2.うろこと涙
ノエルは、フローラにたたき起こされて目を覚ました。
時計を見ると、12時を回っている。もう12月19日だ。
「準備はいい? アドベントカレンダーを開けるのよ。 18日は家族で開けてしまったんだけど、 私、昨日の夢でも開けたんだから。」
フローラは怖がりながらもその原因をもう一度作ろうとしていた。“ノエルがいれば まだ怖くないわ”と。
ノエルは 寝ぼけて覚えていなかったが、フローラが言っている 人魚に会うためには、アドベントカレンダーの引き出しを開けなくてはならない事を思い出した。
誰も起こさないように こっそりと部屋を抜け出し、リビングにあるアドベントカレンダーの前にだった。
「じゃ、開けるわよ。」
「ええ。いつでもいいわ。」
「「せーのっ!」」
最初はその小さな引き出しから ちょろちょろと水が湧き出てきて、次第に “いつのまに?”と疑いたくなるほどの大量の水が部屋中にたまった。
ノエルは足が立たなくなり 何回か水を飲んでしまったが、初めは真水で、その次からだんだんしょっぱくなっていった。
苦しいのを我慢して 無我夢中で泳ぐと、足が付く所があり、前へ歩き続けると 小さな島にたどり着くことができた。 息を整えて余裕が出てくると、泣いた後のしゃくりあげるような声が かすかに聞こえてきた。
ノエルとフローラは手を繋ぎ、近くの岩に隠れたりしながら 声のする方に向かった。
……そこは 岩に囲まれた丘の洞窟で、きれいな髪の少女が両手で顔を覆って座っていた。足元を見て見ると、魚のような尾ひれがある。
人魚に1番近いと思われる岩の後ろに来て、フローラはささやいた。
「これが、私の言ってた人魚。」
ノエルも息を飲んだ。だが すぐに ろう人形の衣装を見た時の好奇心を思い出し、自分の予想が当たっているかもしれないと思うと、どんな事も怖くないと思ってしまった。
思い切って岩の後ろから姿を現し、
「どうして泣いているの?」
とたずねてみる。
人魚は こちらを振り返った。涼しげな目元の整った顔立ちだ。驚いて何かを見分けるように 目を細めると、急に青ざめ、またすぐ戻り、冷たい目をして言った。
「今度は 私の番なのね。」
この声からは、恐れと怒り、そして はかりしれないさびしさが感じられた。
ノエルとフローラは、まだ価値観が幼かったので、“美人の人魚が悪い人なわけない”と思って 心を開いて 話し出した。
「“私の番”って何の順番なの? 心配しなくていいわ。 私達はアドベントカレンダーのマリアとヨセフのお洋服に気付いて来たの。」
あんなに震え上がっていたフローラは、優しい顔で優しい声を出していた。 しかし人魚は頑なに跳ね返した。
「そんな 猫なで声を出しても無駄よ。 あなたたち人間の事は もうよく知ってるんだから。」
ノエルは考えた。 “もうよく知っている”という事は、ここに何度か 人間が来たという事だ。 それが男か女か、子供なのか大人なのかは分からないが…。
ノエルはゆっくり考えながら、1つ1つの言葉を届けるように言った。
「他に人間が来たのね…。でもねぇ、あなたたち人魚にも、良い人と悪い人、気の合う人とそうじゃない人が居ると思うけど、それと同じように、人間にも色々な人がいるの。
あなたがたまたま会った人達は、きっと怖い人か、悪い人ばかりだったかもしれない。でも、私達は、別の人間なのよ。」
思いつく限りの言葉を尽くして話した。これで人魚の態度が変わらないのなら、これはきっと自分達が関わってはいけない 危険な問題なのだ。 なかった事にして、身を引くのが1番だろう。
「…。 …1人にしか会った事がないのに 知ったような口を聞いてごめんなさい。私の名前は アイリーン よ。」
「私はフローラよ。こっちはノエル。じゃあ、どうして泣いていたか教えてくれる?」
フローラがさりげなく問うと、アイリーンの表情は曇り、重苦しく語り出した。
「私達の海域では、毎年生贄が出るのよ。クリスマスが誕生日だという人間の女が、毎年11月下旬に2匹ずつ生贄を連れて行くの! 噂だと うろこをとられるそうだわ…」
勢いよく言い終えてしまうと、アイリーンはまた顔をおおって泣き出した。
「アイリーン、それっていつから?」
「50年くらい前から。」
「ひどい…、」
自分は平和な世界でつまらないなんて思っていたのに、こんな世界もあるのなら、自分はもっと平和な世界を有り難く感じるべきだったと悔やむ。
「そんなに前からだったなら、どうして 今、そんなに…?」
「私、毎年 心をいためていたわ。でも、今年生贄になったのは、…私の…私の母と、親友のダイアナだったのよっ…!」