マッチを擦ると 幻覚が見えちゃうんだっけ? 魔法? でも、マッチが燃えてる間だけなんだよね~。やっぱり どうにかして売り捌かないと……」



 女の子が かじかむ指で、えい とマッチを擦れば。



 明るく清潔な部屋と、お皿に食べきれないほどの食べ物。そして、色とりどりの本の山が目の前に現れます。



「これこれ! エアコンのある(電化製品完備の)部屋と山盛り鶏カラ、新作小説♪ あぁ……転生前に あの小説を完結まで見届けたかった……」



 女の子が喜びの声を上げ、現れた光景にうっとりと見惚れる僅かな時間に マッチは燃え尽きて、夢から醒めるように 部屋と料理と本は消えてしまいました。


 悲しげに 溜め息を吐く女の子に、追い打ちを掛けるように 空から冷たい雪の欠片が落ちてきます。



「……ん? 待てよ。この マッチは望むものを見せてくれるんだよね? それなら、使い方次第で売れる???」



 夢のような光景の消えた寒々しい路地で、空から舞い降りる雪にも気付かぬ様子で 俯き、マッチを握りしめる女の子。その女の子の側を、一人の青年が通り掛かりました。



「うん。ちょうど良さそうなのが来た。あの、そこの 疲れたお兄さん! 不思議なマッチは要りませんか?」



「……いや、マッチは間に合って……」



「このマッチは普通のマッチじゃないんです! お仕事で嫌な上司とかに苦労してませんか? 貴方に仕事を押し付けて、こんなに遅くまで働かせて、自分は浮かれて先に帰ってしまうような!!」



「っ!! ……いる! 思い出しても腹が立つ、あの野郎……」



 始めは すげなく断ろうとした青年は、マッチを握りしめ 懸命に話す女の子の様子に、次第に話を聞く姿勢になりました。



「そうでしょう?! 悔しいですよね!! でも 上司だから 下手なことを言うわけにもいかなくて、我慢するしか無いんですよね!!」



「そうなんだよ! 大した事もできないのに、上にゴマ擦るのばっかり巧くって……」



「わかります!! そんな上司が天罰を受け、貴方の頑張りが報われる様を思い浮かべて……さ、このマッチをひと擦りどうぞ♪」



「マッチ? え、あ、ああ。 こうかい?」



 女の子は青年にマッチを手渡して、青年は促されるままに マッチを擦って火を灯します。


 すると どうでしょう。その場には 青年の願う奇跡が 鮮やかに映し出されました。



「ふふ、ははは! ついに、ついに何度も手柄を掠められた俺の苦労が報われて……あ」



 奇跡に魅入る青年の手もとのマッチが消えれば、周りは再び何もない路地の片隅。雪を乗せた風が 虚しく通り過ぎ 微かに漂うマッチの煙を散らしてゆきました。



「……マッチを1束くれ」



小銅貨5枚(パン5個分)です!」



「少し 高くないか?」



「奇跡のマッチとしては破格のお値段かと♪」



 マッチの束を差し出す女の子の手から、青年はマッチを取り上げて、代わりに マッチの値段よりも多い硬貨を乗せました。



「まいどあり♪ お仕事もちゃんと頑張ってくださいね~」



 感謝と共に力一杯手を振る女の子は、青年が角を曲がって見えなくなるまで見送りました。



「うひひ。やっぱり、会社勤めのストレス発散って大事だよねぇ。次は……あのお姉さんにしよう!」



 マッチが売れたことで 勇気を得た女の子は、物憂げに服屋の大きな窓を覗く女性に 小走りで近づきました。



「おねーさん、奇跡のマッチ 要りませんか?」



「え? 奇跡のマッチ?」



「はい♪ ひと擦りするだけで、望む奇跡を見せてくれるんです。例えば……そこの いかにも高そうなドレスを着た貴女の姿とか。さ、1本どうぞ」



「え、えぇ……。まあっ?! なんてこと……」



 女の子に手渡されたマッチを 戸惑いながら擦った女性は、現れた光景に驚きを隠せません。


 僅かな時間の奇跡と共に、マッチの儚い炎は揺らめいて消えてしまいました。


 女の子は女性に、満面の笑みを湛えてマッチの束を差し出します。



「とても似合ってましたよ♪ 一緒に見えた方も素敵な方ですね~」



「え、あ、いえ……わたし、彼の事なんてなんとも……一言多いヤな奴なのよ!!」



「それでも、これは 貴女の望みを映し出すマッチですから♪ 他にも色々なドレスを、この1束で お試しできますよ」



「……」



 マッチの束を差し出された女性は、無言で受け取って 女の子の手のひらに硬貨を置いて去ってゆきました。



「うひひ。あんなに赤くなって、可愛い。素直になれないお年頃ってやつかな……はぁ。あたしも今日を乗り越えて素敵な彼氏が欲しいよぅ。でも、無事に このようじょ姿から脱却(成長)する方が先決か……」



「御嬢さん、その奇跡のマッチを 私にも売ってくれるかい?」



「ハイ、喜んで♪」



 振り向いた女の子の視線の先には、上質な毛織のコートを纏う 品のある老紳士でした。


 女の子からマッチを受け取った老紳士は、彼女の手のひらに 黄金に輝く大きな硬貨を乗せました。



「は? 大金貨? ボケてんの、このじぃさま??」



「ははは、それでは 早速ひとつ」



 多すぎるお代に唖然とする女の子の様子を 軽く笑い流して、老紳士は1本のマッチを取り出して火を灯します。


 そこに現れた光景は……



「わーわーっ!! コレ よい子に見せちゃダメなやつ! R規制されちゃう! 何考えとんねん、色ボケじじーぃ!!」 



「はっはっは。妻にも先立たれ、この季節は寒さが身に染みてね」



 ぬくもりに満ちた光景に、手足をバタつかせて燥ぐ女の子に 老紳士は慈愛の微笑みを浮かべます。



「もし良かったら残りのマッチも……」



「ダメです。お1人様1束まで!! 続きは()()()()! お楽しみください!!」



 残り全てのマッチの買い取りを申し出た老紳士でしたが、女の子は それを断りました。なぜなら。



「お、俺にもそのマッチを売ってくれ!」



「私にも!!」



「ママァー、あれ買ってぇ~」



 老紳士の後ろには、奇跡のマッチを買うために 硬貨を握りしめて列を成す、町の人々の姿がありました。外の騒ぎを聞きつけて、家の中から出てきた人もいるようです。



「ハイハ~イ、お1人様1束までですからね~。あ、列は乱さないでくださいね~!」






 町外れの みすぼらしい小屋の前。小さな女の子が扉を懸命に叩いています。手に提げた籠には、マッチの代わりに たくさんの硬貨が入っています。



「お父さん! お父さん!! マッチ、マッチが売れたよ!!」



「なに?! でかした、これで酒が……」



「それどころじゃないよ!! みんなが買いたがって、マッチが全然足りないの!! 早く新しいマッチを仕入れてきて!!!」



「……お? おう!わかった!!」



 こうして。再び真面目に働くようになった父親と たくさんの人々にマッチを売る女の子は、暖かい家と服、そして お腹一杯の食べ物も買えるようになり、幸せに暮らすようになりました。



「全然 しあわせじゃないよぉ~、逆に 忙しすぎて死ぬよー!! こんなハズじゃなかったのにーーー!!!」



 めでたし。めでたし。









※女の子のファインプレー(バタつく手足)によって きわどい部分は隠されたため、辛うじてR指定は逃れました。

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