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ある大征帝の伝記  作者: ウザン工廠
血塗られた東方親征
3/9

曇天下の廻船の船上で

暗い、辛い、寒い、暑い、されども何も感じない

戦さ場とは恐ろしい。まるで皆が皆、化物と化したようだ

帝国東方領土は、非常に豊かな穀倉地帯であるので、その重要性から「※帝国人民の命綱」と呼ばれていた。故に交通網が他の※帝国大陸外領土よりも優れており、それは帝国本土である中央大陸の交通網に匹敵するほどであった。そしてその優れた交通網のお陰で、東方鎮定軍は他国との国境付近に、局地的に兵力を集中させることが可能だった。

そして此度、東方鎮定軍の兵力は、東隣のポルスィケ=クシエスツォ連合王国との国境付近に、密かに集結しつつあった。と、言うのも、時の帝・義明帝(ぎめいてい)が、自らの権威の誇示が為に、東方親征を行うから、というのが理由だった。


淡洲(あわす)鎮台府直轄港から集結地点付近の港へと向かう廻船には、東方鎮定軍最精鋭と名高い淡洲軍が乗り込んでいた。

淡洲軍司令官・征鷹宮実久せいようのみやさねひさ大将は、浮かない顔をしながら、甲板から海を眺めていた。数多くの戦さで武功を挙げてきた、歴戦の将軍たる彼が、戦さの前にそのような表情を見せることなど普段はなかった。見兼ねた淡洲軍参謀総長・勝英康(かつひでやす)中将は、実久にそっと近づき、顔を見ることなく、共に海を眺めながら機嫌を伺った。


「実久様、快晴とはいきませんな」


実久もまた、顔を見ることなく、海を眺めながら返答した。


「快晴ならば、淡洲軍司令官実久はとうの昔に犬死にしている」


実久と英康は、お互いに幼い頃からの付き合いであった。故に主人と従者という垣根を越えて、お互い踏み入った話も出来るほどであった。


「帝にも参りましたな。予てより愚かとは聞いておりましたが、まさかここまでとは」


「さしずめ、我々は帝のご機嫌取りをせねばならんのだろう」


「違いありませんな」


実久は紙巻き煙草を懐から取り出し、英康に一本手渡した。燐棒を擦り、先端部に着火し、それを吸い込み、吐き出す。冬季の乾いた空気に紫煙が舞った。急に風が強くなり、僅かに見えた晴れ間も見えなくなった。


「もう冬だな」


「冬営の準備は出来ております。万が一、ですが」


気象学者の話によると、今年のポルスィケの空気は湿っており、おそらく冬は雪がよく降るらしい。雪がとても積もった中での軍事行動は困難を極める。噂に聞いた話ではあるが、帝は雪が積もると予想される、十二月上旬までには戦さを終わらせるつもりでいるため、※中央軍に冬営の準備をさせていないという。甚だ慢心である。


「此度の戦さ、必ず冬営せねばならなくなる。お前には苦労をかける」


「滅相も無い。私はこういう管理職が大好きなのですよ」


英康は満面の笑みを浮かべ、自分は大丈夫であることを示した。それを見た実久は、一つ枷が外れたような、少しほっとした表情を見せた。すると、一人の若い伝令兵がやって来て、二人に報告をした。


「司令官殿!勝中将閣下殿!あと四半刻ほどで白樺港に入港致します!下船の御準備をお願い致します!とのことであります!」


初めてこの二人に報告したのだろうか、声は裏返っていて、硬かった。そんな若者に、実久は労いの意も込めて、優しく返答してやった。


「ご苦労、戻ってよい」


「はっ、ありがたくあります!失礼します!」


若者は手と足を一緒に出す、奇妙な歩き方で戻っていった。若者が去ると、実久は煙草を灰缶に入れて、軍帽を深く被ると、船首の方へと歩き始めた。英康もそれに続く。


「さて、英康よ、ここから大変だぞ」


「えぇ、承知の上です」


二人は並んで陸の方を眺めた。曇り空は陸の向こうまでつづいており、それはまるでこの先の暗雲立ち込める様子を表しているようだった。

此度の戦さが何かしらの時代の転換点となることを、この古強者二人は感じていた。


続く……

文中の※解説


※1、かと言って、他の帝国領で何も採れないというわけではない。単に東方領土の穀物生産量が他より圧倒的に多いだけなのである


※2、北方鎮定軍管区、西方鎮定軍管区、南方鎮定軍管区


※3、帝国本土である中央大陸に拠点を構える。皇帝直属の近衛部隊であり、帝国本土最終防衛部隊でもあるため、精強を誇る



やるぞ、シリアス

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