偶然
教室
「はあ…。」
まずいことになったな。
綱部がまさかあそこまで入れ込んでいたとは。
次丸先輩を煽った矢先のこれだ。
知っていたらこんな事にはならなかったと思う。
ただ、僕の中の悪い心はこの状況にワクワクも感じている。
松利晴大に恋をする綱部と、暴力を振るいたい次丸先輩。
二つの異なる盾と槍がぶつかったらどうなるか。
「ふふ。」
駄目だ。このゲームを楽しんでいる僕がいる。
土日よりも、この小説の内容が行われる月曜日のほうが楽しみだ。
「ごめんな綱部。」
心のどこかには置いておく。
もう触れることもないと思うが。
月曜日
金曜日は部活がなかった。
次丸先輩に一応開いてたら言っといてやろうとは思ったが、空いてないなら仕方ない。
さて、今日はどうなる事やら。
僕の元には残念ながら下駄箱にも何も入ってはいなかった。
綱部はもし自分のもとに回ってきたらなんて書くのだろう。
あいつの番で気持ち悪い事書いてなきゃいいけど。
午前中、特に何もなく僕は朝登校して、教室でホームルームが始まるまで談笑していた。
「おい。矢津いつもの友達はどうした?」
「は?」
ふざけて言ったであろうその友達の一言に、カチンときた。
「あれだよ。名前出てこねえや。」
「松利晴大だろ。」
「そうそう。さすが仲良し。」
「…。」
いつもこの無神経野郎にいろんなこと言われても我慢するけど、あいつの事言われると無性に腹が立つ。
「なんだよ。すぐムスッとすんなって。」
角刈りの友人は僕の肩を叩いた。
「はあ。」
「どうした?」
「あの時死んどけばよかったなって。」
「は?」
「なんでもねえよ。」
下らない。
ちなみに
この口癖が出来たのは、
僕は一度自殺をしようとしたことがある。
いじめとか、家庭が複雑だとかそんな深い悩みなんてものは持ってない。
家は普通だし、厳しいわけでも無いし、ただ本当に試しに死んでしまおうって思った。
夜になれば漠然とした不安に襲われるし、この先大きな夢や目標があるわけでもない。ただみんなで集まってやる体育だとか、学校で同じ見飽きた顔を見るのが嫌で死にたかった。
でも、ネットに書いてあったやり方では死ねなかった。
本当に自殺できる人ってどうにかしてるとさえ思うくらい。
嫌な思いするくらいなら早く死んでしまいたい。
生まれながらのネガティヴシンキングだ。
積木先輩はそんな時僕に手を差し伸べてくれたのだ。
だから前よりは明るい方だ。
松利晴大は今日、大人しく座っている。
だが、僕は彼の席を見たついでに、やつのカバンについている見たこともない何かを見つける。
「アフロ…。」
アフロのキャラクターのくだらないキーホルダーがついていた。
あいつがあんなキーホルダーをつけるようなキャラではない。
この事実は割と衝撃だ。
多分もう何か起こった後なんだろうか。
「矢津!!」
昼、売店で並んでいた僕の腕を掴んで来た綱部。
「おい!!」
僕はその綱部の力に負け、列から引きずり出された。
そのまま、人のいない階段下に連行された。
「なんだよ。」
「今から次丸先輩に文句を言いに行くぞ。」
綱部は僕の腕に爪を立てて、目を見開いて凄んできた。
「は?」
「松利晴大を守るためだ。あいつの頰を殴ったの次丸先輩だったんだ!」
「行かねえよ。離せ。」
「行くぞ。」
「行かねえって!!そんな事小説にでも書いてあったのかよ。」
「…。」
綱部は僕の腕の肉に鋭く爪を立てた。
その細い目がこちらを瞬きもせず見つめてくる。
「そうか今はお前か。」
「行こう。」
「ふざけんな!!僕を巻き込むな!!」
バッ!!!
