小さな神
辺鄙な土地の小さな村に、小さな祠があって、小さな神がいた。
神は小さかったが、村人の願いをなんでもかなえてくれた。
ある時、男が願った。
村で一番土の肥えた畑がほしい。
神は言った。
「かなえよう」
村にひとりの少年がいた。
少年は祠に詣ではしても、願い事をしたことはなかった。
両親も兄も妹も元気で、広い畑があって、ひどく飢えることもなく暮らせていたから、願う必要がなかったのだ。
だがある年、父が突然、倒れて死んだ。
続けて兄が山で猪に襲われ、そのまま帰ってこなかった。
男手が足りなくなって、母は畑を半分手放した。
村で一番、土の肥えた畑だった。
※
小さな神の祠には、村人たちがよく詣でた。
ある時、娘が望んだ。
お金持ちで優しいどこかの若様と、めおとになりたい。
小さな神は言った。
「かなえよう」
父と兄と、畑の半分とを失った少年は、青年になっていた。
やはり彼は、まだ一度も神に願い事をしていなかった。
母と妹も元気で、一緒にせっせと残った畑を耕し、日々の糧を得られていたからだ。
けれどある日、野良仕事の帰りに、母が暴れ馬に蹴られて死んだ。
たまたま村へ見回りにきていた、殿様の馬だった。
母と一緒にいた妹が嘆き悲しんでいると、馬をつかまえに来た若様はたいそう気の毒に思い、妹をいっしょうけんめいなぐさめた。
そうして妹は、若様のもとへ嫁いでいった。
青年は、どうして妹が泣いて謝るのかわからないまま、ひとりになった。
※
小さな神は、歳月がすぎてもちっとも変わらず、いつも祠にいた。
ある時、若者が祈った。
村一番のべっぴんを嫁にしてえ。
小さな神は言った。
「かなえよう」
家族を失った青年は、その頃になってもまだ、願い事をしていなかった。
身寄りのなくなった青年のところへ、ひとりの娘が嫁にしてくれとやってきたからだ。
村一番の器量よしといわれる娘は、気立ても良く働き者で、青年はそれ以上なにかを望むことなどなかった。
けれど祝言をあげる前、娘は病に伏した。
床から出られるようになった時には、顔じゅうに醜い疱瘡のあとがのこり、誰もが目をそむけるありさまになっていた。
青年はすこしだけ残念に思ったが、それでも娘のことが好きだったので、そのまま娘を嫁にした。
その少し後で、今までは村で二番目の器量よしと言われていた娘が、若者に嫁いだ。
※ ※
小さな村は小さなままで、小さな神もやっぱり小さいままだった。
ある時、村おさが願った。
この村がもっと大きくなって、人が増えたらなぁ。
小さな神は言った。
「かなえよう」
醜い娘を妻にした青年は壮年の男になっていたが、相変わらず神に何かを求めることがなかった。
妻はあれきり一度も病にかからず、元気な子をふたりも産んでくれたからだ。
家族が増えて、男は畑仕事にいっそう精を出した。
もともとの畑だけでなく、荒れ地にも鍬を入れた。
土の下から、きらりと光る綺麗な石が出てきたのは、そんな時だった。
男はそれを掘り出して、きれいに磨いて紐を通し、妻にやった。
よろこんだ妻はそれを大事にして、いつも、どこへ行く時も、かならず首にかけていた。
たまたま村には、商人が訪れていた。
男の妻が持っている石が、都で大層珍重される玉だと気付いた商人は、何も教えないまま、その石がどこで採れたのかを聞き出した。
しばらくして、村に軍隊が攻め込んだ。
商人から噂が漏れて、隣の国が、貴重な石の出る土地を奪いに来たのだ。
大勢の村人が殺された。
男の妻と子供も、兵隊に刺し殺され、男も片目と片手を失った。
村に隣国の者がおしかけた。いままでの村人の何倍もの人数だった。
血が流され、悲鳴が上がるなか、男は逃げのびて、小さな神の祠へ走った。
神よ。
おれは今まで一度も願い事をしなかった。
おまえに恵んでもらわなくても、今あるものでじゅうぶんだと思ってきたからだ。
けれど、最初からもっていたものも、後から手に入れたものも、ぜんぶ失った。
答えてくれ。
おまえがやったことなのか。
みなの願いをかなえるために、おれからぜんぶ取り上げたのか。
男の問いかけに、神は答えなかった。
男は屈み、残った片手で大きな石をつかみあげた。
――もし、そうだというなら。
おれは、おまえを殺す。
神は微笑った。
「かなえよう」
※ ※ ※
小さな村は大きくなって、祠は朽ち果て、神もいなくなった。
かつて神がいたことを知っている人も、神に願いをかける人も、いなくなった。
村から山の奥深くに分け入ると、炭焼き小屋がある。
そこには片手片目の無口な男がいて、小さな童子と住んでいる。
(終)