反撃
次の日
ノートは僕の元に来てはいなかった。
あの大人しく真面目な次丸先輩の元にノートが行ったのなら、今日は大変なことになりそうだ。
綱部達を殴ったってことは、次丸先輩もやる気満々なんだと思う。
「おい松利。上履きどうした?」
事件は朝から起きた。
朝のホームルーム時、担任の先生は松利晴大が靴下でいる事に気付く。
「あの…汚れて捨ててしまいました。」
松利晴大はいつものコミュ障キャラでどもりながら答えた。
「そうか。なら、職員室にスリッパあるから終わったら取りに来なさい。」
「はい。」
担任の先生はそう淡白に返した。
明らかに顔に大きな痣がある大人しい男子生徒の目の前にして、この対応。
先生とはやはりそんなもんだ。
ホームルーム終わり、綱部はさり気なくスリッパを取りに行く松利晴大にくっついて嬉しそうについて行く。
吹っ切れたのかなんなのか、人の目を気にせず楽しんでやがる。
あの馬鹿も、無視されながらも松利晴大に気に入られようと必死だ。
上履きを隠したのはうちのクラスの人間では無い。そこまでするほど皆奴に今更興味はない。
次丸先輩しかいないだろう。タイミング的にも。
「矢津。お前上履き隠したろ。」
角刈りの例の友人がニヤニヤしながら僕に話しかけて来た。
「なんで僕なんだよ。」
「お前くらいしか検討つかねえよ。」
ニヤニヤしながらバカにしてくるこの角刈り男。
勉強が特別できるわけでもなく、目立つこともできずただ下を見て喜んで傷の舐め合いが生き甲斐のような奴にバカにされるなんて。
「勝手にいってろよ。」
あの小説にこいつを殺すって書いたらみんな殺してくれるのか?
「けど、あいつすごい顔面だよな。いじめだよな?」
「そうじゃないの?僕は人を殴ったりしないから違うけど。」
「だよな。お前って直接手を下すタイプじゃないだろうし。」
「手が汚れるのは嫌だろ。」
「はは。一番嫌なタイプだよなそういうのって。ま、あいつの事なんかどうでもいいよな。」
「そうだな。」
どうでもいい。
あいつが殴られようがいじめられようがどうでも。
ただ僕の身になにも危害がなければどうでも。
松利晴大がスリッパを取りに行った朝。
「これ、なんかトイレのスリッパみたいだよね。」
松利晴大は聞いてもいないような事をベラベラと僕の席の前に立って話していた。
その痛々しい顔でにこやかに笑いながら話す。これが奴の演技なんだから恐ろしい。
「今日はどんな内容なんだよ。」
「怜人は宿題やってきた?」
「…。」
自体が動いたのは、僕達が3時間目の体育から教室に戻ってきた時だった。
「なにこれ。」
「うわ。」
松利晴大よりも先に、クラスメイトが反応した。
「うわ。」
僕も思わず声をあげた。
松利晴大の学生服が見る影もなくなっていた。
クラス中にハサミかなんかで切られた彼のブレザーの破片が散っている。
「誰やったの?これ。」
正義感の強い女委員長が口を手に抑えて驚いていた。
「え、でも俺たちみんな体育館にいたし。」
男子が自らの無実の証明をするなか、松利晴大は黙ってブレザーの破片を集め始めた。
「…。」
女委員長がそれを手伝い、教室はシンとなった。
流石に少しやりすぎな感じはある。
松利晴大の事じゃなくて、周りを巻き込みすぎてるという意味で。
事が大きくなると後々めんどくさくなりそうだ。
「おい、お前も手伝ってやれよ。」
角刈りの男に背中を押される。
すぐに否定したかったが、奴のせいでみんなの視線が僕に集まり、いたたまれなくなった。
「…。」
仕方なく僕もブレザーの破片を集めることになった。
「ありがとう。怜人。」
松利晴大は僕に微笑んだ。
「…。」
なんでこんな奴のために手伝わなきゃいけないのか。
「松利君。先生に言ったら?」
女委員長がそう声をかけるが、僕との温度差が凄まじい。松利晴大はうんともすんとも言わず、そのゴミをゴミ箱に入れた。
教室の騒ぎが一旦終わった。
「ねえ。矢津君。」
「ん?」
あの委員長が話しかけてきた。名は原野由香里。
典型的な委員長という感じの眼鏡委員長は、授業が始まる前に僕の腕を掴んできた。
「松利君の事よろしくね。」
「は?」
「だって、松利君が心許してるの矢津君だけだから。」
「友達でもなんでもないけど。」
「お願い矢津君。松利君を助けてあげて。」
委員長はその自覚のない大きな胸を腕に少し当ててくる。
地味だがよく見ると結構可愛い。
「私も協力する。一緒に犯人を見つけましょう。」
「ええ…。」
「矢津!頑張れよ!」
黙れこのクソ角刈り。
「わかった…。」
委員長に下心全開で頷いた。