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いじめっ子誕生

次の日


「矢津おはよう。」


「おはよう。」


ノートが無い朝は清々しい。

昨日自分が書いた展開を思い出してはニヤニヤしている。



次丸先輩が反射的にいじめっ子だとしたのは、最近彼が奇妙なことを言ったからだ。



それは彼が家で飼っていた犬の話だ。


飼っていた犬を大層可愛がっていた次丸先輩は、小学生ながらなぜこんなにも犬が愛おしいのかを考えた。


別にそこらの犬を可愛いとは思わないし、犬以外の動物にも、人間の赤ちゃんにも愛おしいとは思わなかったらしい。


まだ低学年だった彼が見出した答えが


いつでも支配できる存在


だからだそうだ。


けどその犬は健康に天寿を全うしたらしい。




あんな大人しくて、しっかりした真面目な先輩の化けの皮を剥がしたい。



僕はその次丸先輩の奥底にあるものをなんとなく、引き出せるのでは無いかと思った。


それは好奇心の一言。

このリレー小説と言うゲームでは、先輩も何も関係ない。


次丸先輩を1人の人間として、色々見て見たくなった。


それが起こるのは、昼休みが20分過ぎた後。

場所は人気のないはずの体育館裏。


そこで昨日買った黒いクシを壊される。


時間通り動けば、彼は戻ってくるはず。



「どうしたの?松利君。」


予定の時間から10分後。1人の女子が、教室にトボトボと帰ってきた松利晴大に驚いた。連鎖で皆がそれに反応した。


「顔腫れてるよ?何かあったの?」


「…。」


奴は腫れた口をおさえながら無言で席に座った。

そして今日の役目を終えた。


もしあのノートが次丸先輩のところに行ってたら、いや、行ったと思う。

積木先輩はこの僕達の現状をノートから楽しんでるはず。



戻ってくる時間が早いって事は、それだけ事がスムーズに進んだって事だ。



しばらく回ってこないのがもどかしい。




放課後



「お。」


何事もなく過ごせた僕は、久しぶりに上機嫌に明るいノベル部の扉を開けた。


そこには、積木先輩が留守の、いつも通りの少しうるさいノベル部の姿があった。



「よおー矢津ー!」


桃津先輩は上機嫌で綱部を締め上げていた。



「痛い痛い!!先輩ギブです!!」


綱部は少し口から泡を出してタップしている。


「にゃははは!!これもデッサンの為だ!!」


「もうやめろ。本当に落ちるぞ。」


次丸先輩は綱部の表情を見て桃津を睨んだ。


「人間が落ちた時の顔描きてえんだよ。」



ガチャ



「!」


桃津先輩は、一気に力を緩めた。

綱部も、次丸先輩も、僕も、その部室の扉を開けた男の姿を一斉に見た。



「…。」


顔が腫れたままの男が無言で自分の席に座ると、持参した小説を読み始めた。


「あー、落とせなかったぜ。また今度な。」


桃津先輩がその空気をすぐに変え、綱部のモジャモジャの頭をぐしゃぐしゃに触り始めた。


「もー、やめてくださいよー。」


「にひひ。」


「いだっ!」


綱部の額に思いっきりデコピンをした桃津先輩は、いたずら小僧のように笑った。



みんな、本当は聞きたくてたまらない。

でも今水面下ではお互いを陥れようとしてる上に、積木先輩の企みなら尚更聞くのが怖い。



ガチャ



すると、また部屋の扉が開いた。



「お、みんな揃ったな。」


積木先輩はみんなの姿を確認すると、リレー小説の話をした。


「俺は嬉しい。提出率100%を守ってくれて。これからもこれを守るように。」


「積木。これいつまで続くんだ?」


桃津先輩は行儀の悪い格好のままリーダーに聞いた。


「俺がもういいかなと思ったら。他は?」


「積木君、今現在何人この話に参加してるの?」


真面目な次丸先輩が続けて質問した。


「桃津以外の俺たち。」


「彼は積木先輩の差し金ですか?」


潰された天パを直す綱部が松利晴大をみながらそう聞いた。


「差し金?なんの話?」


積木先輩はそう言って見せたが、なんだか信用できない。


「矢津はなんかある?」


「いえ、もう言われたので。」


「そうか。松利は?」


「…。」


彼は首を横に振った。


「じゃあ各自好きなように過ごしてくれ。」


積木先輩は一度手を叩くと自分の世界に入った。



僕はノートに本を読むふりしてリレー小説の動きを今更ながらまとめた。



今日は木曜。9ページ目。

ここまで9人がノートに書いてきた。



最初は積木先輩。その前に2人。どうでもいい話だった。僕は4ページ目。綱部を陥れた。


5ページ目はあの反応からして綱部っぽい。2ページ目と筆跡が似ている。

急な展開に僕を巻き込んだのだと思う。


6ページは誰だ?