「!?」
僕は思いっきり腕を振った。
綱部の絡んでいた腕は簡単に抜けると、廊下に尻餅をついて倒れた。
その隙に、無我夢中で逃げた。
綱部は追ってくることはなかったが、とにかくこの異常者から離れたい。
「…。」
なんで僕まであんな小説の中の話に合わせなきゃいけないんだ。
まだ松利晴大だけでいい。
なんで綱部まで…。
とりあえず、昼が終わるまで隠れよう。
僕は関係ない。
と言うか無我夢中で逃げすぎて外まで来てしまった。
ここは北校舎裏の生物部が飼ってるウサギのいる小屋の前だ。
隣には大きな池があって、そこにも魚がいる。
そのウサギ小屋の前に、あの桃津先輩がキャンパスを持って何かを描いていた。
僕はその後ろにそっと近づいて行く。
あんなヤンキー見たいな人がうさぎなんか描くのか。
完全なる北校舎からの死角から描く先輩は、まさに黒髪のウィッグを外せる程職員室から視界を消すのにもちょうどいい位置にいる。
僕も綱部に見つからないようにそこに隠れることにした。
「何してる?」
僕は先生のような口調で桃津先輩に忍び寄った。
「わ!?」
彼はびっくりしてシャーペンをあぐらをかいていた足元に落とした。
「ビクったー。なんだよお前か。」
「上手いですね。けどうさぎなんか描いて楽しいですか?」
「うさぎなんかって、心汚れてるなお前は。うさちゃん可愛いだろ。ぴょんぴょん。」
と、両手を頭の横に当ててウサギの耳をつけ、女みたいな媚びる顔をする桃津先輩。
「…。」
「なんだよその軽蔑的な目はノリ悪!お前って冷てえな。」
「いつもここで描いてるんですか?」
「雨の日以外はな。」
「…。」
本当に絵は物凄く上手い。
でもなんでこの人絵を描いてるんだ。
「小説進んでるか?」
「ああ、はい。綱部が本気になったみたいで。」
「本気って?」
「なんか、松利晴大の事好きだって。」
「話の中ではまだそうなのかよ。展開変えろよな。」
「もう辞めたいですよあんな小説。どんどんおかしくなっている気がします。」
「積木に言ったらどうだ?」
「でも嫌われたくないんですよ。あの人に。」
「なんでだよあいつに好かれるメリットなんか別にねえだろ。」
「ありますよ。僕は。」
「命でも助けてもらったのかよ。」
「学校で死のうとした時に、積木先輩が声をかけて来て止められたんですよ。声をかけてくれたのも縁だと思って。」
「ふーん。」
「今の僕が生きようとしてるのは、あの人に認められたからです。自分に少し期待して延命してるみたいな感じですかね。」
「ふーん。」
「桃津先輩は何故この部活に?」
「俺?そんなもん気まぐれだろ。」
「でもあの部活、積木先輩が声をかけないと入れないじゃないですか。」
「そうだな。絵が上手いからかわれたんじゃね。」
「…。」
「ま、嫌われたくないならやるしかねえだろ。」
桃津先輩はシャーペンとキャンパスを閉じ、立ち上がり、ウィッグを頭にのせた。
「桃津先輩、あの部活にいて楽しいですか?」
「まあ、楽しいぜ。」
「同じような仲間とつるんだりしないんですか。」
「俺の絵を褒めるのあの部の連中か積木しかいないからな。」
「…。」
「やめんなよ。破門されたら俺の絵褒めるやついないだろ。」
「いいですね。他人事で。」
「俺はちゃんとお前らを見守ってるぜ。うさちゃんとともに。」
「そうなんですか?」
「俺の癒しは今ここだからな。」
「なんかありそうですね。」
「え?」
「なんもねーよ。そろそろ戻ろうぜ。」
「はい。」
校舎の中のどこかの時計はもういい時間だった。
「じゃあな。後輩。」
「はい。」
桃津先輩は手鏡を片手に、黒髪のカツラをかぶり、良い子の状態で2年の教室がある階段へと向かう。
「腹減った。」
綱部のせいで昼飯を食べ損ねた。
そういやあの後どうなったのだろうか。