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ある大征帝の伝記  作者: ウザン工廠
血塗られた東方親征
9/9

第三〇一特別大隊、南へ

「『天才と狂人は紙一重』とは良く言ったものだが、あの人は狂ってもいたし、天才でもあった。

紙一重とは何なんだ?そもそも天才と狂人の定義とは何なんだ?」

(勝徳巌大元帥の回想談より)

百高地の頂上には臨時の幕営が設けられ、中では光本元帥が憲久少佐に辞令を下し、そしてその概要を伝えていた。


「つまり、我々を予備隊に編入すると?」


征鷹宮憲久せいようのみやのりひさ少佐は苦豆茶の入った碗を机に置きながら訊ねた。

元々攻勢用に編成された支隊が、何故か後方の要塞守備の任を拝命したのだ。誰でもそう思っても仕方はない。

父か。明久(あきひさ)叔父か。それとも勝か別の政治権力か。誰だ。誰だ、僕にいらぬ配慮をする奴は。そんなものいらない。おめおめと後方で生き残って出世するつもりはない。土に塗れ、血に塗れ、糞に塗れ尿に塗れ出世するつもりだったのに。

憲久の不満は、光本元帥が次に発した言葉で晴れた。


「まぁ、そうなりますが、いずれあそこは最前線になるでしょう」


「と、言いますと?」


光本はそっと碗を置くと、腹の前で手を組んで、それまで以上に神妙な顔つきになった。


「憲久君、君も少佐という立場ですから、此度の御親征の計画内容を知ってますね?」


「えぇ、戦さの計画とはとても思えませんでした」


この二人の言う「戦さの計画」というのは、「戦闘の経過」の計画ではなく、「戦争の前準備」の計画のことである。

大内乱時代、近隣の諸侯との戦さが小康状態の時、大鷹国は度々大規模な大陸内遠征を行なった。

中央大陸は世界最小の大陸と言えど、人馬が徒歩で移動するには広すぎる。そのため、遠征の事前に兵站の計画を確固たるものにしておかないと、最悪の場合、戦死者よりも餓死者の方が多くなってしまう可能性があった。

そして次第に兵站計画はより緻密なものとなって行き、そして※第三一代大王・昭山(しょうさん)大王の治世の時にようやく確立した。

『戦争とはその前準備のことを指し、あとのはただのオマケである』

という言葉が生まれたのもこの頃だった。帝国陸海軍にはこの考えが既に定着していた。


「文官があれこれ口出ししたのが悪いってワケだ」


横から猿田照光(さるたてるみつ)中佐が話に入った。憲久はふと不思議に思い、彼に疑問を訊ねた。


「文官?此度の計画は陛下が立てたんじゃなかったのか?」


「芸術と玉座以外に興味のない陛下に立てられると思うか?」


「確かに」と憲久は納得した。

現皇帝・義明帝(ぎめいてい)は、皇位の保守と芸術事以外には全く興味を示さない男であった。後の世の歴史書にはよく〈古今随一の愚帝〉と表されたり、創作物においてはよく「丸々と太り欲に溺れた男」として描かれていたりするが、実際はそんなことはない。

この男の治世の間、帝国の芸術技術は飛躍的発展を遂げたし、大学舎などの衆民教育機関も多く造られた。

だが、彼は政に疎かったのは確かである。疎かったばかりに、秋島慶太郎(あきしまけいたろう)という出世願望の塊のような一貴族に操られてしまったのだ。この秋島こそが、義明帝が愚帝と呼ばれるようになった最大の原因であった。


「此度の御親征は、秋島の国盗り計画の一環だという噂が軍総司令部に広まっている。この御親征で陛下の衆民からの支持を一気に堕とすつもりだとよ」


猿田が呆れた口調で語った。


「なるほど、そりゃひどい話だ」


憲久も呆れた口調で返した。


憲久と猿田の会話が収まるのを見計らって、それまで静かに苦豆茶を飲んでいた光本が口を開いた。


「現在、先鋒の東方鎮定軍の諸部隊がその目論見に気付いてか、首都攻略に向けて素晴らしい速度で進撃していますが、それも途中で阻止されるでしょう」


憲久、勝、猿田の三名は、光本が地図上に置いた駒を熱心に見ていた。

勝が質問した。


「あの、閣下」


「先生で良いですよ、勝君」


「はい、では先生。何故阻止されるのですか?」


光本は地図上を見つめる姿勢から、背筋を伸ばした姿勢になった。


「良い質問ですね。それは秋島殿が示した計画が原因です。『帝御自らが指揮なさって首都を陥す』という表向きの理由ですね。本当はそこで何かするつもりなのでしょう」


その場にいる全員が、その「何か」が気になった。

暗殺か。いや、ただ支持率を堕とすためならそんなことはしまい。では何だ。何なのだ。何をするつもりなのだ。

誰もその時は分からなかった。秋島が仕組んだ恐るべき罠のことを。



迂回運動を何度も繰り返し、ようやく話が本題に戻った。憲久は光本に疑問点の数々を問っていた。


「しかし、先生、要塞守備といっても、我々は千人ほどしかいませんよ?」


「心配要りません。海軍と話をつけてあります。独立部隊として、ですが、陸戦隊を二千人派遣してくれるそうです。陸軍からも追って増援を送ります」


憲久は武者震いした。何せよ一大隊長に過ぎない自分が、じきに一個旅団規模の兵を率いるのだ。臨時とはいえ、大した出世だ。嗚呼、ぞくぞくする。待ち遠しい。待ち遠しい。旅団長として要塞に籠り、迫り来る敵を蹴散らすのだ。なんて素晴らしいことだろうか。平射砲が火を噴く度に敵兵が宙を舞い、要塞を迂回しようとする敵を、これも平射砲で吹き飛ばす。楽しみだ。非常に楽しみだ。


しかし、その次に光本が下した指令は、静かに興奮する憲久を抑えるかのようなものだった。


「しかし、入港して来た近衛軍本隊に見つかってはいけません。ですので、静かに入城して下さい。誰にも見つからないように入城して下さい」


なるほど、事前計画に反する行為だからな。これは。


「わかりました。先生」


憲久は静かに微笑みながら、スッと敬礼した。光本もこれに答礼した。幕営にはそれまで以上に引き締まった空気が漂った。

第三〇一特別大隊が南のヤイカ要塞に向けて立ったのは、秋が身を潜め、冬がやって来始める、一〇月二九日のことであった。



続く……

※の解説


※大鷹帝国初代皇帝・太始帝の二代前の大鷹国大王。後の世の歴史家からは「史上最も偉大な大王」と称される。

その生涯の前半は荒れに荒れる諸侯領の平定や国内経済基盤の整備、法の整備などを行なった。

そして、経済力、軍事力、人材力が整った四〇の時、遂に大陸統一の大遠征を行う。

わずか六年で大陸のほとんどを平定し、大陸東南部に拠点を構える海洋国家サンダリア共和国に対し、六度に渡る侵攻作戦を実行した。第一次戦役と第三次戦役、第六次戦役では首都ポセイディニアを包囲するも、難攻不落を誇るポセイディニアをとうとう陥すことはできなかった。

第六次戦役途中、病に倒れる。以降遠征は行わなかった。その二年後、大陸統一の夢を成し得ぬまま、無念のうちに死した。享年五九。

彼や彼の忠臣の諸将がとった戦略・戦術は、数百年後の研究対象となるほどでもあった。

サンダリアの海上交易路を断つ目的で、度々大陸外遠征も行っていたため、大陸外の国でも有名だった。



まぁ、書くのが難しくなってきたな

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