積木先輩か?次丸先輩か?

いや、松利晴大か?


謎だ。


7ページのクシを買いに行く話は誰だ?


3ページの筆跡と似ていた。


8ページ。

僕が次丸先輩のキャラ付けをした。

予想では彼が9ページ目を担当すると思う。


7.3.9が同一人物か?

それとも推測違いか。


それならまだ1人書いてないのがいる。

次丸先輩か、積木先輩か、松利晴大か。



「…。」



そんなことを考えているうちに、積木先輩の解散の一言により今日は1時間で終わった。



「帰ろうぜー綱部。」


直した彼の天パをまたぐしゃっと潰した桃津先輩は、ショックを受けている彼と共に部室から消えた。



「帰ろうか。」


次丸先輩がバックを持って僕の方へ来た。


しまった。

考えすぎて片付けるのが遅れた。

先ほどのノート見られたかも。



「慌ててどうしたの?」


「いや、あの、なんでもないです。」


僕はぐしゃぐしゃにバックにノートと筆箱を突っ込んだ。


「そんな焦らなくていいよ。」


次丸先輩がやさしく微笑んだ。



その帰り、僕達は秋の暗い4時半を歩く。


「分析できてる?」


次丸先輩は、僕を見ずに急にそう聞いてきた。


「え?」


「誰が誰のページを書いたのかってさ。」


「ああ…みちゃいましたか。」


「暴力沙汰書いたの君でしょ。」


「まさか、そんな訳ないですよ。」


「いいんだ。怒ってはないから。僕が矢津君に以前話したことがそうさせたのかなってね。」


「…。」


「なんで君に話したんだか、今でもわからないけどね。」


「すみません。」


「いいよ。君達も話に参加してるんだから、いつかは名前を書かれると思ってた。」


「殴ったんですよね。あいつのこと。」


「彼に体育館裏に呼び出されてさ。いきなりタックルしてきたから殴った。わざとらしく転げてクシが割れたと大泣き。笑っちゃったよ。」


「本当に忠実に動いているんですね。」


「そうだね。びっくりしたよ。」


「いじめっ子じゃないですよねそれ。」


「ふふ。矢津君は小説の中で僕をどうしたいと思った?」


「どうしたい?」


「彼を本気で殴りつける僕が見たかったのかなって。」


「そんな趣味はないですよ。けど、あの犬の話は引っかかりましたよ。」


「どんな風に?」


「…推測ですけど、したかった事出来てないんじゃないかなって。」


「なんでそう思うの?」


「うーん。今は押し殺してる感じがするんです。本来の自分を。こういう社会の場では真面目だけど、僕みたいな人にはこうやってディープな話するし…。」



「君は人をよく観察してるよね。興味のないふりして。」


「そうですかね…。」


「いいよ。僕はあの小説通り行動する。好きなように書いて見てよ。いじめっ子を演じてみせる。」


「楽しんでません?」


「まさか。積木君の命令に従うだけ。」


「…。」


「だから矢津君も頑張って親友役やってあげなよ。僕も君の事書いてあげるから。」


「法律の範囲内な事と、常識の範囲内でお願いしますよ。」


「わかってるよ。お互い様でしょ。」


次丸先輩は微笑した。





「ねえ、矢津君。僕は犬のこと愛してたんだよ。可愛い友人だったしね。」


「はあ…。」


「その犬の事好きすぎて僕は最後にどうしたと思う?」


「なんですか急に。」


「…僕も初めてだよ。生きている人間を支配するのって。」


「え?」




「支配をする事は愛なんだって。今まではできなかった。勇気が無いから。」


「…。」



「あの時できなかった事、ぶつけてみたい。」


次丸先輩の声のトーンが下がった。



やばい、変態だ。




僕はまたあの6ページを思い出す。


この話で彼が蝶になる事は無理だと思った。




「お互い恨みっこなしだよ。」


「は、はい。」



次丸先輩はそう言うと、分岐する道の右を進む。


僕もまたそれを見送って左に進んだ。



「犬になにしたか聞くの忘れた。」




聞かないほうがいいかもしれない。






次のノートは誰に行ったのか。



今日は金曜日。

松利晴大は誰の元に行くのか。

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