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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黒騎士

作者: 深川 火鼠

 やあ、今晩は。

 先日はどうも失礼をした。本当さ。カッとなっただけなんだ。

 お詫びに酒を奢ろうじゃないか。さ、飲んで飲んで。

 妹は元気かな。結婚してから会っていないものだから。

 そうだ、せっかくこんな場所で会ったのだ。我が家に伝わる黒い鎧の騎士の話をしようか。

 我が家の婚姻相手には必ず聞かせる決まりなのだ。妹からは聞いていないだろう?




 黒騎士。

 彼は、あるいは彼女は、ずっとずっと昔の戦争で戦った傭兵だ――と、言われている。

 一騎闘千の剣を振るい、馬上からの槍は瞬きのうちに三人ずつ敵を殺した。

 妖精や魔女の血を引いていたともされる。

 怪しげな術で地面を波打たせたとか、手も触れずに相手を投げ飛ばしたとか逸話がある。

 あるいは神が遣わした使者で、生身を持たぬ化生だったとも。


 どの話でも共通するのは、全身を覆う真っ黒な鎧。頭の天辺から爪先まで、刺々しい鎧姿だったこと。

 黒騎士の最期は、味方の裏切りだ。

 異様な戦いぶりを恐れた味方が、敗走の際に黒騎士を置き去りにしたらしい。

 敵陣の只中でたったひとり、囲まれ、油を浴びせられ、火矢を射掛けられ、燃え尽きるまで剣を振っていた――そんな伝説が残っている。




 おっと、つまらなさそうにしているが、まだ途中だ。

 おおい、店主。さっき渡したのを彼らへ出してやってくれ。

 ここの料理は絶品だからね。いい肴になる。そら来たぞ。たんと食べてくれ。


 さて続きだ。

 黒騎士は、敵も味方も、どちらにも怨みを抱いて死んだらしい。当然だね。

 その怨念は時が経っても褪せず、戦いと復讐のためにいまだ現世をさまよっているのだそうだ。

 古戦場から這い出てくる刺々しい影。夜道を歩く甲冑が近隣ではたびたび目撃されていた。


 つまり黒騎士の――幽霊さ。


 たとえば一〇〇年ほど昔に発見された死体も、黒騎士の仕業とされる。



 乙女と連れの男が、湖畔に遊びに来ていた。

 先に水浴びを終えて着替えていた連れが、金属の擦れるような足音を聴いた。

 妙だなと乙女に声をかけようとすると、黒い霞のような影が乙女のそばに立っていた。

 よく目を凝らすと、それは刺々しい鎧を着た騎士であった。

 黒騎士は波紋ひとつ起こさず水面に立って、乙女の首を掴む。

 そうして兜の奥から底冷えのする声で


「首ひとつで銀貨三枚。心臓ひとつで銀貨二枚」


 と告げた。

 次の瞬間には乙女の首は切り離され、尖った槍のような長いもので心臓を抉り出されていた。

 銀貨は戦争の報奨だった。

 敵の兵士をどれだけ殺したかで、その日の稼ぎが決まったらしい。

 黒騎士は、死してなお戦をしていたのさ。




 ……待った待った。景気の悪い話をしてすまない。

 だがこの話はハッピーエンドに終わるから、最後まで聞いておくれ。

 喉が渇いたな、店主、水をくれ。ああ、ありがとう。


 続きだ。

 目撃した男は湖畔から必死で逃げた。

 そして町に戻ると、役場で皆に話したという。

 皆が湖畔へ行くと、乙女の死体だけが転がっていた。

 失笑する者、男の殺人を疑う者、あるいは黒騎士の伝説を知っていて眉をひそめた者、様々だった。


 けれど三日後、男の泊まっていた宿で事件は起きた。

 町の人間は「馬の蹄のような音と、鎧の影を見た」と話している。

 男は殺されたのさ。

 首は泊まっていた部屋の窓から道へ放り出され、胴体は壁に寄りかかっていた。

 心臓部にはポッカリと穴が空いていたらしい。


「黒騎士の仕業だ」


 町の人々はそう言って、猟奇的な所業に震え上がった。

 だが――それ以上に、次の惨劇を恐れた。

 その町はかつて戦争で争った二つの国が、和平を結んだ国境だ。

 昔から住む人間は、大半がその両国の子孫だったのだ。

 死んだ乙女と男も、黒騎士が仕えた国と、黒騎士を焼いた国の血をそれぞれに引いていた。

 黒騎士の呪いだ、かつての両国の血を引く者を殺しているんだ。誰かが言った。

 その日から町の人々は夜毎にひとり、またひとりと首と心臓を失った。

 慌てて町を出た人間も、旅先で黒騎士の幽霊に殺されてしまったと聞く。

 子供も大人も関係なく。それは続いた。



 ……肴も酒も尽きてしまったね。長々と暗い話をしてしまったが、次で物語は終わる。



 黒騎士の殺人はやがて止まった。

 町に残ったのは、両国の血を引かぬ異邦人だけとなったからだ。

 彼らは事件の終焉に安堵した。

 自分たちは、そんなずっと昔の戦争など知らぬ。関係がない。

 残った人々は事件を忘れようと、宴を開いた。

「二度とそんなひどい戦争をしてはいけないぞ」と子供に言い聞かせ、おとぎ話として黒騎士の伝説を語り継ごうと決めた。

 人を裏切ると黒騎士が来るぞ。

 喧嘩をすると黒騎士が来るぞ。

 彼らはそう笑いあって酒を酌み交わし、飯を食らった。

 月が現れ、夜が来た。

 惨劇の夜は昨日で終わったのだと、新しい町長が宣言した。

 そのときだ。

 声がした。



「首ひとつで銀貨三枚。心臓ひとつで銀貨二枚」



 若い衆の悪戯か。

 それとも酔った大工の棟梁が一芝居打ったか。

 残った人々が不謹慎だと怒りを口にすると、遠くから、金属の擦れるような足音が響いた。

 その夜、町人のすべての首と心臓が地面に放り出された。

 関係なくなどなかった。彼らは『国民』だった。

 彼らはその国で造った酒と、その国で取れた飯を食ったからだ。


 黒騎士は、彼らを決して逃さなかった。



 そうしてお話は終わりさ。

 現世をさまよう黒騎士がいまどこを歩いているのか、誰も知らない。

 ……ん?

 それじゃあ誰も生きていないじゃないかって?

 実は宴には旅芸人の一座が呼ばれていたのさ。

 彼らは芸をするために朝まで何も口にできなかったからね。

 黒騎士が国民を殺すのをしっかり見届け、こうしてぼくの代まで語り継いでいるってこと。

 うちのじいさんが生きていたころは、まだ旅芸人の一座で語り部の仕事をしてたらしい。

 そのおかげかな。今の語りも手前味噌だが、悪くなかっただろう?


 ……ハッピーエンドじゃないって?


 そんなことはない。ちゃんと幸せになれるさ。


 先日も言ったはずだよ。


 結婚するなどと言いつつ年頃の娘をさらっていくなんて、悪党のすることだと。


 ぼくは味を知らないが、酒も肴も、美味かっただろう?


 妹は返してもらう。

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